浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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14/『The Small Print』

「……」

 

「……起きましたか。日頃の不摂生並びに不養生が祟りましたか?」

 

 むくり、と――――政島イヴは体を起こした。虚ろな瞳で、周囲を軽く見渡す。

 

 どうやらゲヘナの医務室。しかも個室だ。こんなところに入れるだなんて、そうそうない。これは綿密にメモを残しておかなくては――そう考えながら、懐を触って気が付いた。

 

 メモがない。というか、病院着だ。

 

 横をそっと見ると、そこにはチナツとイオリが小さなパイプ椅子に腰かけている。

 

「……なるほど、そういうことですか」

 

 合点が行ったように、イヴは頷いた。ぼやけていた思考がゆっくりと明瞭になっていく感覚。

 

「よければ、水を貰えませんか? 寝起きは喉が渇いて……」

 

「……」

 

 無言で、イオリがコップを差し出した。一言だけ感謝を告げると、それをゆっくり傾けた。

 

 こく、こく――と、嚥下する音だけが、部屋の中にはあった。外とは完全に遮断されていると思うほどに、この個室は隔絶されている。

 

 情報漏洩を防ぐ、という意味合いもあるのだろう。イヴは推察する。事態を思い出すに、どうやら自分は重要参考人らしい。風紀委員会の二人もこんなところに来ているのだから、事情聴取が目的か。

 

 一息で水を飲み干すと、イオリにコップを返す。彼女は無言で受け取って、近くの小さなテーブルに放った。

 

「起き抜けで恐縮ですが、貴方に聞かねばならないことが幾つもあります」

 

「でしょうとも。それで、何を聞こうと?」

 

「……まずハッキリさせておきたいことがあります。トリニティ総合学園の浦和ハナコを襲ったのは、貴方ですね?」

 

「ええ」

 

 何でもないことのように、彼女は言った。

 

「彼女は聡すぎます。正直、計算外でした。もし彼女の行動を阻止できなければ、色々と破綻していましたよ」

 

「しかし、こうして貴方たちは医務室送りになっている。既に破綻しています」

 

「……」

 

 チナツのわざとらしい言葉を、わざとらしく、イヴは無視した。

 

「チナツさん」

 

「……何ですか?」

 

「貴方、新聞部の部室は覗きましたか?」

 

「[[rb:覗いていません > 、、、、、、、]。何故ですか?」

 

「いえ――少し気になったので」

 

「……」

 

 その問答を受け、顔をしかめたのは――イオリだった。

 

 それは少し、おかしいと思ったのだ。何故なら、イオリは土屋マカを捕縛した後、部室の前で倒れているチナツを発見した(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)からだ。

 

 初めは敵襲かと思った。更に伏兵がおり、そいつらに攻撃されたのだと思った。

 

 しかし周囲に弾丸はなかった。考えてみれば発砲音もなかったし、誰かと交戦した形跡もなかった。

 

 だから、これはきっと、体力の限界だろうな――と思ったのだ。普段からチナツは前線に出るタイプではない。理由があったとしても、チナツに大きく動いてもらったのはイオリの責任でもある。戦線の維持が必要な立場上、本来起こるべきではなかったことなのだ。

 

 それ故、普段よりも無茶をさせた。マカを捕まえるまでは良かったものの、それが終わってほっとした。そうして緊張の糸が緩んで、倒れてしまった。そう考えた。

 

 ――しかし、その考えは矛盾していることにも気付いてしまった。

 

 だって――チナツがこんな場所で気を緩めるはずがないから。幾ら実戦経験が少ないとはいえ、彼女も数多の修羅場を潜った身。敵地で意識を手放すなどありえない。

 

 だとすれば、やはり誰かに襲われたとしか考えられない。それこそ――この先を調べようとして、邪魔されたみたいな。

 

 そう考えていると、チナツはすぐに起き上がった。なんでもないかのように立って、ヒナの元に合流しに行った。

 

 その一件でさえ相当な違和感だった。何があったかをチナツに聞いても、彼女は「急に倒れちゃって。疲れてたのかも」としか言わないから、納得せざるを得なかった。

 

 だからこそ――――そんなことを、この政島イヴが言ったことが、もうとんでもなく違和感なのだ。

 

 まるで、何かありますよと言っているかのようではないか。晒すように、調べることを強制するかのように、彼女は手の内を明かそうとしている。てんで考えが読めない。何を考えているかわからない。そして、わからない相手は――何より怖い。

