頼れる仲間はみんな目が据わってる   作:佐渡ヶシマシマ

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十二話・対話、ククラータ

 

 

 対話が必要だ。

 フィグと共に話し、それを教えられ実感した俺が、自ら声を掛けたのがククラータだった。

 

 

 ククラータには、色々な悩みを打ち明けていた。いや、そのつもりだった。

 だが実際にはきっと足りていなかった。いや、根本的な部分が足りていなかったのだと思う。

 この話を提案してくれた時に彼自身も言っていたが、彼は心の機微にとてもよく気付く人間だ。毎日顔を合わせて話をしていたからこそ、『なんとなく』通じ合っていた気になっていた。

 

 

 フィグに対する気遣いといい。

 それがまったくの真逆である可能性だって、ある。

 

「ラブコールかい、お熱いねえ」

 

 オレから声を掛けられた彼は、半ば冗談めかしてそう言った。フィグは不機嫌そうに頬を膨らせ、アスタは素振りに使う木剣に手を掛けていたので慌てて仲裁する羽目になったが、しかし。

 

 

 彼の眼差しの中に、躊躇いのような、後ろめたさのようなものが。一瞬だけ、見えた気がした。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「で、()()なのか?」

「しゃーねぇだろ、俺だぞ?」

 その後昼間だというのに連れてこられたのは案の定、酒場だった。

 

 と言っても、そこはいつもの賑やかで値段も安い、俺もいくらか行き慣れたような店ではなく、地下にある静かな個室の店。座席は一個一個と独立したものではなく、皮のソファ。

 薄暗い照明といい、俺がこの間踏み込んだタイムを貶めた下手人が潜んでいた場所や、ともすればダンジョンに近いような気がして身構えたが。

 実際に入ってみれば全く違う。下品さも、妙な香りもなく、ただ厳かさと穏やかな雰囲気がなんならいっそ心地いいくらいだった。

 

 

「随分険が取れたじゃねえか」

「フィグのお陰だ。俺はいつも皆に助けてもらってばかりだよ」

 

 そう語りながら、俺はククラータに視線を向ける。

 彼は手元に来た水のグラスを一気に煽った。

 

 ……俺とククラータの間にある、理解の壁。それがどのようなものなのか、それを詳らかにする必要がある。そう思いながら、彼の言葉を待つと。

 

「昨日、アイツと呑みに行ってきた」

 

 懺悔のように切り出したのは、そんな話。

 ()()()。彼が出したその呼び方の響きから、誰を指すかは考えるまでもなかった。

 意外、同時に警戒。どうしてそんな感情が自分の中に渦巻いたのかはわからないが、先走るなと理性がすんでのところで制する。

 

「俺ぁ、他人の感情を推し量れる人間だと思ってた。だが、アイツの語った言葉の全てが嘘じゃないこと。表情と裏腹な心を、そんで俺のクソさを改めて思い知らされた」

 

 グラスの中で氷が回る。から、という小気味のいい鈴のような音色が濁って聞こえるくらいに、今の場は息苦しい。

 

「カイト。俺は人間はクソだと思ってた。どいつもこいつも、押し隠そうが腹の内は真っ黒だってよ。だが実際のところ、俺は相手の心の内を探ろうとして、上っ面を見破るすべを身に着けただけで満足して、浅い理解で人間を判断してたんだ」

 

 針が心にまちを留める。

 ククラータが語るその言葉の全てが、謝罪し、あらためなくてはならないと思っていたことを先回りで当てられているようで。

 

「笑っちまうぜ。俺が勝手に押し付けたきれいごとを、アイツは今でも抱えてくれてた。裏切ったのは俺の方だった。嫌になる、本当に」

 

 そこまで言ったところで、店員が飲み物を持ってきた。

 酒の瓶が数本。それにグラスとナッツ。水を差された空気になるが、すぐに彼は瓶の蓋を開けて俺のグラスにも酒を注いでくる。

 飲ませる、というよりは言い訳位の量。彼はカラになった氷の入っているグラスに並々と注いでいた。

 

 

「乾杯、付き合ってくれるだろ?」

「……ああ」

 

 

