頼れる仲間はみんな目が据わってる   作:佐渡ヶシマシマ

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十話・しんじつ

 

 ダンジョンによって変えられるということは、ダンジョンに染まるということ。

 それは、病ではないし、戻ることなんてない。

 

 赫の魔女ガーネットが口走ったその言葉は、信じられないものだった。

 

「な、ぜ」

 

 舌が回らない。言葉が紡げない。

 視界が濁る。息が吸いにくい。

 

 なんだ、これは?

 

 

「ただの身体の変化だと思うのかしら? それともおかしいと思わないのかしら?」

 

 赫の魔女は、苦笑いを浮かべた。

 

「ダンジョンの中の生き物は、多く、そして強い子供が欲しい。他種族間であっても、母体を得るためになら協力するくらいに。でも同じ種族を栄えさせようとしても、オスばかり生まれる。外から来た母体をそのまま使っても、すぐに死ぬ。産むまで時間がかかる。そもそも種が、構造が、何もかもが違うのだから、孕むかどうかも危うい。なら、どうするか」

 

 知らない。

 知ったことか。

 

()()()()()()()()()()()()。頑丈に、そしてどんな怪物をも孕むのに適した身体に。副産物として、鍛えれば強く、魔術を会得するにも適し、思考が明瞭な身体になる。人間であろうが、野生の動物であろうがみな同じ。ダンジョンに染まるとはそういうこと。ダンジョンの罠にかかり、身体が変わるということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ダンジョンの、生き物に近付く。

 鍛えれば、強くなる?

 

 もし、毎朝アスタが剣を振るう音が『軽く』なっていたと思ったのは間違いで。

 剣を振る速度が、速くなっていたとしたら?

 

「そもそもあの罠は、ダンジョンの怪物たちにさえ効果がある。オスの魔物がメスになり、より強いオスの子を産むためにメスはダンジョンの下層へと降りていく。そして下層にはより強い怪物が溢れて、逆に弱いものは居場所がなくなり上層へ押し出されていく」

 

 魔術に適する。

 フィグの使う魔法が、少し前よりも強力になっていたような。

 思考が明瞭。

 ククラータの状況に合わせて薬を選びとる判断力が上がっていたような。

 

 そんな、そんな。

 

「『性を変える罠ならば、同じ罠にかけて元に戻ろう』なんて安易な考えに走らなかったことだけは評価できるけれど、ね」

 

 

 赫の魔女が俺の顔を見て、僅かに首を振りながら放ったその台詞には、慰めと憐れみが否が応でも感じ取れる。

 酷い顔を、していたらしい。

 

 方法として、頭を過らなかったといえば嘘になるだろう。

 だが、冒険者である以上、女性が冒険者になれなくなったきっかけである事件の事は知っていた。ならばリスクが高い方法であるように思えて仕方がなかった。

 

 何より。

 あの瞬間を。仲間たちが呑み込まれる瞬間を目撃していた俺が、あのおぞましいモノに仲間たちを再び呑み込ませるなんて考えたくもなかった。

 

 だから、俺はそれ以外の方法を求めた。それがエリクサーだった。

 だが、それは意味がないと知った。だから、新たな。新たな方法を求める、そのはずだったのに。

 

 

「……君は、果てしなく愚か」

 

 目を閉じると、赫の魔女はカラになった自身のカップの真上に、指を差し出した。

 

「――十二回、私は自らの姿をダンジョンの力でゆがめた」

 魔術によるものか、その指の腹に横一文字の線が入る。それは傷であり、赤く滲む血が流れ出るはずだった。しかし、傷口を伝うその血は、異名と違う不透の黄金色をしていた。

 

 

「百年より前。醜い女だった私は、『罠に掛かって男になったあと、もう一度罠に掛かれば美しい女になれるのではないか』。そんな安易な心持ちでダンジョンに潜った。そして、望み通りの美貌を手に入れた。そして欲に溺れて人に追われ、そこでまたしても考えた。『もう一度同じことをすれば、別の美貌(かお)を手に入れられるのではないか』と。そして、同じように欲に溺れ、同じことをしようとして、魔物に囚われ下層まで運ばれた。そこで、ひどい目に遭って、その最中で魔術を得た」

 

 滔々と語る言葉は、信じがたいものだった。

 自ら罠に掛かりたいという願いについては、フィグも語った。そこはいい。

 

 百年よりも前? そして、何度も罠に掛かり――そして、魔術を?

