一話・少し変わった仲間と日常
仄暗いカンテラの光を頼りに、一歩、また一歩と進む。
煉瓦のような素材で四方を覆われた、人工的な洞窟のような空間。四人の人影が光から伸び、前後に広がる暗闇へと溶け合う。彼らの手には物々しい武器が握られ、漂う空気は極めて張り詰めていた。
「待て」
先頭の一人が鋭く声を上げる。隊列は一斉に足を止めた。
「――『落とし穴』だ」
先頭の人物はそう言うと、少し先の道にある少しだけ浮いた床の煉瓦に向けて掌大の大きさの塊を投げつけた。するとその煉瓦を中心にがらがらと地面が崩れ、投げつけた球がまるで『呑みこまれる』ように穴の中へと消えていく。
そして待つこと数秒。
ギュイイイ、とか、ギヂヂヂィ、とか。
金切声に湿った糸が擦れあうような耳障りな響きと共に穴の中から轟いた。しかしそれも一瞬のことで、悲鳴が途切れて少し後に四人の人影が覗き込めば、穴の中には僅かな薄桃色の体液の残痕と財宝や武具が転がっていた。
「装備品がいくつもあるね――」
僅かに低い声の人影のうちのひとつが後悔するように呟く。カンテラの光を、俯いた髪の金が反射する。
「仕方ねえさ、覚悟しての生業だろ」
鼻で笑うような声色の別の人影。その影はそれに、と何かを口にしかけてそれを止めた。右頬にある傷を、指でなぞる。
「と、取り敢えず今日はここまででしょうか?」
影の中でひと際小柄な幼い声がおずおずといった風に声を上げる。不安げに、手にした杖を両手で抱えながら。
「ああ。回収して帰ろう」
先頭の男がそう言うと、縄梯子を掛け穴の中へと降りる。それに続くようにして、右頬に傷のある影が降り、他二人が周囲を警戒し始めた。落ちている武具や価値のありそうなものを選別し、拾い集める。
その過程でこの落とし穴に嵌ったのかもしれない『何某か』の痕跡がありそうなものも探し、可能なら自分たちの益になりそうなものを放ってでも集める。
――それが、たいていの場合に望まれない行為だったとしても。
こうして彼らの日々は過ぎていく。
『冒険者』である彼らの一日が。
◆ ◆ ◆
世界各地に存在する遺跡。
古くから存在しながらも人工物のような構造を有したり、かと思えば内部で野生のモンスターが巣を形成していたり、侵入者を迎え撃つような罠が無数に用意されているというちぐはぐな特徴を持ちながら、同時に多種多様な資源や先進的な技術を持った道具が無造作に転がっていたりもする。
向かって帰ってこれれば一攫千金。
一方でそうして欲に眩んだものを喰らう悪魔の口。
おぞましくも人の心を掴んで離さないその遺跡たちを、人々は『ダンジョン』と呼び、そこへ挑み危険を冒す無謀な夢追い人は、呆れと尊敬を含め『冒険者』と呼んだ。
そして俺も、その冒険者の一人である。
墓守のガキがこうして都会にまで出て、仲間にも恵まれ、そして何とかくたばらずにそれなりの生活を送れているのもこの仕事のお陰だ。
だが決して楽な仕事じゃないし、失敗をしていないなんて言うつもりもない。それに、やりきれないことも往々にして存在するわけで。
例えば今、俺が娼館の前にいるのもそういう理由だった。
「やれやれ、やっぱりこうなんのかよ」
そう言いながら俺の隣で頭をボリボリと掻き毟っているのは、仲間の一人であるククラータ。癒しの術こそが本領であるにもかかわらず、見た目は完全に山賊とか無頼とか、そういう空気感を持っている。頼りがいがある年上の大人で、俺が一人で行こうとしたのを察して追いかけてきてくれた。
昼間なので灯りの消えている娼館を見上げていた視線を手元に落とせば、先程挑んだダンジョンの中で見つけた、冒険者の身分を証明するカードがある。黒い口髭を蓄えた顔を魔法で念写した顔が張りつけられており、それは他所から来た俺でも知っているほどのベテランの冒険者のものだ。
都会の外からきたような新参にも様々なダンジョンの知恵を語ってくれたり、金がない奴にはちょっとしたものをおごってくれたりする気前のいい人で、言ってしまえば商売敵同士である冒険者の中でも慕われていた人だった。俺も何度か世話になった記憶がある。
と、物思いにふけっていると。娼館の出入り口が開き中から女が一人ふらりと姿を現した。
黒い長髪と、胸と尻に妙に肉付きが偏ったボディラインに娼婦特有の甘臭い香水だか香木だかのにおい。あからさまに扇情的な服装は、視線のやり場に困るくらいだ。
「あら、何か用ォ?」
呆然と立ち尽くしていたこちらに気付けば、そんな風に声を掛けてくる。鼻にかかった、耳元をぞりと撫でられるような声色。
毎度、慣れない。
だが、やらねばならない。
「コレ、返しに来ました」
