頼れる仲間はみんな目が据わってる   作:佐渡ヶシマシマ

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文末に謎の空間が発生したため、再投稿させていただきます。
お騒がせしまして、大変申し訳ございませんでした。


六話・ギルド職員、ラネー

 

 これで裏は取れた。

 腐った冒険者たちの被害を受けたタイムを抱え、ククラータと共にギルドに戻る。

 書類の手続きを中断してもらい、かつギルドに連絡をしてもらったアスタは、タイムの姿を見て眉根を潜めた。俺が頷くと、困ったように肩を竦めて見せた。

 

 

 心配をかけてばかりだな、と少しだけ胸が痛む。

 しかし、そうもいっていられない。

 

 ダンジョンの悪意あるからくりで被害に遭った人間を、更に食い物にしようとする人間がいる。

 俺たちの仲間にも被害をもたらすかもしれない相手を野放しにはできない。

 

 その前に。

 その面を、一度拝んでおかなくては。

 

「ここか」

 

 ギルドから話を受け、向かった先は娼館に併設された酒場。

 暫く歩いて、門番のように立ちふさがる男にギルドの紋章と金貨を渡し、手荷物を改められた後に階段の下に作られた入り口に通される。 

 

 

 俺たちが利用するようなところとは違い、照明は薄暗く色付きで、煙草とも酒精とも違う妙な香りが充満していて、同時にわきを通る給仕の格好もひどく露出が多い。

 

 その、最も奥まった席。大きなテーブルの上には高い銘柄の酒、金貨、それに武器が乱雑に広げられている。

 

「おやおや、『救出者』サマがこんなくたびれた冒険者の根城まで、なんの御用で?」

 

 そう言って、両側に美女を侍らせた男が口を開く。

 金色の首飾り、顔に入った大きな傷。全身を見れば腕はそれなりにあるようだが、品性を感じない笑みを浮かべた大柄な男。俺に向けたのであろう挑発的な言葉に合わせて、一党と思しき男たちはげらげらと囃すように笑い声を響かせた。

 

 一瞥するだけで、到底堅気の仕事だけで成り上がった真っ当な冒険者には見えない。とはいえここまで証拠が出揃う以上見た目が清廉だろうが無意味か、と思い直しながら、改めて態度を明確にしておく必要がある。

 

 

「あなたのパーティーの人間が、ギルドの規約で所持を禁止している薬物を使用していた。同時に、臨時に加入した冒険者に対する暴行の現場も押さえている。それについて、ギルドから出頭するようにと通達がある。俺は、それを伝えに来た使い走りだ」

 

 できる限り簡潔に、そして淡々と伝える。それに対して、やれやれと面倒くさげに首を捻るとポケットを漁り、それなりに重そうな小袋を俺の目の前に向かって投げつけてきた。

 中身は見るまでもないだろう。じゃりと、僅かに中で円形の何かが擦れる音がする。

 

「……出頭の意志はない、ということでいいのか?」

「いやいや、それは()()必ず向かわせていただきますよ? そいつは慰謝料、ってやつです、『救出者』サマ」

 

 

 口角を持ち上げ、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべるリーダー格の男。周りの連中も同じような顔だ。

 こいつらがやろうとしている手口に、俺は予想がついている。それをわかったうえで、俺にこれを渡してきたということだろう。挑発と、買収を兼ねて。

 

 

 こいつらはあくまで、『パーティーの中の一部がそういう愚かな行動を取った』というていで誤魔化そうというのだろう。無論、リーダーの任命責任を問うことはできる。しかし即時にダンジョンへ潜る権限を奪うことはできない。リーダーは、他のメンバーを食わせる責任があるから。

 そして俺にこの金を渡したのは、俺がその暴行の現場を押さえた人間だろうから、件の加害者に有利な口添えをしろとでもいうつもりなのだろう。

 

 

「悪いが」

 

 これを受け取るつもりはない。そう言おうとしたその矢先に。

 

「まあまあまあまあ、待ちなよ旦那」

 

