浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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肆/少女たちの葛藤(4)

 自然と、ニュースを流す機会が減った。

 

 自然と、スマホを見る時間も減った。

 

 自然と、集中して仕事する時間も減った。

 

 不自然に、新聞を避けるようになった。

 

「……」

 

 掲示板の前で、立ち止まる。そこには、新聞部の書いた記事が掲載されていた。そこには先生のことなんて少しも書いていなくて、近場のおすすめのカフェランキングだとかいうどうでもいいことが書かれていた。しかも来月に続くらしい。そんな、ふざけた内容の記事だった。

 

 今すぐにでもこの紙切れをぐしゃぐしゃにして、それを火種に旧校舎を火災にでも巻き込んでやろうかと思った。

 

 ……でも、そんなことに意味はないと思ったから、止めた。本当にむしゃくしゃしていて、自分が自分でない感覚はあった。それでも日常は当たり前に過ぎていって、風紀委員会に流される仕事もいつもと変わらなかった。

 

 それどころか、いつもより少ない気がした。皆、事件を起こしたがらなかった。ヒナにとってすればそれは嬉しいこと尽くめで、何も起こらない平和は彼女の望むところではあった。

 

 ――それでも、それが大人への恐怖というカタチで顕在してしまえば、それはヒナの思うところではなかった。

 

 そのまま、掲示板の前から立ち去る。少なくなったとはいえ、仕事は残っている。それを片付けなくてはならない。こんなことが起こっても、普段と変わらず事件を起こす生徒たちに辟易しつつも――自分の正気を保たせてくれることにだけは、感謝だ。

 

 あれだけ面倒くさがっていた仕事が、まさか自分を保たせてくれているとは。まさしく笑い話だ。アコに言えば、彼女は笑うだろうか。イオリは苦笑くらいはしてくれるかもしれない。チナツは、きっと笑ってはくれないだろう。

 

 ――先生だったら、きっと微笑みながら、私を叱ってくれるのに。

 

「……」

 

 そこまで考えて、足が止まった。自然に、体の機能が停止するようだった。自立以外の全ての意識を手放して、ただその場にあり続けることしか出来なかった。

 

 もしあの時、自分がいち早く彼女の毒ガスに気付けていれば。先生は銃を抜かなくて済んだのだろう。

 

 もっと警戒していれば。もっと考慮していれば。こうはならなかったのだろうか。

 

 考えても仕方ない。結果論に過ぎない。そんなことはわかっている。それでも、どうしても考えてしまうのが――空崎ヒナという少女である。

 

「……こちらにいましたか、委員長」

 

「アコ。どうかした?」

 

「……」

 

「……?」

 

「いえ……ただ……」

 

 言いにくそうに、アコは濁す。

 

「……なんでもありません」

 

 彼女は口を閉ざす。

 

「言いたいことがあれば、言って」

 

 思わず、低い声が出たな、と思った。自分でも驚くくらい、酷い声だった。

 

 アコはびく、と肩を上下させて――ヒナを見る。

 

「……今日で、新聞部は懲罰房を出ました。何か、対策しておくべきではと考え……」

 

「……」

 

 そうか。もうそんなに時間が過ぎていたのか。

 

 結局、新聞部の犯した罪はあくまでも浦和ハナコを襲ったことしかなかった。それ故に厳しく罰することが出来ず――他の問題児と同様に、懲罰房に送ることしか出来なかった。

 

 それを、委員会の誰もが不満に思っていたのは事実だ。しかし、それ以上の罪は犯していないから――彼女たちだけを無意味に長期間拘束することは出来ない。

 

 全く持って歯がゆい。何かしたいのに、何も出来ない。無力感。

 

 不意に、窓の外に目を向けた。打ち付けるような酷い雨。夜から降ると言っていたけれど――もうそんなに経っていたらしい。そんなことに一切気付かないまま気晴らしの散歩をするくらいには、集中出来ていなかったようだ。

 

「先生は、どこにいると思う?」

 

「……ミレニアムの明星ヒマリさん。彼女ならば知っていると思います」

 

「でも、ミレニアムが情報を掴んだと言う話は聞かない。独占していると?」

 

「いえ、秘匿しているのだと思います」

 

