浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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Ⅹ/枝分かれ(2)

 シャーレに入ると、中は静かさだけで出来ているみたいで――夜ということも相まってか、暗く沈んでいた。

 

「……何か、出そう……ですね……」

 

「セイちゃん、ちょっとそういうのやめてよ。マジで出たらどーすんの」

 

「大丈夫……!」

 

「何が大丈夫なの」

 

「砂糖なら、ある……から……!」

 

「塩じゃない? それ普通」

 

「一個じゃ、ないよ……!」

 

「何故何袋も……?」

 

「幽霊も多分、甘いの、好きだと思う……」

 

「懐柔か~」

 

 結構余裕そうな二人の会話で、少しだけ和んだ。

 

 緊張感がないところがこんな時に役立つとは。

 

「上へ登ろう、先生」

 

「エレベーターは危険かもしれませんね。もし登っている最中に切られてしまったら抵抗も出来ません」

 

「なら階段か。まあ、階段も多少は警戒されているかもしれないから――」

 

『――階段を登ることを推奨する、先生』

 

「……ナギ!?」

 

 気付かない間に、俺達の目の前に立体ビジョンが投影されていた。青白い光を帯びてはいるものの、それは政島イヴに酷似した――しかし、少しだけ異なる少女。

 

 多分、政島ナギなのだろう。

 

 イヴが駆け寄ってそれに触れようとして――しかし、透き通る。

 

「……っ、ナギ!? どうしてこんなことを!」

 

『……もう何もかも遅い。全部始まってしまったから』

 

「何も遅くなんてない! 私まだ――やらないといけないことがあるの! ナギに――」

 

『――姉さんは来ないで。先生、早く登ってきて。決着をつけよう。そこで、全部終わらせよう』

 

 まるで、この場にイヴなんていないかのように無視する。

 

 ……それが、かえって意識していますと言わんばかりなのは――ナギがまだ子どもだからか。

 

 それとも、イヴにその想いを伝える勇気がないから……なのか。

 

「……決着、ね。ナギ、君にも用があるから、そこで待ってて」

 

『……私に用? 私は先生に用なんてないし――いや、そもそも今の貴方を先生と呼ぶのは間違っている。今の貴方は先生ではないし、その過去も私が奪ってしまったのだから』

 

「いや、それでも私は君に用がある。先生だからとかじゃあない――これは、大人の責務だよ」

 

『……大人の――責務?』

 

「今から君を叱りに行く。イヴと――君の姉と一緒に。君が間違った判断をしてしまったことを、きちんと教えてあげる。だから、覚悟して待っててね」

 

『……』

 

「言っておくけれど、私の説教は長いよ? あんまり上手じゃないんだ」

 

『……ふん、貴方と二度と会わないことを望んでいます。彼女が言うから、私も付き合ってあげているだけです。私は――貴方のような大人が嫌いです』

 

 そして、通信が切れた。そこには何もなくて、初めから何も起こっていなかったかのような静謐だけが残っていた。

 

「……先生」

 

 ハナコがそっと、私に寄りそう。

 

「行こう。階段はこっちだっけ?」

 

 けれど、俺の顔は見せないままでいい。こんな表情を、ハナコは知らなくていい。

 

 流石にそろそろ暗闇にも慣れてきた。上階へ続く階段を探し、そこに向かう。

 

 イヴたちも無言のまま、付いてきてくれる。

 

 階段はロビーに比べて厭に静かで、足音が強く響く。ここをただ登るのが、それこそ嫌になってしまうくらいに。

 

「――先生、待って」

 

「ヒナ? どうかした?」

 

「ブービートラップの危険もある。ここからは、先生でない者が先頭を行くべきだと思う」

 

「……うん、ヒナがそう言うんだったら従う。じゃあ、ヒナに先頭を任せてもいい?」

 

「勿論。そのつもり」

 

 そう言うと、ヒナが先陣に立つ。本当は少女に先頭を任せるのは大人としてどうかと思うけれど――それが最も安全なのだから仕方ない。

 

 陣形を組み替えている最中、階段からかちりという音がした。何かが起動したみたいな音で、それを耳にした瞬間、柔らかい何かが俺の体に組み付いた。

 

   〇

 

「――げほっ、ごほっ! ……な、何が!?」

 

「爆発です! やっぱり仕掛けられていたみたいですね……!」

 

「その声は……ハナコか! 無事!?」

 

「はい、私は――げほっ!」

 

「明らかに無事じゃないな――」

 

