頼れる仲間はみんな目が据わってる   作:佐渡ヶシマシマ

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十三話・対話、アスタ

 

 朝。いや、そう言うには少しばかり早い。

 青と朱とが混ざりきらずに重なって、濃い紫になった明けの空。窓の外から見えるそれを眺めながら、俺は、まだ重い頭を無理やり起こした。

 

 

 フィグとの対話で、俺は仲間たちから目を背け、向き合うことから逃げていると分かった。

 ククラータとの対話で、俺の『人を助ける』思いの根本に私欲があるのではないかと考えた。

 

 自分の信じた行いは全て間違いだった。

 突き付けられる真相に、俺は未だ動揺を消せずにいる。

 

 同時に彼らの言葉を思い返すたび、俺の内側にある何かが毎度ざわめき乱れるのだ。

 己を認められる何かを見られるまで、傍にいてくれると言ったフィグ。

 自分の中に存在した善し悪し様々な感情を噛み砕いてなお、支えになってくれると言ったククラータ。

 二人の眼差しを思い出すたびに、心臓が痛いほどに早鐘を打つのだ。

 

 焦り。困惑。思考がまとまらない。

 

 だが、身体を起こし、気付けば既に宿の裏手、庭に来ていた。

 早朝。寝て起きた直後。条件が揃ったことで、身体が無意識にこれまでの日々での習慣を再現する。武器など鍛錬に使う道具を置き忘れることを腑抜けていると思うべきか。心中も脳内も思考に絡め取られている中でも、足だけは鍛錬に動く当たり錆びていないと取るべきか。

 

 ……一度、大きく息を吐く。

 考えることは重要だ、だがこうも不安定な状態で出した考えに果たしてどれ程の価値があるのか。

 頭を整理するためにも、いつも通りに鍛錬をしよう。道具を取りに戻らなくては。

 

 そう思った矢先だった。

 

 

「やあ、カイト。今日は特に早いね」

 

 

 はたと振り返れば、そこにはアスタがいた。

 身軽な服装。左手には木剣。そして空いた右手に、俺が使う武器を収めたベルトが握られている。

 

 

「――お前も、だろ。アスタ」

 

 

 いつものような、やり取り。

 しかし、その日の俺は、今までとは全く異なる心持ちで彼の言葉を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 鍛錬の間、アスタは無言だった。

 一方の俺はというと。座り込み、投げる得物を手にしたはいいものの、それを手から離すこともできず、ただ隣のアスタばかりを気にしていた。

 

 軽くなった素振りの音。しかし実際に目の当たりにすれば、その速さは長年彼の剣を扱う姿を見てきた俺でさえわかるほどに上がっている。

 木製とはいえ決して馬鹿にならない重量の剣は、その刃筋に木の葉が落ちればそのまま両断されるのではないかと思わせるほどに速く、鋭い。動きの一連に継ぎ目はなく、爛々とした瞳の輝きは残光の軌跡を残す。それほどまでに、美しく、強い。

 

 毎朝、こうして彼と共に訓練をしていた。戦いの中で、彼の姿を見てきたはずだ。

 その中で、分かり合えている。そう思っていた。

 

 ……浅はかだった。俺は、こんなにも彼に目を向けられていなかったのか。

 

「そんなに見つめられると、恥ずかしいな」

 

 木剣を杖替わりに地面に置き、僅かに首を傾げるアスタ。恥ずかしい、などと言いながらこちらの様子を伺うその素振りの中に照れや委縮の気配は微塵もない。むしろどこか満足げな様子さえ見え隠れする。

 

 だが、こうして観察から得られる情報の幾らが本心か。

 言葉や表情が本心だとしても、訓練の集中を削いでしまったのには変わらない。

 

「すまない」

 

 口をついて出る、謝罪。それにふうと息を漏らしたアスタが、近づいてくる。

 どうしたのだろうか。そう思いながら阿呆面を晒す俺の隣に、彼もまた腰を下ろした。

 

「悩んでいるのかい、カイト」

 

 迷走しながら留まらない俺の思考を、両断するように。ただ一言、そう切り出すアスタ。

 そうだ。俺は確かに、悩んでいる。

 

「わからないんだ」

 

