頼れる仲間はみんな目が据わってる   作:佐渡ヶシマシマ

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四話(裏)・目がくらむほどの光を・前

 

 あまりにも妬ましくて、余りにも眩しかった。

 

 

 癒やし手を目指したのは、ありふれた理由。

 

 もともと体の弱かったお袋が、俺が五歳の頃突然倒れた。

 冒険者だった親父がダンジョンに潜っている最中の事だったし、泣きながら家を飛び出し助けを求めた医者も、黙って首を横に振った。

 

 ガキだった俺には、だんだんと冷たくなるお袋の手を握り続けて、馬鹿みたいに鼻水と涙を垂れ流すしかなかった。あの時の恐怖は今でも思い出せる。

 

 医者が立ち去ろうとしたときだ。出ていこうとする医者を押しのけるようにして、白い服に身を包んだおっさんが家に入ってきたのだ。

 そいつは見たこともない色の薬をお袋に飲ませて、手を翳して不思議な呪文をぶつぶつ唱えていった。医者は驚いたような、困ったような顔をしていた気がする。だが、近くにいて、手を握っていた俺はわかった。

 生温かったお袋の手が、どんどんと暖かくなっていくのを。魂が抜けていくように力が薄れる表情が、活力を感じる穏やかなものに変わっていくのを。

 

 ――そして翌日、お袋は見違えるように元気になった。

 その時に、俺は決意した。あの白い服を着た、素晴らしい人の様になろう、なってみせる、と。

 

 

 そして帰ってきた父にその旨を話せば、お袋に謝り倒すと同時にその夢は応援された。

 どうやら父も白い服を着た彼らには何度も世話になっていると言い、自分の家族に身近なことを知った。

 俺の夢はどんどんと膨らみ、輝き、その憧憬はちょっとやそっとじゃ揺らがないものになっていった。

 

 

 俺が次の誕生日を迎えるころには、父は冒険者からギルドの職員に転職していたし、生活も安定していた。俺は全力で白い服のすげー人達――『癒やし手』になるために勉強した。

 父のつてで、現役の癒やし手の人らに話を聞いたり。

 お袋が知り合いから借りてきたという貴重な書物を読み込んだり。

 医者に押しかけて勉強したりもした。お袋を助けられなかったという負い目なのか、あるいはガキの熱意を邪険にできないお人よしだったのか。ともかく、なんとも言い難い表情のまま、医者は自分の持っている知識や技術を俺に教えてくれた。

 

 そうして、十一歳になった時。俺は癒やし手の試験を受け、一発で合格した。

 

 今思えば、バカな選択だった。

 

 

  

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 同じ試験を受けて、癒やし手に選ばれたのは大人が六人。子供が八人。

 子供とは言っても、八人の中の大半が五つか六つ年上。話なんかできるはずもない。むしろ「こんなガキが」という目線を向けられた。

 だが、一人だけ。俺と同世代のガキがいた。

 眦が垂れていて、糸目の男。そいつもどうやら話しかける相手に困って、俺を見つけたらしい。

 

 意気投合するのは、自然な流れだった。

 

 そこから癒やし手見習いとして共同生活が始まった。

 学んだ知識も技術も、正直かなり役に立っているしそれが今の俺を形成している。

 だがまあ、クソみたいなことは多かった。

 

 俺や話し相手になったアイツは、癒やし手の歴史の中でもかなり若く試験を合格したのだそうだ。

 そして、何度も試験に落ちては挑んでいた人間や、若い人間が癒やし手になろうとするのをやっかんだ連中からの嫌がらせがまあ、ひでぇことひでぇこと。

 

 世間じゃ癒やし手になれるのは清廉で高潔な人間だけ、みたいな話が吹聴されているが、そりゃ大嘘だ。

 

 優遇されるのは血筋に、金に、それを差し引いても欲しいと思える才能も一応。

 他にも諸々あるんだろうが、当時でさえ明確に自力で勝ち取ったと言える人間がどれだけいたことやら。その化けの皮が早々に剥がされた、ってワケだ。お笑い草だぜ。

 

 

 まあ、つっても。

 移動なり、追放なり、なんにせよそいつらの大半は、俺たちが見習いを終えるころには近くからは消えていた。

 金があろうが、元の血筋が高貴だろうが、癒やし手を名乗らせた後から人目の付くところで化けの皮がはがれるリスクを考えれば、切り捨てるにしろ穏便に済ますにしろ早い方が安く済むのだろうから。

 

