頼れる仲間はみんな目が据わってる   作:佐渡ヶシマシマ

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八話(裏)・望む総てに癒やしの手を

 

 

「頼む、俺の仲間に手出しはしないでくれ」

 

 昏倒。その状態から回復。

 そして僕の、正直言えばかなり汚い手段を用いた交渉を受けて、その上で彼が口にしたその言葉。

 『救出者』なんてあまりに安直で重い通り名で呼ばれる冒険者。果たしてどの程度かと思っていたが。

 

 彼が熱を上げるのもうなずける人間だ。そして、ひどく胸が締め付けられるというもの。

 

「肝に、銘じます」

 

 おそらくはこの言葉も胡散臭く取られるのだろう。

 半ば諦めている。それでも、せめて敏い彼が今抱く誠意が少しでも真実だと見抜いてくれることを祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

 そして今。ククラータと共に別室に向かった僕は、見事彼に腹を殴り付けられ地面に尻をつかされているというわけだ。

 

 鈍重なその一撃は、ダンジョン下層のモンスターの皮膚を鞣した革で作った癒やし手の外套をして、内臓に効くほどの威力だ。これでも加減しているのだろう、本気でやれば内臓どころか背骨まで砕けている。

 

「相変わらずだな、テメェは」

 

 吐き捨てる彼の言葉は怒気一色。相変わらず直情的で、真っ直ぐだ。

 

「そういう君は変わったよ」

 

 何度か咽せて、口の中に感じた錆びの味。僅かに切れた唇を拭いながら、僕は起き上がるのも億劫でそのまま床に足を伸ばした。

 ……変わった。それは見た目の話じゃない。

 

「どうして黙っていたんだ?」

 

 僕がまず疑念を抱いたのは、そこだった。

 僕の知るククラータは、治療に対して誠実だった。助かる見込みが少ない患者にもそのことを伝えた上で、可能性を探り、そして多くの患者を救ってきた。

 無論そんな彼だからこそ、救えない人間も多く見てきただろう。難しい患者、匙を投げられた患者、そんな相手を彼は取り零さないように駆け抜けていたのだから。

 

 しかし今のククラータはどうだ?

 自分が罹った症状なら、その経過も状況も何より得難いデータだ。それを元に治療法を探り、そして彼に、『救出者』たるカイトと日々共有すれば良い。

 誤った治療法を信じさせたままにしておくだなんて、あまりにも無駄だ。

 

 

「テメェは、俺達のことを知らないからそんな台詞を吐けるんだよ」

 

 苦々しいその言葉を聞き、なるほどと頷いた。

 

(カイト)以外の仲間と、(カイト)の意見が違うのか」

 

 

 僕の言葉に、彼は何も答えない。なんだ、追い打ちの一つでもとんでくるかと考えていたのだが。

 とはいえ、彼の言葉を噛み砕けば、確かに納得できる部分もあるのだ。

 

 彼の仲間たちは、ククラータ含め全員が『安定しすぎて』いる。

 自分の身体がこれまでと全く違うものになる。それは喋る度に、鏡を見るたびに、そうでなくとも視界の中に自分の身体が映るたびに心を苛むもの。

 人間は強い。数か月すればやがて新しい体に適応していく。それでもふとした瞬間に再燃した記憶が正気を揺るがすこともある、そのくらいに、身体の変化とは根深い症状なのだ。

 

 だが、彼の仲間たちはそれをものともしていない。

 精神的に極めて強い人間。或いは、精神が歪な人間。

 身体の性と自覚する性とが乖離してしまっている人間。

 そのどちらでもないが、しかし適応できる人間もいる。

 

 なんにせよ彼らは皆等しくその稀なケースであり、日常に支障をきたすことが少ないのはそういうことだろう。

 だからこそ彼らは、自身の身体の変化に対して頓着がない。そう考えることができる。

 冒険者に相応しく、強く、そして堅牢な精神。それは称賛に値するだろう。なんなら、我々癒やし手が手を差し伸べる必要すらないほどに。

 

 

 

 ――そう。仲間たちを罠から助けられなかったという負い目を背負った、彼を除いては。

 

 

 彼には簡単に、ストレスを溜めているんだろうとは言った。しかし、ククラータのように他者の心の機微を掴む人間でなくとも、その憔悴ぶりは見て取れる。

 正直言って、今の彼はまともじゃない。

 

