頼れる仲間はみんな目が据わってる   作:佐渡ヶシマシマ

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十一話・対話、フィグ

 

 

 ……対話が必要。

 そう言われ、先ず話をすることになったのは、フィグだった。

 

 家の中でうじうじやらずに外でやれ、とククラータに二人放り出されたあと、俺とフィグは街で流行っている菓子店に来ていた。

 

 子供から女性、それに冒険者まで。多くの人ががやがやと賑わう中で、テラスで二人向かい合う。

 

 フィグは着慣れ、気に入っているのだろうワンピース姿。いつもと違いつばの広い三角帽子を脱ぎ、代わりに少し前に買っていた髪留めをつけていた。

 ふわと波打つ柔らかい茶髪に、木の葉を模した銀細工。

 これまで以上に、包み隠さずに。その着こなしは、なんとなく一等女性らしい姿であるように見えた。

 

 

 俺は、逃げていると言われた。

 その瞬間は何一つとして腑に落ちなかった。何から逃げているように見えるのか、それは今もわからない。

 だが俺は確かに、フィグが言おうとしていた言葉を途中で遮った。過去の話を、俺たちを欺いたという罪の告白の結論を、不必要だと俺は切り捨てていた。

 

 過程が紆余曲折あったかもしれないが、貶める意図はない。それがわかったなら許すつもりでいたというのも、ひとつ理由としてある。だが、それは耳を塞ぎ、相手の言葉を断ち切るほどのことか?

 

 俺は確かに。何かから逃げている。

 

 彼の抱えていた想いは、あの場で。赫の魔女の目の前で聞かされた。

 『自分は女の姿になるために冒険者になり、俺たちの仲間になった』。全く想像もしえないその動機と理由。それを果たしたフィグが、俺に、何を言うのか。

 あの場で、決着をつけるはずだったのだろう言葉を寸断した俺に、何を思うのか。

 ――ただ、長い沈黙が横たわっていた。

 

「カイトさん」

 

 伸びる沈黙を断ち切った、フィグの声に、俺は背筋を正す。

 

「カイトさんは昔、どんな風に育ったんですか?」

 

 俺の、過去? 首を傾げる。

 

「ぼくの昔の話はしました。でも、ぼく、カイトさんの昔の話はしたことがないな、って」

 

 ……過去の話。

 確かに俺はその話をしたことがない。必要だと思ったことも、そんなことを求められているとも思わなかった。

 だから、話すことにした。

 

 あの日。ダンジョンで倒れた時に見た、『本当』の俺の記憶をすべて。

 墓で目を覚ました俺が、おぼろげな記憶で墓守の家に辿り着くが、殺されかけた事。

 だが刷り込みのように彼を父と認識し、彼の後を追いながら彼のやることを学び、その過程で今の知恵と能力を身に着けた事。

 そんな中でアスタと出会い、町を出て、冒険者になった。

 

 言ってしまえば単調で、山も谷もない。アスタと出会えたことは運命的だとは思うが、それ以外はただ陰鬱なだけの半生だ。

 フィグの両親の話を聞いていたら、猶更この話をしようだなどとは思わない。彼の語った過去と俺の顔に類似しているところはないが、愛もなく生きるのもつらい生活だなんて、聞かせたいとは思えなかった。

 だからずっと、話していなかったのだが。

 話の最中、フィグは驚いたり、悲しそうに眉を下げたり、アスタのくだりでようやく少し穏やかな表情に戻ったり。つまらないし聞き苦しいだろうと思っていた俺の話には多様な反応をしてくれた。

 俺が話し終えると、手元のカップの中に継がれた、白に濁った紅茶に視線を落としていた。フィグはそのまま、口を開く。

 

「ぼくの昔の話、覚えていますか?」

 

「……ああ」

 

 覚えている。

 母親は息子を不特定多数の男に売り渡し、彼はその客を『父親』と称した。

 いびつで、聞くだけでも腸が煮えくり返る。

 その後に赫の魔女が現れて彼を助け出し、自身の屋敷で生活を始めたが、彼が魔術の鍛錬を望んだ結果、虐待にも等しい方法で術を覚えさせた、と。

 

「そうです。そのうえで、ぼくは、嘘をついていました」

 

 あの日。赫の魔女の前で語った告白の続きを語り出すフィグ。

 

「ぼくは、父さん母さんにされたことがきっかけで、男のままでいたいと思ったんじゃありません。あの家で、ぼくは『女の子』でいないと価値がなかった。だから、男のぼくには価値なんてなくて、醜くくていびつなごみくずだと、そう思っていたんです」

 

 言葉も、ない。

 ならば俺が必死に彼を男としてみていたことは、まるきり無意味、むしろ悪手だった。

 そして彼が女の身体になりたいという原因にも、頷ける。

 

 俺の間違いは、ここか。

 

「違いますよ」

 俺がテーブルの上に置いていた握り拳に、彼は明確な否定を投げつける。

 

「違う、のか?」

「もうそれはどうでもいいことなんです。その悩みは、もうカイトさんに解決してもらいました」

 

 俺が?

