浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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玖/『天災保有者』vs『天災保有者』(3)

 蜃気楼。夏の暑い日、熱されたアスファルトの上で本来あるべき場所が離れて見えたり、反転して見える現象である。

 

 空気は暖められると膨張する。熱による温度差が生じると、その中で光が変に屈折してしまうのだ。人間の目は光を捉えているだけだから、その光が歪んでしまうと、位置関係を把握できなくなってしまう。

 

 ワカモはこの熱による幻影を利用していた。瞬間的に空気を熱することで光を屈折させ、自分の場所を相手に錯覚させる。

 

 電柱の上にいた時こそこの技術は使えなかった。単にミカが速すぎたというのもあるが、電柱全てを熱するのは危険だったからだ。だが、一度地面に降りてしまえば関係ない。

 

 それに加えて巧みなのは、ワカモはこの技術を扱い慣れているという点だろう。自分の立ち位置を誤認させる程度であれば、瞬時に行うことが出来る。これまでの経験がそうさせていた。

 

 故に、ミカの拳が一度たりとも当たらなかったのは致し方ないのだ。なにせ、そもそも目測を誤っていたのだから。初めを間違えているのだから、以降全ての目論見がズレるのも仕方ない。

 

「……」

 

 一見すると、ワカモの能力を看破した状態。ではあるが、それが理解できると同時にミカは一瞬で手詰まりになった。

 

(蜃気楼だって分かったのはいいけど――でも、だからってどうするの!?)

 

 一応ポーカーフェイスは貫いて、余裕綽々で如何にも見破ってやったと言わんばかりのしたり顔。

 

 だが、分かったところでそれを妨げる手段はない。銃は壊されてしまったし、『隕石』は位置が定かでなければ周囲に被害を及ぼすだけ。むやみやたらに特攻するのも無策。かといって他に対抗する手段があるかと言われれば――皆無だ。

 

 もういっそのこと、戦うのを止めてしまうか? 彼女の言う通り、ここは退いたふりをして……いや、先生の居場所を知っているのは彼女だ。浦和なんていう名字はありふれているわけではないから、虱潰しを再開して――。

 

「――……」

 

 少し考えて、でもどうしようもなさそうだった。

 

 いずれにせよ、ワカモとの戦闘は避けられない。彼女が先生の周囲を守っている以上、誰一人としてそこには近づけないだろう。ミレニアムのドローンが何体も撃ち落とされていたという話は、間違いなくワカモの仕業なのだから。

 

 神掛かり的な狙撃技術。彼女であれば、数キロ先の対象に弾丸を当てることさえ可能なはずだ。

 

 ミカはほぼ一方的に『天災』を封じられた状態。対してワカモは、思うがままに『天災』を扱うことが出来る。勝敗は明白だった。

 

 それでも――逃げるわけにはいかない。ミカの意志だけが、逃亡の選択肢を遠ざけていた。

 

 とはいえ、流石に衝動性も収まってきて、多少は冷静に考えられるようにもなってきた。

 

 何せ、ワカモの言うことは――正しいのだ。そんなことはミカにも分かっている。だから自分の言い分は間違っていて、全然先生のことなんて考えていなくて、ただ先生を一人占めにしたいという邪な独占欲だけが今の自分を満たしているのだ。

 

 そういう淡い自覚はある。認めたくはないけれど、認めなくてはならない。矛盾した肯定が、僅かにミカの足を止めていた。

 

 ……それでも、今どうしても先生に会わないと、どうにかなってしまいそうだった。あの人はそういう性格だから、今背中を追いかけないと、煙のように消えてしまうのではないか。手を伸ばして、指が触れたと思っても、それは夢幻に過ぎなくて、虚空にしか触れられないのではないか。その不安だけが今のミカを動かしていて、だからこそ、どうしようもなくて、動き続けるしかなかったのだ。

 

 だって、今のミカには先生がいなければならない。先生という存在が自分を支えていて、いつかどこかで削れてしまって足りなくなった何かを満たして、自立することが出来るのだ。先生がいなければ、自分で立って動くことなんて、出来やしないのだ。

 

