頼れる仲間はみんな目が据わってる   作:佐渡ヶシマシマ

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二話(裏)・最愛の友へ、最愛のひとへ

 

 少し休むと口にして、朝の鍛錬を切り上げて部屋に戻るその背中を見つめる。

 以前にもまして鍛えられた背中。けれど悲壮すぎる雰囲気が漂うその背中。

 

 僕が不甲斐ないばかりに、彼は苦しんでいる。それが申し訳なくて。

 同時に、極めて下品だが。()()()()()()()

 彼の中に、彼の心中に、思考の中に、僕が強く『ある』のだと。

 

 

 とと、危ない。流石に視線を浴びせ続けてしまったせいで彼に違和感を与えてしまったらしい。警戒して振り返る彼に、僕は首を傾げてみせれば、少し警戒こそしたが家の中へと戻っていく。

 危うく感づかれるところだったな、と内心で冷や汗を拭う。彼はひどく勘がいい。

 それをよく知っていながらこうして想いを漏らしてしまいそうになるとは、迂闊だった。

 

 加減が効かなくなったのは、身体が変わってしまってからか?

 いいや。何も変わらない。

 性が女になろうが、僕にとっては些末なことだ。

 

 僕にとって大切なことは、彼が。

 幼馴染であり、僕の運命であるカイトが、今もここにいて、僕の傍にいてくれるということなのだから。

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 目を閉じれば鮮明に思い出せる。

 あの忌まわしい村の中で、宝石など霞むくらいに輝くあの美しい記憶。

 彼という運命に出会ったのは、僕の人生の中で最も幸運であり、これ以上のない幸福だと言えるだろう。

 

 それまでの僕の人生は、回顧することすら面倒なほどに無価値で、無意味だった。

 

 辺境の男爵家で使用人をやっていた母は、ある日その主人に手を付けられた。

 それ自体は良くある話だ。しかしうっかり身籠ったと知られ、面倒ごとを嫌った主人から金と次の住処を投げ渡されて暇を出された。

 

 そしてそののち僕が生まれた。

 

 僕も母も最初こそ生活に困窮することはなかったが同時に、村に馴染むことはできなかった。

 当然だ。貴族絡みで突然やってきた片親の小金持ちなど、態々関わり合いになろうとは思うまい。

 

 村の人々の気持ちはむしろ当然のもの。まともでなかったのは母親の方だった。

 何しろ道具の様に捨てられてなお、自分を手籠めにした貴族に懸想を続けて、「いつか彼が迎えに来る」「その時お前は貴族の子として勝利者になる」などと世迷言をのたまい続けていた。

 

 最初こそ僕も自分の母親の言葉が正しいと思い、彼女を憐れみ父の訪れを待っていた時代もあった。

 

 

 それが瓦解するのはすぐのこと。

 

 

 僕が大体五歳の頃か。

 男爵家に『長男』が生まれたという話が飛び込んできてから、母は完全に狂い、自分の頭の中に作り出した世界にのめり込むようになる。

 残ったのは次の年を越すのも難しい微かな蓄えと、掃除もせずに薄汚れた家と、転がる酒瓶。

 

 そして僕は現実を知り、愚鈍な母親と狡猾な父親の元に生まれた自分を呪った。

 

 その時くらいになると、同じくらいの子供たちは僕を『ふていのこ』と後ろ指をさし、道行く大人は声を潜めるふりをしながら『物狂いの息子』『よくないものを持ち込む余所者』だなんだとのたまう。

 

 次第に薄汚れていく服。

 金はあっても方々でツケを作った母のせいでパンさえ満足に売ってもらえない。

 

 父親に似たぴかぴかとした金髪は鍍金に見えたし、母親譲りの蒼い瞳はくりぬいて腹の足しに売れる宝石ならばと考えない日はなかった。

 

 この世界は醜く、自分自身もその例に漏れない。

 この世は無価値な澱であり、命に希望などないと。

 

 

 

 

 だから、死のうと思った。

 

 自分を嘲る話に混ざって聞こえていた話題。

 村の外れの墓を荒らしにまた獣が現れた。肉は取れるが不気味で仕方がない。こんなに獣が寄ってくるだなんて、あの墓守が何か悪さをしているに違いない、と。

 

 墓守がどうとか、それに対する感想などはどうでもよかった。

 自分にとって重要なのは、やせ衰えた体に釣られて獣が上手くやってきてくれるかどうかとか、一噛みでうまく死ねるかとか。

 或いは、大きな獣が偶然現れて、村まで降りて全員殺してくれないかとか、その程度の事でしかなくて。

 その日の晩に、僕はふらふらと墓まで向かったのだ。

 