 だが、返答として吐き出された台詞は、多くは否定に、時に肯定とも捉えられるだろう曖昧な台詞だった。

 

「……二人と話をした。俺は、皆から逃げていた。向き合うことで否定されることを恐れて、俺が正しいと信じる道に皆を付き合わせた。それに、そうやって自分が正しいと思った選択が、仲間だと言った皆のためではなく、自分のためだったような気がしてならない。正しい事をしようとする、そんな自分を満たすためだけの選択だと」

 

 ぽつぽつと語る言葉はひどく内罰的で、言った端から耳にすれば不快になるだろうと自省を促す程に陰々滅々としている。それでも、止まらない。

 

「そんな風に、俺自身の未熟さに、醜さに、消えてなくなるべきなのではないか。そう思うたびに、フィグも、ククラータも、俺に『大丈夫』と言う。それが、どうしてもわからない。どうして二人は、俺に、こんな俺に、あんな風に言うのか」

 

 俺は、そんな言葉を。暖かく、優しく、接してもらえる人間などでは。

 そう言いかけたところで。

 

 むんず、と。

 隣に座ったアスタの大きな右手が、後頭部から俺の頭を掴み、そして。

 

 

 

 ぐ、ぎりぎりぎりぎりぎり。

 

「い、だ、痛い、いったい、痛っったい割れる、割れるアスタ割れる、」

 

 

 

 

 手の中で固いナッツの殻か果物でも割る様に締め上げられる頭の骨。圧力がかかってメキメキと軋む聞こえてはならない音が聞こえる。

 

 これまでにないくらい本気でもがいて、本気でアスタの手を引っぱたいて制止を促し、漸く解放された瞬間押し込められた血流が一気に戻って直接的な痛みとは別の内側に発する痛みと眩暈が同時に襲ってくる。

 こんなのを毎日喰らっていたフィグに、心の底から同情すると共に。

 こんなことをされる理由を、俺は一切理解できずにいて。

 

「僕は怒っているよ、カイト」

 

 腕を組み、笑顔を向けるアスタ。

 わかる。アスタは怒ったときほど笑顔になる。きらめきよりも圧力の籠った、恐ろしい笑顔になる。今の彼は、まさにその表情だった。

 

 ……当然か、そう俯いたその頭にもう一度掌が載る。

 固い掌だった。何度も、剣を握ることで出来上がる、厚い掌だった。

 

「君は、僕を助けたことを後悔しているかい?」

「まさか」

 

 

 

 そんなことは考えたこともない。

 あの日、あの時。父の真似事をして墓を見回っていた中で、偶然見つけたその姿。夜の闇の中でも、彼の眩い髪は月光を浴びて良く見えた。

 間一髪、本当に間一髪、彼を襲う獣を倒し。その後、彼と共に過ごす中で、俺は父の背を追う以外の生きる目的を見つけられた。

 

 親も知れず宿もない。こんな俺でも、誰かを助けられる。

 どこから来たかもわからない。こんな俺にも、手を差し伸べてくれる誰かがいる。

 それを教えてくれたのは、アスタだ。

 

 だからこそ、アスタはかけがえのない友人であり、俺の恩人でもある。

 あの湿った死の臭いが漂う墓所を彷徨う、誰でもない(おれ)を友人と呼んでくれたのだから。

 

 

 

 

「後悔なんて、するはずがない」

 言い切った俺に、アスタは矢継ぎ早に質問を続けた。

 

「なら、フィグをあの日、娼館通りの裏手で助けたことは? 間違いだったと思う?」

「いいや」

「助けた冒険者の話を聞いて、ククラータを勧誘しようとしたときは? 失敗だったと思うかな?」

「そんなことはない」

 

 どうして、そんなことを。

 

「いや、なら、それでいいじゃないかと思っただけさ」

 

 頭の上から手が離れると同時に顔を上げる。何を言っているのか、わからずに。

 隣に座るアスタの顔は、笑顔のまま。しかし、先程まで剥き出しだった怒りの圧力はなりを潜め、ただ蒼い瞳が俺の目を真っ直ぐに見つめていた。

 

「君は人を助けた、だから彼らは君に感謝している。それだけだろう?」

 

