頼れる仲間はみんな目が据わってる   作:佐渡ヶシマシマ

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八話・癒やし手、サルビー

 

 

 サルビー・リング・オトシンクルス。

 自らを『癒やし手』の幹部だと名乗ったその男は、ことの経緯をつらつらと話し始めた。

 

 冒険者と一部の『癒やし手』による結託した悪事。

 その対応にと訪れた彼は、偶然ククラータを見つけたため勧誘を試みるも、結果は俺も見た通りになった。

 その後、必要な対処とギルド関係者との話を終えた彼がこの辺りを管轄する『癒やし手』の施設の監査などのためにやってきたところ、偶然俺たちが運び込まれるところを目撃。

 

 かの『救済者』を治療するのならば、相応の格がいるとかなんとかで、彼が対応することになった。

 これが一連の流れだという。

 

「ククラータは、俺が診ると言って聞かなかったのですがね」

 

 冗談めかしてはははと笑顔を浮かべるが、胃のむかつく感覚は拭いきれない。同時に入り口近くで腕を組み、仁王立ちの姿勢で立ち続けるククラータは、サルビーという男の背中を射殺さんばかりに睨みつけている。

 流石にこの状況にアスタも気付いたのか、俺の手を離すと同時に腰に提げたままの剣の位置を正した。

 

「彼の容体は?」

「ああ、ただの疲労ですよ」

 

 鋭い語調で問い質すアスタだが、まさに『にこり』と言った風に、サルビーは微笑む。

 嘘、ではない。ただ吐く言葉の全てが胡散臭い。

 

「正確には、飛び酔い――転送の機能を持つ道具を使う時に起きる、視界と空間の歪みによる意識の混濁ですね。軽度であれば立ち眩みで済みますが、重いと意識を失うこともある。とはいえ、それ以上重篤な症状に陥ることはごくまれです」

 

 ちらりと、俺は奥のククラータに視線を向けた。彼は、僅かに首を振る。

 嘘は言っていない。

 

「普段このようなことがないとは伺っていましたので、恐らくは直前の睡眠不足と疲労、そこになにかしらの精神的疲労、プレッシャーなどが重なった結果でしょう。少し休んで検診をすれば、お帰り頂けますよ」

 

 終始にこやかに告げる。

 これも嘘ではない。

 

 ここまでの受け答えは、徹底して真摯だ。だが、いやだからこそ笑顔や態度で隠そうしている腹の内の方に意識が割かれてしまう。こちらの精神的な距離には近づいてくるくせ、自分の距離の中には立ち入らせようとしないという矛盾に満ちた言動。

 胃のむかつき、拭いきれない不信感の原因はここにある。

 

 ――いよいよらちが明かないことに気付いたのか、俺、アスタ、そして背後のククラータを順番に見まわすと、サルビーの柔和な笑みはついに崩れる。最も笑顔が苦笑いに変わったくらいだが。

 

「……失礼。『救出者』様とククラータ、そして私の三人でお話しさせていただいてもよろしいでしょうか」

 

 サルビーが声を掛けたのはアスタにだった。俺も視線を彼に移すが、アスタは視線をサルビーから外そうとしない。

 それはダンジョンで、敵と睨み合う時の表情だった。

 

 確かに、この男は徹頭徹尾胡散臭い。

 だが。

 

「アスタ。フィグとタイムの事が気になる。彼らの様子を見てきてくれないか」

 俺がそう言うと、驚いたように目を見開いて振り返るアスタ。だが、俺の目を見て彼は溜息交じりに微笑むと立ち上がった。

 俺は、もう動ける。それに、ククラータもいる。

 ククラータが。この男が酒場にやってきて、二言三言の内に投げ飛ばしたあのククラータが今病み上がりの俺の前に彼を引き連れてくることを赦している以上、何かしらの意図が、意味があるはずだ。

 ならば俺はそれを信じる。それだけだ。

 

 最後にすれ違う寸前にサルビーを一瞥してから、アスタは僅かに手を振って病室から立ち去った。

 

 これで、サルビーという男の望んだとおりの状況になる。

 しかし男は柔和な表情を崩さない。胃のむかつきは、おさまらないままだ。

 

「いい加減その気色悪い作り笑いをやめろよ。俺らにゃ通じてねえのわかってんだろうが」

 俺が何かを言おうとするまえに、背後にいたククラータが吐き捨てるように、いや唾を吐くように口にした。しかし、それに対してサルビーは首を振る。

 

「職業病、というのかな。もうやめようと思ってもやめられなくてね」

 その答えに対して食い気味に、そして忌々し気にけっと口を鳴らすククラータ。

 二人の間に漂う関係性は、どうしようもなく険悪だ。というより、ククラータが一方的に彼の事を憎み、嫌悪しているのは伝わる。それと同時に。

 隠し切れないほどに、二人は長い時間を共にしていたことがわかる。そうでなければできえない、なんというか。絆のようなものが。

 

「さて」

 

