「セイちゃん、何してるの?」
「な、何って……知らないの? 今、暴動が起きてるって……」
「そんなのキヴォトスじゃあ日常茶飯事じゃん」
「で、でもでも、連邦生徒会も介入するくらい、あれなんだって……凄いんだって……」
「ははあ、そりゃ確かに凄いけど」
「……」
「部長?」
マカが首をぐるりと回して、イヴを見る。
先ほど戻ってきてから、元気はない。何か思い詰めるように地面と睨めっこを続けている。
「随分と辛気臭い顔をしてますね。悩みがあるんなら私たちに話してくれたっていいんですよ?」
「……」
イヴは何も言わない。
足を纏めてお尻を地面につけて、ずっと何かを考えこんでいる。
――そうやって悩みたくなる気持ちはわかる。今いるのはゲヘナの取調室なのだ。こんな息が詰まる場所に放置されていては、当然だろう。さっきだって一呼吸してくると少しだけ外に出してもらって――戻ってきてからはずっとこの調子なのだ。
「……何か、ありましたね?」
「なんで」
「……」
「わかるの?」
「何年の付き合いだと思ってるんです。顔見れば大体わかりますよ。ね、セイちゃん」
こくり、と彼女は頷いた。
「……そっか。バレバレ、なんですね」
「大体体操座りなんて、如何にも落ち込んでますよって感じ。隠そうともしてないんだから」
「……む」
「いいから話してくださいよ。部長」
「……」
「……」
「……このままで、いいのかな、って」
「このまま、って言うのは?」
「ナギが生きてるかもしれない、んだそうです」
「らしいですね。良い事だと思いますが」
「でも多分……暴動の原因も、ナギなんです」
「……」
「私の責任、なんだと思うんです」
「どうしてそうなるんです。家族だからって連帯責任感じなくても――」
「――家族だから、ですよ」
きっぱりと、イヴは言った。
「あの子は寂しがり屋だから」
「……」
「いつも私の後をついてきて。新聞部に入るって言ったら同じように入ってきて。でも、こんなことをするってことは――」
「――ああ、確かに。部長、人の内面見るの下手ですからね」
「えっ」
こくこく、とセイが強く頷く。
「そ、そんなに下手だったです……?」
「うちの新聞は中立派だなんだって言われてたの、アレ部長が人の心読むのド下手だからですよね? 言っていることをそのまま捉えて内側までに思慮がいかないから、言われたことを書くしかない。どんな思いで言われたのか、全然理解出来てない」
「ぐぅ……」
「ナギちゃんね、部長のこと多分嫌いでしたよ」
「えっ!?」
「いや――嫌いってのは違うか。目の上のたんこぶ……これも違うか」
「ちょ、ちょっと待ってください。いきなりの発言に、胸が痛い……」
「え、えっと……羨ましがってた、んだと、思う、よ……?」
「――ああ、それですよそれ。流石セイちゃん」
「……羨ましがっていた?」
「……うん。イヴちゃんは、いつも先頭を行ってるから。見てほしかった、とか……認めてほしかった、っていうのは、あるんじゃないかな……」
「……」
ナギのことを思い出す。彼女はそんな素振りを見せただろうか。
「部長が考えたって無駄ですよ。ナギちゃんそういうの上手でしたから。部長と違って」
「一旦隙あらば私を刺すの、止めません……?」
胸元を抑えながら、イヴが苦しむ。
ナギは――イヴにとって、良い妹だった。喧嘩はするけれど、翌朝にはお互い昨日までと同じ関係でいられた。ずっと一緒に暮らしていて、ある意味ではナギのことを尊敬すらしていた。
彼女は人の心を読むのが得意だった。いつもイヴは自分の内心を言い当てられていて、政島家でババ抜きが禁止になったほどだった。それくらい、彼女は機微に鋭くて、色んなところで気が回った。
そんなナギのことを本心から凄いと思っていたし、こんな妹を持てて自分も頑張らないと、と思っていた。だから勉強だって努力したし、新聞部でも精力的に活動していた。
「多分、『天災』がどうのっていうのは……ナギちゃんがエデン条約の時に、たまたま拾っちゃったチカラなんじゃないかなって、私は思います」
「……どうして、ですか?」
「だって元からナギちゃんにそんなチカラがあったら、最初っから部長に痛い目見せてたでしょ」
「あ――――」
ほんの少しだけ、納得がいった。
新聞部がシャーレの先生を摘発し、そして大事になって。それらの責任は全て、新聞部に来た。
