浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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01/ゲヘナ学園新聞部

「本日の予定は午前はいつも通りの書類整理ですが、午後からはゲヘナ学園新聞部の取材が入っています」

 

「……新聞部? 取材?」

 

 聞きなれないアロナの言葉で思わず立ち止まった。今日そんな予定を入れた覚えはなかったけれども、アロナがそう言うのならばそうなのだろう。改めて確認する気持ちも込めて、私はタブレットを持ち上げた。

 

 タブレットをぽてぽてと何度か触ってスケジュール帳を出すと、確かに今日の日付には『新聞部取材!』と可愛らしい丸文字で書き込まれている。

 

「先生が許可したんじゃないですか。もしかして、忘れていました?」

 

「……そうだっけ?」

 

 胸を張って自信満々に言う。しかし、本当に本気で、そんな予定を入れた記憶はなかった。

 

「さては先生、また眠りながらお返事しましたね?」

 

「うーん……有り得るかも」

 

 じぃ、と私を訝しむような目線が液晶越しに突き刺さる。画面の向こうからの指摘が痛くて、私は目を逸らした。

 

 確かにここ数日は特に忙しかった。シャーレの当番として呼んだ生徒たちとも、ほとんど会話することなく朝から夜まで淡々と仕事をし続けるくらいには。

 

 それについては申し訳ないとは思うが、これだけの確認が上がって来る連邦生徒会にも原因はあると思う。一体、どれだけの業務が積まれているのか。まあ、生徒を助けるのも先生の責任だと思えば、これくらいは仕方のないことではあろうけれど。

 

「ま、まあとにかく、わかったわかった。お昼までには色々片が付くだろうからね」

 

「ええ。予め質問内容については幾つかのテンプレートが送られてきていますので、答えを考えておいてください」

 

「あ、そっか。取材だもんね。その――」

 

「――ゲヘナ学園新聞部、ですか?」

 

「――そう。新聞部。大まかには、何を目的とした取材なの?」

 

「今回は学園を飛び越えた出張編がテーマだそうで、ゲヘナ以外の色んな場所での出来事を記事にしたいとのことです。シャーレの先生は特に色んな事件に関わっていますから、トップバッターに選ばれたと」

 

「ははぁ……なるほど。確かにそれなら私でもシャーレを選ぶね」

 

「彼女らはこれまで目立った実績がなかったので、先生が知らないのも無理はありません。活動内容も、精々学校内の掲示板に新聞を貼る、といった程度のモノでしたから」

 

「あ、それだったら見たことはあるかも。前ヒナちゃんに会いに行った時に貼ってあった気がする」

 

 確かその時記事の内容は……来るエデン条約に向けた内容。立ち位置的には中立で、エデン条約が良いとか悪いとかではなく、淡々と事実だけを述べていたため感心したのだ。

 

 時期が時期だっただけに、中々報道屋として白いことをしているな、と思ったのだ。だから覚えていたのだろう。

 

「クロノススクールほどの力はありませんが、記事が常に中立派を取り続けているのは真摯でとても良いですね」

 

「今さらっとクロノスのこと卑下した……?」

 

「報道って言うのはですね! ジャーナリスト魂が籠っていなければならないんですよぅ! ですから片方に偏るというのは良くないことでして――!」

 

 アロナの語りが熱くなりそうだったので、私は片手間に彼女の意見を聞きながら作業を始めた。

 

 今日もシャーレ当番の生徒が来る予定だけど、全部を任せるわけにはいかない。今のうちに少しでも仕事を減らしておかなくては。

 

 それにしても――新聞部か。これまでの行動範囲が狭かったのであれば、ここで急にシャーレにまで手を伸ばそうとするのは少し急な気がする。段階を踏むならば、まずは風紀委員や万魔殿――と言いたいところだけど、そこまで考えて納得した。

 

 万魔殿は、なんというか、癖が強い。権力もない部活動がいきなりアポを取れるかと言えば、ノーだろう。だからシャーレにアポを取ってみた――うん、納得だ。

 

 それに、これまではゲヘナ内部での記事しか書いていなかったのだろうから、新鮮さという意味では充分すぎるくらいだ。これで多少なりとも知名度を持つようになれば、今後はまた別の学校なんかにも取材をしに行けるようになるかもしれない。そのためのステップアップならば、幾らでも協力しようとも。

 

 ……もしそうなれば、ヒナやアコのことを、もっと色んな人が知れるようになるのだろう。彼女たちは厳しそうに見えて、実は結構可愛いところのある子たちだ。少し寂しいような気もするけれど、それが良いことなのは考えるまでもなかった。

 

「……あ、先生。当番の子がシャーレに来ましたよ」

 

「今日は誰だっけ?」

 

「トリニティ総合学園、浦和ハナコさんです」

 

 声と同時にノックがあった。返事をすると、慣れたように入室。

 

「おはようございます、先生」

 

「おはよう、ハナコ」

 

 桃色の髪を腰まで垂らし、柔らかな瞳で私を見据える。彼女はゆっくりと私に近づくと、いつものように業務確認を行った。すっかり手慣れたようで、彼女は目を細めて作業量を確認する。

 

「あらあら♡ 今日もいっぱい溜まっていますね」

 

 机の上には、あまりにも高く聳え立つ書類の塔が出来上がっている。とはいえ、それでも氷山の一角に過ぎないのがシャーレの辛いところだ。

 

 彼女は荷物を置いてソファに腰かけると、すぐさま書類に手を付けた。彼女の物覚えが良いこともあってか、もう何も言わなくとも勝手にお仕事を手伝ってくれるのだ。

 

