「チナツぅ! アイツなんか強くないか!?」
「無駄口叩いてる暇があったら撃ってくれます!?」
ずだだだだ、と続く発砲音。まるで布を引き裂くような轟音。イオリとチナツは完全に後手に回っていた。
中央に貼られた椅子と机のバリケードは先ほどと同じ。だが、今度は向かって黒板側――土屋マカのいる方向に、マシンガンが設置されているのである。
銃種はおそらくMG42――ヒナの使用するモノとほぼ同じ型だ。とはいえ、その使用方法はまるで異なっている。机の上に置いて、そのうえで撃ちまくっている。
そもそも、ヒナがあの体格でこのマシンガンをぶんぶん振り回しているのがおかしいのだ――本来は相当なリコイルのせいで無茶な打ち方はできない。
だが、マカのように設置してしまえば問題ない。ある程度の衝撃は地面――この場合は固定された机――が吸収してくれる。
「でも――あんな無茶な打ち方をしていれば、すぐに銃が壊れるはず!」
この銃はその威力と発射速度のため、電動のこぎりというあだ名がつけられるほどの独特な発砲音がある。それ故銃手はしばしば難聴になってしまい、一秒以上撃ち続けることを禁じていたほどだ。
故に、本来このような撃ち方を想定された銃ではない。
「……っ」
「リロードです! チャンス!」
チナツの言葉を受け、二人して一気にバリケードから飛び出していく。
長物は至近距離での取り回しが難しい。それはイオリにとってもそうだが、チナツにとってはそうではない。持っているのはハンドガン――相手の懐にさえ潜り込むことが出来れば、圧倒的に有利になれる。
それを意図しての吶喊ではあったが――しかし。
その瞬間、炸裂音がした。イオリの足元からだった。
「ぐぅ……っ!?」
「イオリ!?」
「地面が……爆発した――っ!?」
思わず蹲る。完全な隙。それも当然だ――何が起こったかまるでわからない、目視外からの爆発。激痛もあるだろうが、何より困惑が勝つ。
改めて床を見てみる。ただの床だ。木製の板で、少し痛んでいるようには思えるが、何の変哲もありはしない。
何か地雷が仕掛けられていたというわけではない。だったとすれば、地面ごと吹き飛んでいるはずなのだ。しかし、依然床は健在。
「――――っ」
まるでわけがわからない。チナツが困惑に囚われている間に――がちゃり、と。
再装填を終えた音がした。
「……っ!」
そこからの判断は素早かった。すっかり地面に馴染んでいた足を無理矢理動かし、大きく前方に飛び込む。バリケードを越えて、相手の陣地に飛び込んだ。
ごろごろと転がる。着地が上手くいかなかった。足が綺麗に運べなかった。そのまま無様に倒れ込み、しかしマカの方に銃口を向けた。
「……驚きました。突っ込んでくるとは」
「近づかないと、貴方に弾丸を撃ち込めないので」
「意外と肝座ってるんですね。お飾り委員だと思ってましたよ、ヒナ委員長以外」
マカはマシンガンから手を離すと、懐に隠していたハンドガンを取り出し、チナツに向けた。
「……っ」
「……」
お互いに動けない。この至近距離で銃を向け合った場合、先に動いた方が負けるのだ。
状況が膠着していればいるほど、相手の銃口というのはわかりやすい。特に相手の獲物には注意が向くから、どこを狙っているかわかる。それこそ、達人であればあるほど――相手の動きが見えるようになる。
幾ら反動の少ないハンドガンと言えど、完全にないわけではない。一発目さえ躱せれば、その際に出来た隙をついて自分の銃弾を当てることが出来る。
故に後手が有利。後に動いた方が勝てる。
二人ともそのことは分かっていたから――銃を構えたまま、動けなくなる。
だがそれでも不利なのはチナツの方だった。着地を失敗したのが大きかった。体勢を変えるのが難しい。そのせいで、相手が撃ってきたとき、咄嗟に躱せるかがわからない。