先生と仲が良かった人からは嫌な目で見られた。新聞部に入り込んで、危うく戦闘になりかけたこともあった。さっきだって胸倉を掴まれて、危うく死ぬかと思った。どうして自分がこんな目に合わないといけないんだろう、と思った。
でも、もしかしたらそれはナギからの嫌がらせ、だったのかもしれない。
「ナギは――私のことを、嫌っていたん、ですか……?」
そう言うと、マカが手を振り上げて、思いっきり落とした。
ごつん、と脳天にチョップが繰り出される。
結構痛い。
「いたぁっ!?」
「話のわからん部長ですね。天誅」
「ま、マカチョップ、だ……!」
「セイちゃんそれ違うやつね」
けらけらと笑う二人。話についていけていない。
「嫌ってたんなら新聞部に入るわけがないでしょう。可愛さ余って憎さ百倍、ってやつですか? あれですよ」
「可愛さ余って、憎さ……?」
「憧れもあったんだと思います。いつも私たちを引っ張ってくれるのは、貴方でしたから。でも多分、ナギちゃんは貴方に認めてもらっていないと思ってたんです」
「そ、そんなことありません! 私はナギのこと、大切に思っていて――」
「――で、それ。伝えたことありますか?」
「ありますよ! 記事に反響があったとか、記事を書くのが速いとか、取材が丁寧だとか!」
「はい真面目バカ。早速マカチョップ二発目行きます」
「か、かませマカチョップ……燃えろ剛腕……」
「ぎゃあ!?」
頭を撫でるイヴ。今度は割と本気で打ったので、先ほどよりもっと痛かった。
「な、なんで打つんですか……!?」
「貴方が真面目バカなのはもう知ってますし、ナギちゃんのこと尊敬してたのも私たちはなんとなくわかります。ナギちゃんは気の利く子でしたし、色々察せる子でした。でも、肝心なところで貴方と同じ血継いでるんですよ」
「……えっと、つまり?」
「ナギちゃんに
「――――あ、り……」
「……ありませんよね。さっきセイちゃんも言った通り――ナギちゃんは、認めてほしかったのかもしれません。勿論これは推測ですし、人の感情なんてモンは混沌としてますから、眩しい貴方を憎らしいと思っていたこともあるでしょう」
「だったら……尚のコト、私のせいなんじゃないですか……!」
「……」
「ナギのこと、わかったつもりになってて……でも全然これっぽっちもわかってなんていなくて……何も伝えられてなくて……全部、私のせいで、こんなことに、なってるんじゃないですか……!」
言いながら、全身が熱くなるのを感じた。もう止められない。涙が溢れてすぐに決壊した。
「全部、私のせい――」
「――マカチョップ三発目、行きます」
「おお……我らの……グレートマカロボット……!」
「ぎゃふん!?」
これまでにないほど、強い一撃だった。痛みのあまり、一周周って涙が止まってしまうほどだった。
頭を撫でる。ひりひりしている。多分、たんこぶになっている。
でもそのおかげか――イヴは、マカを見上げることが出来た。
「――部長がバカ言うのはいつものことですけど。そもそもこんなクソ面倒くさい姉妹喧嘩に付き合わされる身にもなってください」
「く、クソ面倒くさい……」
「……それを言うなら私たちにも責任はありますから。あの子に何も言っていなかった。言わなくて大丈夫だろうと思ってた。賢い子だったから大丈夫だろうと妄信していたんです」
「……」
「信じたつもりになってたのは皆。ナギちゃんも例外ではありません。だからそれは家族喧嘩じゃなくて――クソ面倒な人間関係のもつれです。部長だけの話じゃありませんよ」
「それは――」
「――正直そろそろ、色々と面倒なんです。厄介なしがらみも、億劫なやり取りも、退屈な取り決めも、何もかも。私は刹那主義の今が楽しければそれで良い人間ですが、そろそろ罪を清算しておくのも良いかと思って」
「……」
「折角ナギちゃんが生きてたんです。一緒に謝りに行きましょうよ。千載一遇の好機ですよ」
「マカちゃん……」
「い、イヴちゃん……私も、頑張る……!」
「セイちゃん、まで……」
二人がはにかんで、イヴも同じようにはにかむ。涙で汚れてみるに堪えないモノではあったけれど、二人にとってはそれで充分だった。
「さて、話も纏まったところで――そろそろ我ら文系、体を動かさないとどうも鈍って仕方ないですね」
「……うん、そうですね」
