浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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拾弐/『NRG FielD』

『――こちら先生の大事な生徒(、、、、、、、、)、清澄アキラです。ポイントに到着しました』

 

「……了解」

 

 無線機から聞こえた声にそっと返事をする。

 

「ねー、私も先生の大事な生徒だよね?」

 

「……うん」

 

「私も大事な大事な生徒、ですよね?」

 

「……はい」

 

「……」

 

「痛い」

 

 ハナコに無言で突かれた。セイに救援を求めようと目線を送ると、逸らされた。

 

 ……居心地があんまり良くない。

 

「とにかく、危ないと思ったらすぐに逃げてね。何が起こるかはわからない。情報よりも、まずは身の危険を案じること」

 

『はいっ』

 

 僅かに跳ねた声音の後、無線が切れた。

 

 場所はゲヘナ学園から少し離れた場所。位置を特定されにくいように、かつ万が一見つかっても逃げやすいように――入口の数か所ある公園に陣取った。

 

 アキラは侵入担当。それ以外の全員がアキラの支援を担当する。

 

 私にはシッテムの箱――アロナがいる。新聞部のデータは基本アナログとのこと――ハッキングでは情報は得られなさそうだった。そこで、ゲヘナ学園の新聞部がある校舎をマッピングし、遠距離から指示を出している。

 

 本来であればマコトやヒナといったゲヘナの重役を頼るのがベターなのではあろうけれど、それはやめた。単純に、彼女たちが動くとそれだけで相手が分かってしまうからだ。彼女たちの動きは逐一監視されていると考えるべき。考えれば考えるほど、アキラの立ち位置は非常に塩梅が良かった。

 

 とはいえ、彼女も彼女で予告状をしたため始めたのでそれだけは止めた。アキラはぶーぶー言っていたが、今はそんな場合ではなさそうだった。

 

「先生、アキラさんが校舎内部に入り込みました! 本当にカメラなどのハッキングはしなくて良いんですか?」

 

「うん。今回はなるべくフラットな状態で行きたい。アキラが誰にもバレずに帰ってくるのが目的だからね」

 

 今回の作戦は極めて単純だ。新聞部の部室を探す。そして、出来ればイヴに盗聴器をつける。これだけだ。

 

 まずセイがイヴを誘導して部室を出る。その間にアキラが探索。セイは二人きりで話している間にイヴに盗聴器を付け、そのまま二人が帰還する。

 

 勿論、セイが同時にその二つをこなすことは可能だろう。とはいえ、相手はあのイヴなのだ。用心して、し過ぎると言うことはない。部室からイヴを切り離し、アキラには部屋の探索を集中してもらう。アキラであれば、多少の問題があっても対処することが出来る。彼女ほどこういうシチュエーションに慣れている者はそういないだろう。

 

 その間セイは時間を稼ぎ、イヴに盗聴器をつける。最近の盗聴器は優れものばかりだから、つけてすぐに音を拾えるようになるし、バッテリーも一日や二日で切れることはない。そしてしばらく時間を置けば――彼女の裏に誰が潜んでいるのかわかる。

 

 それでもし誰とも関係がないようであれば、単純にストレスが原因で疲れている可能性が高い。私がセイにしてやれることはここまでとなる。

 

 だがもし、その誰かの可能性があるならば――。

 

「……」

 

 結局は、わかるまではわからない。今は結果が出るのを待つしかないのだ。

 

 もしかするとその誰かとは、学校外で会ったり、あるいは監視カメラのない場所で会っている可能性もある。それ故に選んだ盗聴器ではあったが――多少なりともプライバシーに関して問題はあるだろう。

 

「? どうかした? 先生」

 

「……いや」

 

 でも、よく考えたら私も盗聴されていたんだった。

 

 キヴォトスでは盗聴は日常茶飯事なのだろう。

 

 ……改めて、どうなっているんだろう。

 

 ともかくとして、二人の潜入が始まった。

 

   〇

 

 セイの足音が無線越しに聞こえてくる。彼女とイヴの会話は貴重な情報源だ。なるべく拾っておきたい――とは、ハナコの談。

 

 そもそも今回の事件は、裏に誰が潜んでいたとしても、あるいは潜んでいなかったとしても――政島イヴが原因に関わっているのだ。彼女がもし、何らかの陰謀のために大人を排斥しようとしていて、それが利己的なモノであれば――充分に糾弾の対象になりうる。つまり、この会話だけでもイヴを失脚させることが可能になるかもしれない。

 

 しかし、ハナコはハナコでも歯がゆいだろう。もし彼女がセイの立場だったならば――ハナコほど機微に鋭い者はいない――少しでもぼろを出した瞬間に、彼女の悪行を掴むことが出来るかもしれない。

 

 だが、あくまで今回イヴと対面するのはセイだ。彼女は舌戦が不得手だから、どれだけ情報を引き出せるかわからない。結局、作戦中ではもし可能であればという枠に収まってしまったが、果たしてそれもどこまで出来るか。

 

 こつこつ、と小さな足音が続く。先日の風紀委員会との戦闘で破壊された校舎は、もうすっかり元に戻ってしまったらしい。

 