 

 もしコイツがただのテロリストで、ただ暴れることだけが目的ならば、それはそれで怖いけれど、納得は出来ただろう。暴れることが目的。あまり頷きたくないが、キヴォトスにはそういう子も少なくない。

 

 しかし、この女は――まるで目的が理解できない。

 

 ぞくりと脈を打つ感覚。イオリの背筋に冷たい汗が落ちて――緊張が高まった。

 

「ところでお二人は……もし大人がいなくなったら、と思ったことはありませんか?」

 

「ありませんね」

 

 チナツが叩き切った。意志は変わらない、そんな強い言葉だった。

 

「そうですか。でも、私は思うのです。私たちを弄ぶのも、私たちを操るのも、私たちを奪うのも、私たちを苦しめるのも、私たちを襲うのも、私たちを願うのも、それらは全て大人たちです。違いますか?」

 

「貴方は、この世に蔓延る悪の原因は大人にあると?」

 

「そうではないですか」

 

「詭弁ですね。悪事を起こすのはいつだって人ですよ。子どもが事件を起こすことだってある」

 

 それこそ、キヴォトスのように。

 

 少なくとも自分はイヴの意見には賛同できない。その意見を強く持って、チナツは答える。

 

「『白の稚児(タブラ・ラサ)』。御存じですか?」

 

「そんな思想なのに性悪説論者でないとは驚きです」

 

「一々刺々しいですね。仲良くしましょうよ、同じ子どもとして」

 

 『白の稚児』。人は生まれながらに真っ白な存在であって、その後の様々な外的刺激によって、いかようにもあり方を変えるとする考え方だ。産まれた時点ではみんな同じ状態であり、その生まれた場所や環境、そしてどのような人と関わったかによって、人は色を変えていく。

 

 現在では様々な論証があり、ほとんど否定されている説でもある。とはいえ、彼女の言わんとすることは大体わかった。

 

「いっぱいのミカンが詰まった箱に、一つの腐ったミカンがあると、次第に全て腐ってしまうと言います。私にとって大人とは、腐ったミカンと同じなのです」

 

「悪い大人に触れているから、子どもが――私たち生徒が汚されていると?」

 

「事実、そうでしょう?」

 

「……」

 

 反論することは出来る。けれど、それは本質的ではないな、と思った。

 

 確かに彼女の言うことにも一理くらいはあるのかもしれない。その全てを感情的に切り捨てられはしないだろう。とはいえ、それは極論の一つだ。たった一つのミカンを淘汰するために、箱そのものをひっくり返そうとでも言うつもりか。

 

 ――その箱には、先生も入っているはずなのに。

 

 けれど、先生は良い大人だから、と声高々に言うことは出来ても、それがやはり本質的でないこともまた確かだろう。

 

 難しい話だ。彼女を納得させるのには――少々知恵が足りない。

 

「お喋りが過ぎましたね。聞きたいことがあるんでしたっけ?」

 

 イヴが話を戻してくれたのは好都合だった。それ幸いと、チナツは次に繰り出す問いを頭に思い浮かべて――、

 

「――あ、そうそう。その前に、良いですか?」

 

「……なんでしょうか」

 

「私、他人に話を聞かれるのがあまり慣れていなくって。特に、こういう周囲の音がない環境が少し苦手なんです」

 

「窓でも開けますか?」

 

「いえいえ。テレビ――――付けていいですか?」

 

「……?」

 

 思わずイオリと目を合わせた。それくらいならば構わない。

 

 とはいえ、やはり奇妙ではあった。どうしてテレビなのだろうか。音がないと落ち着かない性質、なのか。まあ、確かに普段からお喋り好きそうな彼女だから、静かな場所はかえって落ち着かないと言われると、なるほど納得ではあるけれど――。

 

「音量は小さめですよ」

 

「ありがとうございます」

 

 チナツがリモコンを触って、備え付けられたテレビを付けた。どうやら、丁度ニュース番組が始まったところらしい。

 

 

「――――え……?」

 

 

 思わず、二人して画面に釘付けになった。

 

 

 

『皆さん、とんでもないニュースですよ! この映像をご覧ください! 信じられないことに――――あのシャーレの先生が(、、、、、、、、、、)生徒に銃を向ける映像(、、、、、、、、、、)です!』