 それではまるで。

 

「怪物の様、でしょう? 見ての通り」

 

 コップに継がれた彼女の血液は、眩いばかりに輝く、さながら黄金のインクだった。

 

「血は黄金色、髪は切ったら生き物に生まれ変わる。おそらく身体の内側、骨のつくりもメチャクチャ。ダンジョンの罠に掛かるというのは、『そういうこと』なのよ」

 

 冒険者は、その意味を理解していない。

 王族も、貴族も、癒やし手でさえ。彼女は、そう言った。

 

「だから問うわ。()()()()()()()()()

「――は?」

 

 突如として。罠に関する真実と、赫の魔女の真実。訓辞のような、教育のような、そんな言葉を並べていた彼女の言葉の矛先は、俺に向く。

 

 何がしたいか、だなど。決まっている。

 仲間たちを元に戻したかった。俺は、そのために。

 

「違うわ。それは違う」

 

 頬杖を突く。指をさす。先程一文字に裂かれた肌は既に痕すら残らず治っている。

 

「男から女になったこと。それによって狂った、壊れた、苦しんだ。それなら治すというのもわかる。けれど、フィグはそうなっていない。彼から文を貰ったりもしたけれど、他の君のお友達も平然としている様子でしょう? なのにこだわる。それはなぜ?」

 

「――俺のミスだからだ。俺が、彼らを守れなかったからだ」

 

「ならその失態を雪ぐ方法はいくらでもある。というか、フィグが怒ったことが一度としてあった?」

 

 俺はフィグを見る。彼は、首を振った。

 

「怒ってなんていません。ぼくはそうなるつもりだった。皆さんが巻き込まれたのは、悲しかったし辛かった。でもカイトさんに怒ったり、恨んだりすることなんてありません」

 その言葉の後、赫の魔女はフィグに微笑む。よくできました、とでも言いたげなそれは、まるで本物の親子のようだった。

 そして彼女は俺に向き直る。もうフィグに見せていたような穏やかさはなく、射貫くような鋭さを向けたまま、自ら持つ圧を意図的に俺自身にぶつけるようにして。

 

「さあ教えて頂戴。あなたは、何がしたいのかしら」

 

 彼らは、俺を責めていない。男から女に身体が変化したとして、それはともすればメリットになる。

 だが元に戻るのは不可能に近い。手段はなく、無理矢理な解法を使えば人を辞めることになる。

 いや、むしろ。俺はあの失態で、仲間を怪物の入り口に立たせてしまった。

 

「――俺は、皆を、戻す」

 

 答えは、変わらない。

 何かを言いかけた魔女に、俺は答える。答えろと、そう言われたのだから。

 

「間違えた人間を、誰もが責める。失敗を犯した人間を、誰が信用する?」

「だから俺は間違えないように、傷つけないように、優しく清く正しく誠実になろうとしてきた。だができなかった。間違えてしまった」

「埋め合わせなくてはならない。償わなくてはならない。謝罪し補填し元に戻さなくてはならない」

「やってしまった行いは、過ちは、消えないとわかっている。それでもそうしなくてはならない。そうでなくてはならない。有能でなくては、完全でなくては、俺に価値はない」

「そもそも間違え続けてきたんだ。それがどんどん露わになっていったんだ。あの日、他者を信用し、仲間が罠に呑み込まれたあの日から。俺は何もかもを間違えていて、俺の歩みは不完全なモノだったと。ならばせめて一番大きなあの過ちを、償わなくてはいけない」

 

「失敗の責任は全て俺のせいだ。俺が犯した罪だ。何も持たない俺が仲間たちを失わないためには、償うしかない」

 

 漏れ出す言葉はとめどなく、言い終えたころには喉が渇ききっている。けれど出された茶を飲む気にもならない。いつの間にか椅子から立ち上がっていたが、一度尻を持ち上げたらもう椅子に座り直すのさえ、今の自分には烏滸がましく思えた。

 

「そう、そういうこと」

 

 呆れたように。赫の魔女は椅子の背もたれに深く、よりかかった。

「他人を救える自分でないと自分が自分を認められない。立ち止まったらその時点で自分に価値が無くなるから振り返れない、省みない、改められない。あなた、フィグよりたちが悪いわ」

 

 ……だとしたら、どうするのか。

 

 

「殺すわ、君を」

 

 

 殺意。

 

 後ろに下がろうとした身体がそのまま地面から浮き上がる。椅子が弾き飛ばされ、広い室内に豪風が舞えば、磔刑よろしく全身が十字になるよう空中で固定される。

 対抗などする暇はない。ただ、気付けばそうなっている。もがこうとしても意味がない。というよりも、首から下を動かす余地がない。縛られていたり、押し付けられたりするのではなく、自らその体勢を作ろうとしているかのように。

 

 俺が、殺されるのは、いい。

 だが、まだ俺は。何も。何も償えていない。せめてそれが果たされなければ、俺は。

 

 もがく。もがく。自分の意思に反する腕を無理やりに動けと命じる。そのたびにびきびきと腕の中を走る筋のようなものが悲鳴を上げ、血を噴き出す。

 

「――――」

 

 そんな俺の、目の前に。いや、俺と赫の魔女の間に、割り込む様にして。

 フィグが、杖を握りながら。師である魔女に向けて構えていたのだ。

 

「フィ、グ、」

 それが、俺を庇うためなのか。それとも、もっと別の意図があるのか。

 わからない。だが、危険な事には変わりがない。

 

「逃げ「ません」

 

 強く。

 俺の言葉を打ち消すように。

 

 

「逃げません。ぼくは、逃げません」

 

 同時に。フィグは俺に振り返る。

 涙を浮かべながら。そして、顔を真っ赤に染め上げて、眉を吊り上げ、丸く垂れた眦を限界まで鋭くなるように細めながら。涙を、浮かべて。

 

「逃げないでください、カイトさん。ぼくが、ぼくたちがあなたに何を思っているのか。何を考えているのか。ぼくたちの言葉から、逃げないでください!」

 

 そのまま。今度は赫の魔女へ向き直った。

 

「ぼくは、逃げません。彼からも、あなたからも」

 

 ――背を向ける、彼のその姿が。ひどく大きく見える。

 人を守るために立ちふさがるその姿が、眩しく、そして、余りにも遠い。

 

 俺は、逃げていた?

