浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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捌/『天災保有者』vs『天災保有者』(2)

「……そう言えば、ヒナ委員長とトリニティのミカって子さぁ。戦ったらどっちが勝つのかなぁ」

 

 少し前の、平凡な一日。ゲヘナの執務室で、イオリはふとそんなことを言った。

 

「そんなことを考えている暇があったら――」

 

「――ご、ごめんって」

 

 チナツが叱るカタチで、イオリはそそくさと作業に戻る。

 

 ほんの少し余談をしたかっただけなのに、真面目なやつ。まあ、それが良いところでもあるのだが。イオリは思う。

 

 とはいえ、もう何時間も書類と睨めっこしているのだ。ゲヘナの子は自由というか、自分勝手な子が多いから、事後処理が本当に大変なのだ。どれだけ整理したって一向に終わらない。

 

 ここまで終わらないならいっそ、逆に少しくらいは休憩を入れても良いとは思うのだが。

 

 ちらりとヒナの顔を伺うイオリ。

 

「――――聖園ミカを個として見るのは間違いよ」

 

「……委員長?」

 

 だから、ヒナが作業をしながら一瞥もせず、そう口を開いたのには驚きが勝った。

 

 あれだけ仕事熱心でワーカーホリックなヒナのことだったから、聞き流されていたのだろうと思った。

 

「あれは存在しているだけで軍隊として考えるのが正しい。まあそれが運用する上でも難しいところではあるけれど……」

 

 ヒナはそこまで言うと、また押し黙ってしまった。チナツと目を見合わせて、お互いに何も理解していないことを理解する。

 

「えっと……それってつまり……?」

 

「……」

 

 ヒナはやや面倒くさそうに一瞬作業を止めると、アコの方を見た。タイミングよく珈琲が差し出されると、アコはにっこり笑った。流石に働きづめだ――少しは休めと、そういうことらしい。

 

 ヒナは一口だけ珈琲を含むと、それから一拍置いてから、口を開いた。

 

「……イオリ。聖園ミカの長所を一点だけ挙げてみてくれる?」

 

「えっ、ええっ!?」

 

 いきなり話題を振られたものだから驚いた。とはいえ、彼女も小休止には加わるつもりらしい。ならば、多少は真面目に受け答えせねばならないだろう。

 

 少し考えて、浮かんできたことがあった。

 

「うーん……やっぱり、あのとんでもない腕力かなぁ。壁を突き破って目的地まで一直線で進めたっていうくらいだし、流石に化物地味過ぎている」

 

「確かに怪力も彼女の長所の一つと言えるけれど――一つだけを挙げる場合、それは適していない。それに、怪力だけに絞った話をすれば、爆薬でも用意すれば同様のことが出来る。勿論、爆薬無しであれだけのことが出来るのは凄いことだけど」

 

 滔々と、ヒナは語る。爆発物に関する危険性は今更語るべくもないが――それに匹敵するほどの腕力を持っているというのは脅威だろう。ロケットランチャーを素手で代用できると言うのは、充分にやばい。

 

 とはいえ、ロケットランチャーで代用出来てしまう以上、それはそこまでの長所でもない。加えて腕力である以上接近して拳を振るう必要がある。それくらいだったら、いっそ本当にロケットランチャーをぶっ放した方が速い。

 

「でしたら――彼女は『隕石』を落とすチカラがあると言います。『天災保有者(Disaster Holder)』――それではないですか?」

 

 『第七天災(Disaster Seventh)』。そのチカラは『隕石』を任意の場所に落とすことが出来る異能だ。

 

 充分に強力ではあれど――他の『天災』と違い、それ以外に細かいチカラを扱えるわけではない。汎用性においてこそ最低レベルだが、その威力は折り紙付きだ。

 

 もし彼女が本気を出せば、キヴォトスはおろか地球そのものを滅ぼすことだって出来るだろう。『隕石』というのはそれだけの強大な災害なのだ。

 

 ジャイアントインパクトによって、地球の生態系は大きく変貌したと言われている。現在の地球そのものを破壊することは難しくとも、衝突時の衝撃により平均気温が一〇度あがるだけでも、生態系というのは崩壊してしまう。植物は絶え、水棲生物は熱死し、ほとんどの動物は死んでしまう。ほんのわずかに人間が残ったとしても、ライフラインが死んでしまえば現代人は原始時代を生きられない。

 