 ミレニアムの『全知』、キャラクターこそ濃い彼女だが、その手腕は確かだ。ヒマリが本気を出せば、先生の現在地など容易く掴めてしまうだろう。無論、先生が本気で抵抗すれば――シッテムの箱――防衛することくらいは出来るだろうけれど。

 

 とはいえ、そこまで全力で逃げ続ける意味がない。だとすれば、知っていて、その上で知らないふりをしているのだ。

 

 彼女ほどの才女が、独占欲のみで情報を開示しないわけがない。なし崩し的に、秘匿していると考えるのが道理だ。

 

「……そう。いずれにせよ、ほとぼりが冷めるまでは、そうした方が良いと思う」

 

「しかし、彼女たち――新聞部は、きっとまだ何かしでかします」

 

「……」

 

「彼女たちの言い分は、あくまでも大人の排斥です。先生一人の印象を悪くしただけで止まるはずがない」

 

 その通りだと思った。どうやら、自分よりもずっと冷静に状況が見えているみたいだ。ヒナは遠く、そう思う。

 

「アコは、凄いわね……」

 

「……委員長?」

 

「私は……ちょっと、ダメかもしれない」

 

 ぼそり。誰もいない廊下に、落っことすようにヒナは言葉を漏らした。

 

「私がもっとしっかりしていれば……あんな、悪意の塊のようなこと、起こらずに済んだのかもしれない。人の善意を踏みにじるような、先生の優しさに当てつけるみたいな……酷いこと……!」

 

「……」

 

「私、ごめん……少し……」

 

「――委員長」

 

 ゆらり、体の力抜けたヒナの肩を、アコが支えた。

 

「貴方はカミサマなんかじゃありませんよ」

 

「――――」

 

「確かに委員長は凄い人です。エデン条約の時だって、委員長がいなければ被害はもっと広がっていたでしょう。先生の怪我だってもっと増えていたかもしれない。死んでいたかもしれない。きっと、先生が今生きているのは、委員長がいたからです」

 

 しっかりとヒナの目を見て、アコは言う。

 

「でも、カミサマじゃない。色々取りこぼしてしまうのは当然だと思います。むしろ、何もかも全部わかっていたら、私たち風紀委員会は会でなくとも構いません」

 

「アコ……」

 

「――それに。私だって、正直我慢ならないんですよ」

 

 アコはヒナから手を離すと、ぎり、と手を握った。手袋が破れて、掌に爪が突き刺さった。

 

 ぽたり――血が流れて来る。それほどまでに爪が突き刺さっても、彼女は手を握るのを止めない。

 

「アコ、手――!」

 

「――いきなり出てきて先生にいちゃもんをつけて! 先生にいちゃもん付けて色々囃し立てて良いのは私だけなんです!」

 

「……」

 

 咄嗟にちょっと引いた。何だその独占欲は。

 

 いや、独占欲と呼んでいいのかすらわからない、そんな欲望。

 

 ふんすふんす、と鼻息を荒くしながら、アコは言う。

 

 ――でも、そこまで素直になれたら、凄く楽だろうな。ヒナは彼女を見ながら、そう思う。

 

「――――だから、ヒナ委員長。口を閉ざしちゃうのはもう無しにしましょう。家に引きこもっちゃうのもダメです。私たちも、愚痴を聞くくらいは出来るでしょうから。今委員長に聞いてもらったみたいに」

 

「……」

 

「まあ、言いたくはありませんが、先生ほど上手にできるかはわかりかねますけれど……」

 

 今の無言は別に言いたくなかったというわけではなくって、先ほどの独占欲が愚痴の一つだったことに気付いたことよる無言だったのだが……ともかく。

 

「……うん、わかった」

 

 彼女が励まそうとしてくれていることだけは、分かった。

 

 落ち込んでいても仕方ないのは分かっている。それに、まだ何も終わっていない。先生は生きているし、まだこのキヴォトスにいる。なら、幾らでもやりようはあるはずだ。

 

「じゃあ、早速先生の名誉挽回の方法を考える会でも開きますか?」

 

「……ジェンガが上手というのを言って回る、とか?」

 

「なんですその地味な趣味」

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