 その言葉のあまりの単純さに、俺はいやいや、と否定の言葉を口にする。

 

「確かに、そうかもしれない。だが、そのあと俺はずっと間違えていたんだ」

「知ったことじゃない」

 

 俺の言葉を、またもばっさり切り捨てるアスタ。向こうの言葉は直接鎧を突き抜けるのに、こっちの言葉は全て盾で弾かれる。なんだ、この理不尽は。

 

「僕の出自を君は嘲笑も侮蔑もしなかった。僕の見た目を理由に贔屓もしなかった。君はただ僕を一人のアスタとして、一人の友人として扱った。僕はそれに救われてきたし、だからこそ君は僕の大切な、唯一無二の友人だと思っている。僕の大切な友人を貶す人間を許すつもりはない。もちろん、それが君であっても」

 

 俺の底の底まで見つめんとする蒼。強く、逞しく、そして太陽よりも眩しい晴天の如き、蒼。

 

「フィグの格好を笑ったことがあるかい? 彼の語った経歴を疑ったことは? 幼い彼に向けられた数々の歪んだ欲望。その数々を一身に、ともすれば自ら望んで浴びた彼を汚らわしいと思ったことは? もしそんなことが一度でもあったとしたら、彼は君の仲間で居続けるはずがない。違うかい?」

 

「ククラータの酒好きを心配することはあっても、無理矢理禁じようとしたことは? 彼の語る不器用で汚い言葉に本気で苛立ったことはある? そもそも彼の技量を疑ったり、彼の中にある善性を信じていなかったら、君はそもそも彼を仲間にしようとは思わなかっただろうし、彼も君にここまで付いて来てはいない。そうだろう?」

 

「タイムくんは? 受付のラネーさんは? 仮に君が『自分の為に』やった行動だとしても。結果として、君を見つめ、君のためにと動いている人はいくらでもいるじゃないか」

 

 

 次々と並べる言葉に、反論も許してもらえず滅多打ちにされる。

 

「だが、」

 

「くどいよ」

 

 笑顔が、消える。

 柔和な眦が元の位置に戻る。眉が正され、頬が締まる。

 

 

「言ったはずだ、僕の大切な友人を貶す人間は許さない。君の行動、君の決断。それを貶めるつもりなら、君であっても決して許さないと」

 

 どうして。

 

「どうして、そこまで」

 

 わからない。何も、何もわからない。

 

 

 

 

 

 

「君を愛しているからさ」

 

 

 

 心臓が、割れるかと。

 そう錯覚するぐらいの衝撃が、全身を走った。

 

 

 

 

 

 

 何を、何を言っている?

 何を言っているんだ、アスタ。

 

 

「親愛、友愛、敬愛――或いは、もっと別の。僕だけじゃない。形は、きっとおのおの違うものかもしれないが、確かに。みんなが君を想っている。君の思惑はどうであれ、君の行動が、君の決断が、多くの人にとってはそれほどまでに価値のあるものだったのさ」

 

 

 ……そんな。

 愕然とする。俺は間違い、俺は決して正しい人間ではなかった。だのに、そんな俺を、どうして。

 

 アスタが、俺の額に手を当てる。髪をかき上げ、より深く、目と目を合わせるようにして。

 

「君は、自分の事が嫌い?」

 

 そんなアスタの問い。わからない、俺は首を振る。

 

「好き嫌いなんて。考えたことがない」

 

 ただわからない。

 

 愛されているかどうかなんて、好意を持たれているかなんて、わからない。

 肌で感じるのは害意と敵意だけなんだ。それ以外の感情は、これまでの経験で感じた凡その感覚を当てはめているだけ。

 

 自分のことを、どう思っているかなんて考えたことがない。

 未熟だとか、失敗した責任を自分に求めていることはよくある。けどそれは嫌いだからなのか?

 誰かの役に立ちたいだとか、それを果たせたときに感じるこれは、自分を好きだと認めることか?

