浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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13/エピローグ

「先生! 今日の当番の子が来ましたよ!」

 

「お、今日は誰だったかな?」

 

「浦和ハナコさんです!」

 

「……そう言えばそうだったね」

 

 事件から一日が経った。すっかりキヴォトスには平穏が戻ってきたみたいで、トリニティとゲヘナにあった微妙な関係も解消されつつある。

 

 結局、あれからまだイヴは目を覚ましていないらしい。セイとマカはもうぴんぴんしているそうだが、イヴが目を覚ますまでは何も喋ることはないと黙秘。だから、まだ真相については明らかになっていない。

 

 本来であれば今日の当番はチナツだったのだが、彼女は今ゲヘナでてんてこ舞いとのこと。丁度そこにハナコが立候補するカタチで、穴は埋められたのだった。私も丁度、ハナコとは直接会って話しておきたかったから、この訪問は丁度良かった。

 

 すぐに扉をノックする音が聞こえてきて、ハナコが入室してくる。

 

「先生、おはようございます」

 

「おはよう。元気だった?」

 

「今はもう、元気すぎるくらいです」

 

 それなら良かった。健康そうなハナコを見てほっとした。

 

「ハナコが襲われたって聞いた時は気が気じゃなかったよ」

 

「あら、そんなに心配だったんですか?」

 

「そりゃ心配するさ。だって大切な――」

 

「――生徒だから?」

 

「……まあ、うん。そうだけど」

 

 言葉を先取りされてしまった。そこまで真似しやすいほどに言っていたっけ。

 

 出鼻をくじかれる私の元に、ハナコは近寄ってくる。

 

「……そうだ、ハナコ」

 

「何ですか?」

 

 ぽん、と頭の上に手を置いた。それから、わしゃわしゃと思いっきり撫でてあげる。

 

「う、うわわっ、先生っ!?」

 

「単独行動は褒められたものじゃないな。皆が襲われないよう気を付けてたってのはわかるけど……でも、そういう時こそ私を頼ってほしい」

 

「……」

 

「いつでも頼っていいんだよ。そうでもしないと――私のいる意味もなくなっちゃうし」

 

「ごめん、なさい……」

 

「ううん、責めてるわけじゃない。次から気をつけてほしいだけだよ。それと、よく頑張ったね。どうにかしようとしてくれたってのは、知ってるから。偉いね」

 

 そう言って、私は笑う。

 

 ハナコは賢い子だ。他人の考える様々な機微を読み取れてしまうほどに。

 

 今回は特に、それが悪意に近かったというのもあるだろう。だからこそ、事件に強く巻き込まれてしまった。

 

 あの時点で頼っていてくれれば、私としてもハナコが襲われないように動けたかもしれない。責めるわけではないけれど、もう少し他人を頼ることを覚えてほしいものだ。

 

「……」

 

「……ハナコ?」

 

「はい……気を付けます」

 

 目を伏せて。自分の手が邪魔で、彼女の表情は見えなかった。

 

「先生」

 

「何かな」

 

「もっと撫でてくれますか?」

 

「……勿論」

 

「あと、もう少しでいいので……褒めてください」

 

「……」

 

 ハナコがこういうことを言うのは――何故だか、とても珍しいことのように思えた。

 

 あまり、他人に自分の弱点を晒す子ではない。あえて弱いところを差し出す子ではない。だからこそ、これはとても貴重な機会なのだろう。

 

「……よく頑張ったね。よしよし」

 

 言いながら、今度は優しく撫でてあげる。髪の流れを整えるように、彼女を落ち着かせるように、そっと。

 

 やっぱり彼女の顔を見ることはできないけれど――これが正しいのだと信じよう。

 

「いつも頑張りすぎ。もっと甘えてくれていいから」

 

「……はい」

 

「そうだ。今度……一緒に遊びに行かない? 美味しい珈琲のお店があるって聞いて……珈琲は好き?」

 

「……はい」

 

「良かった。じゃあ、都合の良い日があったら教えてね。なんとしても、その日は空けておくから」

 

「……はい」

 

「――――頑張ってるよ、ハナコは。頑張りすぎてると思う」

 

「……ごめんなさい」

 

 そのまましばらくの間、彼女を撫で続けた。

 

「ハナコ、そろそろ手汗が出てきた気がする。やめてもいいかな?」

 

「私に、先生の汗を擦り付けても良いのですよ……?」

 

「いやいや」

 

「うふふ♡ 先生色に染められてしまうというのも、悪くはありませんから♡」

 

「普通に私があんまり良い気持ちじゃないんだけど」

 

 自分の手汗を他人につけて嬉しがる性癖はない。特に、髪は女の命ともいうし、ハナコも気を遣っているはずだ。そこを汚されるのは、あまり嬉しくないだろう。

 

 ようやく撫でるのをやめて、私はハナコから離れた。表情はすっかりいつものそれで――どこか、目元が柔らかくなっている気がするのは、彼女が安心したからだろう。

 

 人間誰だって、いつも張りつめているのは大変だ。本人はそう思っていなくとも、緊張が生じる。だから、それはどこかで緩めなくてはならない。

 

 とはいえ、トリニティはあまり緩い校風でもないから、それは難しいのだろう。一日中補習授業部と一緒にいるというわけでもない。コハルだって正義実現委員会で忙しいだろうし、ヒフミとアズサもそうだ。

 

 そういう意味では、ハナコはシスターフッドやティーパーティー関連で特に忙しいはずだ。毎日肩身の狭い思いをしていても、何らおかしくはない。

 

「さて、お時間を頂いてしまいましたね。そろそろ昼のお仕事の方を始めさせて頂きましょうか」

 

「夜のお仕事もある、みたいな言い方だね」

 

「夜のお仕事?」

 

「ああ、今のは私の負けでいいや」

 

 完全に策にハマってしまった。ハナコは嬉しそうに、私の首を取ったように微笑む。

 

 もうすっかりいつもの調子だ。このままだと、昼までは揶揄われるだけで時間が過ぎてしまいそうだ。

 

「……」

 

 まあ、それも悪くないか。

 

 ハナコの幾つかの作業を割り振って、私も作業を始める。すると、何やら私のタブレットに通知が来ているみたいだった。

 

「ん? アロナ、どうかした?」

 

「先生……先生っ!」

 

「先輩落ち着いてください。しかし先生も先生で慌ててください」

 

「プラナまで。どうかしたの?」

 

 アロナがハイテンションになっているのはいつものこととはいえ――プラナまでもがそれに乗っているのは珍しい。なんとなく気になってしまうくらいには珍しいことだ。

 

「とにかく! 先生、テレビをつけてください!」

 

「……? ハナコ、リモコンそこにある?」

 

「ありますよ?」

 

「テレビ、つけてくれるかな?」

 

 ハナコも少し困りながら、私の出方を伺うようにしてリモコンを取る。そして、ボタンを押した。

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