浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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02/不正の疑い

 数時間後、業務に見切りがついたためハナコを返すと、予定通りの時間にゲヘナ学園新聞部がやってきた。折角なので一階へ降りて出迎えることにした。

 

 ぞろぞろと四名ほど、ゲヘナ学園の制服に身を包んだ者と――空崎ヒナがいた。

 

「や、先生」

 

「ヒナ!? どうして?」

 

「先生が誰かを連れてこいと言ったんじゃない。下手な護衛をつけるより私がいた方がマシ」

 

「だからってわざわざヒナが来なくとも……忙しかったんじゃないの?」

 

「ある程度はアコに任せても大丈夫そうだったから。それとも……私じゃダメだった?」

 

「うっ」

 

 きゅるんとした上目遣いに胸を射抜かれた。こんな表情で見られてしまっては今更帰って仕事しろとは言えない。いや、元よりそんなことを言うつもりはなかったけれど。

 

「ううん、そんなことないよ。ヒナちゃんが来てくれて嬉しい」

 

「……そう」

 

 目を逸らしつつも、表情が少しだけ崩れる。こうした時は攻めてくるわりに、私から向かえば簡単に切り崩せる。本当に可愛い子だ。

 

「それで――そっちの子たちが新聞部?」

 

「はい、そうですっ! 私たちゲヘナ学園新聞部! 部長の政島(まさじま)イヴと申します!」

 

 元気よく、彼女は私に手を伸ばした。握手がしたいと、そういうことらしかった。

 

 私も手を伸ばすと、がっしりと掴まれた。かなり力強い。骨が軋む音がした。

 

「……私はシャーレの先生をやってる。今日はよろしくね」

 

「はい、こちらこそ!」

 

 肩口までのセミロング。頭髪は真っ黒だが、インナーは薄く緑がかかっており、ゲヘナらしく角も二本生えている。快活そうな性格通りの見た目だった。

 

「そっちにいるのは副部長の土屋(つちや)マカと、一年生の湯谷(ゆだに)セイです! 見学も兼ねておりますが、失礼のないよう気をつけますので――」

 

「そこまで緊張しなくていいよ。リラックスして、聞きたいことなんでも聞いてね」

 

「はいっ、ありがとうございます!」

 

 大袈裟な態度で頭を下げる。今言った通り、そこまで畏まってくれなくとも良い。それより、肩が上がってしまって本来のパフォーマンスを発揮できないことの方が問題だ。

 

 とはいえ、それも多少は致し方ないか。新聞部はほとんど無名であったと言うし、こうして取材に繰り出すのもほぼ初めてなのだろう。

 

「先生」

 

「ヒナ。どうかした?」

 

「取材の前に、少し話しておきたいことがあるの。ちょっと時間いい?」

 

 こてん、と首を傾げる。そんな愛嬌の塊みたいな仕草をされたら断るものも断れない。いや、元より断るつもりなんてなかったけれど。

 

「わかった。じゃあ新聞部の子たちは、談話室のソファで待っててくれるかな? 私は少しヒナちゃんと用事があって――」

 

「――ヒナちゃん(、、、)!? 先生、我がゲヘナ学園の風紀委員長をちゃん付けだなんて……一体どういう関係なんですか!? もしかして、既に手籠めにしていたり!?」

 

「してないしてない!」

 

「はあ……はあ……なるほど、とはいえちゃん付けで呼ぶほど親密な仲であることは確か……」

 

「中立な立場のメモだ……!」

 

 イヴがそう言ってさらさらとメモを残すのを見かける。綺麗な文字で書かれているが、もう既にそのページにはびっしりと内容が詰め込まれている。

 

 『先生は髪が結構ぼさぼさ→あんまり身だしなみに気を遣う暇がない?

 先生は結構柔和な顔立ち→好みな女子も多そう!