 どうして、俺は。何を、間違えていたんだ?

 

 

「フィグ」

 

 優し気な、その声と共に俺の四肢に自由が戻り、同時に空中から地面へと引き戻される。受け身を取ったのと同時に、遅れて痛みが襲ってきた。

 

 

「――君。カイト、だったかしら」

 

 赫の魔女が、俺の名前を呼ぶ。

 顔を上げれば、彼女はどこか満足げに微笑みながらも、その眼差しから殺意は消えていない。口調も穏やかではあったが、それは同時に既に確定した刑を宣告するかのような無慈悲さも兼ね備えている。

 

 

「あなたに必要なのは、対話ね。フィグと、貴方の仲間たち。彼らと語り、そして見つけることね。あなたの本当の願いを。そして本当に求めるものを。そして、もしそれでもその愚かさが消えなかったのなら」

 

 あなたはきっと、私の愛弟子を殺すでしょう。

 そのまえに、私が君を殺しに来るわ。

 

 

 そう言い残すと共に、赫の魔女の姿は掻き消えていた。

 ぞっとする圧が周囲から立ち消えると同時に、俺は地面に倒れ込む。傷が、思った以上に深かったらしい。

 

 足音と、聞き覚えのあるいくつかの声を最後に。俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 見慣れた天井に気付くと、俺は身体を跳ね起こした。

 四肢の傷には手当てが施された形跡があり、見ればほとんど塞がっている。

 

 ククラータが、手当てをしてくれたのだ。そう察した俺は部屋のドアを開く。皆が集まるリビングのような場所に、皆は集まっていた。

 

「起きたか」

 

 神妙な顔をしたククラータが、俺を出迎えた。他の皆の表情も又、快活とはとても言い難い。

 俯くフィグ。少しだけ悲し気な笑みで俺を見るアスタ。同情、遠慮、困惑、どれとも言えない表情のタイム。

 

 どうやら、話は全てフィグがしたようだ。

 ダンジョンの中で罠に掛かるという事の意味。俺が語った、皆を戻したい理由。赫の魔女が残していった、対話をしなければ俺は仲間たちを殺すことになる。その前に、彼女が俺を殺しに来るという言葉。

 

 俺が、また危機を呼び寄せてしまった。

 歯噛みしようとすると、ククラータはうげという嫌悪を隠さない表情で立ち上がると俺の肩をバシバシと叩いた。

 

「あーあーあー、わかったからもうそういうのはいいから、来い」

 

 そう言って、両肩を掴んでいつも俺が座っている席に座らせる。

 皆の顔が一番良く見える、奥側の席に。

 

 

 

「――まあ、ようするにコミュニケーション不足だわな」

 

 濁った空気を裂くようにして話始めるククラータ。

 俺が危険を読み取る事。ククラータが表情から内心を読み取れること。何より危険なダンジョンに潜り、その中で死線を潜り寝食も共にしてきた。

 だから、お互いに無意識な甘えがあり、お互いを分かった気になっていたと。

 

「俺も、アスタも、フィグも、そしてお前(カイト)も。ここらで一度、あらためて立ち止まってみようじゃねえか」

 

 ククラータの言葉に、誰も反対しない。だが、俺は手を上げようとした。

 今は、タイムがいる。彼は仲間の治療のためにここに来ている。だが、立ち止まるとはいえダンジョンに入って稼ぎを続けなくては。そんなことを言おうとすると、むしろ先んじてタイムがククラータの言葉に賛成した。

 

「それがいいと思うっす。というか、そうしないとダメだと思ってます」

 

 そう言って彼は、俺をちらりと一瞥した。

 

 

「このままだと、その、赫の魔女の人じゃないすけど。カイトさんが死にそうで。カイトさんが死んだら、そうじゃなくてももう冒険者できないくらいのことになったら、きっと皆さんも死ぬよりキツいくらいにすげー傷つくと思うっす」

 

 オレがそうだったから、と。

 

 その言葉に、誰も、何も言えなかった。

 

 

 

 

「決まりだな」

 

 そう言って手を叩いたククラータは、全員をぐるりと見まわす。

「なら明日以降、一日毎で一人づつカイトと面談だ。それ以外の人間は、それ以外の人間同士で腹割って話すことにしようぜ」

 一人ひとりに、そう語り掛けながら。最後に、俺を見る。

 

 

「カイト。お前にもきっちり付き合ってもらう。逃がさねえぞ」

 

 

 

 逃げるな。フィグは、そう言った。

 ――俺は、頷くほかにない。

 

 これから俺は、嫌が応にも向き合うことになるのだろう。

 

 彼らの中にある、しんじつと。

 

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