 かつ、と音を立ててから。ククラータは一気にそれを飲み干す。喉を潤したのが効いたのか、或いは店員が遠ざかるのを見越していたのか。それとも酒精が入って気がよくなったのか。舌の回りは増していく。

 

「俺はお前に俺を重ねてた。だが、そいつは思い上がり、いや、思い違いか? どっちでもいい。お前が、傷つき、悲しむ姿をどうにかしてやることで、間接的に俺は自分を慰めてたんだ。だから――正直、この機会を有難いと思ってる部分もかなりデカい」

 

 はは、と。乾いた笑みは、普段酒を呑んでいるときの満足げなモノとは違う。

 苦い薬を舌の上に伸ばされているみたいな、そういう顔。

 

 

「俺は、勝手に自分を投影したお前(カイト)を救おうとすることで自己愛を満たしてた。とんだヘンタイだ」

 

 

「そんなことは」

 

 ない。

 否定の言葉を投げかける寸前で、自分の心に突き刺さった針を思い返す。

 

 誰かを救うことで、自分の心を満たそうとする。それを咄嗟に否定しようとしたのは、なぜだ。

 考えるまでもない、耳に入る彼の自戒と懺悔の節々に、思い返せば思い返すほど自分の行動に結びつく色が濃くなっていくからだ。

 

 

 ククラータと、俺。

 かねてから互いに話す時間が多かったのは、シンパシーを強く感じていたからだと思う。少なくとも俺はそうだった。だからこそ、余計に疑念は大きく膨らみ、自分の前にそそり立つ。

 

 

 ……俺は。俺は、自分の為に、誰かを助けていたのか?

 

 

「んな顔すんな」

 

 また一人で内々に抱え込もうとしたところで、ククラータは俺の肩を組む。

 隣り合って座っていたせいもあるが、急に引き寄せられ抵抗することができない。

 

 

「なあ、お前の話も聞かせてくれよ。俺みたいな枯れたオッサンの自分語りじゃなくてさ」

 

 

 乞われるがままに、話す。

 とはいえ俺が言えることなんてのはたかが知れていた。

 

 過去の事。思い返された過去の記憶と、アスタとの邂逅。その中で見えた、自分が不幸であっても他人を助けない理由にならないという思考と、仲間たちを失えば、自分はもう何もないという空虚を。

 フィグとの会話。フィグに向けられた真っ直ぐな感情と、これまで彼にしていた『配慮』の独りよがりさ。それによって仲間たちと向き合うことから逃げていたのだということを理解したことを。

 

 そして。

 ククラータに、俺は弱音を話してきた。彼を頼りがいのある人物だと認識し、信頼を置いていると思っていたこと。その一方で、俺は彼に何度も言われた台詞との矛盾。

 

 

「仲間なのだから、頼れ。なんどもククラータにはそう言われた」

 

 

 俺が思っていた認識と、ククラータの中での認識が異なるんじゃないか。

 今日ククラータと会話することで、それが見えてくるはずだと。フィグとわかり合えたように、ククラータとも真の意味で通じ合えると。

 

 

「けれど、また、わからなくなってしまったんだ」

 

 

 俺の心が上向いたのは、フィグとの会話によって自分の失敗の根本的な原因がわかったからだ。だからそれを正せばいいと。

 先走った自分の落ち度を。仲間たちを省みず、自分が正しいと信じる道を走り続けたことをこそ、仲間たちと語り合うことで改めればいいのだと。

 

 

 しかし、わからなくなってしまった。

 だが、人を助ける。助けたいという願いは間違いではなかったはずだ。自分が誰にも愛されずに生まれたとしても、誰かを助けることはできる、いやそう言う人間だからこそ世界を憎まず他人を助けるべきだと。

 

 

 ――だが。

 もしそれが、彼の言う『自己愛を満たす』ための行為だとしたら。

 

 俺は、いや、俺という存在が。全て、間違いだったのではないかと。

 

 

 

 

「馬鹿が」

 

 つっけんどんで、呆れ交じりの声。いつもなら頭を小突かれたり、それこそ睨みつけられたりして説教を食らうはずだ。

 だが、今は。組まれた肩から手を外し、頭を抱え込むようにして抱き着かれると、そのまま側頭部を乱暴に撫でつけられる。

 