 

 薄曇りの夜。

 村の外れの墓場は湿った土の臭いとひどく冷えたように感じる空気。

 道から外れれば、目と鼻の先には森が、いや黒々とした闇が広がっている。目を凝らしても何もない一面の黒に向かって、僕は一歩踏み出す。

 

 死なんて、怖くない。むしろ望むところだった。

 

 ()()()

 

 

 暗がりから、ごそりと飛び出した毛むくじゃらの獣を、見るまでは。

 

 ぎらつく双眸、涎を垂らす口元とでらりと地面に垂れる唾液が纏わりつき、震える歯茎と異様に輝いて見える黄ばんだ牙。

 痩せた犬だと言えば、それまでかもしれない。

 自分に向けられる真っ赤な瞳が。子供(じぶん)の体躯の三倍あるそれが。

 じりと。自分に向けて歩みを進める。

 

 ――それだけで、芯から震えあがった。

 

 唇が震えて、全身の血液が一瞬で凍り付いたかのように震えることすらできない。

 顔の表面は凍り付いたように寒々しいのに、そのくせ心臓は今にも身体を突き破って飛び出しそうなほどに熱くて。

 後にも先にも、あれほど死に近付いた瞬間はないと思う。

 

 現実で、どのくらいの時間が経ったのかはわからない。

 

 けれど、墓穴を暴き中の遺体を食い漁ろうとしていただろう獣が、生餌を見つけて飛び掛かろうとするその瞬間を。自分に向けて迫ってくる上下の牙。生温く生臭い真っ赤な舌と口の中。

 それが、ゆっくり、ゆっくりと。自分のちっぽけな身体を引き裂こうとしている姿を、石にでもなったかのように見つめるしかなかった僕。

 

 

 けれどそこで、僕のいのちが終わることはなかった。

 

 

 横合いから飛び出した弓矢が獣の上顎と鼻先を貫く。僕に向けられていた牙は地面に被り付き、生臭い鮮血が僕の顔を汚しただけで。

 張り詰めていた緊張がほぐれ、へたり込む僕の後ろで、「ぎゃいん」とか「ひゃぐぅ」という情けない声が聞こえたのはわかったが、具体的に何が行われていたのかはわからない。思い出したり、予想で補完するつもりもない。

 

 そんなことよりも。

 僕にとって重要だったのは、この先なのだから。

 

 

「なにしに来た」

 

 冷たく、そう言い放って。後ろから声を掛けてくる、自分と同じくらいの歳の声。

 恐る恐る、と。振り返った視線の先に。

 

 『彼』は、いた。

 ぼさぼさの髪が歪な影となって顔を覆い、その奥から冷たい眼差しで見下ろすようにして立つ、『彼』が。

 

 名前も知らない、同い年くらいの少年。身体を覆うようにして被った枝葉を括って合わせたような外套と、粗雑な短弓。それに重そうな刃物を腰に提げたその姿。狩人のようでもあり、けれど全身から漂う土の臭いは墓場のそれ。

 

「――もう帰れ、ジャマだから」

 

 全身を覆いつくした恐怖が取り攫われ、頭が空になってしまい口も訊けない僕を捨て置き、彼は先程からピクリとも動かなくなった獣を抱え上げてどこかへ去ろうとしていた。

 行ってしまう、と。

 空白だった思考にそう過った思った瞬間に。

 

「ぼ、ぼく、アスタ、っていうんだ」

 

 口から、言葉が漏れる。

 

「あり、がとう」

 

 

 たどたどしく。ただ、そう言わなければならないと。

 死にに来ておいて、救われて礼を言うなんてと思ったが、どうでもよかった。

 

 

 突然僕が名乗り、感謝を述べると、振り返って少し驚いたように顔を上げて。

 喋ることに慣れていないのか、暫く間を開けてから。

 

「ほんと、夜にこんなとこ来んなよ。あぶないから」

 

 念押しするように、けれどどこか心配は感じる響きを乗せながら、彼はそれだけを残して立ち去った。

 

 

 

 その背中を、僕は。僕は、ずっと見つめていたんだ。

 

 僕の命の恩人。

 一丁前に絶望して、そのくせ怯えて何もできない僕とは違う人。

 

 

 その日、僕は『運命』に出会った。

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 

 次の日の朝から、僕は村はずれの墓地へと走った。

 彼とはそこですぐに再会し、陽の光の下で彼の姿を見ることも叶った。

 

