どん、と周囲が燃えた。溢れんばかりの熱量で、思わずヒナは距離を取ることを選んだ。
これをまともに受ければ立ってはいられないかもしれない。止めようと思って止められるモノでもない。それに――抱えている二人がいる。彼女たちにいらぬ怪我をさせないためにも、まずは自分の安全を確保しなくてはならない
「逃げてばかりじゃ勝負にならないよ。それとも、真面目に戦う気はないのかな?」
後方からの支援射撃。しかし、それらは全て彼女――フォースの手元で溶けてしまう。
熱をも溶かすほどの劫炎。それが彼女の『人災』――『兵器』。
人類の進化は火と共にあった。そしてその裏には、必ず闘争が隠れている。
戦時中は人類の進歩が著しい期間でもある。一見すればヒトゴロシの道具にしか見えなくとも、意外なところで現代の発展に役立っているモノは少なくない。
飛行機然り、通信機器然り。そして『兵器』を冠するチカラを持つのならば――炎を自在に操れるのも、やはり道理であった。
(――面倒臭い)
(狐坂ワカモがいれば、アッサリ終わったのかな……)
(まあ、でも……いない人を考えても仕方ないか)
フォースから距離を取り、射程範囲を抜ける。既に戦闘は廊下から、長い廊下に移っていた。
真っすぐで枝分かれした廊下。扉が幾つかあるが、そのどれもが今は閉ざされている。真っすぐ進めばもう一つの階段があって、上階へ行ける。これが、ヒナたちの守らなくてはならない道だ。万が一にでも突破されてしまえば、先生に追いつかれてしまう。
――まあ、果たして彼女に先生を追いかけるつもりがあるかは定かではないが。
(――それよりも、あの炎)
彼女の炎は確かに強力だが――どうやらそれを操れる範囲は精々半径5メートル程度のようだ。
自然と戦闘は膠着していた。三人が一斉射撃を行っても、フォースの炎でシャットアウトされてしまう。じりじりと後退することしか出来ないまま、彼女はゆっくりと近づいてくる。
「どーするんです、風紀委員長。このままじゃ壁際まで行ってバーベキューですよ」
「今考えてる」
「……わ、私たち、美味しくありませんよっ!?」
「それはこんがり焼いてみないと分からないねぇ」
「あっ、あの人、焼く気だ……!」
「しかもこんがりだって。レアとかお好きでない?」
「……」
緊張感のないやつら。まあ、会った時からこうだったか。
呆れながらも、考えることは止めない。考え続けなくては――彼女には勝てない。
ひとまず引き金を引きながら、ヒナは口を開く。
「――二人とも」
「何です?」
「彼女の懐に突っ込む。何とか隙を作ってほしい」
「えっ……正気ですか……!?」
「声が大きい。聞かれないようにして」
「ご、ごめんなさい……」
「それ正気ですか? 何故です?」
横でフォースに向かって射撃を続けながら、マカが尋ねる。
「確かに彼女の炎は強力。これだけ撃ってもまともに一発も当たってない」
「だからってインファイトですか。骨まで焦がされますよ?」
「――いや、それはどうだろう。彼女は至近距離でも、あの炎を使えると思う?」
「……」
ヒナの言葉に、マカが口を閉ざした。
あれだけの熱となれば、計り知れない温度になるだろう。むしろ、この廊下に引火していない方がおかしいくらいの熱量だ。
だが――もし彼女の懐に飛び込むことさえ出来れば。彼女は自分の超至近距離で、あの炎を発することが出来るのだろうか。
アイデアは良いと思った。あえて課題を挙げるとすれば、どうやって隙を作るか――という点である。
炎を操ることで、多少なりとも消耗はしているはずだ。だが、時折赤の中から見え隠れする表情を察するに――そこまで疲弊はしていないみたいだ。数十分使い続けたとしても、精々ちょっと疲れる程度だろう。
つまり、このまま撃ち続ける消極的な策は意味がなさそうだ。ならば、意図的に彼女に炎を使わせなくする策があれば良いのだが――。
「――セイちゃん。アレ持ってたよね」
「……え? アレ……?」
「風紀委員長。行けそうです」
「うん。タイミングはそっちに任せる」
言葉と同時に、マカはセイを掴んで適当なドアを蹴破った。すぐに視界から消える。
一瞬、安堵。正直、あの二人を抱えながら戦うのは難しかったのだ。もしフォースが何らかの攻撃手段を用いた時、自衛出来るかどうか怪しい。例え刹那であろうとも、一度の逡巡が死を招きかねない。
