浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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弐/少女たちの葛藤(2)

「――――」

 

 一人の少女が、ぽつんと立っていた。

 

 腰まではあろう長い髪をお団子に丸めて、腰には純白の羽。彼女は空を仰ぎながら――来る雨を察する。

 

 先生と会えなくなって、もう一週間になる。あの放送の後、すぐにシャーレに向かったけれど――やはりというか成程というか、そこに先生はいなかった。もぬけの殻、というよりかは、必要なモノだけを持って急いでどこかに身を隠したという感じだった。シッテムの箱はなかったし、財布もなかった。いつも着ていた白いコートだけが、寂しそうに背もたれにかかっていた。

 

 先生の居場所は、今みんなで探しているところらしい。こういう時ばっかりゲヘナとしっかり連携しているところなんて、妙に憎たらしい。普段からは犬猿の仲と言わんばかりに敵対しているというのに、利害が一致しているときに限って示し合わせたようにお互いを頼るのだ。

 

 ひと昔前ならば、こんなことは起こらなかっただろう。すぐさまゲヘナに殴りこんで、更に事件が面倒になっていただろう。全く、一体どこの誰が、私たちを変えてしまったのか。

 

「……全部、先生が変えちゃったって言うのにさ」

 

 ぽつり――聖園ミカは零す。一陣の風が彼女の髪を奪い取って、顔にかかった。今は煩わしい頭髪を払うことでさえもが煩わしい。何もかもが彼女にとって空虚で――たまらない。

 

「――――ミカさん」

 

「……ナギちゃん」

 

「一応、まだ貴方は謹慎中のはずです。許可のない外出は控えて頂けますか?」

 

 後方から、ナギサの声。分かっている。彼女が自分のことを心配して、その言葉をかけてくれたことなんて当然のように分かっているのだ。

 

 だってもう彼女は自分と同じで、先生に変えられてしまったうちの一人なのだから。

 

 昔みたいに人を疑ったりしない。信じようとしてくれる。それはきっと聖園ミカも――ゲヘナ学園、新聞部も。

 

「だったらさぁ」

 

「……」

 

「今から新聞部の子たちをぼこぼこにしてくるって言ったら……許可出してくれるの?」

 

「そんな――」

 

「――あはっ……ごめんごめん。冗談だよ」

 

 あまりにもナギサの反応が大きくて面白かったから、つい自分も釣られて笑ってしまった。

 

 そう。もう、そんなことしない。自分勝手に突っ込んで、バカなことはしない。

 

 ――少なくとも、何も起きていない今のうちは。

 

「……ミカさん」

 

「風に当たりたかっただけだよ。心配しないで――」

 

「――嫌です」

 

「……」

 

 けれど彼女は、毅然としてそう言った。

 

「心配、しに来たんです。確かにミカさんは賢くありませんし、何も考えずに動きますし、無鉄砲ですし、滅茶苦茶ですし、ロールケーキだけで一週間はもちますし――兎に角賢くはありません」

 

「えっ……何々、そんなに貶す? さっきと言ってること違くない?」

 

「――でも。貴方のことですから……色々と深く考えていることくらい、わかります」

 

「――――」

 

「先生があんな目にあったのは、全部私たちティーパーティーのせい。自分たちが新聞部の申し出を断ってさえいれば、先生は隠れる必要なんてなかった――とか」

 

 図星、だった。確かに彼女の言う通りのことを、ミカは考えていた。

 

 中でも一番大きくミカを占めていたのは――罪の感情。先生に悪いことをしてしまった。それを償いたいと思う、贖罪の念。

 

「……よく、わかってるね」

 

「当たり前です。幼馴染ですから」

 

「……」

 

「その考えは、合っていると私も思います。ハナコさんに言われた通り――私たちは鈍っていた。盲目的に信じていた。だからこうして、足を掬われました」

 

 浦和ハナコの言っていることは、初めから正しかったのだ。もっと疑ってかかるべきだった。そうでなくては――信用なんて出来やしないのだから。

 

 その後悔があるからこそ、こうして罪の意識が付いて回っている。逃げようとしたところで絡み取られて、動けなくなるほどに。

 

「ならばこそ――私たちが挽回せねばなりません。先生の良くない噂を断ち切り、再び先生を迎え入れなくてはなりません。私たちには、まだ彼が必要なのですから」

 

「……何それ。もしかして、励ましてるつもり?」

 

 そんなナギサの言葉が少しだけおかしくって、つい笑いが零れてしまった。

 

 彼女の意図はわかる。けれど、なんだかそれは、あまりにも不器用で。

 

「……えっと、どこか、間違っていましたか?」

 

「あははっ、なんか変なの!」

 

「ぐぅ……」

 

 急に胸元を抑えるナギサ。どこかが彼女の傷を抉ってしまったのだろう。

 

「大丈夫大丈夫、私だって成長してるんだもん。勝手に殴り込んだりしないよ」

 

「それは――信用してましたけど……」

 

「へぇ、ってことは、疑ったんだ?」

 

「信用したかったので」

 

「……」

 

 ナギサを見て――少し、見上げるような気分。そうか、彼女は――成長しているのだな、と思う。少なくとも自分なんかよりは上のところにいて、そこから掬い上げようとしてくれているのだな、と思う。

 

 それはなんだかちょっぴり悔しくて――なんだかちょっぴり、誇らしい。

 

「ここは冷えますし、戻って紅茶でもどうですか? 色々、話し合わねばならないこともあります」

 

「今は何の話をしてるの?」

 

「……ハナコさんについて、です」

 

「ハナコちゃんについて? どうして?」

 

「知りませんでしたか? 彼女は、先生が消息を絶った日と同じ日から、学校に来ていないのです」

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