 それが良くない依存であることも、やはり勿論ミカは分かっている。能天気で何も考えていないように見えて、その裏で様々なことに思考を向けている。客観的に自分と先生の関係を俯瞰して、今のこれが悪い状態であることは分かっているのだ。

 

 でも、いや、だからこそ。

 

「……私には、先生がいなきゃダメなの」

 

 ぽつりと、零す。それは間違いようもなくミカの本心そのものであって、けれどそれは自分以外の誰にだって認められるわけがない、矛盾したエゴだった。

 

「あの人がいないと、私、きっと……どうにかなっちゃう。心がぽっかりと空いて……陳腐な表現だけど――きっとそこで、聖園ミカは死んじゃうんだ」

 

 それくらいに、先生という存在の影響は多いのだ。

 

 年頃の女の子の男性観を破壊してしまって、どうしようもなく不可逆に変貌させてしまう。

 

 ……罪な人だ。ワカモは彼をそう称す。

 

「今会わないと、もう会えない気がする。ここで動かないと、私は一生後悔する」

 

「……」

 

 まるで懺悔のように、ミカは言葉を漏らす。

 

「だから、どうしても……会いたいんだよ。どうなっても構わない。私が死んでも――――先生に、迷惑をかけたとしても!」

 

「――それが、貴方の意志なんですね」

 

「気に障った?」

 

「いえ。人のエゴというモノは……得てして素直なモノです。貴方の本心は、凄く……濁っていて、でも鮮明です」

 

「難しい話だったら……食後にしてくれる? 今はそういうの、よくわかんないから」

 

「――それでも、私は貴方を止めるのみ。やはりここは……通行止め(、、、、)です」

 

 す――と、ワカモが手を構える。これまでは彼女に蜃気楼が露見しないよう、『天災』の使用を制限していたのだ。

 

 しかし、バレてしまった今ならば、逆に自由に使えるというモノ。恐怖により引き返すことを想定したアイデアではあったが――最早どのみち、ミカが踵を返すことなどありえないだろう。

 

 ならば、『天災』は使う。ピンポイントですら熱を起こせる異常な精密性。それさえあれば、ミカの意識を奪うことなど容易すぎるほど。本来ならば神経を使うためあまり好む戦法ではないが――出し惜しみしていて敵う相手ではない。

 

 全力で、聖園ミカを叩き潰さなくてはならない。彼女の意志は削げない。だから意識を削ぐ。そして動けないようにする。

 

 それはミカも同様だった。振り切ろうと思って振り切れる相手ではない。ミカほどではないにせよ、彼女も充分に足が速い(、、、、)。『天災』もあるから、どのみち彼女が動けないようにしなくてはならない。

 

 示し合わせたように、二人は再び対峙する。二人の理念が、意志が、互いに逃亡という選択肢を奪いあい、必然的に争うことを強要していた。

 

 しかし二人とも、この程度の修羅場であれば同様に潜ってきた身ではあったから――強敵との戦闘と言う事実だけでは足を竦ませるには不十分であった。

 

 いずれにせよ――この世界は、チカラが全てを肯定するのだ。

 

 相手を薙ぎ倒す腕力も、相手を幻惑する知力も、強ければ強いほどに――――正しい!

 

「――不良生徒代表、狐坂ワカモ。我が意志は、先生の願いを叶えるのみ――――!」

 

「――非行生徒代表、聖園ミカ。私の願いは、私の意志を叶えるため――――!」

 

 瞬間、二人は飛んだ。

 

 互いに武器は壊れてしまった。残されたのは自らの肉体と――『地球』に与えられた『天災』のみ!

 

「――!」

 

 二つの影が交錯する。次いで打撃音。

 

 ワカモの拳が、ミカの腕に当たっていた。ぼきり、と厭な音。左腕が折れた気がする。

 

 日和ったか! 相手の幻影のせいで、また距離感が狂っていると思った。そのせいで、一瞬攻撃が遅れた。初めから迎撃態勢を取っていたワカモに、僅かに先を突かれた。

 

 それでも、この程度ならば数時間も休めばすぐに治る――!

 

「……っ」

 

 悲鳴はあげない。

 

 そんな余裕はない。

 

 叫んでいる暇があれば、攻撃を繰り出し続けるしかない――!

