浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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漆/『天災保有者』vs『天災保有者』(1)

 トリニティ郊外、住宅地。そこに、三つの人影があった。

 

 深夜であるというのにも関わらず徘徊する少女たち。普段から素行不良で時折事件を起こしてはいるものの、程度が高くないためか度々注意されているくらいの――なんということはない、普通の子たちだった。

 

 あれだけの事件が起きているというのに、相も変わらず深夜徘徊を始めたというのは、単に彼女たちの肝が据わっているというよりかは、むしろ無関心さが原因であっただろう。

 

 特に政治に対し関心があるわけではない。かといってニュースを見ないわけではない。多少の知識はあっても、どこはそれは他人事でしかない。自分にその被害が及ぶとは微塵も思っていない、そんな少女たち。

 

「ねー、明日学校終わったらパフェ行かない?」

 

「アンタよく食うね。まずはその腹絞ってからじゃない?」

 

「うるさいなぁ。別腹だから」

 

「お二人とも、そんな汚い言葉遣いでは気品と礼節あるトリニティ生として自覚がなっていませんよ」

 

「ちょっと、それ誰の真似?」

 

「わかんない。でも多分ティーパーティーの誰かじゃない?」

 

「あー、わかる」

 

 そんな彼女たちの元に、ふらりと一人の女が現れた。自分たちとよく似た制服、腰元から真っ白な翼の生えた、長髪の少女だった。

 

「――――っ」

 

 一瞬、心拍数があがる。音もなく、いきなり路上に現れたのだから、声も出せずに恐怖した。

 

 大体、何故こんな時間に外にいるのか。良識あるトリニティ生ならば、真夜中に野外を歩くわけがない。無論、それは彼女たちもではあるが――そんなことは棚にあげて、そう考えた。

 

 女は彼女たちを一瞥すると、声を出した。

 

「――あ、ねえ君たち☆」

 

 厭に明るい声だった。それが何かを封じ込めようとして出た声音であることくらいは分かったものだから――彼女たちは、咄嗟に銃に手を伸ばした。

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 彼女は両手に何も持っていない。街頭に照らされた髪が輝いて――しかし、表情は隠れていて、彼女の真意は見えない。

 

「ひ……っ」

 

「んも~☆ そんなに怯えないでよ。別に襲ったりするわけじゃないんだから」

 

「……っ」

 

「浦和ハナコって子の家――知ってる?」

 

 そう、彼女は言う。

 

「そ、そんな女知らない……っ!」

 

「あ、そ……んじゃ、また別の浦和って表札見つけるしかないなぁ」

 

 彼女は「ここでもなかったし」と言って、スマホを開いた。少女の一人が、それに気付いた。

 

 ――――六件。この付近には、その『浦和』という名字を持つ家があるらしい。

 

 ありふれた名前ではないだろう。かといって、珍しいわけでもない。

 

 この女は――『浦和』という家を探して、見つけるために、歩き回っているのだ。

 

「……っ」

 

 何故彼女を探しているのか。そんなことは聞けなかった。彼女の許可もとらず、勝手に喋って良いとは思えなかった。

 

 獅子を前にした小動物は咄嗟に逃げ出すという。しかし、それはあくまでもお互いの力量差を理解している者同士でのやり取りだ。

 

 彼女たちの脳裏には、祈りしかない。どうか自分がその対象でないことを祈り、どうか彼女の敵意が自らに向かないことだけを祈る。

 

 チカラを持たない者の今がそれだ。どう足掻こうとも、そのパワーバランスが崩れることはない。

 

「わかった。ありがとね」

 

「は――――はい……」

 

「あ、それから」

 

「ひっ」

 

 彼女は優しい声音で、彼女たちに告げる。

 

「今日はおうちに帰った方が良いと思うな。雨が降るから」

 

「あ、雨が……?」

 

「でも、もう止みました、よね……?」

 

「ううん――――」

 

 怯えながら訂正を図る少女たちに、彼女は告げる。

 

 聖園ミカは言う。

 

「――――雨が降るから(、、、、、、)

 

   〇

 

「そこの貴方、止まりなさい」

 

「――――」

 

 ミカはそんな声を耳にして、足を止めた。声の方を見る。

 

 電柱の上、そこに彼女は立っていた。

 

「狐坂――――ワカモ」

 

「こんな夜中にどこへ行こうと言うのです。コンビニエンスストアがご所望でしたら、一本前の時に曲がっていなくては」

 

「コンビニで買えるんだったらとっくに買ってるよ。それとも、貴方が売ってくれるのかな?