だから自分にフォースの意識を集中させ、二人には別行動を取ってもらう方がずっと楽だ。
「――おや、二人がいないね。見捨てられたのかい?」
「……」
「答えてくれよ。折角の問答だ、良い回答を期待しているよ」
ヒナは無言で銃を撃ち続ける。炎が常に弾を溶かし続けて、まるで意味があるようには思えない。
それでも、彼女たちの策が成功すると信じて――攻撃を続ける。
「君、ゲヘナでも結構有名なんだろう? 鬼の風紀委員長とかってさ。まさかこんなに小さいとは思ってなかったけれど」
「身長のことは関係ないでしょ」
「――お、反応したね。コンプレックスだったりする?」
「うるさい――!」
一秒以上引き金を引き続けてはならないという電動のこぎり――MG42。それを何のためらいもなく、思いっきり撃った。
「――あはは。君にも言われなくない言葉の一つや二つ、往々にしてあるということだね」
「貴方こそ。えっと……」
何か適当な悪口を言おうとして、言葉に詰まった。よく考えたら、相手のことを何も知らない。
それでも言われたままなのは気に食わないので、なんとかして言葉を絞り出す。
「……変な髪型」
「……」
言ってから思ったが、別に変な髪型というわけではない。普通の、なんということはない、ただの短髪。敵ながら似合っているとさえ思う。
「――私が」
しかし――ヒナの言葉を受け、彼女は文字通り、怒りに髪を震わせる。
「私がどれほどの思いで、断髪したか……!」
「……」
どうやら地雷を踏んでしまったらしかった。
「毎朝のセットを短縮することと天秤にかけ……断腸の思いでこうしたのに、君というやつは……!」
めらめらと燃え上がる闘志に火がついたみたいだった。
「全く話の分からんやつだね!」
ごう、と周囲を纏う熱が増える。それが、そのままヒナの元に迫ってくる。
(――離れるほどに威力が減衰してる?)
弾丸を溶かすほどの熱はない。それでも、正面から浴びればどうなるかは想像もできない。
かといって狭い通路廊下――躱せるほどの空間はない。
一歩引いて、炎の直撃まで時間を稼ぐ。その間に、上着を脱いでそれで体を覆った。
その瞬間、炎が体中を纏う。まるで焚火の中に入り込んだかのような熱量。すぐに汗が全身から湧き出て来る。
――だが、その身を燃やし尽くすほどのモノではない。
「――判断力が高い。流石だね風紀委員長」
「……髪が燃えた。許せない」
「ハ、委員長でもお洒落には気を遣っているのか。意外だね」
軽い舌戦。しかし、あくまでも時間稼ぎに過ぎない。彼女たちが準備を終えるまでの。
勿論フォースも気付いているだろう。だが、あえてかはわからないが――待ってくれている。
たまにいる、戦闘そのものを楽しむ性格か。相手の全力を確認したがる傾向。ならば御しやすい。
戦闘の基本はどれだけ相手の嫌がることを続けられるか、である。そういう意味ではヒナは特に嫌がらせが上手で――出会った瞬間に機関銃をぶっ放して終わらせる。チェスで例えるなら、1ターン目にキングを仕留めに行くのだ。ゲームとしては破綻していたとしても、それが最も正しい戦術であることに間違いはない。
こちらの手が見たいならば是非見せつけてやるとも。ヒナがそう考えた瞬間、フォースの後方の扉が開いた。
「――後ろ!?」
壁を破壊して、廊下を跨がずとも進めるようにしたのだろう。フォースを手前に引き寄せていたから、その分彼女は詰めてきていた。やはり、射程の短さは弱点のようだ。
扉から二人と――扇風機が顔を出した。
「――――!?」
事態を飲み込めないのはヒナも同様。しかし、なんとなく理解した。
そう言えば言っていたか――持ってきていた、
既に首を回している扇風機。風に乗せて、粉砂糖が――粉塵が宙に散布される。
「――ハ、何を考えたか粉塵爆発か。そんなモノはフィクションの中だけの産物だよ!」
空間を満たす可燃物は、一定の条件を整えないと爆発しない。それが空間を満たすまで、時間を稼がなければならない。
ヒナは再び引き金に指をかける。なんとしても、彼女の注意を引き続けなければならない。
「――いいかい。爆薬という兵器は人類史における偉大なる発明だ。アルフレッド・ノーベルが開発した、最大の発明こそがダイナマイト! それに比べれば粉塵爆発など大したことはない!