 そう言って、リーダー格の男は立ち上がった。

 侍らせていた女を押しのけ、仲間を退かして、ニヤつく笑みのまま俺の傍まで来ると、自ら腰を落として投げた金貨を拾い上げる。

「こいつは『慰謝料』なんだ、受け取ってくれなきゃ俺の顔が立たねえよ」

 そう言って、手の中でその袋を弄ぶ。じゃらじゃらと隠しもしないその音と、口が緩んで中からうっすらと覗く黄金色。

 

「それに、あんたも知っての通り今回ウチのメンバーがバカをやらかした。躾けたつもりでもこんなコトをやらかしちまって、俺としても情けねえ」

 そこでだ。わざとらしい演説じみた話口調で、俺の肩に手を回す。

 

「アンタが俺たちのパーティーに入ってくれねぇか。あんたほどの人格者がバカ共を厳しく躾け直してくれりゃあ、こいつらももうちょいマトモになってくれるかもしれねぇ。もちろん、アンタのお仲間も()()するぜ?」

 そう言いながら更にもう一つ、取り出した小袋を俺の手に無理やり握らせつつ、間近にニヤついた笑みを向けてくる。息が酒臭い。いや、酒だけじゃない、煙草の臭いもする。

 しかし、俺は思わず吹き出してしまいそうだった。

 

 その視線に絡み臭う作意や言葉の中に練り込まれた悪意は、ダンジョンのそれよりもあからさまだった。俺が色々と、そういったものに過敏であることを差し引いても、よくそれで嘘や姦計に秀でた人間が跋扈するこういった世界でのし上がってこれたのか、素人ながら意外に感じてしまうくらいに。

 

「答えは変わらない」

 俺は未だに絡むその腕を強引に引き剥がして、手にした金貨を連中の座っていたテーブルに置く。

「俺は伝言を伝えに来ただけだ。それ以上のことを話すつもりはないし、何かを受け取るつもりもない」

 俺の隣に立っていたリーダー格の男はそうでもなかったが、未だ席についている一党の連中と思しき面々は、ただでさえ厳つい顔を更に歪め、にわかに殺気立つ。

 潮時か。そう思い、踵を返したその直後。

 

 びしゃという音と共に、俺の頭のてっぺんから冷たいものがしたたり落ち、むわと鼻を突く強い果物と酒精の香りがする。周囲からは息を呑む声と、げらげらという論うような笑い声が七対三といった塩梅で聞こえてくる。

 

「おっと、悪い。ちょっと酔っちまったみたいだ。ただまあ、何も渡さず帰すのは忍びねぇから、その一杯を奢らせてくれや、『救出者』サマよ」

 

 おっとうっかり。

 そんな風に口にする男。振り返って見てみれば、その表情には謝意など微塵も感じない。

 

 このくらいは予想していた。なんなら、囲まれて暴行されるくらいまでは予想していたぶん、随分生易しいと感じられるくらいだ。

 向こうにも何かしらの考えがあってのことなのだろうが、態々それを考える必要もあるまい。

 

 俺はもう一度顔を背け、そのあとは振り返ることなくこの酒場を後にした。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 急いでギルドに戻ると、出迎えてくれた全員の空気が張り詰める。

 

 心配そうに近づいて来たアスタは、突然殺意に近い怒気を発し出すし、タイムは俺が戻ってきたことに安心して息を吐いたかと思いきや、隣にいたアスタと俺の姿を確認して涙を浮かべる。

 ククラータは舌打ちをしながら何かを呟いて、すぐ俺に近付いて俺の額を指で弾いた後に説教を始めた。躱せただろお前なら、とか俺かアスタを連れて行けばこんなことには、とか。

 

 ……酒を拭わずに来たのは間違いだったか。確かに、ギルドに戻るというのに頭から酒をぼたぼた垂らしてくるのは不潔だし、心配もされるか。

 

 

「そういう事じゃないと思いますよ」

 

 全員をなんとか宥めようとしていると、奥からタオルを持って現れる女性。

 