 先生の衣服がよれている→洗濯してない? できてない?』

 

 ……そこまで読んで、これ以上読み続けるのは精神衛生上良くないと悟った。

 

「兎に角、了解しました先生。談話室というと、少し前のところにあった部屋ですよね!」

 

 イヴは皆を連れて、てくてくと戻っていく。聞き分けが良いのは嬉しいけれど、いざ取材となると熱が入ってしまうらしい。

 

「熱心ないい子たちだね」

 

「――でも、気になることがあるの」

 

 ぴしゃり、とヒナは言う。

 

「先生が付き人を寄越せだなんて……珍しい。誰かの入れ知恵?」

 

「入れ知恵ってわけじゃないけど……ま、そうだね。会ったこともないんだから気を付けた方がいいかな、って。なんで?」

 

「先生がわざわざ言うものだから……私も少し気になって、彼女たちのこと調べてみたの」

 

「忙しかっただろうに。ありがとうね、ヒナちゃん」

 

「……」

 

 顔を真っ赤にして口を閉じる。このくらいで怯まれると、更なる追撃を浴びせたくなってしまうところだが――今はあくまでも、彼女たちの取材が目的だ。そちらを優先しなくては。

 

「それで、何か引っかかったんだね?」

 

「……えと、うん。そう……取材の話、最初は私も知らなかったんだけど、どうやら最初は万魔殿のところに言ってたらしいの」

 

「マコトのところに? それで、色々あって風紀委員に降りてきた?」

 

「でも、その色々あった(、、、、、)ところが少し奇妙なの」

 

「……?」

 

「まず最初に彼女たちと話すことになったのは棗イロハ。まあ……適任ね。でも、彼女は色々と面倒臭がったそうで、新聞部に課題を出して、それを解決できればシャーレに連絡を取るって言ったそうなの」

 

 なんとなく、マコトからイロハに話が降りたところが想像出来た。イロハが自分からかって出たか、マコトに投げられたかは微妙なところだが。

 

「課題の内容は――新聞部全員の期末テストの点数が80点を超えること」

 

「頑張れば出来そうじゃない?」

 

「うん。ここに来てるってことは、実際に取れたわけだから。でも、変でしょう?」

 

「変……かな? 真面目に勉強した良い子たちだなって思うけど」

 

「あの棗イロハがちょっと努力したくらいで解決できるような課題を出すとでも?」

 

「……」

 

 彼女はイロハを何だと思っているのだろうか。

 

 とはいえ――言わんとすることが全くわからないわけではない。確かに、彼女がわざわざシャーレへのアポイントメントの取り付けやスケジュール調整を率先するとは思い難い。

 

 言われてみれば、と言う感じだ。

 

「これが前回の彼女たちの点数」

 

 ヒナの見せる書類を確認する。40、36、51、43……お世辞にも良い点数とは言えなさそうだ。

 

「で、これが実際に彼女たちの出した点数」

 

「――100点!? 凄いじゃないか! ってこっちも100点!?」

 

 というか全員100点である。どこを見ても丸ばかりだ。

 

「あからさますぎる。如何にも不正していますよと言わんばかり」

 

「なるほど……これは怪しいね」

 

「流石に全員100点を取ってしまえば彼女らとの約束を果たさなくてはならない。棗イロハは、これが不正であると確かめるのを面倒くさがるから……そのままアポまで取り付ける他なかった」

 

 滅茶苦茶納得してしまった。

 

 確かにイロハならばこうするだろう。彼女のことをわかっていなかったのは私の方かもしれない。

 

「でも、100点なんて逆に何の意図もないように思えるけどね。単純に、どうしてもシャーレに取材がしたかった、とか」

 

「その可能性もある……というか、棗イロハはそっち側でしょうね。だけど私は一応、彼女たちが何か企んでないか、観察するために来た」

 

「大体理解したよ。とはいえ、良い子たちっぽいけど」

 

「信じる心は素敵だけど」

 

 ヒナは私の目を見て、続ける。

 

「裏切られてからじゃ、遅い」

 

「……それでも、信じてあげたい。それじゃダメかな」

 