ダイナマイトの語源はギリシャ語の『チカラ』を意味する言葉だ。ちなみにダイナマイトは危ないイメージがあるかもしれないが、そのイメージを払拭するために「ノーベルの安全爆弾」という名前を付けたこともあったらしい。余談を付け加えると、あまりにも売れなかったから人名みたいな名前を付けたら売れた銃がある。皆大好きトンプソン・サブマシンガン――通称トミーガンである。
弾丸を撃ち続けながら――気付いたことがある。どうやら、あの『人災』は相当集中力を必要とするらしい。MG42で正面から撃たれれば、炎を前面に集中させ続けなければ弾丸を溶かせないらしい。
一度に操れる量に上限があるのだろう。だから射程も短いし、威力と連射性に優れた銃を前にすれば炎を集中させるしかない。
――とはいえ、前後から挟むというのは危険だ。ただでさえヒナの銃弾は威力が高い。同士討ちになってしまう危険性もある。せめて、戦闘箇所が狭い廊下でさえなければ良かったのだが――。
――その時、どん! と炸裂音がした。思わずヒナも一瞬手を止めてしまう。どこか、この階で何かが爆発したのだろう。
急いで周囲を見渡す。見れば、廊下中に粉末が散布されている。
「――爆発で粉塵を蔓延させる、か。こだわるねぇ、それじゃ二度手間だ。その爆弾で直接私を狙った方が良かったんじゃないかな――――!」
フォースがそう言って、しかしヒナは心の底で否定する。
そんなことはない。何故ならば、あくまでもこちらの目的は彼女の炎を無力化すること。爆薬を投げたところで、相殺される可能性があるのだ。ならば確実に、相手が炎を使えないような状態にしなくてはならない。
そして今は――その絶好のチャンスだ。
視界が悪い。空間は粉塵で満たされ、フォースは炎を止めた。如何に粉塵爆発の条件が厳しいとはいえ――一度整ってさえしまえば、彼女だって炎を使うことは出来ない。
銃を捨て、体重を軽くする。そして、大きく一歩踏み込んだ。
「――いいよ、かかってきな」
「……っ!?」
だから、ヒナを受け入れるように両手を広げたフォースを見て、一瞬驚いた。
しかしもう止まれない。既に拳は握りこんだ。このまま振るうしかない。
元より人を殴り慣れているわけではない。しかしヒナに込められた『神秘』は常人より遥かに上を行く。ならば、彼女を殴り飛ばせない道理はない。
思いっきり拳を振るう。ごん、と鈍い音。間違いなくフォースの頬骨を捉えた。ぐわりと首の骨が揺れる感覚。
(やったか――?)
そう思うのも束の間――ヒナはそれを捉えてしまった。
にやりと笑う――フォースの顔を。
「――あと五秒」
「――――っ」
「五秒あれば条件は整っただろうに。だがまだ整っていない。つまり、粉塵爆発は起こらない」
不味い。そう思った時にはもう遅かった。
「そしてようやく入ってきてくれたね――私の致命圏に……!」
瞬間、ヒナの体を炎が纏った。
「――っ、――――!」
弾丸さえ溶かすほどに強力な炎熱、それがヒナを襲う。瞬く間に髪が焦げ、衣服は燃え、肉の焼ける音がする。じゅうじゅうと、焼き肉屋で聞くような心地の良い音。しかし、それが自分の体からしているとは――一切思いたくなどないだろう。
「……ああ良い匂いだ」
声も出せない。周囲の酸素が燃焼しているから息を吸えないのだ。
人間の細胞はタンパク質で出来ている。そしてタンパク質は熱に弱く――一度凝固すると中々元には戻せない。スクランブルエッグを生卵に戻すことがどれだけの工程を経るか――すなわち。
ヒナは全身を炎に焼かれ、ほぼ再起不能だ。
「私の『人災』は少々使い勝手が悪くてね。至近距離でないと中々ダメージが通らないのだよ。だから是非とも入ってきてほしかったのだが……ああ、これが『飛んで火にいる夏の虫』か!」
「――ぁ、……っ!」
なんとか息を吸う。全身の感覚がない。皮下脂肪が零れた血液に触れ、ぱちぱちと爆ぜている。肺までは焼かれていなかったらしい、あくまでも損傷部位は表面のみ。
まぶたを閉じていたのも正しかった。瞳も焼かれていない。しっかりと目を開けて――周囲を確認する。
まだ立っている。拳も握れる。筋繊維や神経までもを焦がされたわけではない。燃焼時間もそう長くはなかった。それだけ使い勝手の悪い能力。ならば――。
「――かっ、は……!」
肺が驚いている。空気が膨張したことによる圧力もあったのだろう。水月――鳩尾、人体の急所に衝撃があり、酸素を全て吐き出してしまった。
上手く呼吸が出来ない。頭が酸欠で苦しい。頭痛もする。血がほとんど流れていないのはせめてもの拾い物。
すぐ――動かなくては!