 思い当たる節がまったくない俺にとって、その言葉は青天の霹靂とでも言えばいいのか、呆気に取られてしまう言葉だった。

 

「――『可愛らしい』。ぼくは、そう言ってもらえました」

 

 記憶の引き出しから飛び出す台詞。

 ククラータの勧誘のために酒をしこたま飲み、その帰りにアスタを部屋に運んだ、そのあと。

 その台詞の後に、フィグは俺の部屋から逃げるように飛び出したんだ。

 やってしまった。そう思った。彼の過去から、そんな無遠慮で配慮の足りない台詞を吐いてしまったと、そう後悔したあの夜の記憶。

 

 しかし真相は逆で。俺が言った言葉は、つまり――。

 

 顔を、上げる。柔和で、実の年齢よりも少し幼さを強く押し出す丸い瞳。若葉のように鮮やかな緑が、ただ柔らかい昼の日差しを受けて、透き通るように輝いていた。

 

 

「魔法を褒められました。好きな洋服を買えました。一緒にご飯を食べました。先生に、魔女のガーネットさんにもしてもらえたことだったのに、皆さんと――カイトさんと一緒に過ごしたすべてが、何よりもうれしかった。何よりも楽しかった」

 

 向けられる、その言葉は。

 

「ここで、ぼくは生きていていいんだ。ぼくは、ここで生きていきたい。そう、思えたんです」

 

 あまりにも、眩しくて。そして、あまりにも、澄み渡っていて。

 

「醜いと、そう思い込んでいた男の自分(ぼく)を。あなたは、()()()()、褒めてくれたから」

 

 頭を殴り付けられるよりも、重い。心臓を打ったときよりも、はるかに痛い。

 俺は、何を、ぶつけられたんだ?

 

 わからない。わからない。ただ、フィグの姿が余りにも眩しくて。余りにも、大きい。

 あの時、赫の魔女に迷いなく立ちはだかった時と同じ。

 手を伸ばしても届かないほどに美しく、遠くて。

 

「もしぼくと同じように、カイトさんが自分を認められないのなら。カイトさんが自分は醜い、汚い、愛されるはずがない。そう思っているのなら。ぼくと一緒に探しましょう。カイトさんが、自分で自分を認められる『何か』を」

 

 喉が焼けるように熱い。身体の中の骨がチリチリと痺れる。

 唇が震える。言葉が喉元で渋滞を起こし、内から集って噛み付いてくる。

 ようやっと、捻りだせた台詞は。

 

「すこし、待ってほしい」

 

 そんな腑抜けた言葉だけだった。

 俺の動揺が、俺の当惑が、きっとフィグにも伝わったのだろう。彼は慌てて、どうしましたかと言ってくる。

 

 やめてくれ。俺のせいで、その表情を曇らせないでくれ。

 

「……わからないんだ」

 

 対話が必要だ。その言葉が脳裏に過った瞬間に、思考し、束ね、取捨選択をしたその上で発しなければならないはずの言葉が、無意識に口を衝いてまろび出す。

 

「俺が今抱いている感情が分からない。フィグ、君がそうしていることを知らなかった自分が恨めしく、どうしてもっと早くに自分がそうしなかったかが許せない。だが、きっとこの考えは、間違いだ。知らないままでいることは良しとはできないが、かといって……君の、全てを知り得、行動するだなんてできっこない。するべきじゃないと」

 

 俺は完璧でなくてはいけないと思い込んでいた。今も思っている節はある。

 だが、そんなことは不可能だと知った。いや、もっと前から、仲間たちを助けられなかった瞬間に理解しておくべきはずのことだった。

 

 そのはずなのに、俺は目を背けていた。

 

 

「わからない。不完全な自分を、どうして君が、そこまで言ってくれるのか。その考えを、今も拭えないのか」

 

 情けない泣き言だ。こんな姿を、見せないように、生きていたはずなのに。

 人目もある。そんな中で、こんな風になっては、いけないはずなのに。

 