 それだけの異能――『神秘』を抱えた存在。それが聖園ミカなのだ。

 

「でも……それは聖園ミカ個人の考察とは言えないわ。あくまでも『天災』頼り……まあ、それも含めて彼女のチカラを推察するのは正しいけれどね」

 

 つまり、ヒナの考えではないらしい。チナツも作業の手を止めて、じっと考え始めた。

 

「……」

 

「……?」

 

「アコは?」

 

「えっ!? 私ですか!?」

 

 急に話を振られるとは思っていなかったのだろう。完全に油断していた。

 

「え、えっと……では、そうですね……あの頑丈さ、ですかね……?」

 

 アリウススクワッドのため殿を務めた時――彼女は死ぬつもりだったのだろう。けれども彼女は図太く生き残っていて、駆け付けた先生により救われた。生きていられたのは……彼女の肉体が頑強なことに尽きるだろう。

 

 とはいえ、ある程度の『神秘』を有する者であれば、耐久性には優れている。何せ、アコの目の前にいる――ヒナがそうなのだ。彼女もまた頑丈である以上、長所として挙げるには些か弱かった。

 

「……委員長と聖園ミカのどちらがより多くの弾丸に耐えられるかは……試してみないとなんとも、と言う感じですね」

 

 そもそもキヴォトスでは弾丸の一発くらい、どうということはない。ヒナは特に硬い方だから、9mm弾程度は軽く弾いてしまう。ミカも同様か、あるいはそれ以上の可能性はあっても――やはり回答としてはしっくりこない。

 

 全員が唸りながら、必死に答えを考える。誰も辿り着けなさそうな雰囲気を察してか――ヒナはやれやれと口を開いた。

 

「みんな、聖園ミカの派手な立ち振る舞いに目を奪われ過ぎ。彼女のチカラの本質は、怪力でもなければ頑丈さでもない。ましてや『天災』の有無でもない。彼女の最も恐ろしいところ、それは――――」

 

「……それは?」

 

 ごくりと生唾を飲み込んで、ヒナの言葉を雛鳥のように待つ。

 

「――――足が速い(、、、、)。ただそれだけ」

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙。答えがシンプル過ぎて、かえってわからなくなってしまった。

 

 そんな彼女たちを見て、ヒナが続ける。

 

「足が速いからとんでもない速度で移動できる。壁を壊しながら突っ込んでも、建物が崩れる前に急いで脱出できる。攻めようと思えば電撃的に破壊し尽くして、逃げようと思えば弾丸を当てることなんかできない。追い詰めたとしても距離を取られる。逆にこっちは彼女から容易く逃げられない。距離を取ってもすぐ詰められる――」

 

 考えてみれば当然のことだ。軍事の基本は機動力だ。どれだけの速度で動いて、どれだけ素早く攻められるか。これが肝なのだ。

 

 確かにミカは並外れた肉体を有している。あの細腕を一度振るえばアスファルトなど容易く砕き、弾丸数発程度なら体に直撃しても血すら流さない。

 

 とはいえ、それらは現代兵器と比べれば大きく質が落ちる。有名な爆発事件の一つに、ドイツのオッパウで起きた1921年の事故がある。何故かみんな知っているTNT爆薬2キロトンほどの威力を叩きだした、とんでもない爆発である。しかもそれは、たった二つの市販されている物品から生成された爆薬が由来である。勿論、威力を出すためにはそれなりの量も必要だが……金さえあればミカの腕力や『天災』の結果を模倣することは不可能ではない。

 

 それに、幾ら硬いといっても、弾丸が通らないわけではない。現代火器は年々その威力を上昇させ続けている。彼女を囲んで数千発も弾丸を撃ち込めば、やがて討伐できるだろう。

 

 ――――だが、彼女にはあの速すぎる脚がある。幾ら囲もうと思っても、すぐに突破されてしまっては意味がない。彼女を仕留めるためには、広範囲に兵を配置しなくてはならないのだ。人手が足りているならば構わないが、少なくとも風紀委員会はそうではない。

 

「加えて強靭なのも考え物ね。前に走っていたと思った次の瞬間には逆方向に走り出せる。急な加減速にも耐えきれてしまうほどに頑強な肉体。そういう意味では、アコの言う頑丈さは正しいとも言える」

 

「……」

 

 車が走っていて、それが次の瞬間には急にバックで、しかも同じ速度で走り出すところを想像するイオリ。確かに人間業じゃあない。もしそんな車があったならば捉えることなんて不可能だ。それに加えて、運よく弾丸が当たったとしてもまるで効かないボディを持っているのだ。