「……っ」
よろけるように、崩れるように、ヒナは一歩後ろに下がった。それでもなんとか動けただけ。体が軋むような違和感があって、上手く動いてくれない。
脳味噌が危険信号を出している。これ以上は危険だと。これ以上の戦闘行為はイノチに関わると。脳裏に見えるのは赤いアラーム。怯えるように、膝が笑っている。
「――致命圏から出たか。聡いね。だが……まだやる気があるというのは、どうも非効率だ。君はもう寝ているべきだよ、空崎ヒナ」
全身の皮膚がぴりぴりと痺れて痙攣している。真っ黒に焦げてしまって、衣服が剥がれるように落下した。
ゲヘナの制服が厚くて助かった。先ほどコートを脱いだのは失策だったが――それでも、着服部の火傷は幾らかマシだ。
「もう戦うのはやめておきたまえ。確かに君は強い。あのパンチだって相当なモノだった。受け続ければ倒れるだろうし、どうやら君は徒手格闘も行けるクチのようだ。だが、その徒手格闘は私に『人災』がある以上通用しない」
彼女の言うことは全く持って正しい。これまでに幾つもの修羅場を潜り抜けてきたヒナだが――流石に分が悪い。もしヒナではなくワカモやミカであれば――それこそ、『天災』のチカラを以てして彼女を御すことが出来たかもしれない。
……しかし、ヒナには何もない。ただ持っている『神秘』と、たまたま得た能力だけで戦わなくてはならない。
加えて籠城戦に近い形態だったのも厳しかった。ただでさえヒナは広域戦向き――局所で一対一をすることに向いていない。状況が、場面が、相手が、ヒナに不利を押し付けていた。
「――――で、も……」
辛うじて肺にあった酸素を絞り出して、言葉を紡ぐ。
「……わ、たし、は……
それだけが、ヒナの中に残された闘志だった。だってそれ以上は必要ないのだ。先生に任せてと言って、任せられた。それよりも強い理由などない。ここで立ち続けることに、それ以上なんて必要ない。
「――ハ、肝心なところで精神論か。呆れるね。
「……ぁ、は――っ、は――――」
少しだけ、息が出来るようになってきた。ヒナの肺活量は尋常ではない。一息でいっぱいに酸素を吸い、全身に満たす。
酸素は人間のエネルギーだ。だから、大きく強く、呼吸する。
「息を整えるとは。マジでやる気かい? 銃のところまで下がるか? 待っててやろうかい、君が準備を整えるまで。ま、仮にそうしたとしても――君は私の『兵器』には敵わないだろうがね」
「……か」
「……うん? なんだって? 声が小さくて聞こえないよ! 蟲の羽音みたいだ!」
「――――バカね」
「……あん? もう一度言ってみたまえ」
「貴方……結構、バカなのね」
「……」
「
「……」
「つまり貴方は、
瞬間、周囲の熱が――これまでにないほどに上がった。本気を出しさえすれば熱量など自由自在。感情でコントロールできるのが『人災』か。
「ぶっ殺す」
「……」
「完膚なきまでに殺してやる。手加減ももういらないよなァ――流石にヒトゴロシの犯罪者ってのは嫌だったが……もう関係ないし、死体ごと燃やしてやればお前が誰かもわからないからねェ――」
「――――ほら」
ヒナが肩を竦めて、フォースに言う。指を立てて――体はもう動かせるようになってきた――彼女を指す。
いや、フォースはそれが分かった。彼女の指した指は、自分に向けられてなどいない。自分を通り越して――その先、すなわち後方へ。
「……こういう簡単な挑発にすぐ乗っちゃうから、貴方はおバカなの」
「――じゅ、準備完了っ! です……!」
「けほっ、こほっ……つか煙いっすね、風紀委員長」
「も、もう……五秒どころか、一分くらいは……経ってる、よね?」