 と。

 気付けば矛先は俺に向いていた。

 

「あなたにも、恐らくご不快な思いをさせているでしょう。しかし、どうかご容赦頂きたい。これはどうしてもやらなければならないことなのです」

 困ったような笑顔のままで吐く言葉は、阿る様な気色悪さが抜けきっていない。

 

「『癒やし手』の幹部が、病み上がりの人間の病室に押しかけてまで話す必要のある事なのか」

 皮肉を交えて告げる。しかし、笑顔が揺らぐことはない。

「そう言われると苦しいですが、冒険者は、何より『救出者』様はタフであると聞き及んでいます。現に、何か無礼をすれば首を折られかねない程に快調のご様子だ」

 僅かに苦みを笑顔に混ぜ込んでいるが、皮肉で返してくるだけの余裕がある。

 

 駆け引きをしたところで、終わりが見えない。

 不毛さを感じた俺は、この男の言葉の真偽や信用の判断を一端保留することにする。話を聞いて、その上でどうするかを決めればいい。

 特に今はククラータが同席してくれているのだ。特に、人の感情の機微に敏感な彼であれば、そしてこの男について深く知っているのだろう彼の意見を含めて考えれば大丈夫だ。

 

「……それで、その内容というのは」

 

 俺が問うと、彼は笑顔を消した。

 表情を変え真剣な顔つきになると、より彼の顔つきが持つ蛇のような印象が強まる。

 何を言い出すのやら、と。警戒する俺に向けて放たれたのは。

 

「エリクサーでは、ククラータの……いえ。罠によって肉体を女性に変化させられた人間の治療は不可能です」

 

 俺にとって、信じがたい言葉だった。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 エリクサーでは、治せない?

 どうして。

 

「罠による性の転換。その治療法は長らく我々でも調査が進められてきたのです」

 

 始まりは、十数年前に起こった事件。

 女性の冒険者が全面的に禁止される契機となった、貴族令嬢の性別変化とそれに伴う強姦未遂。

 貴族や教会、王族とも関わりのある『癒やし手』がその治療に乗り出したのは想像すれば当然の流れだろう。

 

「ことがことです。高価なエリクサーの使用許可も下りました。しかし……」

 

 経口、塗布、そのどちらにおいても、エリクサーは身体の復元に効果を発揮しなかった、のだそうだ。

 同様の施術は複数回行われ、それでもなお効果はなし。

 

 だが、だが、待ってくれ。

 

 その話は癒やし手だったという過去を持つククラータなら、知っていてもおかしくないのではないか。それなのに、俺は何も聞いていない。そんなはずは。

 

「優秀だった彼が知らなかったはずはない。だから、私は言ったのです」

 

 『こちらも治療法を()()()()()()()()なんだ』

 『()()()()()()君を真っ先に治したい』

 『君が来てくれれば、()()()()()()()()()は今の倍、いやそれ以上になる』

 

 酒場でサルビーというこの男の言葉を思い返すほど、今語った言葉の真実味は増していく。

 どうして。

 俺が視線を向ければ、ククラータは腕を抱くようにしながら俯いた。

 

「――言いだせると思うか?」

 

 それは、これまで聞いたことがないほどに、弱々しい言葉だった。

 

「眠る時間を削って、これまで足を踏み入れてこなかったような胡散臭い市にまで行って薬を探し、自分を見下してるパーティーにまで声を掛けて情報を漁り、日に日に壊れていくお前に。とどめを刺すようなことが、言えると思うか?」

 

 ……バレていたのか。

 ククラータに、気を遣わせてしまっていたのか。

 俺は、また、間違えていたのか。

 

「彼はあなたの為に真実を伏せていたのでしょう。あなたはご自分で考える以上に焦燥しているのです。使い慣れた転送の道具を用いても、意識を失うくらいに」

 

 俺の、ために?

 

 何を言っている?

 俺のせいだ。全て、俺の。

 

 いや、そんなことを考えている暇はない。俺が如何に愚かであるかなんてことは、あとで勝手に反省すればいい。

 

「それで、俺に何を求めるんだ」

 

 目の前の男だ。

 癒やし手の幹部を名乗る人間がこうまで真剣に語る内容は、いわば癒やし手の恥部だ。

 ダンジョンに挑む冒険者が人生を断たれる、ないし大きく捻じ曲げられる理由の大きな一つである事象に対して対処のしようがない。それを今、この男は明かした。

 ならそれをしてまで、俺に言いたいことがるのだろう、と。

 

「ククラータを。私に預けてくれませんか」

 

 俺は膝で腰を浮かせ、身体の正面をサルビーに向ける。

 いつでも、飛び出せるように。

 

 続きを言え。目で促す。

 

「私たちもこの症状に対する打開策が欲しい。ですが、資料や伝聞でしかダンジョンを知らぬ我々では、正直言って手詰まりと言わざるを得ないのです。然し、彼ならば。冒険者として活動し、内部に関して詳細な情報を見聞きし、自分もまたその身体の変化を経験している。彼以上に、この症状の治療法を見つけるのにふさわしい人間はいない」