 本当は生徒に仕事を任せるのは申し訳ないのだけれど、一応アルバイトのようなモノで給金も出ている。そこでなんとか罪悪感を打ち消しつつ――少しでも業務を消化している。というか、そうでもしないと人手が足りない。猫の手でも借りたい状況なのだ。

 

「先生、今日は一日中書類と睨めっこですか?」

 

「ん? いや、午後から用事があるけど……どうかしたの?」

 

「へぇ、お忙しいのは相変わらずですね。どこかに行かれるのですか?」

 

「なんでも、ゲヘナの新聞部が取材したいんだって。それでシャーレに来るってさ。だから、今日の当番は午前中までで大丈夫だよ」

 

 実際、あれほどに残されていた仕事も今日の午前中まできっかり作業すれば、ほとんどが片付くほどにまで減らせていた。そこにハナコが加わってくれれば、もっと早く終わらせられるかもしれない。

 

 幾らお給金を出しているとはいえ、生徒に労働を押し付けるのは私の思うところではなかった。それでも、そうしないといけないのは、やっぱり連邦生徒会が悪いのではないかと思ってしまうけれど。

 

「新聞部――ですか。ゲヘナの」

 

「うん、そうだけど。どうかした?」

 

「いえ……タイミングが、少し気になっただけです」

 

 ハナコが意味を含ませて言うから、私は手を止めて彼女の方を見た。察しが良く、私に見られたことに気付いたのか、すぐに口を開いた。

 

「ああ、ゲヘナだからどうとかというわけではないんですが……そういうのって、生徒会――万魔殿が通しているはずですよね。校外活動なんですから」

 

「……まあ、それもそうだろうね。ってことは、マコトのお墨付きってこと?」

 

「あるいは風紀委員かもしれませんが――ともかく。こんな時期にシャーレに来るだなんて、意外だなと思って」

 

「……こんな時期に?」

 

 別に、シャーレは期間限定商品というわけではない。一年中門を開いている。

 

 それに、忙しいのは毎日なのだから、逆に言えばいつ来たってそう変わらないと思う。けれどハナコは少し沈んだ表情で言うものだから、なんとなく私も声を小さくした。

 

「エデン条約に関しても色々ありましたし……虚妄のサンクトゥムに関しても色々ありました。そしてそれらには、シャーレの先生も大きく関わっています。ですから――」

 

「……ちょっと考えすぎなんじゃない?」

 

 私は言う。ハナコの考えは概ね理解できた。だからこそ、それ以上を言わせるわけにはいかなかった。

 

 私はそこまで、生徒のことを疑ってかかっているわけではないから。

 

「私のことなんか丸め込んでも何の意味もないよ。超法規的権力があっても、私がそれを使うわけではないし。それにもし戦闘になっても、弾除けにもなりはしないんだから」

 

「それは……そうかもしれませんけど。でも先生、思ったより簡単に拉致されるじゃないですか」

 

「……」

 

 そういえば、カイザーPMCや――所確幸ともひと悶着あったか。確かに私はそこまで強いわけではないから、拉致しようと思えば簡単に捕まえることが出来るだろう。

 

 しかし私の意見は先ほどの通りだ。私なんかを捕まえたところで、私なんかを殺したところで――誰かのメリットにはなり得ない。

 

「でも心配してくれてるってことで……いいんだよね?」

 

「ええ。心配していますとも」

 

「……」

 

 きっぱりと答えたから、少し驚いた。驚いたというよりかは、びっくりしたという方が正しかったからだろう。

 

 普段はふざけてばかりいるから――こういう真面目な雰囲気の彼女はあまり見ない。だから、それほど心配してくれているのであろうことが分かった。

 

「確かに知らない子と会うのは少し心配かもね。私のこと、考えてくれてありがとう」

 

「べ、別にお礼を言われるようなことでは――」

 

 ――考えてみれば、彼女が私のことを心配するのも、わからないでもないのだ。

 

 だって、私は先生なのだから。きっと誰かを助けようとすればシャーレの権力も使うし、弾除けにでもなる。それを誰かに悪意で裏切られることだってあるだろう。そうすれば、怪我することや、もっと酷い目にあることもあるだろう。

 

 そういえば――彼女と一緒にいた時期だったか。私が銃で撃たれたのは。

 

 それなりに、自分のことは理解しているつもりだ。咄嗟に動いた時は何も考えていなくとも、後から思い返せばそういう性格なのだと改めて理解できる。とくにハナコはそういう機微に聡いから、ついつい気になってしまうのだろう。

 

 私はタブレットを起動すると、ヒナに向けてメールを打った。

 

「今、ヒナに付き人をお願いしたよ。多分、なんとなく意味はわかってくれるだろうから、危険なことはないと思う」

 

「それなら、まあ……」

 

 ハナコは少しだけ表情を綻ばせた。どうやら、当たっていたらしい。私としては、たかだか私なんかに警備をつけるのは割に合わないと思うのだが、どうしてもと言うのならば仕方ない。これで安心してくれるならば、と思う。

 

「でも」

 

 けれど、それを飲み込んで――小さくハナコは口を開いた。

 

「――それ、私じゃダメだった……んですか……?」

 

「――――」

 

 胴切(どきり)、とした。一瞬強く、胸が高鳴ったのがわかった。

 

 ああ――これは。先生()が聞いてはいけない音だ。きっと、そうなのだ。だから――。

 

「……何か言った?」

 

 ――ここではこう濁すのが、正しいのだ。

 

 

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