 

 それすら、俺にはさっぱりわかっていないというのに。

 

 なのに。

 

「愛されているだなんて、突然言われたって」

 

 わかるわけがない。受け止める方法も、受け止める準備も、まして、自分がそれを受け入れるに足る器があるかどうかも、わかりはしないというのに。

 

 項垂れるべく、顔を無理やり背ける。アスタと、これ以上目を合わせていられなかった。

 鼓動は未だに聴覚を鈍らせるほど反響しながら俺を苛む。

 

 そんな中でも、アスタは決して逃がしてくれない。

 

「けれど、そういうものだよ。感謝も、嫉妬も、好意も、嫌気も、愛情も、憎悪も。自分がすべて関知できるようなものじゃないし、君がどう思おうが、君に降り注ぐものなんだ」

 

 抱き締められた。それだけがわかった。

 肩に回される大きな腕。側頭部に押し当てられる頬の感触。

 頭を胸に抱かれるようにして、俺は、アスタに抱き締められていた。

 

「――君なら、わかるだろう?」

 

 その声音。その行動が。

 かつての記憶を、思い起こさせる。

 

 

 そう、本当に、今さらになって思い出すこと。

 

 

 二人で冒険者として名を上げる中で、俺が厳めしいごろつきに集団で囲まれたことがあった。

 相手はそれほど強くなかったし、途中からアスタも来てくれたから難なく制したが、問題はそのあとの事だった。

 

 ごろつきは金で雇われていて、アスタに一方的に好意を持った女が、アスタと友人である俺を潰そうとしたらしい。自分以外の人間が、アスタに近付くのが不快だからと。

 

 それを聞いたアスタにも心当たりがあったのだろう。一目散にその女が働いていた酒場に乗り込んでいくと、襟首を掴んだ。その時のアスタは、これ以上ないくらいの殺意を全身に漲らせていた。

 

 

 俺が、どうにか間に入り、腕を抱えるようにして止め、なんとか事なきを得たが。

 

 

 宿に戻った彼は、本当に怯え、怒り、そして全身から敵意を放ち続けていた。

 彼が村に居た時に囚われていた血の呪縛。そしてそれを色濃く体現する自身の見た目。高貴な金髪に澄んだ碧眼。それを彼はうまく利用していたはずだった。

 だがそれでもそれを原因に、今回のような事態になった憤りも。自分の人間性よりも見た目を優先して好意を語る人間への嫌悪も。今後もこのような起こるのではないかと言う恐れ。それらが、一つの鍋に突っ込まれてかき混ぜられたような最悪な状態だった。

 

 俺には、どうすることも出来なかった。

 

 顔を変える方法も、髪の色や目の色を変える方法もあるという話は聞いたことがある。けれどそれでも根本的な解決にはならないように思えた。その時にはその時で、きっと違う問題が起こるだろうと。

 

 ……そこで、顔を溶けた蝋に突っ込もうとするアスタを止めた。

 

 君の脚を引っ張るくらいなら、こんな顔はいらないと言った彼に。どうして止めるんだと憤る彼に。

 俺は同じ台詞を語った。

 

 感謝も、嫉妬も、好意も、嫌気も、愛情も、憎悪も。自分がすべて関知できるようなものじゃないし、自分が何を思っていようが、相手から降り注いでくるものでもあると。

 

 だから俺の一番の友人が、傷付く姿は見たくない。俺がお前を止める理由も、お前にとっては余計かもしれない。そして、お前にはどうしようもできない、俺の想いだと。

 

 

 

「君が感じ取れなくても。受け止める準備ができなくとも。君は、十二分に、愛されているのさ」

 

 言い聞かせるような声音と共に、鼓膜に響いた彼の心音が遠のく。

 抱き締めるような姿勢から、再び、真正面に向かい合う様にして。

 

 

「――僕らのことは、大丈夫だ。だから、あとは君自身が自分を愛してあげて欲しい」

 

 

 眩しい、笑顔。

 変わらず、光が飛ぶように眩い、変わらない笑顔。

 

「なら、お前は」

 

 俺は、呻くように。いや、違う。

 僅かに責めるように。追及するように。言葉を口に出した。

 

「お前は、自分を好きになったのか?」

 

 それを聞いて、彼はさわやかな笑みを、少しだけ悪戯っぽくゆがめるのだった。

 

 

「『君の隣に並び立てる僕』でいられるうちは、自分を何より誇りに思えるよ」

 

 

 

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