 

 考えれば考えるほど、悍ましい。

 

「もし彼女が鈍足であれば、これほどまでの脅威ではなかったでしょうね。それこそ、危険になったら撤退すればいいのだから」

 

 しかし、そんなことは出来ない。何故なら、聖園ミカは足が速いから。逃げようと思ってもすぐに追いつかれてしまうだろう。

 

「さっき、彼女を個として考えるのは間違っていると言う話をしたけれど、これはそういう意味。一対一で戦おうなんて不可能なの。それくらいの化物――それが聖園ミカ」

 

 勿論、ヒナからすれば相性の問題もある。ミカは局所戦に強いのだ。時間さえあれば広範囲を殲滅して回ることは出来るが、向いてはいない。逆にヒナは広域戦に強い。局所戦が苦手というわけではないが、彼女の銃――デストロイヤーの火力は、局所を制圧するには過剰すぎる。かえって被害を増やしてしまう可能性まである。

 

 一対一の戦いは基本的に局所戦だ。つまり、ミカには一方的に有利で、ヒナには一方的に不利なのだ。

 

 ヒナも、別に負け惜しみがあるわけではない。適材適所があるし、自分には自分の出来ることがあると分かっている。だが、それにしたって――ミカは異常だ。単一でありながら軍として見なくてはならない。

 

「相手取るのにここまで厄介な相手はいないわね。多分、キヴォトスを探してもここまで面倒くさい生徒はそう多くない」

 

「委員長がそれほどに評価しているだなんて……」

 

「戦場で希望的観測に頼るのは愚かよ。冷静に相手を推察するのはとても大切だから」

 

 そういう理由もあってか、彼女はエデン条約は肯定派であった。様々な意味でも、聖園ミカとは争いたくないのだ。仲良くなれるのであれば、是非ともそうしたい。そう考えていた。

 

「とはいえ――彼女が戦場に出ることはそう多くないでしょう。何せ、今はそうでなくなったとしても、元々はティーパーティーの一人。権力者がわざわざ出向くなんてことはない」

 

「……成程」

 

 深く、イオリが頷いた。そこまで強く考察したいほどに聞きたかった質問というわけではなかったが、純粋に面白い話だったというのが大きいか。気づけば時間も立っているし、ブレイクタイムには丁度良いだろう。

 

 それに、言われてみれば、確かにそうだ。機動力。彼女ほどの速度があれば、弾丸を躱すような芸当だって可能なのだろう。それに加えて、ただでさえ体が硬いというのは、もう、ちょっとずるいくらいだ。

 

「ではもし、交戦することになったら?」

 

 チナツが質問を飛ばす。そうか、その可能性も、ないわけではないのだ。

 

 聖園ミカがキヴォトスにいる以上、いつかその機会に遭遇する可能性はある。特に、彼女は衝動的だから――常にマークしておかなくてはならないだろう。

 

「なるべく避けたいけれど……さっきも言ったように、聖園ミカが望んでいれば、それは避けがたい。だから」

 

「……だから?」

 

「彼女の長所を奪うしかない」

 

   〇

 

 ――ばきり、と音がした。

 

「っ――――私のライフル……!」

 

「ごめんね、新しいのまた買って」

 

 そう言って、ミカは足元にへし折れたライフルを放った。

 

「……っ」

 

 確かに表面こそ木でコーティングされてはいるが――銃身は鉄だ。それをあっさりとへし折ってしまうとは。

 

 噂には聞いていたが――これがトリニティ最強、個にして軍と称される聖園ミカか!

 

 相対してわかるその異様さ。あれだけの距離があったのに、一瞬で詰められてしまった。

 

 ワカモも押し飛ばされるように地面に降り立った。真っすぐな道路で、二人は向かい合う。

 

「銃は壊したよ。それでも、まだ続けるって言うの? 怪我しないうちに退いた方が良いと思うけどなぁ――」

 

「――それが、私の使命ですから!」

 

「――なら、思う存分――ぶっ壊してあげる!」

 

 ワカモが飛んで、ミカも強く地面を蹴った。アスファルトは抉れ、後方に吹き飛んだ。

 

 たった一足でこれ。おそらく地上でも最高速度の部類だろう。一瞬でトップスピードまで加速し、風切り音の中――ミカは強く拳を振るった。

 