 しばらくすると――ノックの音。アロナのマップを見ると、彼女の現在位置は部室のすぐ手前だ。

 

『ん、どうぞ』

 

 イヴの声だった。そのまま部室に入り、がらりと扉を閉める。

 

「――――」

 

 緊張。後はセイがどれだけ頑張れるかだ。

 

 だが――彼女の、部長を止めたいという意思は本物だと信じている。だからここは、是非とも上手くやってほしいところ。

 

『い、イヴちゃん』

 

『……そんなに畏まって。どうかしましたか?』

 

『え、えっと……何、してる、の……?』

 

『何って――仕事中でしたが、今は少し休憩を。最近、疲れが中々取れなくて』

 

『そ、か……じゃ、じゃあ、一緒にさ。お茶でもっ、どうかな……?』

 

『お茶、ね。全然いいですよ。丁度、記事のネタも欲しかったところですし』

 

『良かった。やっぱり、なんて、いうか……ここ最近ずっと、イヴちゃん、大変そうだったから……』

 

『ええ。本当にね――なんだか、今も自分が起きているような気がしなくって』

 

『……え? それって、凄く、危険じゃない……?』

 

『いやいや、そんなに心配しなくていいんですよ。夢見が悪いだけだと思います。なんというか、やけにリアルな夢ばかり見るというか……』

 

『そ、それって……どんな?』

 

『どんなって言われても……そうですね、例えばお菓子の食べ過ぎでお腹を崩す、とか』

 

『あはは……幸せな、夢だと思うけど』

 

『幸せなものですか。取材も上手く出来ないまま苦しんでから目が覚めたらよくわからない書類仕事も溜まってて、大変ですよ。校内新聞を作る余裕もない』

 

『相変わらず……仕事脳、だね』

 

 不意に会話が途切れた。それを嫌うように、セイは続ける。

 

『――じゃ、じゃあ、私……学食横のカフェ、行ってるから……席取って、待ってるね』

 

『ええ、ありがとう。こっちが片付いたら行きますから』

 

 そう言うと、セイの足音の後、扉の開閉音。

 

 ……なんということはない、普通の会話だ。同じ部活内での、極めてありふれた会話だと思う。しかし――。

 

「……」

 

 私はハナコと目を見合わせた。

 

「……」

 

 ひょい、と視線の間にワカモが入ってきた。

 

 今じゃない。その動作が可愛いのは認めるけど。

 

「――イヴさんの、夢見が悪いという言葉ですが……」

 

「ストレス下では夢に症状が現れることもある。気にはなるけど、確定的ではないね」

 

「そうですね――」

 

 二人でセイからの音に集中する。床を歩いて――階段。踊り場。

 

 ――そこで、足が止まった。ハナコの目が細まる。

 

『――――先生』

 

 セイの声ではない。しかし、聞き覚えのある声。誰かが私に話しかけてきている。

 

 緊張が奔って、一瞬無言。それでも、彼女は言葉を続けた。

 

『聞いているんでしょう? 土屋マカです。話があります。無線機越しで失礼ですが――ちょいと付き合ってください」

 

   〇

 

『正直、セイがそっちに行くのは想定済みでした。こういうストレスに耐えられる子じゃないので』

 

「……」

 

『セイ、珈琲飲む?』

 

『の、の……』

 

『……』

 

『飲む……お砂糖、三つ……』

 

『割と余裕あるね』

 

「……目的は、何かな?」

 

『話を急いてますね、先生。部長はしばらく来ませんよ。あのワーカーホリック、異様な量の仕事を貯め込んでいるので。どこかの誰かと同じようにね』

 

「……」

 

 厭に棘のある言葉。私への敵意だけがむき出しになったかのような、そんな声音だった。

 

 場所は少し動いて、ゲヘナ学園食堂横のカフェ。そこに、セイとマカは二人で座っているようだった。

 

 マカに連れられるまま、おどおどと連行されてしまった。無線機越しに喧噪が聞こえてくるが――こういう公共の場の方が、かえって安全かもしれない。

 

『そっちが急かすようなのでハッキリ言いましょう。私の目的は二つ。まず、大人を排斥することです』

 

「……それはつまり、私も?」

 

『何を言ってるんです。当然でしょう。私は大人が嫌いです。部長も同じことを言ってます。大人という存在がキヴォトスから消えてくれたらどれだけ良いかといつも思います』

 

「どうしてそれだけの憎悪を向けるんだ?」

 

『質問が多いから』

 

「……ごめん」

 

『――ハ、今のは少しだけ可愛らしかったですよ。本当はもっと別です。ナギを殺した原因だから、ですよ』

 

「……」

 

『もっと言えば、色々やらかしたとかいう大人たちですね。別に私は先生に関して言えば、そこまで嫌いじゃあありません。好感の持てる大人だなぁと思いますよ』

 

「良い大人と悪い大人の線引きが出来るのなら、何故――全部を排他しようと?」

 

『私は面倒臭いのが嫌なんですよ。だから、いっそ全員追い出した方が速いと思いました』

 

