浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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12/災厄の狐vs新聞部

 ワカモとイヴの戦いはほとんど一方的だった。

 

 元よりワカモは七囚人――しかもその中でも一際目立つ武闘派だ。趣味が破壊と略奪なくらいには。

 

 対するイヴは新聞部。その二人がぶつかったところで、どう転ぶかは目に見えている。

 

 加えて、ワカモには私の目があった。後方支援というカタチにはなるが――イヴの一挙手一投足は見えている。それを指示してやれば――こうなる。

 

「……く……っ」

 

 満身創痍。衣服はぼろぼろに乱れ、体中傷だらけだ。至る所から出血があり、立っているのもやっとだろう。

 

 肩で呼吸をしているし、意識も朦朧としている。

 

 あまり戦闘慣れしていないのだろうとは思っていたけれど、予想以上だった。確かに抑えるべきところは抑えている。室内という場所でワカモが暴れてしまえば、建物自体に損傷が生じる可能性があるから、互いに頷くようにして外に出た。

 

 ワカモの長所はやはり遠距離からの無慈悲な狙撃だろう。相手の弾丸が届くのに、こちらの弾丸は届かない。それが戦闘を圧倒的に不利にさせるから、彼女の距離感は非常に適切だった。

 

 付かず離れず、適切な位置関係を保つ。常に狙うのは、ワカモではなく私の方。

 

 かと言って私も二人の戦闘から離れるわけにはいかない。まだ伏兵が潜んでいる可能性もあるから、ワカモも私から離れられない。どっちつかずなまま戦闘は長引きはしたが――そこは流石のワカモだ。

 

「先生、そろそろ終わらせましょう」

 

「うん……イヴの銃を狙えるかな」

 

「あなた様が言うのであれば、必ずや叶えて差し上げましょう」

 

 そう言って、ワカモはスコープを覗く。並みはずれた集中力。そのままワカモは引き金を引くと――ばちんと当たって、イヴの持つ銃が弾き飛んだ。

 

「あっ……!」

 

「イヴ!」

 

「くっ――!」

 

 あたふたと、多少不格好なまま、彼女は弾き飛ばされた銃を追いかける。アスファルトの上を転がって、からからと滑っていく。

 

 そんな折、ワカモが再び発砲した。見事な狙撃だった。弾丸は落ちた銃に直撃し、更に遠くへ吹き飛ばした。

 

「……っ」

 

 彼女はその場でしばし立ち尽くすと、やがて視線を私に向けた。

 

 虚ろではあっても――どこかまだ芯が残っていて、まだ何も諦めていないかのような瞳。

 

「……わかりました。降参しましょう。私に打つ手は残されていないみたいです」

 

 そして、手を挙げる。

 

 急いでイヴの元まで走った。彼女はその場で蹲って、ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返している。

 

「色々と君には聞きたいことがある。けどまずは……病院だね」

 

 ゲヘナだから、セナを呼ばなくてはならないか。既にヒナが連絡している気はするけど、だからといってやらないわけにもいかない。

 

「アロナ。セナに連絡を」

 

「わかりました!」

 

 タブレットからレスポンスを受けて、私はほっと一息ついた。後方では、まだワカモが銃を構えている。その気持ちも分からないではないけれど、こうして降参を宣言した子に銃を突きつけ続けるのは少しばかり心が痛い。

 

「今から色々大変だと思うけど……まずは君の考えていること、思っていること。全部話してほしいな」

 

「……」

 

「別に私にじゃなくていいからさ。話したい時に、話せる内容で、話してほしい。叱るのは、その後」

 

 けれどもイヴはこちらを一瞥することもなく、じっと地面を見つめている。

 

「……」

 

 返事はない、か。

 

 こうなってしまっては、解きほぐすのに時間もかかるだろう。何せ、彼女はまだ何も成せていない。そんな状態で全てが終わってしまえば、まずは喪失感がやって来るモノだ。

 