 急いで体勢を立て直す。周囲は真っ暗で何一つ見えないが、ハナコを探さなくてはならない。

 

 声の方向に向かって踏み出す。瓦礫らしきものを踏んで、姿勢がぐにゃりと崩れた。

 

「うぉっ!」

 

 何とか足を組み替えて踏ん張る。もしここで倒れてしまったら、いらぬ怪我まで増えてしまいそうだ。

 

 ――分断が目的か。あるいは、用意周到に誘い込んで爆弾で全滅させるつもりだったか。

 

 いずれにせよ中途半端だ。爆発の威力が高ければ高いほど、上層にいる彼女たちが危険に晒される。それだけ、建物の一階は重要な部分なのだ。もしここが崩れてしまえば、ビルは全て倒壊してしまう。そうなれば、彼女たちもただでは済まない。

 

 だが、この爆発でほぼ確信出来た。彼女たちは、遠く離れた場所から通信してきたわけではない――この上の階から、通信をしていたのだ。

 

 納得と共に思考を停止させる。周囲にヒナや新聞部の子たちの声はなかった。俺とハナコだけが爆発に巻き込まれたか、あるいは崩落に巻き込まれたか。おそらく前者だろう、なんとなく天井の方からぱらぱらと音がしている。

 

「ハナコ? どこだ?」

 

「ごほっ……こ、こっちです!」

 

 声が反響してイマイチ位置が掴めない。土煙も舞っているのか、息を吸うと粉塵を肺に入れてしまいそうになる。浅い呼吸しか出来ない。

 

 こんな時、懐中電灯のようなモノでもあれば――。

 

「――いや、リンちゃんに貰ったタブレットがあるか……!」

 

 思い出し、懐からそれを取り出す。確か名前は――シッテムの箱。

 

 大仰そうな名前とは裏腹に、どこかで見たことのあるような、何の変哲もないタブレットを取り出した。これのライト機能を使えば、ハナコも簡単に見つけられるだろう。

 

 適当に触って、電源ボタンを探す。しかし、どれだけ触ってもどこにボタンがあるのか、まるでわからない。

 

 本当にタブレットなのか? これは。

 

 もしかして単なる鉄の板を渡してきた? いや、彼女ほど聡明そうな子が、そんな冗談じみたことをするはずがない。

 

 とにかくべたべたと触っていると、気付けば画面らしき部分が点いた。

 

「――パスワード入力!?」

 

 薄い明かりで、その板は何かを求めている。

 

 不味った。幾らこれを俺が使っていたとしても――流石に、パスワードまでは見当もつかない。

 

 何か……何かないか。ヒントとか、とにかくなんでもいい。

 

 ただ、俺はハナコを助けたいだけなのに。彼女を、助けなくてはならないだけなのに――!

 

「――――っ、――――ぁ」

 

 ――ざくり、と。脳が裂ける。

 

 ――ずくり、と。痛みが奔る。

 

 ――ぞくり、と。脈を打つ。

 

 ――――知っている。俺は。その言葉を。

 

「……我々は望む、七つの嘆きを」

 

 実感はない。けれど事実として、俺はその言葉を知っている。

 

 いや、違う。正確には異なる。俺は知っているのではない――覚えて(、、、)いるのだ。

 

 だからわかる。その言葉を続けることが出来る。

 

「……我々は覚えている。ジェリコの古則を」

 

 ぱち、とシッテムの箱は画面を顕わす。直後、部屋が急に明るくなった。これまで眠っていた機能が目覚めるみたいに――明かりが点灯していく。

 

「――先生! 随分と長いこと放置してくれましたね!?」

 

「推測。現在収集したデータによると、先生は相当大変な目にあっていたようですね」

 

「……えっと、君たちは?」

 

「……え、忘れちゃったんですか? 私たちのこと……」

 

「回答。先生は記憶を奪われた――ようですね」

 

「がぁん……」

 

 気づけば部屋はすっかり明るくなっていた。見れば、地下室のような場所。窓はなく、先ほど落下したという感覚は正しかったのだろう――天井には穴が空いて、周囲に瓦礫が散らばっている。

 

「――ハナコ!」

 

「うう……っ」

 

 明かりでようやく状況が掴めたのだろう。彼女は瓦礫を取っては投げ、なんとか抜け出すことに成功していた。

 

「怪我はない?」

 

「ちょっと擦りむいちゃったくらいです。大事には至っていません」

 

「でも、血が出てる」

 

 どこかに清潔そうな布はないか。軽く見回しても、どれも汚れているか千切れているかで使えそうにない。

 

