浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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10/風紀員会vs新聞部(1)

 コイツ――――滅茶苦茶すぎる。

 

 ヒナは考える。弾道は滅茶苦茶。あまり撃ちなれていないのであろう、まともに当てる気すらなさそうなほど。

 

 そもそも交戦経験があまりないのだろう。改めて調べたものの、新聞部が武力抗争を起こしたという話はほとんど聞いたことがない。

 

 それに比べれば、風紀委員であるヒナが劣るはずはない。毎日のように外に出ては鎮圧行為を続けているのだし、そうでなくともこれほどのド素人であれば容易い。そのはずなのだが――。

 

「……」

 

 不思議と攻めあぐねる。そんな違和感があった。

 

 湯谷セイ。ゲヘナ学園の二年生。所有する武装は多分、アサルトライフル。StG44。二次大戦時、ドイツによって発明されたアサルトライフルの始祖だ。ライフルとサブマシンガン、その良いとこ取りを行った装弾数と威力に優れた銃器。

 

 とはいえ、それが古い銃であることは確かだ。威力を抑えているためか、そこまでの衝撃はない。元より硬いヒナであったから――一発や二発を受けた程度ではびくともしない。

 

 教室の中央には、ヒナたちと彼女を分けるようにして机のバリケードが張られている。机の天板程度であれば容易く撃ち抜けるし、実際既に彼女には何発か被弾しているようにも思える。

 

 ――それでも、なんとなく、勢い勇んで攻めるには、どこか恐ろしい。そんな勘にも似た直感だけがヒナの脳内には残っていて、だからこそ上手く距離を詰められないままでいた。

 

 おそらく、何か策があるのだろう。誘き寄せられているかのような雰囲気。如何にも踏み込んでくるのを待っていますよと言わんばかりの対応。

 

 ――成程。とすれば彼女の目的は、時間稼ぎか。

 

 ヒナとしても不安はあった。先生を一人、首謀者の前に放置して戦闘に赴くこと。無論、切り札はあった――狐坂ワカモ。彼女を味方につけているのであれば、それこそ一騎当千、誰よりも先生のことを守ってくれるであろうとは思った。

 

 しかし、だからといってここで手をこまねいているわけにもいかない。早急に先生の元に戻らなくてはならない。

 

 故に――時間稼ぎ。ここでヒナを釘付けにすることが相手側の目論見。

 

 元よりあの待ち伏せは自分を誘導するためだったのだろう。だとすれば、成程――中々強かな奴らだ。

 

 文系なだけはあって、戦闘の基本は弁えているらしい。

 

 ――ランチェスターの弱者戦略。広域戦ではなく局所戦、団体戦ではなく一騎打ち。風紀委員会と普通に戦ったところで、負けるのは目に見えている。だからこその局所戦。そういう意味では、教室に枝分かれする廊下で襲ったのは道理だ。

 

「アコ」

 

「は……はいっ」

 

 机の影に隠れながら、ハンドガンで応戦するアコ。とはいえ、彼女の銃は制圧には向かない。精々が護身用程度のモノだ。

 

 しかし、こういう狭い場所では取り回しが利いて便利でもある。ヒナのマシンガンは長物すぎる。障害物が多くある場所では上手く取りまわせない。

 

「それ貸して」

 

「えっ!?」

 

「デストロイヤー貸してあげるから」

 

「!?」

 

 驚きが勝るアコ。幾らこんな状況とはいえ、流石に理解が追いつかない。

 

 しかし、あまり考えている時間はない。もし彼女――湯谷セイが何か策を有しているのだとすれば、それが完遂される前に動かなくてはならない。

 

 こんな密室だ――トラップを仕掛けるくらい幾らでも出来る。それに、彼女たちはヒナたちを待ち伏せていたのだ。罠の一つや二つ、あって変な話ではない。

 

「で、でも委員長――」

 

「いいから」

 

 奪い取るようにしてハンドガンを持つ。アコに銃を投げ渡すと、そのまま走り出した。

 

「委員長っ!?」

 

 そのまま大きく跳び込む。幾らバリケードがあると言えど、隙間があって射線が通っている。逆さになった椅子の足がひっかりそうにはなるが、なんとか敵の陣地に突っ込めた。

 

 転がりながら着地。そのまま銃を胸元で浅く構える。

 

「ひぃ――――んっ!?」

 

 Center Axis Relock(近距離射撃スタイル)、通称CARの構え。銃を斜めに逸らして両手で握りこみ、胸元に構えるこのスタイルは、近距離での戦闘において照準をつけやすく、またリコイルの軽減を図れるため室内戦で向いている。取り回しが良いというのも大きい。腕を伸ばさない状態であればより小刻みに狙えるため、障害物が多かったり、至近距離で打ち合う場合に有効だ。

 

 そしてすぐさま湯谷セイに銃口を向ける。何かを告げることなく発砲。二発、三発と続けて彼女の脳天に当てる。

 

 ――幾らキヴォトスの人間と言えど、脳への衝撃には耐えられない。ボクシングの試合でよく見かける、顎を掠めた一撃で気を失ってしまう絶技。あれは、僅かな衝撃故に頭蓋骨の中で脳震盪を起こし、結果として気絶してしまうのだ。

 

