浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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Ⅵ/『Mambacore』

「――先生っ!」

 

 二人が病室に飛び込んだ。ベッドに再び寝かされている先生と、横に座ったハナコ。

 

 それだけで、概ね事情は把握できる。

 

「……先生が、襲われた?」

 

「……」

 

 無言は肯定に等しかった。

 

「ベアトリーチェが相手ですから……夜討ち朝駆けなんてのは如何にもやりそうなことです。こちら側が対策本部を設立し、体勢を立て直そうとしたタイミングで――」

 

 敵の事情がある程度わかり、いざ対策しようと思考するその瞬間、全体の何割かは間違いなく弛緩してしまう。実際、ハナコたちがそうであったように――もう安全だと。敵が攻めてきても対応が出来ると。そう考えた瞬間は、間違いなく攻撃に対応できないのだ。

 

 だからこそ、この瞬間。隙を狙うように、ハナコと二人になった一幕を突いてきた。

 

「……っ」

 

 ぎゅう、とミカは手を握りしめた。

 

 ワカモも分かっている。今更ミカに手を差し伸べることはない。最早不要。その程度で転んでいれば――いつまで経っても、ミカはそこ止まりだ。

 

 だからワカモもわざわざ何かを口に出すことはなかった。ある意味では――信用していた。

 

「相手は誰ですか?」

 

「……」

 

「ハナコさん!」

 

「……わかり、ません」

 

 苦しさを堪えるように、ハナコは言う。

 

 その時、ワカモは気付いた。ハナコの爪先に、血が滲んでいる。

 

「――」

 

 彼女が応急処置をしたのか。であれば、間違いなく彼女は先生が撃たれた瞬間に立ち会っている。

 

 ミカが立ち直ったかと思えば今度はハナコか。相手がそこまで考えているかはわからないが――本当に巧いやつらだ。

 

 人間は精神的な動物だ。つまり、体を責めるより精神を責めた方が効く(、、)のだ。このタイミングで先生に攻撃することで、ハナコの精神にまでダメージを与えている。

 

 それが彼女の目的だったかどうかは定かではないが――いずれにせよ、ハナコに傷をつけられたのは痛手だ。

 

「先生の容態は?」

 

「……今は、まだなんとも。セナさん曰く、命に関わる外傷ではないそうです」

 

「……」

 

 少しだけほっとした。ただでさえゲヘナには各校のトップが集まり、士気が高まりつつある。こんな時に先生の命に何かあれば――間違いなく戦線は崩壊するだろう。

 

「このことはセナさんしか知りませんよね?」

 

「ええ。止めておきました」

 

 落ち込んでいるようで、抑えておくべきところは抑えている、か。流石浦和ハナコ。

 

 ワカモの頭も冷えてきた。地面に散らばった血液を見た時は頭がおかしくなるかと思ったが――今ここで、自分までもが折れるわけにはいかない。

 

 大きく深呼吸。落ち着け、落ち着け。

 

 今すぐ騒ぎ出したいのは自分だけではない。この場にいる誰もがそうなのだ。

 

 ――だが、何よりもミカが、どうにか自分を律している。そんな彼女を前にして、自分だけが喚き散らすわけにはいかない。

 

「しかし、奇妙ですね。話が広まっていないのは、逆におかしい。誰も駆け付けられなかったと考えるのが道理」

 

 自分たちも会話に集中していたとはいえ――先生が襲われたとなれば、ハナコも応戦したはずだ。銃声がすれば誰かは気付く。

 

「幾ら『忘却』と言えど、そこまでの手品は不可能なはず――」

 

「『忘却』以外にも、敵がいるかもしれません」

 

「……他の『天災』だとしても、そんな魔法みたいなことは出来ないはず」

 

 そもそも『天災』というのは『地球』の持つ力が起源なのだ。白昼堂々の犯行をかき消せるほどの力はないはずだ。

 

「相手は、ゲマトリアですら理解出来なかった『色彩』です。何が起きても、不自然ではない――」

 

「――……」

 

 確かに、それはそうだ。キヴォトスの生徒一人を、完全に書き換えてしまうほどの異質な存在。それがある以上、最早ここでは何が起きてもおかしくないのだ。

 

 だとすると――いよいよ相手の持つ戦力は未知数だ。ただでさえ大人を排他しようとする集団が存在する中で、更に隠している能力まであるかもしれない。

 

「大丈夫です、ワカモさん」

 