 

 若干よろけた体勢をすぐに立て直し、強く地面を踏みしめる。幸いにして刹那の邂逅、未だ激痛は届いていない。

 

 ミカが拳を振るう。正面から受け止めれば骨折どころでは済まない破壊の塊。それが有り得ないほどの高速で、ワカモに向かって放たれる。

 

「――っ!」

 

 追撃厳禁。一撃を浴びせた時点で大きく体をのけぞらせていたのが功を奏した。薄皮一枚分の空気を隔て、なんとか躱すことが出来た。

 

 それでもとんでもない風圧。巨大なうちわで扇がれたかのように、ワカモは後方へ大きく跳んだ。

 

 跳ばざるを得なかった、というのが正しいだろう。回避こそ出来たが、彼女の纏う風圧は尋常ではない。ワカモほどの膂力を持つ者であっても尚、その場に立ち続けるのは困難だった。

 

 だが、どちらにせよワカモはミカから距離を取るつもりではあった。あれだけの啖呵を切った後に行うにしては少々ネガティブな策ではあったが、そうしなければ負けるのはワカモの方だ。

 

 ヒットアンドアウェイ。一撃即離脱。これを徹底しなくてはならない。

 

 ミカはワカモの攻撃を一発喰らった程度ではびくともしない。先ほどは喀血も見られたが、それももう治りかけているはずだ。腕力が異常ならば回復力も桁違い。だからこそ、ミカのリソースを削るならば、少しずつでなくてはならない。仮に腕を折ったとしても、すぐに治してしまうだろうし――場合によっては、折れた腕での攻撃すら選択肢に入れてくるはずだ。

 

 故に追撃厳禁。焦ってもう一打を加えようとすれば、彼女は必ずは尻尾を掴んでくる。殴られるだけならばまだマシで――万が一にでも、文字通り腕を掴まれようモノなら、どうなってしまうかはわからない。

 

 とはいえ、だからといってミカが一方的に有利な状態かと言えばそうではなかった。ワカモにも隠し種はある。いわば切り札、普段は使わないが――ここで出し惜しみしている余裕はない。

 

 距離を取ったワカモに、更なる一撃を加えようと再び一歩踏み込んだミカの足が、不意に止まった。

 

「……?」

 

 違和感があったのだ。体の内部がおかしい。そして、それに気が付くということもおかしかった。

 

 戦闘中などというアドレナリンがドバドバ出ている状況下では、多少の体調不良はまるで気にならない。脳内麻薬により痛みは鈍重となり、体内が多少の気持ち悪さを訴えようともシャットアウトされてしまう。

 

 だから、その違和感があったことが、まず違和感だった。

 

 次いで異常に気付いたのは耳。何かが落下する音。

 

 ――ぴちょん、と。

 

 水音。それはミカの足元からだった。

 

 咄嗟に目を向けて、ようやく理解。これは血だ。誰のものでもない、ミカから流れた血に間違いはない。

 

 思わず口元を抑えた。べちゃり、と手が真っ赤に染まる。この出血――鼻からか。

 

 それを受けて、ミカは思いっきり鼻を噴いた。

 

「――!?」

 

 ワカモが驚く。対応の早さもだが――迷いの無さにも。

 

 本来であれば、鼻血が出た際の対応として正しいのは、鼻の付け根を圧迫すること。場所さえあっていれば数分とかからずに止めることが出来る。しかし、今のミカに数分などという時間は悠久にも等しい。一分一秒が貴重なのだ。

 

 だから――流れる血はもう全部流してしまう。鼻を拭くことで逆に出血を促す。鼻さえ通っていればそれで良い。

 

「……っ」

 

 それを受け、ワカモは――これはただじゃすまないな、と改めて思った。

 

 彼女が行ったのは、やはり『天災』による攻撃だった。狙いを研ぎ澄まし、彼女のキーゼルバッハ部位と呼ばれる個所に刺激を与える。ここは大変脆い部分であり、僅かな刺激でも出血してしまう。

 

 鼻血によって生じるメリットは実に多岐に渡る。まず、単純な出血多量による失血。意識は薄れ、戦闘続行が不可能になる。また、鼻に酸素が通らないことによる思考の鈍化も狙える。戦闘中とはいえ、呼吸はせねばならない。しかし、上手く酸素が取り込めなくなれば、酸欠を起こす。