 ぼさぼさの黒い髪。背は僕の方が少し高かったが、同い年。

 カイト、そう名乗った彼に張り付き、僕は話をせがんだ。

 

 

 夜には墓を掘り返しに来るダンジョンから溢れ出したモンスターやら、野生の獣やらから墓を守り、昼になれば殺した獣を腑分けして売れるものは売り、それ以外のものは捨てるなり食うなりの為に始末をする。

 決して獣の大きさは小さくない。僕の三倍近いということは、更に小柄な彼にはより大きく感じられるだろう。それを彼は苦でもないかのように血に塗れながら解体していく。

 

 村の人々はそんな仕事を軽蔑していた。血に濡れ死に触れる、汚れた生業だと。

 僕はむしろ尊敬の念を抱いた。

 自ら生きる糧を得て、危険な仕事でも躊躇なく行える。何かに依存してずるずると沈んでいく母や、人を顎で使って保身にひた走る父なぞよりも、ずっと崇高で、素晴らしいと。

 

 だが彼は今の境遇に満足していなかった。

 なんなら、仕事にはいつも手を抜いているんだとさえ漏らした。

 

 けれどそれも口先だけで、しているのはサボりとも言えない適切な休憩でしかない。根の真面目さや、責任感を捨てきれていない彼の行動。なのに不良息子のようなふりをしているのがなんだかおかしかった。

 話を聞けば聞くほどに、僕の中に芽吹いた彼への敬いは消えることなく増す一方だったのは、言うまでもないだろう。

 

 同時に、何度か話をする中で僕自身の生い立ちも語ることになり、つまらないと落胆される話だと思いながらも隠すこともなく話して聞かせた。

 その時の彼の目は覚えている。

 驚きと、悲哀と、申し訳なさ。今と変わらない、あの優しい目だった。

 

 そして言ったのだ。

「こんな村出ていこう、アスタ。君はこんな場所に居ちゃいけない」

 

 ふらふらと自死に墓場に現れた時には、警戒というか、つっけんどんだったというのに。数度言葉を交わして、会って会話をしただけの僕を、彼は心配してくれていた。

 

 子供ながらの約束。けれどお互い本気で、いつかこの村を出ると固く誓って。

 ――その日から僕は棒切れを握った。

 

 朝から晩まで棒切れを振り回し、その次に殆ど錆びかけた薪割り用の斧を手にした。それをひたすら振り回して、気絶するように眠った。さらに少ししたあとは、彼が持ってきてくれた安い直剣を振るう様になった。

 

 絡んでくる奴らは何も言ってこなくなり、大人たちの噂がより一層ひどくなった。

 けど僕はどうでもよかった。

 彼と共に生きる。彼の隣に立つ。そんな夢のような目標が叶うのならば、誰に何を言われようが知ったことではなかった。

 

 

 彼と共に生きられるなんて、なんて素晴らしい事だろう。

 彼が拾い、救ってくれた命だ。ならば彼のために使いたかった。

 

 汚れた血によって生まれた僕が、尊い彼を守るために何かできることがあるのなら。こんな自分にも、少しでも価値が生まれると、そう思えた。

 

 

 

 その数年後、僕らは村を抜け出した。誰にも何も言われる事無いよう二人きりで逃げ出し、まんまと逃げおおせて二つ隣の町の宿に転がり込んだ時は二人でしこたま笑った。

 二人で森に入って余分に狩った獣の皮や肉、牙なんかを売って稼いだ金をやりくりしながら今の街にやってきて、冒険者になった日には肩を叩いて喜び合った。

 ダンジョンの内情を知った時には顔を見合わせたが、村に戻るつもりなんて一切なかった。ダンジョンから帰ってきたはじめての日はお互いにげっそりとしたが、すぐに慣れた。

 

 そうやって。

 何度も同じ飯を食べ、同じ夜を眠り、同じ朝に目覚めた。

 

 その中で彼と共に在って、カイトを嫌ったことも疎んだことも、一度だってなかった。

 むしろ日増しに彼を知る度に、僕の心は熱く、ただ強く彼のすばらしさを感じるばかりだった。

 

 熱いものが苦手で舌を火傷しがちなところも。

 武器の手入れに手抜きをせずに金が溜まってもいつも最後に自分の手で確認するときの真剣な目つきも。

 ダンジョンの中で起こった悲しい被害の残痕や負傷者、ないし忌まわしい罠や魔術の被害を受けた人々を見つけた時の沈痛な面持ちと、そんな人々の為に何かできないかとすぐに気を回す優しさも。