「んじゃ、いっちょケジメの肉体労働と行きますかぁ」
〇
ぱちり、と目が覚めて。
何度か瞬き、体を起こそうと思って手を付くと、ぎし、とスプリングの音がすると共に、彼は顔をゆがめた。
「い――――っ」
そのまま左手を凝視。包帯が巻かれており、腕には針も刺さっている。現在輸血中、彼の血液型が一般的なモノで助かった。
「目が、覚めましたか」
「ん……あ、ああ、ハナコ」
私はぼうっと、彼の一挙手一投足を眺めていた。
元より命に関わる怪我ではなかった。だからこれは当然の結果なのだ。そう分かってはいても――やはり、彼が生きていると分かって、心の底から安堵が漏れてきた。
「――ほら、生きていただろう? 人間は簡単には死なないんだよ」
――ばか。本当にばか。
私が頑張らないとどうなっていたか。何も知らないで。
「ハナコ……? 体調でも悪いのか?」
「――貴方のことを、心の底から、愛しています」
ぽつりと零した。
――ああ、言うんじゃなかった。そんな言葉を吐き出してしまうと、いよいよ歯止めがつかなくなってしまうのに。
こうして起きて、笑顔な彼を見ていると、どうしてもその言葉が頭の中を満たして、たまらなくなってしまった。
――好き、大好き、愛してる。
どう足掻いたってそう。誤魔化そうとしたって、自分だけは誤魔化せない。
私はこの人のことが好き。
「いきなりそんなことを言われても……全然、意味、わかんないですよね……」
自分を犠牲に誰かを助けようとするところも、飄々としているふりをして全然ニヒルでないところも。
全部、好きになってしまったのだ。
なってしまったものは仕方ない。どうしたって好きになってしまったら仕方ない。私の心が破れて、そこから彼を思う気持ちが濁流のように迸って、あたり一面を桃色の願いで満たしてしまっても、それでも私はどうしようもなく浦和ハナコのままで、彼のことを思い続けているのだ。
だから――この人だけは、嫌なのだ。ミカさんの気持ちは痛いほどに理解出来る。
「でも、本当なんです」
この人が傷つけられてしまうのだけは、どうしても嫌で。
「貴方の全てを愛していて」
この人が誰かに奪われてしまうのだけは、どうしても嫌で。
「先生がどうとか大人がどうとかいうのは関係なくて」
どうにか彼を私に留めておきたくて。
「ただ、私は」
他の誰をも見てほしくなくて。
「浦和ハナコは」
浦和ハナコだけの、彼で居てほしくて。
「貴方の全てが、愛おしい」
その言葉を吐くと――私の体はまるで幽霊にみたいに軽く、しかし溶岩のように熱を持って、彼の体に憑りついた。
自分でも全く理解できない情欲に突き動かされるようにして、私の体は動き出す。
ベッドに登る。彼はそれを見ていることしか出来ない。体を踏まないように、チューブに触れないように、大股を開いて彼の前に膝立ちになる。
それから彼の顔に手を沿わせて――思いっきり唇を吸った。
「――――ちゅっ」
啄むように唇に触れて、そのまま離れた。彼の熱はほとんどなくって、乾いていて、だからその温度差に驚いて、一度唇を離してしまった。
それでももう一度、二度、三度と繰り返し彼の唇に口付ける。
「ちゅ……ちゅ、ん……」
繰り返すたびに二つが混ざり合って、次第に感覚が薄れていく。びりびりとした痺れを帯びた痛みと快楽だけが残される。触覚は鋭いのか鈍いのかまるでわからない。
ただ、無垢で素直な、彼の冷たさだけが私に伝わる。
じんわりと、触れている場所が汗ばむ。衣服が汗を吸って気持ち悪い。前髪が額に張り付く。吐いた呼気が口元で溢れて水滴ずく。
「ちゅ――――ん、ふふ……」
呼吸が出来なくなって、キスを止めた。少し離れて彼を見る。
目と目が合う。ともすれば、混じりあってしまいそうなほどに近い距離。
「
そう呼んだ。彼は一瞬きょとんとして――でも、その疑問を飲み込むように、目を馴染ませた。
「そろそろ……大人のキス、ってものを……試してみてもいいでしょうか?」
ひたり、と舌なめずりをする。私の唾液はとうに彼の唇を濡らしていて、すっかり艶やかになっている。
大人のキスなんてわからない。そもそもそれは彼が言い出したことであって、私なんかに分かるわけがないのだ。お互いを求めあうような、どろどろとしたモノならば大人のキスなのか? それとも、啄むような先ほどまでのものは子どものキス?