 

 故に、今のミカの対応は満点だと言えるだろう。鼻血をある程度出し切ってしまい、止血行為を諦める。

 

 ハッキリ言って、正直若干慄いた。この女の覚悟は本物らしい。別になめていたわけではないが――また一段、冷静になった。

 

 加えて、ワカモにも違和感はあった。『天災保有者』に『天災』で攻撃したことは、ない。だからなのだろうか。

 

 本来であればもっと出血しているはずだ。申し訳なさを我慢して、彼女には多量の出血をしてもらおうと思っていた。だが、彼女はもうほとんど出血が止まってしまっている。想定していたほどの効力が出ていない。

 

 先ほどからワカモも感じていたが――一定の仮説が出来た。きっと、『天災保有者』に『天災模倣』を行っても、効果は軽減されてしまうのだろう。

 

 先ほど『隕石』を落とされた時もそうだった。本来であれば、至近距離である以上どうしてもワカモにも衝撃が生じるはずだ。何せ不可視の弾速、躱せるはずもなければ対応のしようもない。

 

 だが、結果としてワカモにダメージはなかった。それ自体は充分に不自然ではあったが、ミカに悟られるわけにはいかなかったため、ポーカーフェイスを貫いただけだったのだ。本心を言えば、正直めっちゃビビっていた。誰だって隕石が降ってきたらビビる。

 

 ともかくとして、『天災保有者』に『天災』は効きにくいのだろう。出血している以上、効いていないわけではないにせよ――そこまでのアドバンテージはなさそうだ。

 

 これ以上、ちまちまと削るのは難しそうだ。ワカモは諦める。

 

 何せそもそも『天災』とは強大なチカラ――それをただで扱えるわけがないのだ。特に、ワカモの性格上の問題もあってか――広範囲を撃滅するチカラを、ピンポイントで作用させ続けるのは、大変に消耗する。リスクとリターンがあっていない。

 

 直感に反するようではあるが、そうなのだから仕方ない。ワカモからすれば、あたり一帯を火の海にする方がよほど気が楽だ。適当に燃やしてしまうことに、気を遣う必要はない。

 

 ちなみに、これはミカも同様である。巨大な隕石を一個引っ張るのと、小さな隕石を検索して一個引っ張るのでは、後者の方が疲弊する。取り扱い注意、という感覚があるからだ。何なら、そこらへんに浮いているスペースデブリを全部まとめて落っことすのが一番楽だ。

 

 地面にべしゃりと血が飛び散って、ミカは大きく息を吸った。まだ血は流れ続けているが、先ほどのように鼻の中に溜まっている感じはしない。息が通って、すっきりしている。

 

「……はあ」

 

 とはいえ、頭がくらくらする。血液が足りていない。まだ流しすぎたというわけではないけれど、このままやっていれば先に倒れるのはミカの方だ。

 

 ワカモが持久戦を望んでいるのはわかっている。そのうえでこういう攻撃を行ったことも。

 

 ――本当に強かな子。私も、貴方みたいに賢ければ、もっと上手くやれたのかな。

 

 そんな言葉が浮かんできて、すぐに泡沫と消えた。そうでないから、自分は自分なのだ。無鉄砲で向こう見ずで衝動的で破滅的で――でも、そんな自分だから、自分は先生に出会えた。

 

 これまでの自分は嫌いだし恥ずかしい。だけど、否定なんて出来やしない。だって、これまでの数多の傷々があってこそ、聖園ミカ(わたし)聖園ミカ(わたし)なのだから。

 

 過去には戻れない。もし戻れたら、その時は上手くやれるかもしれない。でも、多分、なんとなく……また傷つきながらここに辿り着く。嫌だ嫌だと渋々、けれど心の奥底では小さくて確かな納得があった。

 

 自分のことは、自分だけが、世界で一番わかっているのだ。

 

「あなたが失血で意識を失うまで……残り何分があるでしょうか? 死の危険性さえ、ありますよ?」

 

「何? だったらそこで絆創膏でも買ってこいって言いたいの? それとも、スポーツドリンクの方?」

 