そう言って俺は、手にしたカードを差し出した。
すると娼婦と思しきその人物は受け取って、はっとしたように目を見開いたがすぐに何かを思い出すかのように顔写真をなぞりながら、「そう」と呟く。
「懐かしい顔だわ――まったく、今更こんなもの貰って、どうしろっていうのかしら」
咎めるような、それでいて半ば後悔すら感じさせる声色。俺は、何も言えない。
「さっさと帰るぞ」
俯き歯を噛む俺を見かねたのか、或いは単に用が済んだと判断したのか。隣にいたククラータは俺の首根っこを掴み引き摺るようにしてその場を後にしようとした。その背に、黒髪の娼婦は投げかけるように言葉を重ねた。
「いつでも来て頂戴ね」
営業の様にしか聞こえないが、どこかこちらを懐かしむような或いは引き留めるような響きを持ったその言葉に、俺が振り返りそうになったところをより強く首筋を引っ張られる。うぐ、と言葉が空気と一緒にせき止められると共に、ククラータが娼婦に対して何かを言っているように見えた、のだが。
その言葉を聞き取ろうとするよりも、息苦しさに俺が意識を飛ばす方が先だった。
◆ ◆ ◆
目が覚めれば、見知った天井。
そして聞き覚えのある声がする。
「おはよう、カイト」
意識がはっきりすると同時に、状況が飲み込めてくる。どうやら俺はククラータに首を強めに掴まれていたせいで疲れも相まって気を失ったらしい。それを介抱してくれたのは、一番歴の長い仲間であり幼馴染のアスタだった。
冷たく、大きな手が俺の額の上に乗っている。剣を握り続けて僅かにざらつくその感触がしっかりと感じ取れた瞬間に、俺は体を起こした。
「まだ横になっていた方が」
「いい、平気だ」
心配そうなアスタの言葉を遮って、俺はそのまま寝かされていたベッドからも立ち上がる。これ以上アスタに甘えるわけにもいかないだろう、回復したのならばまだやるべきことは残っているのだから。
「……カイト」
そのまま、部屋のドアノブに手を掛けた瞬間に名前を呼ばれる。さっさと出て行ってしまえばいいのに、俺はそれ以上動けない。
背中に、触れられる。
身長はアスタの方が高い。体格もアスタの方がいい。だというのにそれは余りにも弱々しくて。
「無理、しないでくれ。君が辛いことをやってるのはわかってるんだ。だから」
少しくらいは。
そう言って。
「か、カイトさんっ!!」
どかんとノブから手を放しかけていた扉が外側から思い切り開かれ、アスタが背に立っていたお陰で転倒は避けたが腹に深々とドアノブが突き刺さり、「おご」という音が自分の喉の奥から聞こえる。
「わ、あ、す、すいません! だ、大丈夫ですか!?」
来るなり俺を殺しかけている小柄な姿、大きなつばの帽子を被ったその姿は、仲間の最後の一人である魔法使いのフィグ。
大丈夫だと声を出そうとするが、それよりも先に後ろに控えていたアスタの方が先に前に出てフィグの頭を固く大きい手でぐりぐりと捏ね繰り回す。
「フィグ、君はもっと周りに気を配れと毎回言われているだろう? どうしてそうなのかな、君は」
「ご、ごべんなさいアスタさん、い、いだ、取れちゃいます、なんか取れちゃいますってぇ~!」
そうしてなぜか騒がしくなっていると奥からぬっとククラータが顔を出した。片手にエールの瓶を手にしており、顔色もほんのりと赤らんでいる。
「おぉ~? なんだなんだ、キレイどこは今日もお盛んだねえ。いいぞもっとやれぃ」
――悪乗りで煽っている様子に、腹痛だけでなく頭痛までもが襲ってきた。
これが俺の、俺達の日常。
だがそれは、今までのモノとは少し違っていた。
俺の幼馴染は金髪を短く切りそろえ、高身長で剣士として鍛えられた
決して、そこに巨乳のくっついた
フィグもやむにやまれぬ事情で
ククラータに至っては粗野で武骨な
――先程の冒険者の身分証を渡した娼婦のような人物も、行方不明になった冒険者の妻とか娘とかそういうんじゃなく、あの人が俺を助けてくれたベテラン冒険者その人だ。
ダンジョンに蔓延る怪物たちは、皆目をギラギラさせて、種の保存の本能のままに襲い掛かってくる。
ダンジョンに仕掛けられた無数の罠は、極めて悪辣で厄介な手段で以て、侵入者を捕らえ心身を塗り替える。主に快楽という方法で以て。
余りに環境が品性下劣であるがゆえ、この冒険者は九割九分が男となった。
だがそれを予期していたかのように、ダンジョンは男を女にする罠や魔物を生み出し始めた。
人類を嘲るようなその性質。
誰が呼んだか、エロトラップダンジョン。
『それ』が俺たち冒険者が挑む危険であり。
『これ』が俺のしくじりが招いた、変わってしまった日常である。