「だから駄目だったんだよ、俺たちは」

 

 深い、後悔。同時に、子供に本を読み聞かせるような、柔らかい響きだった。

 

「人間は一個一種の感情だけで動いてるわけじゃない。私欲も善意も悪意も、全部が全部混ざり混ざって、俺たちは動いてるんだ」

 

 長く、息を吐くククラータの呼気。そして、押し当てられたククラータの左胸の奥から、微かに届く心音。

 

「俺は癒やし手になりたかった。お袋を助けてくれた癒やし手に憧れて、そいつみたいになりたかった。だが、癒やし手ってのは給料もいいし偉い。いじめられっこの俺には、偉い地位ってのは価値もあった。危険な仕事ばっかで家を空け続ける親父の代わりに、自分のお袋を助けて、必死に駆けずり回った自分をも褒めてくれた憧れの人に、父性を感じて追っかけちまったのも嘘じゃねえ」

 

 ……彼は続ける。

 

「俺は、身体が女になったことを損だと思ってる。デケェ乳のせいで足元が見えにくいし、酒場じゃ面倒な奴らに絡まれる。一人酒がやりにくいったらありゃしねえ」

 

 背筋が凍える。

 やはり、俺は。そんな言葉が喉を蹴る。

 

「だが、それ以上に得だとも思ってんだよ」

 掌を返すようにして、言われたその台詞。真意を知りたくて、押し付けられる胸の肉をどうにか顔で押しのけて、隙間からどうにか表情を見上げれば、歯を見せて悪そうな笑顔を浮かべていた。

 

「年季が入ってギシギシいってた関節も痛まない。目ははっきり見えるし腰もシャンとする。浴びるほど肉食って酒呑んだって胸焼けも二日酔いも軽いし、何よりわかるだろ? このもちぷるなお肌をよ。鏡見て自分で撫で繰り回せば目も心も洗われるってもんだ――まあ、肩こりだけは治らなかったが。そこは良し悪しだ」

 

 そう言いながら、わざと俺の頭をぐいぐいと押し込んで膝の上に乗せれば、そのまま顔の上にのしと胸を載せてくる。息苦しいことこの上ない。

 だが、揶揄い交じりのなかで、彼が言いたいことはうっすらと伝わる。

 

 

「人の想いなんてのは、簡単に察せるほど浅くもないし、善悪よしあしで色分けできるほど単純でもないってことだろ。一つの行動にしたって、自覚無自覚ないまぜに、いろんな思いや欲がいっしょくただ。少なくとも、俺も、アイツも――きっと、お前もそうだ」

 

 

 ククラータ。名前を呼ぼうとするが、口が塞がれている。

 かかった息に「くすぐってぇな」と漏らした彼によってようやく解放された俺は、そこで起き上がることができる。だが、振り返る勇気は出なかった。彼の顔を、直視することができなかった。

 

 まただ。また、この感覚だ。

 胸の奥が、締め上げられる感覚。血が必要以上の熱を帯びて全身を焦がすような、フィグの時と同じ。

 

 

「さっき、俺は俺の馬鹿みてぇな考えの一つをお前に話した。だが、別にお前の一党やこのお節介を辞めるつもりは毛頭ねぇ」

 

 

 グラスに瓶がぶつかる音と、とくん、とくんと継がれる水音。

 

 

「情けない自分を満たすための代償行為は、本当だ。だが、お前の仲間であることの喜びも。お前に取り戻してもらった誰かを助ける誇りや使命感、誰かの為に駆けずり回る中でしか得られない晴れやかな気持ちも、心の底から信じられる仲間ってのを得た喜びも。全部、間違いなく本当だ」

 

 

 喉が鳴る。数秒の後に、グラスの底がテーブルを打つ音。

 

 尖った神経が自分の中でうねり続ける思考の渦音さえ拾う錯覚。

 一口、唇を濡らす程度だった酒精が脳を浸しているのではないかというくらいの体温。

 

 

「お前を支えてやりたい。お前に幸せになってもらいたい。その気持ちは、本当だ」

 

 