無論、だからといってあっさり引き金を引くほどマカも無知ではなかった。先ほど小ばかにしたような言葉を放ったものの――相手は風紀委員。油断してかかれば、瞬く間に鎮圧されてしまうだろう。
なにせ自分の役割は時間稼ぎ。そういう意味では、この膠着はマカにとって都合が良かった。
だからなのか……互いに見合ったまま、マカは話し始めた。
「貴方……大人というものを、どう思っていますか?」
「……」
「私は大人が嫌いです。大人になんてなりたくないとさえ思う。大人になれだなんて言葉、反吐が出るほど嫌いです」
二人とも銃口は逸らさない。もし逸らせば、その瞬間に撃たれる。二人の間には、言葉の外での会話があった。
「なんでも……キヴォトスで起こる大事件、調べてみれば大抵大人絡みのようじゃないですか。先生の尽力は否定しませんが……ねぇ? 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって言うじゃないですか」
「それは」
「……」
「不当な恨みのように思えます。まるで幼い」
「だから言ってるじゃないですか。私は子どもですよぉ」
蛇のような女だな、とチナツは思う。子どもであることを笠に着たような態度。
確かに――マカの言うことにも一理ある。私たちは子どもだから、大人に不当に扱われることも多い。アビドスの話は聞いているが、それなんかがまさにその事例だ。
この世界には悪い大人もいっぱいいて、子どもを使って利益を得ようとする邪悪な人間も少なからずいる。
「……でも、先生は違いますから」
「随分と信奉してらっしゃるんですね」
「信奉? 違いますよ」
「……」
「信用してるんです」
きり、と鋭い目でマカを睨む。訝しむような表情。チナツの言葉の真意を、測りあぐねるかのような。
「思い出しました。触れるだけで爆ぜる爆弾……昔本で読んだことがある。塩水を沸騰させ、そこに鉛筆の芯を入れる。すると塩素酸ナトリウムが出来上がる」
塩素酸ナトリウムは、単体でも摩擦や衝撃で爆発する危険物だ。吸引した場合、鼻などの粘膜にダメージを与え呼吸困難などを引き起こす。
「素晴らしい。正確には砂糖も混ぜてますが」
第一次大戦時、リンテレン大尉の作った世界初の時限爆弾である。甘い爆弾――すなわち
威力こそ低めだが、量産も可能で、下準備がいらない。僅かな衝撃で炸裂するから、踏んだだけでも機能する見えない地雷だ。
「予め床に浸しておいたんですね。そこに飛び込んだために、イオリは爆発してしまった」
「マシンガンの威力が想定以上だったものでね。貴方の位置は運が良かった」
軽く叩いただけでも反応してしまうのだ。あれだけの威力で撃ち続ければ、勝手に爆発してしまうこともあるだろう。
「貴方――随分と大人なんですね」
「……」
「気に食わないな。どうして人は大人にならなければならないのか。いつまでも子どもではいられないのか。そういうことを考えることって、ありませんか?」
「ありませんね」
「……」
ばっさりと、チナツは両断する。
「早く大人になりたいくらいです。誰かに頼られる、しっかりとした大人に」
「――ああ、そうですか。道理で気に食わないわけだ」
「私には……貴方が子どもという身分を欲しているだけにしか思えません。甘えても良いという立場に必死にしがみつく、幼い子どもにしか」
「ははぁ、風紀委員様は仰ることも立派なのですね」
芝居がかった言い方。この調子では、どれだけ諭したところで言い負かすことは出来ないだろう。
けれど、別に言い負かすことが目的ではない。チナツもマカと同様に――時間を稼ぐことが目的なのだ。
「――――――――っ」
一瞬、マカの視界で何かがきらりと光った。咄嗟に危険を覚え、体を躱した。
マズルフラッシュ。考えて動いたというよりは、本能による回避行動だった。
――遅れて発砲音。窓の外から、弾丸が飛んできた。窓が爆ぜ、ガラス片が床に散らばる。