 軽く握った拳。親指ごと四指に丸め込む、加減した一発。

 

 ――仮にミカが本気で殴れば、ただでは済まない。それこそ、一撃でヘイローだって壊してしまえるかもしれない。

 

 こんな状況下でも、まだ相手を気遣えるほどの余裕はあった。それを先生が望まないということだけは、心の底から分かっていたからだ。

 

 だからこそ、この一撃で終わらせる。ミカだって、不毛な勝負を続けるつもりはない。お互いに一歩も退く気がないのであれば、ぶつかるしかない。そして、相手を退かせるしかないのだ。

 

 それが分かっていたからこそ、初撃に全てをかけた。全力で地面を蹴る。このキヴォトスに限らなくとも、ミカのこの速度についてこられる者はほとんどいない。仮に、それが七囚人が一人――狐坂ワカモであったとしてもだ。

 

 故にこの攻撃は躱せない。それだけの自信はあった。

 

 だから――ミカはその拳を空振ってしまった(、、、、、、、、)ことを、最初信じられなかった。

 

 ぶん、と風切り音だけがして、やはり拳が当たったとは思えない。感触がない。何かに触れてすらいない。

 

(嘘――――そんなはずない!)

 

 距離を見誤った? そんな初歩的なミスをするはずがない。

 

 違和感の残心、その最中に、ミカはもう一度前を見た。

 

(当たってないはずない――だって、そこに狐ワカモはいるんだもん!)

 

 自分の目が狂ってしまったのかと思った。何度見ても、長時間見ても、どうしたってそこに狐坂ワカモは居続けている。自分の拳を振るった場所は必ず当たる距離だったし、彼女が紙一重で躱したとも思えない。それに、避けたとすれば必ず回避行動をとるはずだ。

 

 しかしワカモは一歩もその場を動いていない。あろうことか、髪の毛も動いていない。

 

 ミカの拳による風圧でふわりと浮かび上がるのみで、靡いてなどいない。

 

「――――二歩」

 

「……っ!」

 

「――遠い」

 

 その声と共に、ぬるりと腕が伸びてきた。自分を捕まえようと言うのか。横跳びするように跳ねて、ミカは体を躱す。なのに。

 

 ――――がしり、と。

 

「っ!?」

 

 腕を掴まれた。

 

(どうして!? 避けたはず! 目測を誤った!?)

 

 電撃のように思考が迸る。思いがけない出来事に全体が硬直して、咄嗟に彼女の腕を払うことが出来なかった。

 

 何かが起きているということだけはわかる。だが、肝心の何が起きているかはまるでわからない!

 

 頭がパニックになる。思考がこんがらがって、上手く体が動かせない。

 

「くっ――!」

 

 それでも、縺れるようにして距離を取る。いずれにせよ、腕力はミカが勝っているのだ。振りほどけない道理はない。

 

 思い切り払いのける。ワカモの手は思ったより優しくて、ミカは簡単に距離を取ることが出来た。

 

 大きく後退。後方へ飛んで、ワカモから距離を取る。

 

「あら――逃げるだなんて……つれないのですね?」

 

「……っ、何を、したの……?」

 

 思っている通りの疑問をぶつける。元より心理戦や舌戦において、ミカに分はない。それに、そんなことを考えられるほどの余裕はなかった。とにかく、時間を稼いで、今自分を満たしている焦りをどうにかしたかった。

 

「『何を』? 貴方が距離を間違えたから、無力化しようと腕を伸ばした。ただそれだけのことですわ」

 

 そう言って――ワカモはがしゃん、とアスファルトに何かを投げた。

 

 ミカの銃だった。

 

「――――!」

 

「コンビニエンスストアがご所望でしたら、一本先を右ですよ?」

 

 いつ盗られた? 