 ――必然、共に虐げられた縁と人が減った結果。同世代のアイツとつるむことは増えていった。

 

 糸目のアイツは神父の息子で、父の背中を見て育ったそうだ。

 んでもって、その父が元々癒やし手だったので父親を師匠として勉強と修行を積んで今、ってことだったと語った。

 自分とは違う道のりだったが、糸目の奥にあった信念に俺は感銘を受けた。

 

 共に、素晴らしい『癒やし手』になろう。

 そう、誓い合った。

 

 まあ、そんな薄甘い約束は、すぐに叩き折られるんだがね。

 

 

  

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 数年経ってようやく、俺もアイツも正式な癒やし手としての活動が認められた。

 各地の癒やし手の支部に出向いて、そこのトップに言われた仕事をこなしながら、各々経験を重ねていけ、ってことだ。

 

 俺は率先的に外に出て、助けが必要な人間を治すために働いた。

 同世代のアイツは、逆に研究やらの事務方に回った。

 

 そこは方向性の違いってやつだが、別に喧嘩別れってわけでもない。

 俺は足を使って今困ってる人間を癒やす、アイツは頭を使って未来で癒やせる人間を増やす。

 お互い、そういう風にやっていこう。そんな感じで別れたんだ。

 

 そこでも色々あった。

 

 冒険者の仕事のより深い内情とかな。

 話や本の記述で見せられたような情報とは違う、生で見るダンジョンの中の気色悪ィ罠やらなにやらの数々に、実際に目の当たりにして肌で感じる胸糞悪い()()()の影響。

 浅い階層はそうでもねぇが、深く潜れば潜るほどにその悪辣さや治しにくさも文字通り段違いになっていく。

 

 親父がもし、こうなっていたら。ぞっとしないし吐き気のする話題だ。

 

 ともかくそういった人間を片っ端から治し、治すのが難しい場合は多少心苦しくても話をして、罠の形状や種別だの、解析のためのサンプルだのを受け取って、受診して、データは纏めて本部に投げる。

 時にダンジョンの中に潜って今すぐ手当が必要な人間の元まで駆け付けなきゃいけない時もあった。武器で手が塞がらないようにと、武器を持たずに殴る蹴るで怪物を殺す技術も学んだ。

 そうやって冒険者たちの信頼を得ながら、もらったダンジョンから出てきた薬品やらバケモノどもの死体をばらして薬効を探る。

 

 できた薬のいくつかは、今じゃかなりメジャーなものになったりもして。

 研究をしているアイツに手柄は譲ってやった。俺は俺の仕事をやるだけだと言って。

 傷ついた人間から聞き取りを行う中で、人の機微や感情について詳しくなっていった。

 目線、表情、息遣い、言葉の端々から、どんなふうに考えているか、どうしたらその心に寄り添えるか。

 それは俺の唯一無二の『治療道具』になっていった。

 

 いろんな人間に、感謝されるのが嬉しかった。

 苦しんでいる人を助ける。俺がずっとやりたかったこと。

 あの日の白衣を着たおっさんの背中に、俺は近付けたんだと夢見心地だった。

 

 

 ……まあ、ンな風に充実してられるのもここまでだったわけだがね。

 

 

 俺はバカで、若かった。だからわかってなかったんだ。

 

 

 医者にしろ、癒やし手にしろ、同じことだろう。

 ()()()()()()仕事ってことは、()()()()()()()()()()()に出会う確率だって、段違いに多いってことも。

 俺は、考えもつかなかったんだ。

 

 

 初めて「どうしようもなくなった」のは、片田舎の老人。

 歳のせいもあった。薬の潤沢な都会から離れたせいでもあった。その夏は暑く、薬が早々にダメになっちまったせいも、その街が癒やし手への寄付が薄かったのも理由だろう。

 ともかく最期に立ち会う仕事を押し付けられた若造の俺は、そこでようやくその真実を知ったんだ。

 

 集まった親族の失望、怒り、悲しみ。それらが苦心して手にした『治療道具』のお陰で、治療不可能なものだとすぐに理解できた。

 見習いの時に習ったはずの死後の安寧を祈るための言葉は、舌がもつれて出て来やしなかった。

 息苦しい面談を終えて、扉を閉めた後のこそこそ話は、今でも諳んじれる。

 

 俺たち癒やし手にとっては、ひとつの仕事。

 だが癒やしを求める人々にとって、それは瀬戸際ぎりぎりの一瞬。

 

 バカな俺は、ようやく身に染みたその衝撃で、ぶっ壊れちまったんだ。

 