 平坦な口調で、ハナコは言った。その声音があまりにも不自然で――ぞくりと背筋を駆けた冷たさが、消えた。

 

「なんとかしますから」

 

「なんとかするって――具体的にはどうするのですか」

 

「なんとか、するんです」

 

「……自暴自棄になるのはお止めなさい」

 

「自暴自棄、だなんて――」

 

「――それ以外で、今の貴方をなんと言えば良いのですか?」

 

「……」

 

「折れるな、というのはそういう意味ではありません。転んでも、立ち上がれという意味です」

 

「――もし私が打ち倒され、地に伏したとしても。私は地を這ってでも進みますよ?」

 

「……っ!」

 

 心の中が滅茶苦茶になる。感情が酷く曲がって渦巻いて、どうにかなってしまいそうだ。いっそ狂えてしまえたら、どれだけ良かったことか。

 

 こんな時でも狂わないように踏ん張ってしまう自分が、たまらなく嫌いだ。この混沌に飲み込まれ、身を委ねればどれほど楽になれるのか。

 

 楽になりたい。なってしまいたい。全部滅茶苦茶にして――破壊してしまいたい。

 

 暴れ出す感情の制御弁はとっくに限界だった。元より軋んで、いつ爆ぜてもおかしくなかったのに、何故かそれは保ったままだったのだ。だから今壊れてしまうのも、当然と言えば当然なのだろう。

 

 ――それでも。今は。ダメだ。

 

 先生は、そんなこと望まない。

 

 ワカモが欲したのは彼の望みだ。彼の意志を叶えること。そのために動くと誓った。だからこそ――狂ってはならない。

 

 まるで呪いだ。ワカモに課せられた宿痾なのだ。自分に諭した言葉が、厭なほどに今の自分を縛り付けている。

 

「――ワカモちゃん」

 

「……っ、ミカさん――」

 

「今の、聞こえた?」

 

「何がっ――」

 

 どぉん、と遠くで音がした。爆発らしき音。

 

 窓際に駆け寄り、見渡してみる。遮蔽物も多く、イマイチわからないが――遠くで煙が上がっている。

 

「空崎ヒナって子と合流しよう。話はそれから」

 

「……そうですね」

 

   〇

 

 病室から出ると、外は騒々しくなっていた。誰もが廊下を走り、まさに何かが起きているのであろうことがわかった。

 

 そのままヒナを求めて会議室に直行した。

 

「――狐坂ワカモ。聖園ミカも。丁度探していたところだったの」

 

「何があったんです?」

 

「市街地で暴動。多分、政島ナギの差し金」

 

「――――っ」

 

 先生に確実にとどめを刺したタイミングで、勢力を一気に投入してきたか。ここで決める気らしい。

 

 ――いや、私でもそうするだろう。対策室が準備を整える前に崩壊させておきたい、か。

 

 会議室には連邦生徒会の人間までもがいる。それだけではなく、トリニティも、ミレニアムもそうだ。

 

 それだけの人間が集まっている。ならば――出来ないことはないはずだ。

 

 先生不在の今だからこそ、死力を尽くしてキヴォトスを守らなくてはならない。

 

「――ふ」

 

 思わず微笑みが零れた。だって、こんなのとんだ笑い話だ。

 

 あれだけキヴォトスに混乱をもたらして、破壊と略奪の限りを尽くしていた自分が――こんな時、咄嗟に思いつくことが『キヴォトスを守らなくては』か。

 

 自分も変わったモノだ。いや、変えられた――のか。ここにいる全員が、先生に。

 

「――今調査報告が来ました。敵の拠点は、シャーレだと思われます」

 

 ノアがそう言って、一瞬部屋が静まった。

 

「……どうしてシャーレに?」

 

「そこまでは分かりませんが、少なくとも拠点にしているのは間違いないようです。そこから戦闘用オートマタやドローンが多数出現しています。市街地の映像を出します」

 

 全員の視線が、プロジェクターの映像に向けられた。

 

 市街地での暴動の映像。そこには、街を破壊しながら歩き回る集団があった。逃げ惑う市民や、すぐに対応してくれたゲヘナの一般生徒も見られるが――。

 

「――思っていたよりも、数が多いですね……」

 

「いくらかオートマタで嵩ましているとはいえ――これだけの数とは。それだけ大人に対する悪感情が高まっていた、ということか?」

 

「『天災』……『忘却』も多少はあるかもしれません。あれは不特定多数にすら影響するチカラです。深く考えない、矛盾に気付けないような者であれば、洗脳に近いことも可能かもしれません」