「――やべっ、外しちゃった!」
「次弾急いで!」
「了解――――っ!」
窓の外、そこにイオリはいた。
幾ら爆発してしまったと言えど、イオリが戦闘不能になるほどのダメージではない。ならば、イオリが動けるようになるまでチナツが時間を稼ぎ、その間にイオリは安全な場所からの射撃を行う――。
「外から撃つだなんてはしたない――!」
「地雷を仕掛けるなんてはしたないねぇ――!」
二度目の射撃。縁の部分に足を乗せて撃っているから、上手く体勢が整わない。それでも、イオリの狙撃は的確にマカの腹部を捉えた。
「ぐっ――!」
続けてチナツも発砲。ぐらりとよろけたため、初撃こそ外したが、二、三発目までは外さない。マカの銃に弾丸が当たって、大きく跳ねた。
彼女のハンドガンがからからと音を立てて、床を転がる。
窓を開け、イオリが室内に戻ってくる。チナツも立ち上がって、マカに銃を構えた。
「……」
「投降しなさい。これ以上は無駄な抵抗です」
地面にぺたんと座り込むマカ。
――しかし、その表情はへらへらと笑っている。
「……はいはい、私も別に痛いのが好きというわけではありませんので」
「……」
思ったよりもあっさりとしているな。二人とも、同じような疑問が浮かび上がった。
彼女はいわばテロリストだ。まだはっきりとはしていないけれど、何らかの目的のために武力を持って行動していた。
だからこそ、あっさりと降参したのには驚いた。もっと抵抗を続けるかと思っていた。
先ほどまで、大人というモノに対する講釈を垂れていたからこそ、その呆気なさは不自然だった。
「……なんですか、もっと撃ちたいんですか? 風紀委員って暴力組織なんですか?」
「ち、違う!」
「だったら早く捕縛してくださいよ」
そう言うと、マカは手をひらひらと上げた。白旗、完全に降参のポーズだった。
故に――ようやくそこで、チナツは背筋にぞくりとするモノを感じた。何かあるな。わからないけれど、彼女たちはまだ何かを隠している。
「何を企んでいるのですか」
チナツは言う。距離を詰め、自分が危険に晒されることすら厭わずに。
「言うと思いますか? どうしても聞きたかったら、聞き出せばいいじゃないですか。そういう場所なんですよね、風紀委員」
耳障りな言葉をつらつらと――チナツは頭に血が上っているのが分かった。だが、なんとか抑え込んだ。自覚的だったし、それがマカの狙いだと分かったからだ。
「イオリ、ここは任せます」
「あっオイ、どこ行くんだよ!」
すぐさま、イオリは駆け出す。教室を出て廊下へ。
「――チナツ。そっちは終わった?」
「委員長!」
丁度、ヒナたちも終わったところだったらしい。廊下で落ち合って、周囲を確認する。
未だ廊下は水浸し、しかし先生の姿もイヴの姿もない。周囲の壁には幾つかの弾痕があるから、交戦しながら動いているのだろう。
「先生を探そう。私は下の階を」
「わかりました」
そう言うと、すぐさまヒナたちは階下へと走っていく。
多分、先生はこの階にはいない。なんとなく、雰囲気でそれは分かっていた。ならば塩梅が良い。
本当ならば先生を探すのが優先だ。幾ら狐坂ワカモがついているとはいえ、先生は流れ弾を一発喰らうだけで死に直結してしまう。肉壁という意味でも、味方する生徒の数は多い方が良い
だが、何よりチナツが気になっていたのは――新聞部の方だった。
軽く駆けて、廊下の奥へと向かう。チナツが向かったのは、新聞部の部室である。
マカの言葉は如何にも違和感があった。まるで、この戦闘自体には意味がないと言わんばかりだった。つまり、まだ何か隠していて――私たちの知らないことがある。ならばそれを調べなくては話が始まらない。チナツはそう考えた。
急いで駆け寄り、扉を開けた。この先に、何かがあるはずなのだ。
「――――
「……えっ」