「先生っ!」

 

「――ヒナ。そっちは大丈夫?」

 

「なんともない。先生こそ、怪我は?」

 

「掠り傷一つないよ。ワカモが護ってくれたから」

 

「……別に、私でも先生のことを守れた」

 

「……」

 

「なんでもない。忘れて」

 

「先生、何か言ってあげてください」

 

「いや……うん。嬉しいな、次の機会があったらヒナにお願いしようかな」

 

 アコに睨まれたのでこうするしかなかった。

 

「それで先生、その肝心の狐坂ワカモは?」

 

「ほら、あそこに」

 

 後方から私を見守っている。アコがようやく気付いて、肩をびくんとしならせた。

 

「……こっちに銃構えてるの、止めさせられませんか?」

 

「私のこと、守ってくれてるんだよ」

 

「もう私がいるから」

 

「それもそうだね……」

 

 と、ぐだぐだな会話をしている――その時だった。

 

 ばたん、と音がして、振り返ると――イヴがその場に倒れてしまった。

 

「イヴ!?」

 

 慌てて駆け寄る。どうやら、まだ息はしている。気を失ってしまっただけみたいだ。

 

「……あれだけ激しい戦いがあったんだから、気も失っちゃうか」

 

「あれだけ激しい戦いって――一体、何が起きたんですか?」

 

「燃えた」

 

「え?」

 

「色々あったんだよ……」

 

 あえて全てを言う必要もないだろう。ワカモの『天災』――確か『噴火』。あれは考え得る中でも特に強力な異能だった。

 

 腕をかざすだけで周囲が発熱するのだ。空間そのものへの干渉。まるで魔法だ。

 

 遠距離では彼女お得意の射撃。近距離に入れば炎熱による空間攻撃。中距離ではその両方。向かうところ敵無しと言って過言ではないだろう。

 

 道理で七囚人と呼ばれるだけはある――というか、ああいうのがごろごろしているのかと思うと、少しだけ末恐ろしい。

 

「ワカモも、悪い子じゃないから。言ったらちゃんと聞いてくれるもんだよ」

 

「だったら矯正局に帰るよう告げるべきでは?」

 

「……たまに会わないと、燃えちゃうんだって」

 

「建物が、ですか?」

 

「心が……」

 

「へー……」

 

 そこで黙られると少し困る。私が言っているわけではないのに。

 

「ともかく、チナツとイオリは大丈夫?」

 

「二人とも無事のはず。セナが来たら回収しなきゃ」

 

   〇

 

 それから、万魔殿がぞろぞろとやってきて、事情聴取が始まった。私も多少は受け答えしたが――実を言うと、今回の事件はほとんど何もわかっていなかったので、すぐに解放された。

 

 イロハも途中から面倒くさくなってしまい、最近読んだ漫画の話をし始めたので、私も乗りかかって花を咲かせているとマコトに蹴り出された。

 

 詳しいことは後日にまた伝える、というのはヒナの談。首謀者であるイヴが意識を取り戻すまでは事件が進展することもないだろうし、何より完全に万魔殿の管轄になってくれたのは大変ラクだった。

 

 そんなこんなで、放り出されるカタチでゲヘナの外に出た。みんなこれからが忙しくなるみたいで、私はいない方が良いみたいだった。

 

 報告も兼ねてトリニティに帰ろうか――そんなことを考えながら歩いていると、後方から足音がした。

 

「先生」

 

「ワカモ。今日はお疲れ様」

 

「先生こそ、お疲れの出ませんように」

 

 ワカモは恭しく、私に頭を下げる。守ってもらった側だというのに、こうも腰が低いと申し訳なさが際立つ。

 

「今日はお世話になったし――そうだ、欲しいモノとかある?」

 

「えっ、欲しいモノ……でございますか?」

 

「あんまり高いとちょっと厳しいけど、今日のワカモはとっても頑張ってくれたからね。ありがとうの意味も込めて」

 

