ただいまにさようなら 作:Interdiu
自分自身の内側から響いてくる不協和音を、マイスが初めて確からしい形で感じ取ったのは、久方ぶりに手に取った双剣を素振りがてらに振り回していたときだった。
切り下ろし、素早く引き、横に切りつけた途端に切り上げる。
型をひとつひとつ繋げていくシンプルな稽古。
そのしなやかな流れのなかに、樹上からはらはらと降る枝付きの葉っぱが飛び込んできた。
風切る微かな音を聞き取ったマイスは、とっさに身体をひねり、後ろ頭のあったあたりをめがけて迎え撃った。
不意打ちは見破られたのだ。
二本の短剣が宙をひらめき、枝は断ち割られ葉は千切れ飛んだ。
切れ端のいくつかは畑に飛び込み、等間隔に並んだカブの二枚葉とぶつかって、かさ、と小さな音を立てた。
マイスは乱れた姿勢を立て直し、それから構えを解いた。
たったのそれだけのことだった。
たったのそれだけのはずだったのに、マイスは、仄かに表情をしかめると、唐突に自らを省みて思いめぐらせ始めた。
双剣を革の剣帯に収め、腰から外して、階段の近くに放り投げる。
所在無げに歩き出し、階段を一歩だけ登り、振り向いて三段目に腰掛け、頭上を見上げると、そこにはシアレンスの大樹が手のひらを大きくおだやかに広げている。
なんてことだ、と、マイスが呟く。
もうかなりの間暮らしてきたこの場所の頭上、交差した枝々と葉の緑色、その合間から差してくる陽のひかり。
とても馴染み深いものであるはずのその風景が、まるで、どこかずっと遠い世界であるかのように感じられていたから。
きっかけは、たぶん、振り向きざまに双剣を振り抜いたこと、畑に飛び込んだ葉の立てた小さな音、この二つだった。
その取るに足らない二つの出来事を始まりとして、ずっと昔のマイスを生かしていた血の巡りが、ほんの少しだけ息を吹き返したのだった。
といっても、そう大したことが思い出せたわけではなかった。
忘れられた日々の、ちくちくするかけらだけがここにはある。
彼は戦っていた、不意を打たれ、驚き、しかし迎え撃った。
何かが飛んだ、弓なりを描いて、茂みに落ち込む音、音。
それはいったい何だっただろう?
…どうでもいいことだった。
本当に。
心底。
ただ、それでも昔に生きていた日々の感じが蘇ると、今のこの生活の居心地の良さは、蘇ったぶんだけ翻ってしまう。
揺らぐ心には悪酔いに似た不健康さがある。
胸のむかつきや、言うに言われぬ苛立ち。
足もとがふわふわする感じや、眼の奥でたわんでいる意味のない痛み。
翻ったすべては、勢いを増す。
このときの感触を押し進めた先は、あまりいい顔のできない未来の似姿。
それもまた、どうやら確かなことらしかった。
「このまま、じゃいけない」
座ったままで、マイスは呟く。
「このままじゃ、いけない」
その日の夕方、マイスはそう、妻に告げた。
決心は、固かった。
たとえそれが、苦渋のものではあるにしても。