 

 ――今さっきしかない。腕を掴んだのは感覚のブラフ。払いのけるようにした一瞬で、懐にしまった銃を掴まれたのだ。

 

 全く気付けなかった。流石七囚人が一人、災厄の狐――狐坂ワカモ。一筋縄ではいかないか。

 

「……随分と手癖が悪いようね。誰に躾けてもらったの?」

 

「今のご主人様は先生ですが……貴方も首輪をつけてもらうべきでは?」

 

「つけてもらいたい、な……飼ってほしいかも。思いっきり引っ張ってもらって散歩とかしたい……」

 

「それは正直わかりますが」

 

 二人とも頷く。推しは同じなのだ。

 

「……こほん。ともかく、これで条件は同じですよ? 聖園ミカ」

 

「そうみたいね。でも――」

 

 打つ手がないわけではない。

 

 ミカは空に向かって手を伸ばす。何かを探すように、少しだけ動かして――――見つけた。

 

 ぎゅう、と掴む。文字通り、彼女はそれ(、、)を掴む。

 

 そして、胸元に向かって強く引き寄せた。

 

「――――私には『天災』がついてるから」

 

 その直後、ワカモがいた場所に、それは飛来してきた。

 

 ――どごぉおん、と深い音。

 

 『第七天災』、それが操る災害は『隕石』だ。つまりそのまま――彼女は、任意の場所に隕石を落とすことが出来る。ある程度は制御できるとは言え、それも速度と質量次第で、細かい調整は出来ない。

 

 勿論、だからと言ってあまりにも巨大なモノを引っ張るわけにはいかない。直径1メートルに満たない岩だったとしても――大気との摩擦で質量が減るとはいえ、だ――地面に直撃すれば、その際の熱と衝撃で周囲にはとんでもない影響が出る。

 

 そこで、衛星軌道上に存在する様々な宇宙ゴミ――通称スペースデブリ。それを引っ張ってきたのだ。期間を終えた人工衛星の破片や、分離したロケットの破片などは、未だに彷徨い続けている。その中で、それなりの大きな――10センチ程度のゴミを選んで、ワカモにぶつけた。

 

 摩擦などで質量が減るとはいえ――彼女に触れた際に元々の数割ほどの質量しかなかったとしても、充分すぎるほどだ。何せ、重力加速につれ熱量も増している。ただでさえとんでもない量のエネルギー――数ミリに縮んでいたとしても、彼女の意識を削ぎ取るに足る。

 

 アスファルトは抉れ、陥没し、土煙が立ち込める。ワカモの居場所はまるでわからない。しかし、あの不可避の速度――躱せるはずがない。仮に直撃を免れたとしても、地面が爆ぜた衝撃は負う。

 

 いずれにせよ――ワカモは戦闘不能のはず。

 

「……」

 

 そう、願う。

 

 確信はなかった。自信もなかった。

 

 けれど、心の底では――そうはならないだろうな、と思った。

 

 何せ、彼女について分かっていることが少なすぎる。先ほどから起きている奇妙な出来事には説明がつかない。

 

 ただ焦って距離を見誤ったとは思えない。掴まれたにしては近すぎる。

 

 だから――――。

 

「けふっ。煙い」

 

「――……」

 

 案の定煙の中から出てきたワカモを見て、納得したまであった。

 

 そりゃそうか。このくらいでやられてくれるほどヤワじゃない。

 

 腑に落ちると同時に、違和感もあった。あの『隕石』を躱すことは、本当に可能なのだろうか。

 

 ただでさえ目視外からの狙撃。加えてとんでもない速度。自重での落下に加えて、更に『天災模倣』により加速。実際に測ったことはないけれど、音速など優に超えているはずだ。

 

 故に、見てから避けることなど絶対にありえない。ならば、単にミカが目測を誤ったとしか考えられないが――。

 

「……」

 

 不可思議な点が多すぎる。この女、まさに透明という感じだ。

 

 掴みどころがないのは元より、触れている気がしない。実体がないわけではないのだ。だというのに、弄ばれているような。

 

「あまり」

 

「……」

 

「おいたをするものではありませんよ。誰がここを直すと思っているのですか?」

 

 当初より、ワカモの目的は時間稼ぎだ。籠城戦より殲滅戦が得意なのは見てとれるけれど――彼女ほどの戦力ならば、一日程度なら余裕で耐久が可能なはずだ。何より、それを望んでいるのがなんとなくわかる。

 

 激しくぶつかることはなく、だらだらと弄ぶようにして動き回る。そうして二人とも消耗して、やがて動けなくなる――消極的な対応ではあるが、ミカが相手ならば妥当な判断だろう。

 

 彼女ほどの怪力を相手に正面から戦い続けるなど、正気の沙汰ではない。一発喰らうだけでダウンは必須、掠めただけでも骨の一本や二本は覚悟せねばならない。それだけのストレスがかかり続ける戦闘が、更に長引いてしまえば、精神的な負担も増していく。それ故、彼女を前にしてのらりくらりを直接対峙を避けるのは合理的であった。

 