 懐からハンカチを取り出す。それを、ハナコの患部に当てて止血する。

 

「……そんな、大袈裟な」

 

「うるさい、ばい菌が入ったらどうする」

 

「それを言うなら貴方だって……銃弾を素手で受けますか? 普通」

 

「う……、それについてはごめんだけど……」

 

「……」

 

「……」

 

「ふ、ふふっ」

 

 こんな時に言い争いを始めるだなんてばからしい。でも、何故かそれが俺に心地良くて――少しだけ、すっきりした。

 

 一息ついて、ようやくあたりを見渡す余裕が出来た。

 

 相変わらず、タブレットには二人の少女が映っている。青い少女と黒い少女。似ているようで、しかし異なる二つの存在。

 

「せんせ~! アロナのこと忘れちゃったんですか~!」

 

「な、泣かないで! ごめん……!」

 

「先輩。先生を困らせないでください」

 

「ぎゃあ!」

 

「……先生。こちらが本シッテムの箱のメインOS、A.R.O.N.Aです。いわば先生の秘書を務めていました。私はプラナ、秘書補佐です」

 

「……アロナとプラナ。よろしくね」

 

「三人目みたいで、あまり良い気持ちではありませんね」

 

「……プラナ?」

 

「いえ。ともかく、状況はこちらでも概ね確認済みです。先輩にも共有しておきます」

 

「先輩?」

 

「そこで泣いている彼女です」

 

「……」

 

 本当に秘書補佐なのか? こっちが本当の秘書だったりしない?

 

「ともかく……ヒナたちと合流しないと。今襲われたりでもしようモノなら、取り返しがつかないぞ」

 

「ですね。ところで、ここは……?」

 

 多分、地下室なのだろう。娯楽室も兼ねているのか、冷蔵庫やサウナチェアが置いてあるなど、プライベートな雰囲気がある。

 

 しかし、それらの中に――一際目立つ、大きな機械を見つけた。

 

「……これ、なんだろう?」

 

「――回答。それはクラフトチェンバーです、先生」

 

「クラフトチェンバー? 何かに機械なの?」

 

「そこでは様々なモノを精製することが出来ます。といっても、何を素材にすれば何が精製されるのか、まるで分かったモノではありませんが――」

 

 シャーレの地下にはこんなモノがあったのか。見るからに俺の体躯を越えるほどのサイズ、例えばここにおいてある家具だって作ることが出来るかもしれない。

 

「……」

 

「先生?」

 

 その時、閃き。

 

「――――これ、もしかしたら……アレも作れるの?」

 

   〇

 

「――先生!」

 

 がらがら、と瓦礫を吹き飛ばしながら、室内にヒナが入ってきた。それと同時に、ヒナを追いかけるように新聞部が辿り着く。

 

「ヒナ!」

 

「良かった……怪我はない?」

 

「うん。ハナコも動ける?」

 

「はい、もう大丈夫です」

 

 とんとん、と地面を蹴って見せる。ぎこちなくはあるが、歩行を妨げるほどの支障はなさそうだ。

 

「……相変わらず、先生はこういうのに巻き込まれすぎ」

 

「え、私って、前も崩落に巻き込まれたことあるの?」

 

「……撃たれたことだってある」

 

 言いにくそうに、ヒナは言う。

 

 それだけで……何故か、少しだけ察せてしまった。

 

「……でも、ヒナが助けてくれたんでしょ?」

 

「……っ」

 

 ぷい、と目を逸らされる。今のはハズレだったかもしれない。

 

「ともかく、通路は確保した。ここだとまだ崩壊に巻き込まれる危険性があるから、一旦上に登ろう」

 

   〇

 

「――リン行政官。ゲヘナではありませんが……市街地で地面が腐食しているようです。おそらく、ベアトリーチェ陣営の仕業かと」

 

「……腐食? それはどういうことですか?」

 

 画面に表示される。なんてことはない普通の公園の風景。だが、画面の端が――少しずつ、黒く染まっていっている。

 

 そしてその黒に触れた公園の遊具が、どろりと溶けた。

 

 まるで強烈な酸性の液体に触れたかのような反応。それが、地面に溶けだすようにして広がっていっているのだ。

 

「これは一体――!? 周囲には誰かいませんか?」

 

「少数、避難誘導中の生徒がいるにはいますが……今は人が溢れかえっているみたいで、誘導で手いっぱいです」

 

「あちゃ~……そりゃあマズイですね。こっちでもマコト先輩に言ってますが、もう残ってる人もいませんし。ノアさん、そこってここから何キロです?」

 