まるで何も分かっていないけれど、とにかく体だけは勝手に動いていた。支配権などとっくに情欲に支配されて、私はまた彼に抱き着いた。患部に触れないように慎重に――でも、なるべく密着できるように。
再び唇が触れる。よくわからないけれど、多分ディープキスなら大人のキスだと思う。適当に断定して、彼の唇を舌で舐めた。
そして――怖気づいた。
なんとなく恐怖が登ってきた。ここまでのことをしておいて今更ではあるけれど――彼の口内に自らの舌を突っ込むのがとてもはしたなく思えてきた。
全く持って何を今更。自分がはしたないことは周知の事実。でも――彼は、彼だけは――きっと、私の本質をわかっていて。
そんな先生は、今はもういないけれど。
口を離して、惜しそうに私を見る彼の顔は、どこか憎たらしくて。
「
「……っ」
「私……
「……」
「あ、違った……
つらつらと話して、酷いことを言っている自覚だけが残った。
そんなことを今の彼に言ったところで仕方ない。こんなのは私の八つ当たりでしかない。
でもそれはきっと認められるのだ。だって私はまだ子どもで――大人のキスのやり方なんて、まるで分からないのだから。
だから、どれだけ彼に意地悪しても――それは許される。
きっと今この瞬間だけは、カミサマだって見ていないのだ。
「未来永劫、もし他の誰かとくっついたって……きっと私、
流石に今のはちょっと照れ臭かった。まじまじと私を見つめる彼の瞳に耐えられなくて、視線を逸らす。
でも、今のは私の本心なのだと思う。
本当に本当に、彼への想いが堪えられなくなって零れ出た――私の正直な思い。
何ひとつ飾らない浦和ハナコの言葉で、何一つ茶化していない私の言葉なのだ。
「だから――私のこと、忘れちゃうだなんて、本当に――――」
「――――」
「許しませんよ」
今度こそ、彼に刻み付けるように、私はじろりと目を合わせる。
ぷい、と彼が子どもっぽく目を逸らすモノだから――顎を掴んで、無理矢理私を向かせた。
――逃げないで。私だけを見て。私以外、何も見ないで。
壊れた独占欲が暴走している。自覚だけは脳裏に強く浮かび上がって、でもそんなものは道端に転がっているのと変わりないから。
「――っ、あ」
「ちゅ、ん」
そうして再び、唇を奪う。今度はあっさりと舌を入れることが出来た。
舌に触れる何もかもを、手当たり次第に舐めまわしていく。まさしく蹂躙と言うほかない。そうしていると彼の舌と触れ合って――ざらり。
ばちばちと脳味噌が爆ぜて、頭がおかしくなりそうなほどに気持ち良くなって、もっとそれを知りたくて――私は更に奥へと突き進む。
舌を撫ぜて、舌裏も撫ぜて、口内を撫ぜて、歯も撫ぜて、歯茎も撫ぜて。
ぎゅう、と抱きしめた。
胸越しに彼の心音が聞こえてくる。それは私の音と共鳴するように感じられて――少しだけ、体が跳ねた。
心地良い音。でも、きっと彼はこんな音は嫌いなのだろう。私も自分の心音は嫌いだ。だから――お互いにお互いを好きでいられたらな、と思う。
自分のことなんてどれだけ気に入らなくたって構わない。だって私は彼が好き。そんなところも含めて全部好き。だからそれで良い。
――ああ、でも。
出来ることならば、やっぱり彼は魅力的だから、自分のことは大切にしてほしい。
視界の端に、真っ白な包帯が見えた。きっと痛かったのだと思う。私の想像するよりもっとずっと、痛かったのだろう。
……そんなふうに、しないでほしい。格好悪くても、ずる賢くても、私はやっぱり、貴方に生きて欲しいのだから。
勿論彼はそんなことを言っても今までのように生きてしまって、記憶を失っても本質は変わらなくて、どうしようもなく面倒事に巻き込まれてしまうのだろうけれど。