 

「何をご所望なのですか?」

 

「――――先生の居場所(、、、、、、)

 

 きっぱりと、ミカは言う。

 

「……何故先生を探すのです。彼が望んで身を隠していることは知っているでしょう」

 

「勿論。でも、どうしても会いたくなっちゃったから」

 

「……」

 

 この女は。ワカモはバレないように、小さくため息をついた。

 

 聖園ミカ――噂には聞いていたけれど、どうやら話は本当らしい。聡いように見えて、根っこの部分で彼女は衝動的だ。自分が動くことでどのような事件が起こるか、まるで理解出来ていない。

 

 尤も、彼女は身に余るほどの権力を有している。それをどう使えば良いのかなど、たかだか一人の少女でしかない彼女にわかるはずもない。

 

 それは本来、大人が担うべきチカラなのだ。故に、その責任はどこか曖昧で、彼女自身、深く理解はしてないのだろう。元より、理解するつもりなどないのだろうけれど。

 

「お帰りください。貴方は先生に相応しくない」

 

 その言葉はまさしく、ワカモの意志の表れだった。

 

 彼女の先生を思う気持ちはわかる。痛いほどに理解出来てしまう。何故今、彼の元にいるのは自分ではなく――浦和ハナコなのか。逆らい難い独占欲。しかし――それを選んだのは自分ではなく、先生自身なのだ。

 

 ならば、彼の意志にそぐうべきだ。ワカモは考える。

 

 先生がその判断を取るにあたり、どれほどの苦悩を抱いたのか。ワカモは彼ではないから、どれだけの理解を示し、どれだけ受け入れようとしても、その一割だって真に理解することなどできない。

 

 だから――だからこそ。

 

 先生の選んだ道を、ただ支える。それこそが、ワカモの選んだ道だった。

 

「――――ハ、笑える。それで門番のつもり? それが贖罪になるって?」

 

「……」

 

「……馬鹿らしい。貴方だって私と同じでしょう? 所詮私たちは罪人。どれだけの罰を受けたって、罪が消えるわけじゃないんだからさ」

 

「だから、更に罪を犯すのだと?」

 

「貴方は違うの? 良い子ちゃんぶるのはやめてよ。こんな機会だもん、先生に媚び売って受け入れようとかさ。中々ずる賢いじゃん」

 

「……」

 

 大きく、ワカモはため息をつく。

 

「少々、貴方を買い被りすぎていたかもしれません。所詮貴方はそこ(、、)止まり、というわけなのですね」

 

「――何。わかったような口ぶりしちゃって。どれだけ白いふりをしても、私と貴方は同類」

 

「……」

 

「先生は私が護る。何があろうとも、何が攻めてこようとも、どんな批難にも、どんな怒号にだって、彼を責めさせはしない」

 

「それを、彼が拒んだとしてもですか?」

 

「……どういうこと?」

 

「彼は、生徒たちから恐怖されることを大変恐れておいでです。表面上はそう見えないように繕っていても、誰だって、他人に糾弾されて嬉しいわけがない。しかし――だからといって怒ったり、泣き喚いたりはしない。躍起になって行動したり、衝動的に行動したりはしない」

 

 あの人はいつだって、ただ生徒のことを――子どものことを考えていた。それが大人にとって当然のことであり、責務であると考えていたからだ。だから彼は、子どもに悲哀を覚えようとも、憤怒は決して抱かない。