 不眠。自己肯定感の欠如。内罰的な言動。はっきりいって、自死に走ってもおかしくない。

 彼はそれを責任感と自分を追い詰めている負い目によって耐え、彼らの治療を行わんとする行動力に無理やり変えている。

 いや、ともすれば。彼は最初からそういう人間だったのかもしれない。それが今、仲間たちの変貌によってより苛烈になっているともとれる。

 

 これまでの経験上、そういう『どこか壊れている』人間に、まともな対話は通用しない。

 彼とも話が通じているようで、恐らくはどこかが欠けている。或いは全く違う受け取り方で補完され、都合のいい認識にねじ曲がった挙句、決定的な決裂が生まれる。

 

 どこまで理性的なのか計りかねる。交渉相手として見るなら、これほど面倒な相手はいない。

 同時に患者として診るのならば、彼は相当に追い詰められた、治さなくてはならない重症者だ。

 

「アイツはそんなヤワじゃねえよ」

 

 ククラータもまた床に腰を下ろす。片膝を立て、僕を真正面から睨みつけるようにして。

 表情から、彼はまた僕の内心を見抜いているのだろう。

 厄介だが、細かい話などせずとも意図が通じるのは幸いだ。

 

「アイツをお前の出世欲に付き合わせるな。アイツは純粋で、守ってやらなきゃいけねえ人間だ。言わなきゃわからねぇか、お前には?」

 

 可能なら、今すぐに首を捩じりきって殺してやりたい。そんな言葉が後に続いてもおかしくないくらい、ククラータの視線は厳しい。

 

 彼にとって、あの冒険者の青年がなんだというのか。どうやらかつての大望は、とっくの昔に捨てたらしい。やはり、ククラータは変わってしまったようだ。

 

 嘆かわしい。同時に、それも仕方がないと思う。

 

「落胆させないでくれ、ククラータ」

 

 だからここは敢えて、彼を逆撫でする。敢えて、癒やし手としての視点で言葉を口にする。

 

「僕は確かに身体変化の治療法を進めるために、彼を追い詰めた。なら君は彼一人を守るために、今なお苦しむ多くの人間の苦しみを見過ごすわけだ。治療法を編み出すということが、僕一人の利益になるだけなはずがないだろう。違うかい?」

 

 これまでの彼ならば。きっと言うだろう。目の前の患者に誠意を持って向き合えないような人間が、多くの人間を救うなんて無理に決まってんだろ、と。

 かつて一度言われた言葉だ。忘れたことなどない。ならば、言う台詞もおのずと決まっている。

 しかし、そんな僕の予想を、ククラータは裏切った。

 

「は? 当たり前だろ」

 

 おおっと?

 

「もう俺は組織に属して、世のため人のために働く高尚な人間じゃねぇよ。俺は俺の為に、俺の回りの人間を癒やす。だからそれ以外の人間が地獄を見ようが、知ったこっちゃないね」

 

 なるほど。納得だ。

 野に下り、そして五年以上が経った。意識の変化も当然のこと、少々甘く見積もり過ぎていた。

 そして同時に。

 彼の変化の根幹についても、凡そ察しがつこうというものだ。

 

「やはり、変わったね。ククラータ」

「変わらないお前の方がおかしいんだよ」

 

 はんと、鼻息荒く言い捨てるククラータ。

 ――カイト青年は直接交渉しろと言ったが、これでは到底協力は得られないだろう。僕は諦めて腰を上げると、彼に背を向けて歩き出す。

 

「ああ、『救出者』様に伝言を。『何か進展がありましたらご連絡いたします。私、サルビー・リング・オトシンクルスは貴方の味方です』と」

「テメェで勝手に言ってこい」

 そのくらい頼まれてくれて欲しいものだが、残念ながら取り付く島もない。

 仕方がないので、折を見て直接伝えさせていただこう。彼はもう僕と彼を会わせたくないだろうが、彼が伝言役を断り直接言えとまでいうのだから、文句も言われまい。

 

 

 

()()()()

 

 部屋を出る直前に、呼び止められる。

 

「お前、これ以上偉くなってどうするつもりだ?」

 呆れた眼差しと、同時にほんのわずかな同情が垣間見える。

 答えられなければ、お前も仕事を辞めてみないか、とまで言いそうなくらいだ。

 

 だから僕は、いつものように上っ面の微笑みを見せながら告げた。

 

「『望む総てに癒やしの手を』」

 