 意を決して、振り返る。

 

 俺の頬を。ククラータの人差し指が突いていた。

 

「なんつー顔だよ。とって喰っちまうぞ?」

 

 けたけたと、愉しげに笑いながら。頬杖をつき、俺を見つめるククラータの瞳は。これまで感じていた強さとは全く違う、優し気で、同時に穏やかな。ずっと取り憑かれていた何かが洗い流されたような、そんな風で。

 

 

「安心しろよ。お前の心根がどうであれ、お前がしてきた人助けは嘘じゃない。お前が迷うなら、その時は背中を押してやる。自分の心がわからなくなったり、自分の心根がどうしようもなく醜い邪悪一色に感じる時が来たら……まあその、なんだ」

 

 

 突いていた指が、包む掌に変わる。

 怪物を殴り、薬を混ぜ合わせ、酒を煽る掌。傷も、乾きもそのままに、武骨さの名残を残して、細くなったその手が。慈しむように、俺の顔を撫でる。

 

 

「俺が酒代わりに、迷いや悩みを忘れさせてやる。そっちのが、多少身体にはいいだろうからな」

 

 

 まただ。

 腹の奥底、背骨まで響く重いもの。向けられる、まっすぐな目。

 

 呼吸が浅くなる。毛穴が空気を求めて大口を開く。

 

 

 ……視界が、ぐらぐらと揺らぎ始めた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「気付いたか?」

 

 

 目を醒ませば、見慣れた天井。聞き慣れた声がそこにあった。

 慌てて身体を起こせば、微かな頭痛と共にベッドの縁に腰を掛けたククラータがいた。僅かに赤い頬といい、部屋に漂う僅かな酒の臭いといい、酒場に行ったのは間違いないらしい。

 

 外はまだ暗い。シーツの感触を確かめると、そこが間違いなく自分の部屋だと理解する。

 しかし、なぜか記憶は酒場の対話の終わり際から断崖のように断たれ、繋がっていない。続いていたはずの意識が途中で裂けて、まったく思い出すことができない。

 

「何が、あったんだ?」

 

 何か、してしまっていないか。恐る恐る、ククラータに投げかける。

 俺の問いに、不自然に口角を持ち上げながら彼は答えた。

 

「お前――あの後、話の途中で耐え切れねえとばかりに酒瓶ひっつかんで一気飲みしたんだよ。ほんでそのままぶっ倒れた。焦ったぜ、何やってんだよ」

 

 それは、怒りではない。

 思い出し笑いを堪えるような、揶揄いを抑えるような表情だ。

 

 一方で、俺の心は乱れていた。

 

 動揺、動悸。記憶の反芻をすればするほどに、足場が細く窄まっていく。

 

 突然酒を煽った理由がわからない。どうして、そんなことをしてしまったのか。また、俺は向き合うことから逃げてしまったのではないかと。

 

 もっと言えば、ククラータの言葉が、俺に重くのしかかっていた。

 『人の心は一つじゃない』。行動ひとつとっても、様々な思惑があって当然で、それらは決して善悪白黒のふたつで切り分けられるようなものではないと。

 

 

 善いことは、正しい。悪いことは、誤り。

 

 そうではないというのなら。

 俺は、これからどうしたらいいのか。

 

 対話を行えば行う程。仲間たちの事を知り、教えられるほどに。

 自分の未熟さ、自分の愚かさだけが膨らみ、自分が何を考え、何を意図して動いていたのか。それがわからなくなる。

 

 視界が開けていくほどに、自分の本当の姿が得体のしれないモノになっていくみたいで。

 

 

「カイト」

 

 ククラータの声。気付けば彼は俺の傍まで近づいて、顔を覗き込んでいて。

 

「大丈夫だ」

 

 尋ねるのではなく、言い切って。

 心配げな顔を浮かべずに、微笑を浮かべ、励ますように。

 

「そんなに不安がらなくても、大丈夫だ」

 

 そう言って、俺の髪をぐしゃりと撫でつける。

 

 

 

 部屋を去る彼の背中を、俺は見つめ続けた。

 

 胸の中の心臓は、部屋の灯りを消してもなお、煩いままだった。

 

 

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