「……それは先生の素敵なところね。まあ、何も起こらなければ私もただいるだけだから」

 

「わかった。じゃあ、隠しておいた美味しいお菓子でも出そうか。ヒナちゃん頑張ってくれたで賞に」

 

   〇

 

 結論から言えば、新聞部による取材は何ということはない、至って平凡なモノだった。

 

「――では次なんですが、ずばり、先生の苦手なモノはなんでしょうか?」

 

「苦手なモノ……そうだなぁ。酸っぱいモノとかかな。実はレモンとか苦手なんだよね」

 

「なるほど……『先生に勝ちたければ唐揚げにレモンをかけろ』……と」

 

「私でなくとも嫌がる人は嫌がるよ? それ」

 

 思っていたよりも取材自体は恙なく進んでいく。ヒナもソファに腰かけて、すっかり仕事モードだ。タブレットを取り出して、遠隔で出来る仕事を始めているらしい。時折私の入れたお菓子をおずおずと口に運んでは、嬉しそうに顔を綻ばせている。

 

 ……どうやら、あのお菓子屋さんは当たりだったみたいだ。

 

「では、逆に得意なことはありますか?」

 

「得意……って言われるとちょっと自信ないけど……あ、ジェンガ」

 

「ジェンガ、ですか?」

 

「うん。ヒマリにも勝ったことあるくらいだよ」

 

「あの天才病弱清楚系美少女ハッカーの明星ヒマリさんにですか!?」

 

「……えっと、うん」

 

「あのミレニアムサイエンススクールに過去三人しかいないとされる『全知』の称号を持ち気高く咲く一輪の高嶺の花である明星ヒマリさんにですか!?」

 

「めっちゃ知ってるね」

 

「それはそうですとも! 是非一度お伺いして訊ねてみたいことが幾つもあります! あれだけの才能、さぞや素晴らしいお方なのでしょうからね!」

 

「……」

 

 ふんす、と鼻息を荒くしながらイヴは語る。まあ、実際に会ったら会ったで色々と思うところはあるだろうけれど……せめて今は、その幻想を壊さないようにしておこう。

 

 イヴがそのままメモを取っていると、横に座っていた子――確か、彼女の名前は湯谷セイ――がおどおどしながら声をかけてきた。ソファに触れるほどに長い髪の毛を腰元で結んで、目元にはうっすらと涙が貯まっているようにさえ思える。私はまだ何もしていないけれど……引っ込み思案な子なのだろうか。

 

「あ、あの……先生は……ジェンガ歴は、どれほどで……?」

 

「ジェンガ歴!? 初めて聞く単語だけど……そうだね、初めてやったのはいつだろうね。子どものころから――キヴォトスの外にいた時からやってるから、もう十何年……とか?」

 

「歴戦の……猛者……!」

 

「ジェンガに歴戦も何もないとは思うけど」

 

 というか、割と誰しも経験していることだと思うのだが。

 

 彼女は顔もほとんど前髪で隠れてしまっていて、その表情は髪の隙間からしか読み取れない。少なくとも困り眉なのだけはなんとなくわかる程度だ。

 

「えっと……セイちゃん。君は好きなモノとかある?」

 

「えっえっえっ!? 私が逆に質問を……!? あ、ありません!」

 

「ないんだ……」

 

 緊張をほぐそうと話しかけたら逆に緊張されてしまった。少し悲しい。

 

 そうこうしていると、彼女を守るように、もう一人の子が体を滑り込ませた。確か……彼女は土屋マカ。肩口までの茶髪に七つの星が連なる透明なアクセサリー、つんと吊り上がった瞳は今にも私を射抜くように思える。

 

「先生。失礼ですが、あまりセイを虐めないでください」

 

「あ、ああ……ごめんね。急に話題振っちゃって」

 

「い……いえいえ……私が、上手く、答えられず……」

 

 ずーん、と沈んでしまった。そんなセイを見て、マカからもっと上手くやれよと言わんばかりの視線を向けられる。

 