 去り際に見えた彼の驚いたような顔。

 それが見られただけでも、今回の問答は無駄じゃなかったと言えるだろう。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 父親は神父であり、権力と地位を持っていた。

 だからこそ懺悔に来た女を老若問わずに手籠めにして、それを癒やし手に頼んで中絶させるくらいのことはできた。

 

 権力と地位があるから、僕のような『潰し損ない』に気付けないような人間だった。

 

 僕が癒やし手を目指したのはごくごく単純な理由。

 舐められないためには、奪われないためには、人間らしく生きるには、権力と地位がいる。

 だから、それを得たいと思ったまでだ。

 

 優秀で物覚えがよく、かつ従順な僕を父親は優秀な弟子だと周りに吹聴し、息子同然だと大袈裟に語って僕を癒やし手に紹介した。母似の僕を血が繋がっているとは思わず、過去に抱いた女の面影すら思い出せない馬鹿者だと呆れたものだ。

 自分の息のかかった子供を送り込み、地位を高めてより多くの利益を得ようという打算と助平心で動いているのがよくわかる。そして、それが成功すると疑っていない辺りも、全く愚かに尽きる。

 

 そうして大人に阿り、顔色をうかがうなかで、僕は自分の心を閉ざし欺く術を身に着けていった。

 大人が騙せるのなら子供など簡単に操れた。育った街で、僕は背中を押されながら癒やし手の試験を受けた。

 

 

 そして、そこで僕はククラータと出会った。

 彼は僕と同い年で癒やし手に入った努力家であり、同時にひどく明るくそしてよくも悪くも無遠慮だった。

 同い年だからと積極的に僕に話しかけ、共に素晴らしい癒やし手になろうなどと臆面もなく語るような人間だった。

 僕が語った外行きの志望理由を鵜呑みにし、自分の家族の事をぺらぺらと話すくらいに。

 

 最初は見下していた。

 そして同時に、扱いやすいとも思った。

 

 同い年に若くして癒やし手になり、そして活躍する二人。今後地位を得るうえで、実に素晴らしいエピソードじゃないかと。

 そうして最初は競い合い、出世レースからは外れてもらう。その後は明確な実力差を際立たせる引き立て役として閑職にいてもらう。それがいい、そうしよう、と。

 

 最初は、思っていたのだ。

 

 

 だが彼と長い時間を共にして、話し、競い、高め合う中で気付いたのだ。

 

 僕は確かに復讐がしたい。

 その先に、何か目標はあるのか?

 

 このペースで行けば僕は彼と共に高め合えば簡単に父親を踏みつぶすだけの地位と権力が手に入る。では、その先は?

 目的も目標もない、手に余る力を握らされたとしたら、僕は父のようにならないと本当に言えるか?

 

 ならば、僕が向かうべき目的とはなんだ?

 

 ――そして、それは定まった。

 ククラータの目的は、『憧れた癒やし手の如き、正しく清廉な癒やし手になること』。

 ならば僕は、そんな素晴らしい癒やし手だけが栄える世界を作ろう。

 

 『望む総てに癒やしの手を』。子供で、見習いでしかない僕ですらうすうす感じられる腐りきった組織を叩き壊し、お題目として掲げられたそれが、『癒やし手』の姿を現す言葉となりうるように。

 

 

 そして僕らは癒やし手になった。

 彼は語った信念の通り、どんな人間にも分け隔てなく癒やしを与える、まさに癒やし手のあるべき姿となって働き続けていた。

 

 そして僕も、目的に向かって邁進した。

 権威に取り入り内から乗っ取る。政敵は全力で叩き潰す。僕の磨き上げた心を隠す術は大いに役立った。

 当然ただ地位を得るばかりではない。彼から送られる情報や素材を利用して、多くの薬を作った。多くの人を癒やす、彼の助けとなるように。

 

 そうして製薬の力を見せ始めれば、多くの人間が釣れた。

 娼館とズブズブになって毒と大差のない媚薬を売り買いしながら中絶まで受け持つ外道。

 備蓄してあるダンジョン産の素材や毒を調合して麻薬として治療困難な症状をばら撒く守銭奴。

 高潔な精神を持って癒やし手になろうとする子供を性欲の捌け口にする人間とも言い難い猿。

 

 取り入って、おだててやれば簡単に信用して、利用できるものを吸いつくしたら後はゴミ箱、豚箱、実験用の檻の中。

 

 ――順調だった。そして、まったくやりがいある生活だった。

 とはいえ、成功していたのはそこまでだった。

 