 テーブルの上に出した手。片手で固く握り込んでいた手を今度は指を組み、祈る様にして固く握り肘の裏に額を置きながら、目を閉じる。

 どうにか整理して、言うべきこととそうでないことをどうにか纏めようとするたびに、それらが結びつく前にぼろぼろと零れだす。いけない、いけないと思うたびに。

 

 

「カイトさん」

 

 

 手が伸びる。

 握り込んだ掌を、小さな手が包み込む。

 その温もりが、張り詰めていた頭の中を、解きほぐす。

 

「……大丈夫、ですよ」

 根拠や、理論ではないたったその一言だけで、溢れ返った言葉の水位は下がってゆく。

 

「ゆっくりでいいんです。落ち着くまで、こうしていますから」

 

 伏せていた顔を持ち上げて、手を繋ぎながら。再び互いの間に沈黙が腰を下ろした。

 なのに、息苦しさはなく。

 ただ心地のいい沈黙だけが、そこにあった。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「すまない」

 

 結局あの後、暫くそうして俺の手にフィグは手を重ねていてくれた。ぽつぽつといくつか話はしたけれど、結局何かを追加で注文もできずに、他の待っているお客さんに席を譲るために俺たちは離れた。

 

 ――人気の店で、ケーキがとてもおいしいんですよ。

 そう言ってフィグに選んでもらった店だったのに、紅茶の一杯だけで出てきてしまったことを、俺は詫びる。

 

「いいんです。また来ましょう?」

 そう言って少しだけ前を歩くフィグは、俺の手を握ったままだ。

 

 彼に触れることに躊躇い続けていたことを、彼は不満に思っていたのだという。彼が積極的に腕に抱き付いたり、身体をくっつけて歩いたりしていたのは、それへの反感を伝える意図もあったのだという。

 

 前提がまるきり違っていたせいで、彼にも負担を強いていたようだ。

 

 しかし。

 

「今はもう、これでいいのか?」

 そう言って、俺は繋いだ手を見る。これまでよりも、それは所謂『軽い』接触ではないか、と。

 

「いいんです」

 繋いだ手を緩く解くと、後ろ手にしながら振り返ったフィグははにかんだ。また、鼻の頭を少し赤くして。

 

「だって、カイトさんが本当のぼくを知ってくれたんです。その方がずっと、ずっと近付けた気分ですから」

 

 でも、そう言いながら彼は俺の横にまで戻ってきた。

「こんなことなら、もっと早くカイトさんとお話をすればよかった。なんだかんだ、偉そうなことを言ってましたけど、ぼくもきっとカイトさんに嫌われるのが怖かったんだと思います」

 

 嫌われるのが、怖い。

 

 フィグの漏らしたその言葉が、ああと。俺の胸の中に落ちる。

 

 

「そうか。怖かったのか、俺は」

 

 僅かに陽の明かりが傾き、青に僅かな赤みが混じり出す空を見上げる。

 失敗を、失態を、不完全を恐れて。周囲の言葉から耳を塞いで、ただ前だけを見ていた自分。

 評価さえも聞こえない程に頑なで、愚直であれば。自分を非難する声も、言葉も、視界に入れなくてよかった。

 

 何より。自分の後をついてきてくれていると信じる仲間が、自分のことをどんな目で見ているか。前だけ見ていれば、見ずに済むから。

 だから、俺は。

 

 

「カイトさん?」

 

 はっとし、前を向く。立ち止まった俺の前に、フィグは立っていた。

 心配そうな眼差しに、俺は、思わず笑ってしまう。

 

 対話が、必要だ。

 何よりそれは、仲間だと言った皆に、きちんと向き直るためのものだと。今になって、ようやく気付けた。

 

「すまない、フィグ」

 

 情けない。ばかばかしい。あまりにも、みっともない。

 自戒と共に口をついて出る謝罪。やはり俺は間違えていた、そうわかった。

 

 だから。

 

「こんな俺でも、仲間だと言ってくれるか?」

「――?」

 

 俺の問いに、ぽかんとした後に。その顔はまたあの笑顔になる。

 柔らかく、優しく、そして愛嬌に満ちた『美しい』笑顔に。

 

「当たり前じゃないですか」

 

 

 手を繋ぎ、俺たちは宿に戻る。

 

 

 俺には、対話が必要だ。対面し、語り合う必要があるのだ。

 これは全てを背負ったつもりでいた俺の、果たせなかった、果たさなかった責任だった。

 

 その果てで仲間たちに、どのような決断を下されようとも。

 俺はもう、逃げてはいけない。

 

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