「……それで、私が生徒に銃を向けた瞬間が欲しかった、と」

 

『それに関しては別に私がやったことじゃありません。部長が勝手にやっていて――中々賢いことをするもんだな、と』

 

 と言うことは、アレは組織立って計画されたわけではなかったのか。

 

 まあ、実際にイヴが言っていた通り――私たちの動きは想定外だったのだろう。そんな土壇場で咄嗟に閃いたのが、あのシャッターチャンスだったわけか。成程頭が切れるやつ。

 

『ただ、私でもわからないことがあって、是非先生の助力をお願いしたいと――』

 

 ぎり、と音がして、机の上を見た。ミカだった。強く握りしめた拳が、彼女の意志を物語っていた。

 

 ――どの口が、と。そう言っているのだろう。私も同じ意見ではあるが――しかし。

 

「何が知りたいの?」

 

『今まさしくセイが調べていることですよ。部長、最近おかしくって』

 

「……やっぱり、マカでもおかしいと思うところがあるの?」

 

『――だってあの人、今更校内新聞の話なんかしてるんですよ?』

 

「――――」

 

『ただでさえ先生の失脚にスクープ塗れ、世論は大人を排他する方向に捻じ曲がっていっている。その渦中にいるのが我々新聞部です。それに、あれだけ大人という存在を拒もうとしていた部長が、どうしたってわざわざ学校内でのそれに拘るのか』

 

「……伝統ある部活なんじゃないの?」

 

『うちの新聞なんて誰も見ませんよ。精々サークル活動程度の緩いモンで、二月更新しなかったくらいじゃ誰も気づかない。別に部長だってやりがいはあるだろうけれど、熱心にやっていたわけじゃない』

 

 確かにアロナが言っていた。新聞部はこれまで、ほとんど無名だった――と。

 

 ここに来て急に対外的な活動に熱心になるのは分かる。大人が原因で妹を亡くし、それを排斥するために行動しようとするのも分かる。だが、ならばこそ――先ほどのセイとの会話はおかしかったのだ。

 

『まるで自分が何をしでかしたか覚えてもいないって風です。あれだけのスクープがあれば幾らでもやりたい放題だって言うのに……セイちゃん見た? さっき部長がやろうとしてた記事のタイトル』

 

『……えっ? 私? ご、ごめんなさ、何も……』

 

『……ちょっと、先生』

 

「今の、本当に私が悪い?」

 

『――あはは、冗談ですよ。でも、気でも狂ったのか――部長が『キヴォトスの美味しいカフェランキング』みたいなしょーもない記事を書こうとしてるってのは……マジですよ』

 

「……」

 

 それは流石に、違和感もあるか。

 

 イヴは真面目な子だと思う。そんな子が、こんな絶好の機会を逃すはずがない。

 

「――聞きたいことが、ある。確かめておきたいことが……今のうちに」

 

『なんです?』

 

「ハナコを……浦和ハナコを襲ったのは、君か?」

 

違いますよ(、、、、、)。先生、私のことを暴力振るって悦に浸る異常者だと思ってます? 多少なら面白いですけど、自分から喧嘩吹っ掛けるほどアホじゃない。部長がやったんじゃないですか?』

 

「――」

 

 やはり、私はハナコを見た。

 

 しかし、彼女は目を見開いたまま……何も言わない。

 

「ハナコ……?」

 

「――――私、え……」

 

 目は虚ろ。何を考えているのか、まるでわからない。

 

 横に座るミカも、不思議そうにハナコを見た。それでも、彼女は小さく震えながら――口だけを動かしている。

 

「一人に襲われた……ってわけじゃない、よね?」

 

「あれ……? あ、れ、おかしい……?」

 

 かたかたと震え始めてしまう。

 

「わ、わかりま、せん……覚えて、ない……?」

 

 ぽつぽつと、ハナコは言う。意味がわからない。状況が飲み込めない。

 

 ――――おかしい。

 

 どうして――ハナコはここまで動揺しているのだろうか。彼女の動揺は私にも伝わって、心拍数が急に上がったのがわかる。

 

 心臓がばくばくと脈を打ち始める。奇妙だ。変だ。でも、何が変なのかまるでわからない。

 

「なんで……なんで、思い出せ――ない、の……?」

 

「だっ、大丈夫!? ハナコちゃん!」

 

 ミカが咄嗟に彼女の背中を抱えた。顔面は蒼白で、脂汗が滲んでいる。

 

 ――――何かが、起きているのだ。

 

 ぞくりと冷たいモノが背を撫ぜる。ぞっとする悪寒。吐き気さえ覚えるほどに鋭く、しかし鈍い直感。

 

「――――――――」

 

 何かに引き寄せられるように、私の視線はそこへ向けられていた。

 

 公園の入り口。どこから人が入ってきてもすぐわかるように、と中央に陣取っていたはずなのに。

 

 ――それは実に易々と、なんてことはない散歩道のように、悠然と。

 

 私たちの元へと、歩いてきていた。

 

 

「――――政島、イヴ……?」

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