 彼は誠実で、実直だったからこそ心を病んだ。

 僕は持てる力を使って彼に休息を与えんとした。

 しかし彼は見世物のように扱われ、僕に対する交渉のカードに使おうと画策するゴミが溢れかえった。

 だからもっと、もっと、力を求めて。

 

 

 その最中、彼と久しぶりに相対したのだ。

 

 そこで、僕は仮面の下を暴かれた。

 

 

 彼は癒やし手を去った。いや、逃げ出してしまった。

 僕は、自分の自分の心を押し隠す方法ばかりを模索し、相手の心を見ることを怠った。

 

 病んだ彼の心を、本心を隠しながらどうにかできるなどと。

 僕のような卑怯な人間が隠す力を得るのなら、彼ならばそれを暴く力を得ると想定できなかったなど。

 彼と進む未来が永遠などと、得る前から楽観的に考えるなど。

 

 まったく、まったく。

 血は、争えないものだ。

 

 

 その後も僕は癒やし手として、いや、癒やし手の『五指』……指になぞらえた名を頂き、薬品の生産と内部監査を司る人間として。癒やし手を正し、変えてきた。

 

 その中で、血に濡れた手段も使った。

 

 彼がいなくなり、彼との友誼が砕けた後も。

 それでも、彼との思い出は得難く、そして掛け替えのないものだ。

 

 信念は揺らがない。

 『望む総てに癒やしの手を』。

 それを果たした時にこそ、僕は漸く、この仮面を脱ぐことが叶うのだ。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 ククラータと別れ、暫く廊下を進み、出向中に宛がわれた部屋に辿り着くと同時に、背後に気配を感じる。

 

「よろしいのですか?」

 

 低いその声は、癒やし手の幹部の護衛として、そして内部監査の際に()()してくる愚か者を排除するために鍛えられた精鋭たち。幾度となく僕は彼らに助けられてきた。

 ……しかし、ふうと息を吐いた僕は()()のまま振り返る。

 

「よろしい、とは?」

「――機密を明かした、あの冒険者に対してです」

 

 機密。

 それは癒やし手が、身体の性が変化してしまうという症状に有効打を持たないこと。多くの冒険者が悩まされ、人生を左右される症状であり、治療を求める人間が絶え間ない。そんな中、このことが外部に漏れれば混乱が起きるから、と。

 

「冒険者もそこまで馬鹿じゃあないさ」

 

 我々に頼っても治る見込みがないからこそ、あの『救出者』と呼ばれたカイト青年はダンジョンに潜り、エリクサーを求めたのだろう。わざわざ公言されていないだけで、この症状は既に不治の病とされているのだ。

 

「それに、僕は彼の味方であると表明した。その言葉を翻しても旨味などないよ」

「しかし、監視くらいはつけるべきでは」

 

 監視? それこそ愚の骨頂だ。

 

「ダンジョンの中まで見通せないのなら監視など意味がない」

 

 ダンジョン内部の探索にはギルドの許可がいる。権力を持つ貴族や王族なら横紙破りも許されるだろうが、そんな派手なことをしたら監視も何もあったものじゃない。

 そもそも僕らがここにきた理由の大きな一つが、この一帯を取りまとめるギルドとの友好関係を確認するためだ。

 王国内でも指折りの大型ギルド。剛腕と大鉈を振るうギルドマスターが不在の現在を狙ったにもかかわらず、我々の内情がいくつか抜かれている。向こうにも、相当素晴らしい暗部組織があるということだろう。

 

 それを理解してなお、ギルドとそのギルドが擁する最高格の冒険者を敵に回すなんて。

 ナンセンス。

 

 

「その辺の交渉や応対は僕が行う。君たちは引き続き、ギルドから委託された仕事をお願いしたい」

 

「はっ」

 

 その返事のすぐ後に、気配は消える。

 

 

(――身体の性転換を起こす罠を用いて冒険者、果ては未知の技術による罠の持ち出しによって民間人をも非同意の上で性転換させる事件。その頻発と、組織的な動き、か)

 

 

 机の上に広げられた書類を拾い、目を通す。

 読むだけで気が滅入る、由々しき事態。そして、その被害者の欄にカイト青年の仲間たち、それに他でもないククラータの名がある事。

 

(仕事は、多そうだ)

 

 笑みは崩すな、心は隠せ。

 

 僕は怒りに引き絞り、歯を食いしばる口角を、無理やり指で持ち上げた。

 

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