 

 まるで演説だ。

 そう思うほどに、その台詞は大仰で、そして芝居がかっている。

 

 何より、先程まで薄れていた胃のむかつきが戻ってきている。また腹の底に何かを隠し、そしてその上で真剣でもある。

 

 ――わかっているはずだ。

 会って早々「あなたもわかってしまいますか」などという台詞を吐いたということは、俺が自分の浮かべる作り笑いを、そして何かを隠していることを見抜いていると理解しているはずだ。

 ククラータからさえ「通用しないのだからやめろ」と直接言われていたぐらいなのだ。ならばそんなものを使い続けたところで意味はない。むしろ不快感と不信感を覚えるだけだと、理解できないはずがない。

 

「それも既に申し上げました、職業病です」

 

 ふう、と。疲れたように、眉を揉む。真剣な顔は引っ込み、また作り笑いが表に出た。あたかもそれが自然な表情であるかのように。

 

「『癒やし手』は一枚岩ではない。そして貴族や王族と関係を持つ以上、権力、政治とのかかわりも無縁ではいられない。内心を悟られないように立ち回るのは呼吸をするのと同義。なのでこうして、笑顔というわかりやすい仮面を被り続けてきた。長年そうしていたせいで、脱ぎ方を忘れてしまったのですよ」

 

 不快だが、理解はしよう。

 ならば猶更、小綺麗な台詞を吐かずに意図を話せばいい。煙に巻くような台詞を並べるのではなく、何を考え、そして何を得ようとしているのかを。

 

「……治療法を探したいこと。それが行き詰っていること。そしてそのためにククラータの手を借りたいこと。全て本当です。同時に、成果が出たのならば私に多くの利益が回ってくる、それも狙いの一つです。噂に名高く我々の中でも評価が高い『救出者』様とのコネも欲しい」

 

 指折り数える男。未だ何かを押し隠す気配は消えていないが、余計なことを警戒したり思考したりしなくていいぶんマシだ。

 漸く、漸くなんとなくこの男の輪郭が見えてきた。

 

「欲深いと、思われるでしょうか?」

 

 人間の言葉の中にも、願いの中にも、様々な思惑が混ざり合う。

 自覚の有無に限らず、打算や私欲と入り混じり、それでも理想や希望を望む。

 

 この男は、それをすべて自覚し、そして意図して切り離そうとしているのだ。

 不自然なほどに優し気で、嘘くさく感じるほどに柔和な印象。不完全さが取り除かれた不自然さ。

 ――純然たる理想や希望など、その方がはるかに恐ろしいというのに。

 

「そこまで言えるなら、俺じゃなくククラータに直接言うべきだろう」

 

 そこまで理解して、そこまで聞いて、出した俺の答えはそれだけだ。

 リーダーとして何かをククラータに強いるつもりは毛頭ない。

 

 僅かに動揺した表情を見るに、俺から何かククラータに伝えてほしかったのだろう。仲間たちの為にも頼む、みたいな言葉を俺の口から言えば、ククラータはきっといやいやながらでも、サルビーに手を貸すはずだと。

 

 きっと。そのために。俺を追い込むために、エリクサーの話を俺にしたのだろうから。

 

「カイト……」

 

 ククラータの表情は、曖昧だ。

 俺の様子を伺う心配そうな瞳。俺の態度に僅かに明るい顔色。それと同じかそれ以上に、俺に対する罪悪感や、後悔の色が見て取れる。

 

 俺のことなど、心配しなくていいんだ。

 すべて、俺が招いた事態なのだから。

 

「それに、二人は積もる話もあるんだろう? なら、俺抜きで話すべきだ」

 

 二人の関係について、俺は何も聞かされていない。

 だがククラータがエリクサーの事を黙っていたことといい、態々負傷し、かつコネを作りたいという俺に対して自分への印象を下げる台詞を吐いてまでククラータを引き入れようとしていたことといい、二人の間にはただならぬものがある。

 

 きっとそれは、俺が立ち入ることのできない話だ。

 だがそれでも、今のククラータの仲間の一人として。俺は部屋を出ようとするサルビーの背中に言葉を投げつけた。

 

「頼む、俺の仲間に手出しはしないでくれ」

 

 ――懇願のような台詞になったが。

 これは、警告だ。

 力にモノを言わせたり、或いは害意を持ってククラータを、この場にいない仲間たちを貶めたりするようなことがあれば、俺は何でもするつもりだ。

 

 ()()()()

 

「肝に、銘じておきます」

 

 最後に見せたその微笑みの奥の真意まで、読み解くことはできずに。

 

 

 二人が去った後の病室で、俺はただシーツの上に波打つシーツを、見つめた。

 

 

「そうか――エリクサーでも、無理なのか……」

 

 

 自分で零し、少しだけ、目を閉じた。

 握り締めた拳から、僅かに、血の臭いがした。

 

 

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