 

 すべてが、あまりにも尊く、美しいと。

 

 

 

 だから、わかる。

 自分の心中に渦巻くこの歪な感情が、どのようなものかを。

 

 単なる友情ではないのだろう。かといって恋慕とするにも少々違う。

 

 彼の人生に、深く、深く繋がっていたい。

 彼が己の人生を反芻するときに、先ず僕を思い出してほしい。

 彼に救われたからこそ。命も、その先の人生の歩き方も、彼にもらったものだからこそ。(アスタ)にとっての(カイト)がそうであるように、彼にとって――カイトの人生の中で、ひと際大きく、そして重要な場所に。僕の名前が刻まれていてほしい。

 浅ましいとは思っていても、それが僕の偽らざる本心だった。

 

 

 彼は、僕の『運命』だ。

 それは今も、変わらない。

 

 

 あの罠にかかった時。あの、彼の心を傷つけたあの事件の時以来。

 僕の身体は女になったけれど、僕の心は予め恐れていたほど揺らがなかった。

 

 僕にとって自分がどうなるかなんてのは、正直二の次で。

 彼への想いが、何一つ揺らいでいないのならば、身体がどうなろうがどうでもよかった。

 

 けれど彼があの一件を如何に気に病み、如何に自分を責めているのかは痛いほど伝わっている。

 彼が僕を元の姿に戻そうとするのならば、それを全力で手助けしたいと思っている。

 その一方で、もし僕や他の仲間たちが『男に戻らなくてもいい』などと口走ったら、彼はきっと僕らの意思を尊重するのだろう。

 

 でも。

 

 彼の、あの悲壮な様子を見れば。何より彼自身が、僕らが元に戻らなければ救われないのだろうと。僕はわかっている。

 だから僕は彼と共に迷宮に潜り続け、彼の背中を守り続ける。そのために、こうして鍛錬も欠かさない。

 

 彼を支え、彼を守る。それが、僕の生きる道だ。

 

 しかし。しかし、だ。

 どうにもここ最近、彼のその悲壮さが。強く定まった覚悟が。時折ひどく眩しく、そして胸の奥を締め付けるのだ。彼の思考が、彼の心中が、僕らのことで確かに満ちていると感じられてしまうからでもあり、そうでもないような気もする。

 そんなこんなで、今朝うっかり私欲の混ざった視線を向けてしまったのもそれが理由だ。彼に警戒されてしまったら困るので、自制しなくてはならない。

 

 やっぱり、いいな。彼は。

 その苦悩が自身の行いによるそのものではなく、僕らが苦しんでいるのではないか。身体の不和によって悩んでいないか。他人を軸にした心配であれだけ悩むだなんて、なんて、なんて純粋なのだろう。

 それゆえに、気付くまい。

 こうして君の人生の思考を独占したいと願う、僕の性のことなど。

 

 いけないと。緩みかけた口元を手で隠しながら。

 そろそろ朝食の支度も出来るはずだ、剣を部屋に戻したら、彼に声を掛けに行かなくてはならないのだ。

 せめてしゃんと、どうにか形作った、清廉な外面を崩さぬようにしなくては。

 

 

(……あまり、気に病んでいないといいけれど)

 

 私欲は私欲として。友人としての心配も、当然ある。

 もし深く思いつめているようなら。

 

(その時は、励ましてあげなくてはいけない、かな?)

 

 ――彼には恋人ができたことがない。

 元々興味がないとは語っていたが、彼も男だ。興味が全くない、とは思えない。

 冒険者として幾つか大きな成果や稼ぎを上げている以上、それに群がる女もいないわけではなかった。無論、彼が下品な女に穢されないよう僕が壁となって採点したが、どいつもこいつも僕が少しいい顔をすれば靡くような見る目のないグズばかりだったし。

 いくつかある街の娼館には、エロトラップダンジョンの被害に遭い、そこくらいでしか働けなくなったような人たちも多い。自分で利用しようとは、彼の性格上考えにくい。

 

 英雄、とまではいかないが、彼もまた死地で戦う若い身空。

 折角こんな無駄な肉がついているのだから。少しくらい使っても、バチは当たらないだろうと。きつく詰まった自分のシャツの胸元を見つめて、笑みが漏れる。

 

 

 

 今も、昔も。変わらない。

 ただ少しだけ、彼の深くに入り込みやすくなったことを。

 僕は存外、悪くは思っていない。

 

 

 

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