「……ラネーさん。すいません、伝言は残してきたのですが」

「カイトさんが出向いても従わないというのは、こちらとしても後の始末がやりやすくなります。お疲れさまでした」

 

 優し気な糸目と肩にかかるか掛からないかくらいの短く切られた淡いピンク色の髪。

 見た目の通りに穏やかな物腰と、てきぱきとした仕事ぶりで冒険者たちからも慕われるギルドの職員。

 

「ところでカイトさん、現場からここまでそのまま歩いて来たんですか?」

「ええ。急いでいましたし、何も伝えず寄り道するのはちょっと」

「身なりを整えることを寄り道とは言いません。あなたはギルドの使いとして今回のような時に関わっていただくほどの人間なんですから、もう少しどう見られるかを意識してください」

 

 ぴしゃりと言われると、ぐうの音も出ない。

 

「ともかく、件の男への沙汰はこちらで行います。今はまず、タイムさんをカイトさんの一党(パーティー)に臨時加入させるための手続きを済ませてしまいましょうか」

 アスタが俺の手からタオルを奪って頭を拭いてくれていると、近くのテーブルに割と量のある書類の束を置いた。まあ、現状問題がある一党から無理やり引き抜くというのなら確かにそのくらいになるか、と思っていると、全員の視線が俺に向いた。

 

 俺に?

 

「あの、ラネーさん。リーダーの移行は」

「していませんよ? アスタさんが今はそれどころではないからと」

 

 自分の頭を拭いていたアスタを驚きと共に見上げれば、彼は雲の切れ間から差し込む陽光が如き眩しい微笑みを浮かべる。

 

「当然だろう。あそこで迷わず誰かのために動ける君こそが、やはり僕たちの旗印、リーダーとして相応しいと思い直したのさ。無論、それどころじゃないというのも嘘ではなかったしね」

「そう、か」

 

 正直、助かった。

 リーダーとしての座は別にどうでもいいが、思い直してくれたのならば何よりだ。これでアスタに対する負担が減る。こういう細々という仕事は俺がやるべきだ。

 ククラータは不服だろうが、タイムが臨時で加入することになるのだし、リーダーを変える変えないという内輪の話を持ち出すようなことはないだろう。

 この騒ぎの間、留守番を任せていたフィグには諸々の説明をしなくてはならないだろうが、そもそもリーダー変更の話すら彼を込みで話をしたときは話に入らない、というか『関われない』という空気を出していた。

 

 少し、心配だ。

 

 その辺りも加味し、一度アスタとククラータにタイムを任せ、自分は残って書類を片付けることにする。

 アスタは渋ったが、フィグの事や流石にあんなことがあった直後のタイムを考えて選択した旨を伝えると、仕方がないなとため息交じりに了承してくれた。

 タイムは慣れない俺たちの拠点より自分の拠点に一度戻った方がいいかと訊いたが、むしろ人がいた方が安心するとのことで今日は俺たちの拠点に泊ることになっている。

 

 明日からは、忙しくなる。

 アスタやフィグ、ククラータだけでなくタイムとその仲間たちのためにも、一刻も早くエリクサーを見つけなくては。

 

 

 そうして自身に喝を入れつつペンを握る俺の様子を、ラネーさんは傍で見てくれていた。

 

 ラネーさんはギルドの受付を担当する職員で、多くの冒険者のあこがれの的だ。

 彼女はいつも微笑んでいる。無論人を注意するときや無法者には厳しいが、そうでないときはいつも柔和で微笑みを絶やさない。陽だまりで微睡む猫のようなその表情が、多くの冒険者たちの癒やしになっているのは見ていてわかる。

 まともな冒険者であれば、彼女をよく言う人間はいても、悪く言う人間は見たことがない。

 

 多くのギルド職員の中で、ことさら彼女が人気を集める理由がもう一つある。

 彼女は新米の冒険者に優しく、今活躍する人間の中に彼女の助言を受けた事のない人間は数えた方が早いくらいに世話焼きなのだ。

 