 中々手強い子たちみたいだ。

 

 するとイヴが再び顔をあげて、私の方を見つめてくる。

 

「ジェンガに秘訣ってありますか!?」

 

「あ~……なんだろうね。ここ抜いたら壊れるな~みたいな? あんまり言語化できなくないかな、アレ」

 

 というか、ジェンガの話題をここまで引っ張られるとは思ってもいなかったから、深く考えていなかった。

 

 ジェンガなんて感覚的なところが大きいから、秘訣も何もないだろう。

 

「なるほど、『先生はモノを壊さないのが得意』」

 

「何その情報」

 

 誰が欲しがるんだ。

 

 食器屋さんとかかな。

 

「……強いて言うなら、壊れやすいところを見つけるのが得意、かな」

 

「そう言えば、先生は時折現場で指揮を執ることもあるのだとか?」

 

「まあ、たまにね」

 

「先生の指揮能力は卓越しておられると聞きます! その源流は此処にあったのですね!」

 

「そんな大袈裟なことじゃあないと思うけどな……」

 

「……『先生は……大袈裟じゃない』……っと」

 

「最早何のメモとってるの?」

 

「先生、セイを虐めないでください」

 

「もうどうすればいいの!?」

 

   〇

 

「……じゃ、先生もお疲れ様」

 

「ヒナこそ。お疲れ様。何事もなくて良かったね」

 

「うん……特に何かしでかすようなこともなくて安心」

 

 日も暮れかかり、取材は終了となった。新聞部の子たちの見送りで一階まで降りると、外はすっかり真っ赤に染まっていた。

 

「そうだ、ヒナちゃん。これから暇?」

 

「どうして?」

 

「お腹空いちゃって。お昼食べてなくってさ」

 

「……もう、ご飯はしっかり食べてっていつも言ってるのに」

 

「ごめんごめん。だからさ、一緒に食べない?」

 

「……え、私と?」

 

「うん。ヒナちゃんとディナー」

 

「……うん。行く。ちょっと待ってて」

 

 ヒナはすぐさまスマホを取り出して、どこかに電話をかけ始めた。多分、アコだろう。

 

「――うん、ご飯食べてから戻る。誰と? ……先生とだけど……え? なんで? アコには関係ない。それじゃ、また後で」

 

 断ち切るようにして電話を終わらせると、今度は私のスマホが鳴った。なんとなく見たくない気持ちがあったけど、流石に怒られそうなので確認はしておくことにした。

 

天雨アコ『手出したらこっちも出るとこ出ますからね』

 

「……」

 

 どこに出るんだろう。

 

 というか、そんな邪な気持ちは一ミリもない。

 

「あ、そうだ」

 

「? どうかした? 先生」

 

 邪な気持ちは一ミリもなかったけど、邪な悪戯は思いついてしまった。ので、早速実行することにする。

 

「ヒナ、そこだと逆光になっちゃうからここに立ってくれる?」

 

「……構わないけど」

 

「それから、手をちょきに出来る? 両手とも」

 

「え……うん……?」

 

「じゃ、はいチーズ」

 

「えっ!?」

 

 驚く彼女とツーショットで写真を撮る。目を丸くさせたまま、何もわかっていないようでダブルピースのヒナと、私の映った写真。そのままそれをアコに送る。

 

天雨アコ『先生!??!?!!?!?!』

天雨アコ『とうとうやりやがりましたね!!!!!』

天雨アコ『今ヴァルキューレに通報しましたから! 刑務所にぶち込まれる楽しみにしておいてください! いいですね!』

 

「あっはっは」

 

「せ……先生?」

 

「なんでもない。さ、ご飯に行こうねヒナちゃん、なんでも行きたい場所を言ってくれていいからね」

 

「う……うん?」

 

 その後、鳴りやまないスマホを無視してヒナと二人で夕食を楽しんだ後、九時前には家に帰した。

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