「ざっと60キロです」

 

「車出しても一時間。しかもこの侵食スピードは、放置したら数十分で誘導中の生徒たちに届きますね。トリニティはどうです?」

 

「正義実現委員会は既に鎮圧にあたっているからね。救護騎士団も同様――何も、こんな僻地で事件を起こさなくとも良いのに」

 

「……いえ、僻地で遠く離れた場所だから、でしょうね。私たちの戦力を分断させ、盾を薄く延ばさせるつもりでいると考えるのが道理でしょう」

 

 ナギサがそう言って、一瞬沈黙。

 

 その場にいた誰もが、何か策を考えていた。

 

 ワカモはどうだろうか。いや……フィフスとの戦闘は今もなお継続中。仮に倒したとしても、彼女の現在位置はほぼゲヘナの近く。それから向かったところで、今すぐ車を出すのとそう変わらない。

 

 正義実現委員会、救護騎士団はトリニティ内での戦闘や救護で手いっぱい。ミレニアムはそもそも頭数がないし、少数が手伝ってはくれているものの、ここで引っ張り出せるほど自由な部隊はない。

 

 アビドスも現在ヘリで向かってくれてはいるが、今すぐというわけにはいかない。

 

 ならば清澄アキラは――。

 

「……っ」

 

 いや、彼女はただでさえ現状生きているかさえわからない。

 

 ベアトリーチェ曰く――指折りに強烈で邪悪な『賊害』と戦ったという。もし生きているのであれば、すぐにでも返事が来るはずだ。しかし来ていないということは……彼女の生存は絶望的だろう。

 

 あれが、最も放置してはならない敵であることは全員承知している。おそらくあれは『人災』なのだ。能力についてまではわからないが、間違いなくベアトリーチェの傀儡。ならば倒さなくてはならない。彼女たちの目的がキヴォトスの破滅であるならば――一般市民だろうが、土地そのものだろうが、見境なく手を出してくるはずだ。

 

「……虎丸に乗り込んで、最速で――」

 

 イロハも考える。いや、考えている時間すら勿体ない。既に事は起こっているのだ。

 

「私が出ます。皆さん、後は任せ――――」

 

 

 ――――じじっ。

 

 

「……っ!?」

 

 どこかからか――無線の入りのような雑音。誰かが通信をしてきている。

 

 全員に緊張が奔る。こんな時に匿名回線からかけて来るような相手。少なくとも味方ではない。ならば――。

 

 

『――――こちらRABBIT1、目標と会敵』

 

 

「……SRT特殊学園――!?」

 

『聞こえていますか? 対策本部の方々。正式名称を知らないので恐縮ですが……これより『人災保有者』は『第七人災(Distorter Seventh)』、『汚染』との戦闘に移ります』

 

「……っ、現時点でこちらから支援出来ることはありません。申し訳ありませんが、なんとか時間を稼いで――」

 

『――ああ、いえ。支援しろと言う意味で通信したのではありません』

 

「だったら、どうして……?」

 

『彼女は私たちRABBIT小隊が討伐しますから、皆さんは他の場所に専念してください……という意味で、通信したのですが?』

 

   〇

 

「階段が長い!」

 

「先生……体力、なさすぎ……!」

 

「病み上がりでごめん~! 明らかに調子乗ってた!」

 

 一段登るごとに息が切れる。体力不足というのもあるかもしれないが、あれだけの怪我の後に思いっきり体を動かしているのだ。全身ガタが来て、ついてこなくなるのも当然だ。

 

 それでも、登り続けるしかない。

 

 ベアトリーチェさえ止めることが出来れば――キヴォトスを襲っている者たちも、行動を止める可能性がある。そうでなかったとしても、士気さえ落とすことが出来ればこっちのものだ。

 

 だからこそ、急いでここを登っていかなくてはならないのだが――。

 

 ――それにしたって、体が重い。

 

「……先生、私が抱えましょうか?」

 

「いや、大丈夫。まだ動ける」

 

「……」

 

「それに、私を抱えていたら、いざという時に動けないかもしれない。君たちのためにも、そうしない方が良い」

 

 今のは卑怯な言い方だったな、と思った。けれど、こうするしかない。

 

「……分かりました。オフィスまではあと少しです。頑張ってください」

 

「うん。気合入れていくよ」

 

 止まっている暇はない。ヒナも皆を一瞥すると、そのまま階段を登っていく。

 

 ただ、全員の足音だけが木霊している。階段は音が響くから、それと小さな息遣いだけがやけに脳味噌に響いて、苦しい。

 