 そのせいで多くの冒険者から熱い視線や想いを向けられることもあるそうだが、本人は「冒険者と付き合うのだけはお断りです」とばっさり切り捨てる。『初恋狩り』、なんて物騒な二つ名までつく始末だ。

 

 アスタと俺がこの街にやってきたときから既にギルドで受付を行っており、特に俺は彼女に大変お世話になった。

 付き合いの長さならば仲間のフィグやククラータも長い分、姉のように説教をされることもしばしば。頭から酒をぶっかけられたのにそのままギルドに戻ってきたときのアレなんかは、まさにその代表例である。

 

 

 ……彼女にも、心配はかけられない。

 思えば俺が今苛んでいるのは、決して仲間だけではないんだ。

 

 彼女は言った。俺はギルドの顔に立てられるくらいの人間だと。

 ならそんな人間が起こしたへまは、そのままギルドに関わる問題ともいえる。

 ならば、早く、早く、解決しなくてはならない。

 

 

「何か、考え事でしょうか?」

 気付けば、手が止まっている自分を見てラネーさんが声を掛ける。流石にもう妙な横線を引いたりインクでびしゃびしゃになったり、ということはないが、思えば彼女は残業なのだ。

「すいません、少し」

 俺がそう答えると、怒っているわけではないんですよ、と言って俺が座る隣に椅子を引き寄せ、彼女も腰掛けた。

 

 

「申し訳ありません、俺のせいでこんな遅くまで」

「まさか! 私は今日夜の担当ですから気にせずに」

 思わず零した謝罪に、彼女は微笑みを浮かべながら首どころか両手をぶんぶんと振ってそう答えた。

 こちらを気遣ってしてくれるこういうコミカルな言動も、多くの冒険者にはたまらない愛嬌として映るのだろう。

 

 そうですね、と。彼女は僅かに椅子を傾けながら、天井を仰いだ。

 どこか、遠くを見つめているような面持ちで、彼女はぽつりとつぶやいた。

「カイトさんも、大人になったなとしみじみ思ってしまいますね。初めてここに来たときは、ご自分の名前すら碌に書けなかったのに」

「そう、でしたね。ラネーさんには、本当にご迷惑をおかけしました」

 

 村から出て、この街に流れ着いたのももう五年近く前の話になるか。

 アスタはともかく、俺は文字を書くことができなかった。ガキの頃から仕込まれたのは獣の殺し方と罠の張り方、悪意や敵意の探り方ばかり。

 それなのにアスタが流れで俺をリーダーにしたものだから、アスタとラネーさんにつきっきりで文字の書き方を教えて貰って、今こうして簡単な書類の始末くらいは熟せるようになった。

 

「ふふ、いけませんね。少し懐かしくなってしまいました」

 歳をとると余計な事ばかり考えてしまう、そう言って彼女はいつもの微笑みのままに困り眉をする。

 しかし、疑問だった。

 

「どうして、俺に文字を? 書類を書かせるだけなら、何も一から教えなくても」

 

 本当に、良くしてもらった。わざわざ仕事終わりの時間に、俺の為に時間を割いてくれた。

 紙とインク代は当然のように請求されたけど、今思えばそこに彼女の労働に対する対価はなかった。

 

 厚意に預かって、以降馴染みとして仕事を請け負うときは彼女の提案するものを積極的に受注したり、書類を書くときは漏れなくミスなくこなして彼女の仕事が減るようにと努めてきた。

 しかし、それだけでは彼女が自分に割いてくれた時間に、恩義に、報い切れていないような気がしてならないのだ。

 

「そう思ってもらえるのは嬉しい事ですが、そこまで何か深い意味があるわけじゃありませんよ」

 

 そう言って、宙をついと人差し指でなぞるように動かすラネーさん。

 誘われるように、視線がそちらを追う。

 

「書類を書く。そのたびにこれをこういう風に書いてほしい、なんて指示するより、予め基本を押さえてもらえば態々つきっきりにならなくてもいいでしょう?」

 そう言ってふふんと自慢げに微笑むラネーさん。だが。

 