 そこから先は、そうならないよう無我夢中で働いた。無茶もした。

 幸い仕事をやりそこなうとか、用量を間違うとか、そういうミスはやらかさなかった。

 ただただ、狂ったように働いた。

 治療が必要な人間を探し出しては治しまくり、時に他の癒やし手と衝突することもあった。

 ダンジョンの危険な領域にも飛び込んでいって、自分も半死半生になりながら罠に掛かった人間を治した。道中の敵を倒すのを同伴した冒険者に任せるのがまどろっこしくなって、全員自分でぶち殺せるように身体を痛めつけた。

 怪物たちの新たな薬効を探るために、醜かろうが、臭かろうが、臓腑から眼球、睾丸から骨の髄までバラバラにした。本当に、なんでもやった。

 

 取りこぼす数をなくすために。失われた命に報いるために。

 

 だが救おうともがけばもがくたび、俺の肩には救えなかった命が、残された者の悲しみが、日増しに圧し掛かってくる。

 

 どうしようもねぇことも、多い。どうやったって手遅れのやつを治すなんて、無理だ。

 だがそれでも遺された人間がすっぱり諦められますかなんて、それも無理だ。

 

 責められることも増えた。もし俺のお袋をあの時のおっさんが救えなかったら、俺だって同じく責めただろうさ。

 仕方がない。そう、仕方がない事なんだ。

 

 

 仕方がない。

 

 仕方がない。

 

 仕方がない。

 

 

 そう言い続けて。

 

 食べ物から味がしなくなるのと、碌に眠れなくなるのと。

 人から感謝されるのをどうでもよく感じ始めたのは、大体同じ時期だった。

 

 

  

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 まあ、そんな時期がこれまた数年続いた。

 衛生の為に風呂には入ったが、髪も髭も手入れが面倒になって全て剃り上げて仕事に行くようになってから、俺はまあとんでもねぇ名前で呼ばれたもんだ。

 

 壊し手だの、狂気の癒やし手だの、まあ散々だ。

 鍛えたせいでガタイもよかったのに、不眠で瞳が落ち窪んだみてぇになったのも原因だろうがな。

 

 兎も角。

 

 俺の数々の行動によって、俺は本部に呼び出された。

 まあどうせ注意とか追放とかそんなもんだろうと思っていた。だが、実際のところ告げられたのは実質的な昇進だった。

 

 その瞬間はたいして重く受け止めず、奇妙な話だと思った。

 断れるはずもなかったし、首を縦に振るほかなかったのだが。

 

 しかし俺はすぐに、新たな立場に立たされて漸くその意味を理解することになる。

 

 外に飛び出し、ダンジョン、露天商、貧民街から町はずれの農家、市井の人々の元を駆けずり回って傷病を癒す生活から一転。俺の相手は神職に騎士団などの国や貴族に絡んだ武人、そして王族やら貴族やらの相手に変わっていった。

 相手とは言ったが、傷を治すのなんて五日に一回あるかないか。

 それ以外はでっぷりと腹回りのデカくなった上司が見習いたちに講釈を垂れる姿を後ろで見て、有力者たちに顔合わせの名目で豪勢な宴に参加する。

 

 ようするに、閑職だ。

 見た目を気にしない生活から一変して、逐一指導が入って髪は小綺麗になるまで伸ばしてから切られたし、髭も汚らしくない程度に生やされた。

 そのたびに使われるダンジョン産の育毛剤には、これを作る材料でどれだけの薬が作れるのかと思ったものだ。

 

 しかしまあここまで言えばわかる通り、俺にはとんと向いてない仕事だ。

 ご機嫌伺いというか、相手の表情や仕草から心中を読めたから関わらない方がいい相手は避けたし、面倒な相手も避けた。冒険者たちや言葉を飾らない職人、面倒なマナーなど気にしない一般の人々と多くかかわってきたせいでお貴族様の言葉遣いにはなじめない。見てくれもいくら整えたところで筋肉は落ちないし、ツラは強面。いいとこ山賊。

 

 ――好まれる要素なんてねえ。

 新人への訓辞たれるおっさんどもからも「子供を睨むな」とお小言を貰った。そんなつもりもなかったんだがなあ。

 

 

 ともかく、不健全な生活だった。

 何かを救うために働いていたはずが、何かを食い潰して生きている人間になっていた。

 眠りはどんどん浅くなる。口に入れるものがすべて生臭く、苦酸っぱく感じられてくる。常に俺の背中に誰かが載って、俺に罵声を浴びせてくるようだった。

 