「両方です」

 

「――ハ」

 

 小さく笑う。吐息に混じったその声は、諦観もやはり多分に含んでいる。

 

「知ったことじゃない。私は我儘で絶対(おひめさま)なの。叶えたいんだから、仕方ないじゃん」

 

「……ええ、そうですね。あなたも――私も」

 

「貴方だって、本当は先生と居たいんでしょ? わかるよ。先生は……良い人だから」

 

「っ……」

 

 図星を突かれて、一瞬押し黙る。

 

 それは正しかった。本当は――ミカのような子は、輝いて見える。

 

 きっとこの世界の真実というのは、エゴで突き進むことにあるのだろう。他人のために身を引くことは、美徳でもなんでもない。結局欲しいモノが手に入らなければ、いつか絶対に後悔するのだ。

 

 そういう意味では、ミカの言うことは完全に正しい。そう思える。

 

 ――――でも。

 

「あの人の幸せを望むことが、罪だとでも……!?」

 

「だったら誰が、私の幸せを叶えてくれるっていうの」

 

「……っ」

 

「貴方は何も間違ってない。勿論、私も。自分の欲しいモノを手に入れようとするその気持ちが、罪なわけがない」

 

 ミカは言う。何もかもを取っ払ってしまったように――晴れ渡る青空のような顔で。

 

「先生はまだ――――政島イヴを叱ってない(、、、、、)。だから、これから先生のすることはなんとなくわかるの」

 

 彼女との戦いの中で、ミカはすっかり頭が冷えていた。冷静に彼の行動をトレースすれば、次に取る行動は理解できる。

 

「大人の責務だとか、先生の役目だとかさ……正直、馬鹿らしいよね。そんなことに踊らされて、あの人はいつも一人で傷ついてる」

 

「……」

 

「なのにそれを見せようとしない。ずるい大人。だからさ――私は、そんな先生を知らないまま糾弾するみんなが許せないよ。やるせないし、やっぱり憎らしい。だからね、ワカモちゃん」

 

 ミカは言う。きっぱりと。自らの願いを告げる。

 

「私も目的は今決まったの。いつまでもどこまでも、地獄の底にだってついてって――先生の逃げ場になる。これが、私のエゴ」

 

 それはなんて――――羨ましく、映ったことか。

 

 でも、そんなことを許してはならない。自らの矜持にかけ、プライドにかけ、そんなことが許されてはならない。

 

 ぎゅう、とワカモは拳を握った。それを見て、ミカも拳を握った。

 

 それは、この一合が最後なのだと理解したからだった。お互い、これ以上の泥沼は望まない。元より二人して望まぬ争いではあったから、示し合わせたようにゆっくりと、体勢を屈めた。

 

 体は低く、足はいつでも動き出せるように、片手はフリーにして。相手から決して目を離さない。

 

「――――それでも、私は……」

 

 じり、とアスファルトが抉れた。迸る電流めいた直感が弾けて、二人は同時に爆ぜた。

 

「――あなた様の味方でいたいのです!」

 

 ――同じようでいて、それは異なる願いだった。

 

 二人の意志は交錯する。体感速度は高まり続け、そこに天井などありはしない。どこまでも加速し、尚高みへ。

 

 少女と少女の影がぶつかる――。

 

「――――――――」

 

 その時、ふわりと――花の匂いがした。

 

 自分たちではない誰か。ならばこの血合いの圏に入り込む権利などない。今ここで相対しているのは、まさしく異なる願いの塊なのだから。

 

 しかし、二人は止まることは出来ない。この空間に入り込む誰かに一切の敵意を向けることはない。そんな無関係の一般人は関係ない。

 

 ――だから、お互いに何か(、、)を奪われるまで、それに気付くことはなかった。

 

 

「――――お嬢さんたち、こんな夜更けにお転婆が過ぎますよ?」

 

 

 そこにいたのは、真っ白な外套に身を包んだ――――一人の少女。

 

「――――『第三天災(Disaster Third)』……『劫略』――!」

 

「清澄アキラ――――!?」

 

「――如何にも。この勝負、『慈愛の怪盗』たる私が預からせて――いえ、奪わせて(、、、、)頂きましょう」

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