 

 セイアの疑問に、ワカモが答える。

 

「ともかく、これを制圧しなくてはなりません。風紀委員長――行けますか?」

 

「いつでも」

 

 がちゃり、と大仰な銃を構える。風紀委員会はすぐにでも動ける。ならば、自分も出るしかないだろう。

 

「適当なライフルはありますか?」

 

「勿論。好きなモノを持っていくと良い」

 

「恩に着ます」

 

 軽く頭を下げ、ワカモは動き出す。

 

「――待って、ワカモちゃん」

 

 そんなワカモを、ミカが静止した。

 

「この状況、ワカモちゃんが動くのはどうかなって思う」

 

「――私も同意見だよ、ミカ。珍しいね、話が合うのは」

 

「……お二人とも、意図をお聞きしても?」

 

 こくんと頷いて、ミカが口を開く。

 

「だって、相手はキヴォトスを落としたいんでしょ? だったら、まずここを狙うべきだよ……先生だって、いるんだし。でも、市街地を襲撃した」

 

「つまり戦力の分断が目的だと?」

 

「それもあるかも」

 

「でしたら、戦力の一部だけは残しておくのはどうでしょうか?」

 

「ナギちゃんって空気読めないね」

 

「ああ、全くナギサは考え無しだな」

 

「なんで私の時だけ批難轟々なんです!?」

 

「……ともかく、一部の戦力のみを残すような判断はかえって危険だ。何故ならそれは、薄く伸ばした盾に過ぎない」

 

「薄く伸ばした盾――?」

 

「うむ。つまり、どこを突いても壊れてしまう。その程度であればまだ全勢力を市街地に向けた方がマシだ」

 

「……それでは話が堂々巡りですね。結論をお願いします」

 

「――つまりね、ワカモちゃん。ここにワカモちゃんは、残るべきだと思う」

 

「……」

 

 一度、ミカに言われた言葉を飲み込む。

 

 薄く伸ばした盾。確かにそれはその通りだ。突破されうる戦力を残す意味はない。それならばまだ全力で市街地を鎮圧した方が効率的だし、早い。

 

 だが、相手がもし戦力の分断を考えているのならば――中途半端に戦力を分けるのも危険だ。

 

「ここにいる中だと、ワカモちゃんが最強だから」

 

 合点が行った。ゲヘナには一人、自分だけが残る。そして他の全員が鎮圧に向かう。これならば戦力の分断もほぼ起こらない。

 

「――しかし、それで相手が全勢力でこちらを攻めてきたら――」

 

「その時は私が走って戻る。それならどう?」

 

「……っ」

 

 確かに、ミカの足の速さは折り紙付きだ。彼女ならば、離れている市街地からここまで戻るのに数十分とかからないだろう。

 

「――その案は賛成」

 

 ヒナが頷いた。

 

「元よりあまり考えている時間はない。現場の風紀委員も手いっぱいだから、急いで向かいたい」

 

「――ああ、もう! 分かりました! 私が残りましょうよ!」

 

 吐き捨てるようにそう叫んで――少しだけ、悔しかった。

 

 ミカは今、考えていたのだろう。何をするのが最善なのか。先生を護りたいという目的の中で、最も効率的に達成するならばどう行動しなくてはならないのか。

 

 そうして、自分が残ることよりもワカモが残る方が良いことに気付いた。そしてそれは多分、その通りなのだ。

 

 この場において、ワカモの右に出る者はいない。例えヒナが相手であろうと、その気になれば五分で落とせる。それはミカも同様だ。

 

 だがミカは機動力において他の追随を許さない。彼女が縦横無尽に駆け巡る方が、戦線は安定するだろう。

 

 ――そんな考えに、この土壇場で辿り着いたことが、少しだけ悔しくて。

 

 だからワカモらしくない、強い言葉を使ってしまったのだろう。

 

 しかしミカは微笑んで、ワカモの胸元に軽く拳を押し付けた。

 

「――私の王子様を、よろしくね☆」

 

「……ああ、わかりましたよ」

 

 二人のコミュニケーションを見て、ヒナは少しだけ表情を緩めた。

 

 しかし、次の瞬間にはそれを切り替え、手袋をぎゅうと締めた。

 

「話が纏まったようで何より。じゃあ行政官と書記、ティーパーティーの面々はこの場での支援をお願い」

 

「了解しました」

 

「――では、ゲヘナ市街地鎮圧戦を始める」

 

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