 それに加えて、ミカとワカモには圧倒的な差もあった。それは、どう足掻いたところで変えようのない、経験の差である。耐久戦では、経験の差が如実に出るのだ。

 

 ファストドロウであれば一般人が自衛隊員に勝つこともあるかもしれない。その日のコンディション次第でも変わるだろうし、不調時であるならば猶更だ。

 

 だが、持久戦を行うのであれば話は別だ。十中八九、いや九分九厘経験者が勝利する。人間は待ち続けるだけのことに、思っている数倍のストレスがかかるのだ。互いに勝敗を分かつ重要なシチュエーションであればあるほど、更にストレスは倍増する。

 

 特に、ミカは待つことを苦手とするタイプだ。考えるより先に動いてしまう。そういう彼女の性格も加味して、ワカモはこの作戦を選んでいた。

 

「それで、どうしますか? 一日中突っ立っているつもりですか? それとも――」

 

「――――一日中だって戦う(、、、、、、、、)!」

 

 そう言うと、再びミカは距離を詰めた。先ほどまで周囲を待っていた粉塵はすっかり晴れており、ワカモの姿は明瞭に映る。

 

 そこに立っているのであれば、次は外さない。一息に距離を詰めて、再び拳を振るう。今度は親指を出して――手加減などない。当たればそれで問題ないし、彼女だってある程度の覚悟はしていることだろう。

 

 しかし――。

 

(――――また、空振り……っ!?)

 

 確実に姿は捉えた。その自信はあった。ワカモとの距離は感覚的ではあったけれど、今度はしっかり目で見て覚えていたはずだった。

 

 だと言うのに、再び外してしまった。ここまでくると、その奇妙な違和感は実感に変わる。

 

 コイツ――何かやっているな!

 

 それが何なのかミカにはわからないけれど、確かに何かが起きている。現実では説明できない事象。奇跡めいた、神秘的な異常能力――――。

 

「――――私と同じ、『天災保有者』……!」

 

「ご明察」

 

「……っ!」

 

 声と同時に、腹部に激痛。大きく後方に吹っ飛んで、体がくの字に曲がって、それでようやく腹を蹴られたのだとわかった。

 

 一瞬ふわりと浮かび上がって、そのまま空を飛んで――お尻から着地した。

 

 ずざざ、とアスファルトを滑る。衣服が傷む音。質だけが良いから、破れてはいない。それでも、人体へのダメージは甚大だ。

 

「……げほっ、ごほっ……!」

 

 咳き込むと同時に、血痰を吐き出した。口元が赤く染まって、ぞくりとした。

 

 ……何せ、足の膂力は腕の三倍以上と言われているのだ。幾ら強靭なミカの体と言えど――相手も同様に、『神秘』に守られた七囚人。直接蹴られてしまえば、この程度のダメージはある。

 

 それでも、肋骨が折れていなければ臓器への損傷も少ない。呼吸器が少々怪我したようだが……この程度ならばすぐに治る。

 

 ぼろぼろの衣服を叩いて、そのまま立ち上がる。

 

「……へぇ、やるじゃん」

 

「もうその辺にしておきましょう。じき、日も登ります。実際に一日中やっていては……近隣住民にも迷惑でしょう?」

 

「――まさかぁ」

 

「……」

 

「……げほっ……貴方の口から、迷惑だなんて言葉が出るとは思わなかった」

 

「口が減りませんね。血はどんどん減っていくというのに」

 

「……」

 

「わかったでしょう。この調子でやり続ければ、いずれ負けるのは貴方です。諦めてトリニティに帰ってベッドで――――」

 

「――――『第六天災(Disaster Sixth)』」

 

 ミカは鋭く、ワカモを睨みつける。お腹を抑えたまま――時間稼ぎの意味もあった――ワカモに告げる。

 

 そうだ。忘れていた。何分忘れっぽいモノで、他にどんな『天災』があったのか、すっかり忘れていた。

 

「『噴火』……つまり、熱の操作が『天災模倣』だったよね」

 

 『天災』次第で、その制御は実に多岐に渡る。それこそミカの『隕石』は、単純に隕石を落とすことしか出来ないけれど――『噴火』ともなれば、最早自由自在だ。

 

 そして、熱によって生じる自然現象がある。それは人間の視覚では捉えることの出来ない、光の残像。

 

「――――つまり蜃気楼(、、、)。それがこれまでの幻影の正体、だよね?」

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