 体表こそ『神秘』によって守られてはいるものの――その内部までもがそうとは言えない。

 

 銃弾一発で気絶しなかったとしても、その衝撃は残るのだ。

 

「あうっ、えぐっ!」

 

 すっかり身を丸め込んで、亀のような体勢。体育座りのまま地面に寝そべり、激痛に備えている。

 

「まだ続ける?」

 

「ぐぇえ……ふぇえん」

 

「……」

 

 泣き始めてしまった。めそめそと涙を流して、顔を真っ赤に腫らしている。おでこはすっかり赤くなっており、同じ場所を何度も撃たれたためか手で押さえている。

 

「……投降するなら、もう撃たない」

 

「ふぇえええんっ」

 

「……」

 

「痛いですぅうううっ!」

 

「……あの、それは、そっちが撃ってきたからで……だから、えっと」

 

 こうも泣きだされては少々居心地が悪い。まるでこっちが悪者のようではないか。

 

 ヒナがそう思って、彼女から照準を外した一瞬。それを、彼女は見逃さなかった。

 

 懐から取り出した何かをヒナに向かって投げつける。

 

「――委員長っ!」

 

「――――っ!」

 

 しかし、咄嗟にそれを撃ち落とす。幾らこの距離でも、気を抜くほどヒナは甘くない。

 

 直後、何かが周囲にまき散らされる。

 

(毒――?)

 

 再び警戒、だが先ほどの一瞬の油断が原因か――ヒナはそれを口内に入れてしまった。

 

 銃弾で撃ち落とそうとしたのは間違いだった。相手も近いことから、手榴弾の類ではないことはわかっていたのだから、冷静に回避すべきだったのだ。

 

(失敗だったか――いや!)

 

 ――――甘い。

 

 その違和感に気付いて、ヒナはようやくセイの投げた何かを目視できた。

 

 袋に詰められた白い粉末。袋が爆ぜたことにより周囲に内容物が飛び散った。

 

「……砂糖?」

 

 舐めたことのある味だった。じん、と舌に伝わる幸福感。間違いなく、砂糖だった。

 

 では何故砂糖を投げつけてきたのか。

 

「ふ……ふふ、マカちゃんがいっぱい砂糖を買ってたので、一袋頂戴しまして……」

 

 おどおどと、しかし困惑のヒナに向かって、正面から銃を突きつける。

 

「小説、いっぱい読んでてよかったですぅ……!」

 

 そして、弾丸を放つ。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 ばちん、とヒナの体に銃弾が当たる。しかし、その程度ではびくともしない。弾丸は重力に従って――からん、と地面に落ちた。それだけで、何かが起こるということはなかった。

 

 空気中に待った砂糖はやがて地面に落ちていく。

 

「……あれ?」

 

 何も理解出来ていないようなセイの顔。それを見て、ヒナは大きくため息をついた。

 

「はぁ……アコ、説明してあげて」

 

「は、はい……えっと、粉塵爆発――――を、狙ったんですよね?」

 

「な、何故それを!?」

 

「……」

 

 頭を抱えるヒナ。敵対しているとはいえ、彼女もゲヘナ生なのだ。同学の士である以上、それなりの学力は持っていてほしいと思うのだが。

 

「粉塵爆発には幾つか条件があります。可燃物の粉塵が、密閉された空間に適度に満たされていること。空間は広ければ広いほどに圧力が増しますから、なるべく密度を保ったまま」

 

 二乗三乗の法則。爆弾というモノはよくその熱量が脅威だと思われやすいが、実際には違う。正確には、爆圧――圧力こそが脅威なのだ。そして空間の体積を増やせば増やすだけ、圧力は増し、密閉空間を作ることで更に増す。

 

 実際の事件としても、粉塵爆発は有名になっている。例えば、とうもろこし粉を運ぶ大型エレベーターの中。密閉空間だったがゆえに粉塵が満たされ、僅かな火種で一気にエレベーターが吹き飛んだ。なんと、その際建物のコンクリート破片が400メートルも離れた地域で発見されたという。

 

 それでも粉塵爆発の威力は並みいる他の爆薬に比べればマシなモノである。条件の厳しさ故に、火力を出すことがまず難しい。

 

 ただ空気中に粉末が舞っているだけで爆発するわけではないのだ。勿論、気化したガソリンなどのとんでもない可燃物があれば話は違うが――いずれにせよ、ただ粉砂糖を振りまいただけで爆発はしない。

 

「それに、私たちはさっきのスプリンクラーで濡れていますから、ほとんど熱も受けません」

 

「……というわけ。次のテストは自力で勉強した方が良さそうね?」

 

「くっ……! これだから理系は……!」

 

 ぱぁん、と彼女の頭にもう一発叩きこむ。今度こそ、彼女は「きゅう」と声を出して意識を失った。

 

「こういう子の相手は疲れる。アコ、先生の元に向かおう」

 

「そうですね」

 

 再び銃を交換し、互いに再装填。気を失っていることだし、彼女はしばらく放置していても構わないだろう。

 

「……あ、そうそう。一応言っておきますが、ヒナ委員長は先のテストにて、文理問わずほとんどの科目が満点でしたよ?」

 

 そう吐き捨てて、アコはヒナについていった。

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