「そ、そんな……結構です。あの程度のことで、先生のお手を煩わせるだなんて」

 

「なんでもいいんだけどなぁ」

 

「な――なんでも?」

 

「……常識的な範囲でね」

 

 今のは少し口が滑ったか。ともかく、私は一旦トリニティに向かって歩き出した。

 

 セイアたちのことだ、事態は概ね知っているだろうけれど、とにかく私は無事だったし、これ以上被害が増えなかったということは伝えておくべきだろう。トリニティの子たちも、ゲヘナから襲われたと知れば、気が気じゃないはずだ。

 

「せ、先生……では、ディナー……というのは……?」

 

「夕飯? 構わないよ。行きたいところはある?」

 

「そうですね、では二人きりになれるところが良いです。完全個室で」

 

「料亭とかかな……? 居酒屋っぽくなっちゃうな」

 

 会話をしていると、不意にポケットの中でスマホが震えた。なんとなく取り出すと――着信相手はハナコだった。

 

「――っ、ごめんワカモっ!」

 

 急いで電話に出る。

 

「ハナコっ!? 体は大丈夫――」

 

『――先生っ! 大丈夫ですかっ!?』

 

「……」

 

『……』

 

「えっと、私は大丈夫――」

 

『私は大丈夫で――』

 

「……」

 

『……』

 

「大丈夫そうなら良かっ――」

 

『大丈夫そうでなによりで――』

 

「……」

 

『……』

 

「……あはは、まあ、そっちがなんともないなら良かった。こっちは風紀委員会が手伝ってくれたから、大方片付いたよ」

 

『なるほど。じゃあもう帰るところですか?』

 

「うん。ご飯でも行こうかなって思って」

 

『……気をつけてくださいね』

 

「何に?」

 

『悪い予感がしてるんです。それが何かまでは、わかりませんけれど――』

 

「うん、わかった。ありがとね」

 

『はい、では失礼します』

 

 スマホをしまう。

 

「……どなたからですか?」

 

「今日襲われた子」

 

「その様子ですと、無事だったようですね」

 

「うん、ただ――気をつけろって」

 

「……気をつけろ、ですか」

 

 深く染み込ませるように、ワカモは繰り返した。

 

「確かに、今回の一見は不透明な点が多いですからね」

 

「それは私も気になってる。まるで――事件を起こすことが目的……いや、違うな……鎮圧されること(、、、、、、、)が目的、みたいな」

 

「私も同じ意見です」

 

 ワカモの顔が険しくなる。

 

 考えてみればそうだ。あくまでも、新聞部が行ったのはハナコの襲撃と風紀委員会への抵抗。もしイヴが言っていた――大人を嫌うという言葉が正しいのであれば、相手にするべきは生徒たちではない。

 

 百歩譲って彼女たちの意見を取って、ハナコ襲撃が想定外のことだったとする。ハナコが予想以上に聡く、自らの計画に勘付かれてしまいそうだったので、口減らしも兼ねて襲った――そして襲ってきた風紀委員会もまた同様。

 

 結局、彼女たちが何を企んでいたのかは定かではないのだ。目が覚めればゲヘナの子たちに問い詰められることになるだろうが、それにしたって今回の計画は色々と不自然すぎる。

 

 まだ何か、隠し玉があったとしてもおかしくはない。

 

「とはいえ、あなた様が襲われるようなことがあれば、このワカモが容赦しませんから♡」

 

「めっちゃ笑顔で物騒なこと言ってる……!」

 

「考え得るありとあらゆるいや~な気分を味わって頂きましょう」

 

「考え得るありとあらゆるいや~な気分……」

 

 ちょっと気になる。

 

「まあでも、それよりご飯にしようか。ワカモ、お肉が好き? それともお魚とか?」

 

「え……? 私の口から、でございますか……?」

 

「うーんこれ私が悪かったかな?」

 

 その後、ワカモと二人きりでひりつく夕食を楽しんだ。

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