 

「あの人は――これが生徒たちの選んだ道ならば、それで構わないと。そう考えているのです」

 

「――――ふざけないで! こんなの、私たちの選んだ道じゃない!」

 

 閑静な住宅街に、ミカの声が響いた。すっかり寝静まった夜更け、しかしミカの声を聴く者は誰もいない。

 

 キヴォトスでは紛争など日常茶飯事――耐震性と防音性に優れた住居なのだ。家の中でベッドに入り込んでさえいれば、外の音など聞こえてはこない。

 

 だから、ミカの心からの慟哭は、ワカモにしか届かない。

 

「私たちが先生のいないキヴォトスを望んだ!? そんなわけない! そんなの、皆が勝手に言ってるだけ!」

 

「……しかし、世論では大人を排他する流れが出来上がっています。貴方がどれだけ異論を唱えたとしても、今や新聞部の存在は強大になりすぎています」

 

 彼女たちは今や、ゲヘナ学園を飛び越え、学校そのものの垣根を飛び越え、同じ意見――大人に恐怖する子どもたちを集めている。その対象は既に先生のみならず、善悪を問わず全ての大人にまで広がりつつあった。

 

 勿論、キヴォトスのことだから――なんとなく楽しそうだとか、お祭り気分でそれに参加している者も少なくはないだろう。だが、その中には確かに――大人を怖がる者も存在するのだ。

 

「貴方のその行いは、火に油を注ぐことでしかない。何かをしたいという姿勢は、素晴らしいのでしょう――しかし。貴方はあまりにも浅慮すぎる」

 

「そんなことはどうでもいいの。もうどうなったって構わない。全部滅茶苦茶になってもいいの。トリニティがどうだとか、ゲヘナがどうだとか、キヴォトスがどうだとか、そんなことは全部丸めてもうどうだっていいの! 私は先生に会いたい! あの人の傍で、あの人を守ってあげたい! 先生を独占したい! 先生を私だけのものにしたいの! それだけなの!」

 

「――――この、バカ――!」

 

 ワカモが強く反駁する。彼女らしいと言えば彼女らしい、情熱的な言葉だった。

 

「私がバカなことはもうわかってる。だから――――そこを退いて、狐坂ワカモ。今ならまだ、貴方は怪我せず済むと思うから」

 

「退きません」

 

「いいから引いて」

 

「引きません」

 

「わからず屋!」

 

「ここからは――――聖園ミカ。貴方だけは、絶対に通行止めです」

 

「バカはどっちか教えてほしいのかな? それとも、喧嘩を売られちゃってるわけ? いいよ――私、売られた喧嘩は買う主義だから――――」

 

 言いながら、ミカは懐から銃を取り出した。ランチェスター短機関銃。装弾数は32。装填されているのは9mmパラベラム弾。それをワカモに向けて、一気に全弾撃ち放つ。

 

「――――っ!」

 

「――――通り抜けるね!」

 

 ずだだだだ、と彼女の銃が火を吹いた。片手で持っていたことと、ワカモとの距離が離れていたこともあってか、まともに銃弾を受けてはいない。ワカモは電柱の上で短小銃をミカに向け――放つ。

 

 ぱぁん、と鋭い音がして、ミカの動きが止まる。間違いなく命中した。そう思った。

 

 薬莢がアスファルトに跳ねて、高音。額から僅かに血が滲んで――しかし、ミカはびくともしていない。

 

「直撃したのにっ……頑丈すぎませんか――っ!」

 

「あはは――もう終わり? だったら今度は本気で行くよ」

 

 そう言うと、ミカは大きく地面を蹴った。たった一歩で、電柱の上にいたはずのワカモまで一気に距離を詰めた。

 

「――――!」

 

「――悪いけど」

 

 有り得ない跳躍速度。それを可能にしているのは――彼女の足か。

 

「折るね」

 

 ミカは小さく耳元で囁いて――、

 

 ――――ばきり、と。

 

 それを真っ二つにへし折った。

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