 

 

 

 クロノススクールの二人が喋る。直後、映像が流れる。先生が銃を向ける。その銃口には政島イヴがいる。映像が終わる。

 

「……え」

 

「これ――」

 

『なんということでしょうか! しかも、なんとこの銃――先生が特注で作らせた品だそうです! まさか、生徒を撃つためにこんな代物を作り、あろうことか真に銃口を向けるだなんて! 現在、先生に撃たれた生徒は入院中で――――』

 

「――まッ……待てよ! これッ……違うだろ!」

 

 イオリが叫ぶ。そうしないと何かがおかしくなりそうだった。頭の中で何かが膨らんで弾けて壊れてしまいそうだった。

 

「違うって……何が?」

 

「違う! 先生が撃ったのはスプリンクラーだった! お前になんて撃ってない!」

 

「――でも、銃口を向けたのは事実ですし、私が入院しているのは事実でしょう?」

 

 さらりと、当然のことのようにイヴは言う。

 

「偏向報道です……! まるで、先生を悪役に仕立て上げるような――!」

 

「先生が生徒を撃つはずないだろ! 誰も信じやしない……!」

 

「それはどうでしょうか?」

 

 極めて冷静に、イヴは言う。あやすように――諭すように。

 

「人は信じたいモノを信じるのです。火の無いところに煙は立たないけれど――小さな火種でも、意外と煙は大きいモノなんですよ?」

 

 チナツが手元でSNSを開く。そして、すぐさま閉じた。既に波紋は広がっているようだった。

 

 先生に対する疑惑の声。確かに、彼は生徒の背中を押してくれるけれど――あの人の公式な実績はこれまでほとんどない。

 

 シャーレは存在自体こそ知られてはいるものの、活動実績はほとんど掻き消えているのだ。風紀委員会のようによく関わる者たちならばこそ――一般の生徒には、その活躍は知られていない。

 

 故にこうなってしまったのだろう。投じられた石は波紋を広げながら、より強く、より大きくなっていく。

 

 そしてクロノススクールのこの放送――先生を、大人を危険視するには最適すぎる。

 

 どれだけ風紀委員会や、それこそティーパーティーが肩を持ったとしても、癒着の可能性すらある。大勢の肯定がなければ、ただその意見は飲まれることしかない。

 

 がらがら、と音を立てて扉が開く。そこにいたのは、ヒナとアコだった。

 

「委員長!」

 

「イオリ! チナツ! ニュースは見た!?」

 

「今まさに!」

 

「――やってくれたわね、政島イヴ――――!」

 

 今まで出したこともないほどの怒りを目に宿して――ヒナはイヴを見る。彼女次第では、その視線だけでそのまま命を奪ってしまえるほどに鮮烈で、巨大な憎悪だった。

 

「ダメですヒナ委員長!」

 

「離せアコ――!」

 

「今彼女が更に傷つき……もし殺してしまえば! どうなってしまうか考えてください!」

 

「――――――ッ!」

 

 必死でヒナを止める。本来ならば、アコだって一発や二発殴ってやりたい気持ちはあった。しかし、それが悪手なことなどわかっていた。それも含めて、彼女の計画の一部なのだ。

 

「初めからこれが目的で……!」

 

「悲劇のヒロイン気取りってわけかよ、お前!」

 

「――――あはははっ!」

 

 快活に、イヴは笑う。

 

 明瞭に、イヴは笑う。

 

 心の底から喜ぶように――イヴは笑う。

 

 狂気的に見開かれた瞳。悍ましいほどに

 

「大人を排斥し、子どもを残しましょう。邪悪を排斥し、正義を残しましょう。黒を排斥し、白を残しましょう。そうすれば、そこには楽園が開かれるのです。そこに楽園があるかどうか確認できないのならば、ここに創ってしまえば良い。それで、楽園があるかどうかは簡単に証明できる」

 

「――――っ」

 

「元よりエデン条約等と言うふざけたモノは必要ありませんでした。あんなモノ、大人に擦られたバカな子どもがやろうとした愚かな行いでしかない。楽園とは真っ白でなくてはならないのです。『白い稚児』のように、傷一つ汚れ一つない、完璧で無垢な存在でなくてはならないのです」

 

 イヴは言う。

 

 

「――――さあ、始めましょう? 子どもたちの新たな楽園(エデン)を」

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