 貴族との宴会場で否応なしに煽るワインで脳が揺られている時だけは、幾分かマシだった。

 だから今の仕事を疎みこそすれ、逃げる気にはなれなくて。

 

 

 そっから、決定的な破滅に転がり落ちていくのは、すぐだった。

 

  

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 あの、俺の母親を救ったおっさんが自分が居た支部にやってくる。その知らせを受けてようやく、俺はまともな感覚が戻ってきた。

 

 人生の目標。尊敬と信仰をないまぜにした強い希望の光。

 ようやく、俺は彼に認めてもらえるかもしれない。今までの自分の歩みを、肯定してもらえるかもしれないと。

 

 ……そして、再会したそのおっさんは、もう白髪交じりの老人だった。

 しゃんとした背筋と俺とどっこいくらいの体躯。威厳のあるその男は、癒やし手のトップ、『帥主』と呼ばれる人間の一人となっていた。

 多くの癒やし手たちが参加する集会に参加し、帥主が見どころのある人間に言葉を授けるという際、彼の前に立つことを許された俺は、十何年と胸の内に温めた言葉を伝えた。

 子供の頃に、母の命をあなたが救った。そこから、俺は癒やし手になろうと思ったのだ、と。

 

 それは、俺にとって癒やしを求めた瀬戸際の一度。

 だが癒やし手にとってそれはひとつの仕事に過ぎない事も、また事実。

 

「――覚えているとも。大きくなったな、少年よ」

 

 それを、嫌という程に理解していた俺に向けられた、その言葉が。

 どれだけ、どれだけ俺の救いになったことか。

 

 世界が色鮮やかに見えた。まだ俺は腐っている場合じゃない。俺は、また立ち上がれる。

 

 

 とまあ、そんなお幸せなことを考えていたその日の晩だ。

 

 帥主の部屋に書類を運ぶ最中に部屋から漏れて聞こえた言葉に、全てが打ちのめされた。

 

 

 

「まだ例の薬は完成しないのか? ……娼館や好事家からせっつかれているのだ、女になった冒険者の体格や精神を改変して、都合のいい奴隷に変えるあの薬が完成すれば、我らの閥の資金は更に――」

 

「そういえば私に憧れて癒やし手になったという男がいたな。そうだ、あの毒を撒いた村落の――ああ、覚えているとも。支払いの代わりに抱いたあの女の家の子だ。私への崇敬を利用すれば、良い部下(コマ)になる」

 

「技術も知識もあるというのに金にならん相手も率先して救い、後ろ指を指される男と友誼を結び、そこから知恵と素材を吸い上げる、考えたものだ。だがその矛先を私にずらせば、さぞいい儲けになることだろう。都合のいい手駒を見つけたと思ったが――ああ、既に手を付けられていたとは面倒な」

 

 

 

 脳が暫く現実を受け入れなかった。

 

 気付いたときには、俺は同じ支部の、アイツのところへ向かっていた。

 

「こんな時間にどうしたんだククラータ。酷い汗だぞ」

 

 柔和な糸目のアイツは、そう言って俺を出迎えた。そこで俺は言ったのだ。

 

 本当なのか、と。

 俺が預けた素材も、新薬の知識も、出世の道具だったのかと。

 俺がお前に感じた友情は、誓い合った約束は嘘だったのかと。

 

 正直錯乱した戯言だ。無礼な言葉だったし、そう憤られてもおかしくなかった。

 

 だがアイツは困惑したように眉を下げて、口にする。

 

「落ち着けよ。お前が最近参っていたのはわかっているさ、少し落ち着いてくれ」

 

 

 そうして、目の奥を覗いてみれば。

 

 わかったのさ。俺が必死に磨き上げた人の心を解剖する技術は、はっきりと伝えてきた。

 

 俺が尊敬した目の奥の信念なんて、最初っからまがい物の演技で。

 こいつの中に在るのは、『気付いたのか』という驚嘆と失望だけであると。

 

 

 俺はその日、魔物の素材をふんだんに使って編み上げられた白い外套を破り捨て、癒やし手の紋章を踏みつけて、その場を飛び出した。

 

 

 狂ったように吠えながら。

 

 

 いいや。

 ように、じゃない。

 

 

 幸福ははりぼて。友情はまがい物。信仰は欺瞞。憧れは虚構。

 

 それまでの道のり全てが偽物だと、目の前に叩き付けられた。

 狂わない方が、おかしいってもんだろうさ。

 

 

 

 

 

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