 ――でも、俺は大人で、きっとみんなの先生なのだから。

 

 彼女を、叱ってあげなくてはならないのだ。

 

 誰だって道を誤ることはあるだろう。それは大人だってそうなのだ。歳を重ねれば失敗はしないようになるけれど、代わりに責任を背負わされて、取り返しのつかない失敗をすることだってある。

 

 ――だから、なのだ。

 

「……っ」

 

「――っ!」

 

 息を飲んだ瞬間、発砲音がした。

 

 たーん、と階下まで銃声が響いていく。それは、ヒナの銃から聞こえた音だった。

 

「……誰?」

 

「いきなり撃ってきてそれとは失礼な奴だね」

 

 階上の踊り場。そこに、少女が立っている。

 

 短く切りそろえられた茶髪。膝まではあろう白衣を身にまとった、飄々とした表情。

 

「名を聞くときはまず自分から――」

 

「――ゲヘナ学園風紀委員長、空崎ヒナ。貴方は敵?」

 

「そう。私は『第四天災(Distorter Fourth)』、『兵器』。つまり、貴方の敵だね」

 

「じゃあ良かった」

 

「良かったって? 敵が目の前に現れたのに?」

 

「――さっきの一発が、無駄じゃなくて」

 

 銃を構えて、また撃つ。当てるつもりはないのか、あくまでも行動制限のためにばらまいているような印象だ。

 

「先生、反対側の階段を使って上に行って」

 

「……っ、またこのパターン!?」

 

「でも――アイツはやばい。なんとなくわかる」

 

 確かに、言葉にはし難いが――俺でもわかる、底の見えない恐怖があった。

 

 何か隠し玉を持っている。それも、一つや二つではなく、大量に。

 

 彼女が『兵器』を冠す能力を持っているのならば――それは実に様々な、人類の悪意の塊だろう。人を害し、傷つけるための『人災』。さっき会った『鳴動』や『消費』なんかとはわけが違う。

 

 ヒナは確かに強い。しかし、ミカやワカモに比べるとワンランク落ちるだろう。幾らヒナが一騎当千の実力者であるとはいえ、彼女をここに置いていくわけには――。

 

「――え、えいっ!」

 

「うわぁっ!?」

 

 そんな俺の思惑を知ってか知らずか、セイが背中を強く押した。押し出されるように階段を出た。

 

「セイ!? ちょっと、何考えてるの!?」

 

「だ、大丈夫、です……! 一人だと心配、なら……わ、私も! います! から!」

 

「……っ」

 

 いつもと同じ、おどおどした態度で。しかし、その瞳には強い芯が一本、間違いなく入っている。

 

「――だったらセイちゃんを一人にはしておけないねぇ」

 

「マカ!? 君まで……!?」

 

 セイの背中を、マカが優しく撫でる。そんな二人に押されて、俺達は前に進むしかなくなる。

 

「いいんですよ、先生。格好つけさせてください」

 

「――――っ」

 

「先生、行って。三人ならやれる」

 

「……ぁあっ、わかったわかった! そういうことね! じゃあヒナ、セイ、マカ! ここは――――」

 

「――うん、ここは任せて」

 

「――任せて、くださいっ!」

 

「――ナギちゃんは任せましたよ、皆さん」

 

 三人に任せて、俺は駆け出す。イヴが何度も振り返って、でも前に進む。

 

 託された者の末路がこれだ。俺達はもう、進み続けるしかない。

 

「ヒナさんも、二人も……負けないでくださいね!」

 

 それだけ言うと、イヴはもう振り返らなかった。

 

 ……この先の階段を登れば、もうシャーレのオフィスだ。

 

 あれだけの生徒に助けられて、残ったのは俺とハナコとイヴだけ。

 

 ――なんてことはない。ベストメンバーだ。いわばロイヤルストレートフラッシュ――つまり、何も問題ない。

 

「――これが望みだったんでしょう? フォース」

 

「流石風紀委員長、賢いね。私の役目はここで戦力を削ること――問題なく、役目は全う出来たってワケ」

 

「でも、それはどうでしょうかね?」

 

「……何が言いたいのかね?」

 

「わたっ……わ、私たちが……一瞬で貴方を蹴散らせば……すぐに、合流、ですっ!」

 

「――――くふっ、ふふふっ……面白いねぇ。いいよ、やろう。私の『人災』は『兵器』。人類の災厄、ありとあらゆる悪意を内包したチカラ。数千年に渡る邪悪を受けきれるかね?」

 

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