それでも願い続ける他ない。どうか――彼に幸せがあるように。
まあ、私のような悪い女に見つかってしまったことは、この出来事とは一切関係ないと思うけれど。
少しばかりの意地悪で、彼の口内に唾液を流し込んだ。一瞬びくりと驚いて、でもすぐに飲み込んでくれた。
脳味噌がぞくぞくしていて、今この瞬間、私と彼が一つになっているのだと思うと――幸福で頭が蕩けだしてしまいそうだった。脳髄は解れ、脳漿は染み出して、この空間を満たしてしまうのだ。
「ちゅ――――ん、ふ……ぅ」
くちゅくちゅ、と唾液が湿った音を立てる。すっかりお互いのモノが混ざってしまって、どこからどこまでが自分で、どこからどこまでが彼なのか、まるで見当もつかない。
境界線を越えて、すっかり二つが混じりあっている。一対の雄と雌が互いを求めあっている。だから、その二人が一つになってしまうのは、致し方ないことなのだろう。
「は――――ふ」
そこまでが私の限界だった。呼吸がもたない。私は悠久の口付けを諦め、ゆっくりと息を吸った。
しかし――許せない人。
「
「……鼻で呼吸するんだよ」
「……ばか」
急にむしゃくしゃして、意地悪な幸福感が溢れて、また私は無理矢理口を奪う。
すっかり同じになってしまった舌が混ざり合って、気持ち悪くて、気持ち良い。矛盾した感覚だけが頭の中で渦巻いて、混沌として、それでもとめどない快感だけが満たしている。
「ん――、ちゅ、んぅうっ!?」
不意を突かれて、今度は唾液を流し込まれた。
急に来たものだからどきりとして、私はどうしようか困ってしまう。
何が正しいのかわからない。でも、さっき彼はこれを飲み込んだのだから、私も――
――――ごくん。
喉を鳴らして、彼の唾液を飲み込んだ。
「――ぷ、は……ぁ」
頭がおかしくなっている。全身は柔らかい痺れを帯びて、今にも融解してしまいそう。このままどろどろと液体のように蕩けてしまって、きっと私はスライムみたいになってしまうのだ。
それは途方もないほどに幸せなことで、今自分が輪郭を保っていられることが信じられない。今すぐにでも組織が崩壊して消えてなくなってしまいそうなのに、私の体はまだ質量を伴い続けている。
ああ――ああ――――。
――私、この人と死にたいんだ。
「
「……何?」
「……まだ私、大人のキスってよくわかっていないので――全部取り戻して、このキスの意味がわかったら」
「……うん」
「また教えてください」
そう言うと、私は口元を拭った。首元に回していた腕を外すと、じっとり湿っていた。
彼から離れるにつれ、汗ばんだ部分から急速に冷えて来る。それは私の体が凝固していて、自分の輪郭を取り戻す工程に他ならなかった。
彼の温度は私にとって境界線を薄れさせる媚薬にも等しくて――でも、こうして離れたからこそ、彼がそこにいたという証明になる。
本当は少しだけ、ほんのちょっぴり寂しいけれど、それで構わなかった。
「……」
ばさり、とカーテンが揺れた。真っ黒な空は晴れていて、差し込む月明かりの半分だけが、私達を照らしていた。
いつの間にか夜になっていたんだな、とその時初めて気がついた。
「じゃ、私は行きますから……」
身なりを整えて、私は行く。
この人のためになりたい。逃げ場になりたい。なんだって捧げられる。彼にだったら、何を奪われたって構わない。
だから――なんでもしたいのだ。
それ以上の感情なんて、今の私にはなかった。
対策室へ向かおう。そこで、先生を助ける方法を考えるのだ。
彼のいない今だからこそ――私たちが、なんとかしなくてはならない。
病室の扉に手をかけて、私は外に出た。
「――――――――待て、待ってくれハナコ」
「――――っ」
「君を、一人にしたくない。俺も一緒に連れて行ってくれないか?」