「いや、俺が気になったのは後半になるにつれ戯曲の台詞とか、気取った恋文に使う比喩表現とか、その辺を書かされたことについてなんですが」

 びく、と宙をなめらかになぞっていた指先が強張った。

 

「それは、まあ、なんというか、あまりにも純粋で覚えがよいもので、教える楽しさが芽生えた結果といいますか……」

 舌を出し、誤魔化すようにもごもごと喋る。

 正直、使いどころがわからないし時間を取らせてしまっただけなのでは、そう思わざるを得ないのだが。何かラネーさんのことだ、深い意味があるのだろうと。

 

 

 

「気付きますか」

 

 

 そう言うと、ふうと大きく息を吐いて彼女はテーブルの上に腕を組み、その上に顔を乗せる。猫が昼寝をするときに、前脚を枕にするように。

 

「冒険者は、いつまでも続けられる仕事ではありません。精神的にも、肉体的にも、いずれ限界が来る」

 かり、と。僅かに伸ばした彼女の指が、テーブルの木目をひっかく音がする。

 

「その時、怪物の殺し方や腑分けの仕方ばかりを手に、ダンジョンから離れた世界に向かって、結局血に濡れた世界に戻ってくる人間は少なくないのです。そしてそれは、夢を追い、故郷から離れてやってきた少年少女が辿ることが多い。それが、ひどく忍びなかった」

 きり。細い爪が木目に食い込み軋む。

 それが爪の方か、テーブルの方なのかはわからない。

 

「そもそも円満に引退という形でこの冒険から足を洗うことすら稀なのに、その先で別の苦難が人を圧し潰すなんて、あんまりではありませんか」

 うっすらと、目を開ける。普段見ない彼女の瞳は、鮮やかな空のように透き通る鮮やかな青色で。しかし一方でその眼差しはどこか影が強く、暗かった。

 

「だからせめて、ありふれた戯曲の一節でも、歯の浮くような甘い台詞でも、あるいはそれを学んだ僅かな時間でも。何かが、何かが心に残って、血が手を染めるのを踏みとどまってくれたら、と」

「ラネー、さん――」

 

 ラネーさんは、そう締めくくって、微笑む。

 いつもと変わらない、陽だまりで午睡に洒落込む、人畜無害で優しい笑顔で。

 

 

「それはそれとして」

 

 俺はそう言って、俺は今手元にあった書類にサインを書かず、突き返す。

「途中から誤魔化そうとしてましたよね、()()()を」

 

 

 その書類は、タイムが一党に臨時加入する諸々の書類とは全く関係ない、ギルド職員への転職希望書類だった。

 

 

「あちゃ、バレましたか?」

「激務なのはわかりますけど、俺を引き入れようとしないでください」

 溜息交じりに言うと、彼女は大きな、それはそれは大きなため息を吐きながら顔を腕枕の中に突っ込んでしまう。

 

「いつから、気付いてました?」

「アスタとククラータがいなくなってから差し込んでましたよね、これだけ」

「そこからですか……自信なくしちゃいますよ、これでも腕利きなのに」

 

 そう言うと、僅かに残った書類を彼女はすっと自分の方に引き寄せた。

「直筆が必要な書類はもうありませんし、残りは私が書いておきます」

「え、いやでも」

 

 あなたの仕事が増える。そう言おうとしたが。

 珍しく彼女は頬を膨らませながら、半ば拗ねるようにごちた。

 

「冒険者を謀るのはギルド職員としてあるまじきこと。だからこれは罰ですよ、カイトさん」

 

 ……だが、と二の句を継ごうとしたその口を、彼女の人差し指が塞いだ。

 

「いいから、戻ってあげてください。これはギルド職員じゃなく、ただのラネーとして、ですよ」

 

「わかりました。この恩は、いずれ」

 

 彼女の言葉に、頷く。

 

 また厚意を受け取ってしまった。

 

 そう感じながらも、今はただ仲間たちの元へ走る。

 

 厚意を無下に、そして無駄にすることこそ、最も無礼だと。

 今はただ、そうやって自分を納得させて。

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