「風紀委員長、思いっきり空気吸ってくださいね!」
後方で仕事を終えた二人が、構えていた。気づけば廊下は粉塵で満たされている。これなら、条件もバッチリだ。
「……粉塵爆発!? まだ拘ってるのか、バカな奴ら――!」
一瞬焦って、しかし冷静になる。自分には『人災』がある。仮にこの廊下を密閉した粉塵爆発が起こったとしても――その被害はかなり減衰できるはず。何なら、自分へのダメージよりも一切抵抗できないヒナへの衝撃の方が大きいはず。
拘ったな、バカめ。フォースは思う。先ほどから言っている通り、これが空間を対象とする粉塵爆発でさえなければ――それこそ本当に、普通の爆薬であったなら。それならば、まだヒナは助かったかもしれない。
しかしこのまま爆発させれば――すぐにでもヒナは再起不能になるだろう。ただでさえ手負いの虎、ヒナさえいなければあの二人だってすぐに殺してやる。
自分のことをバカにした雑魚を――決して許さない。
「――かかってきなよ愚民ども! 今すぐその唯一の希望を起爆させてみろよ!」
「では、遠慮、なく……っ!」
セイが銃を構えて、発砲。
トリガーを引いた瞬間、撃鉄の爆ぜる熱で着火。瞬間、廊下中が爆発で包まれる。
「……っ」
「……」
「……」
「……」
一瞬、沈黙。音こそ大きかったものの、ほぼ体に加わる衝撃はなかった。僅かに全身に熱が走って――しかし目を閉じて口を閉じて、構えたまま。
――フォースはゆっくり目を開く。
「――――ハ、ハ」
「……」
「ハハハハハッ! バカな奴らが! そもそもここは大した体積がないんだよ! 粉末の密度も足りてねぇ! それじゃあ火力も圧力も出るはずがねぇ! ヒナを守るために抑えたのかもしれねぇが、それじゃあ何の意味もねぇ!」
そもそも手持ちの粉砂糖で部屋を満たすだなんて難しすぎるのだ。相当な量が必要となるだろうし、幾ら携帯していたとしても散布に時間がかかる。たかが数分で満たせる程度ならば今度は圧力が足りない。
「先にヒナを始末してから――次はそのバカどもを血祭りに……――っ、!?」
言いながら、違和感に気付く。
目の前のヒナの瞳が――じろりと、鋭く見開かれていることに。
コイツ、何か企んでいる。いや、企んでいた。そして、それが成功したかのような――全てをかけるような目だ。
――ナメやがって。私をバカにしたな。そういうふざけた輩は全員嬲り殺しにすると決めている。これからの人生で、私に逆らう者がいなくなるように。
ほぼノータイムで、フォースは手を振るう。そのまま極炎がヒナに襲い掛かる。
「……」
「――――っ!?」
――いや、違った。襲い掛からなかった。炎が出なかった。
「――それ、燃やしてる、ん、ですよね……?」
「――!?」
「空気を燃やしてるから熱が出てる……でも、もう――」
「――私たちが燃やしちゃったんで。そこ、無いんですよ。もう、酸素」
言われて気付いた。息が苦しい。呼吸はしているはずなのに。
「……さっきの粉塵爆発はこのために――!?」
爆発と呼んでいるが――しかし、粉塵爆発のメカニズムは燃焼の方が近い。空気中を一定の密度で満たしている粉末に、一瞬で炎が伝播する。その際に産まれた熱で圧力が発生し、その場を吹き飛ばす。これが粉塵爆発の仕組みだ。
そしてこれによって起こる災害は、単純な衝撃のみに留まらない。燃焼とは酸素を消費することを言うのだ。真空状態で火が起こらないように――この場にある酸素を全て酸化させてしまえば――フォースの『人災』は使えない。
初めから彼女たちの作戦は、フォースの『人災』を封じること。セイの考案で、マカが行動に移した。そして二人の成功を信じ、あえて火の中に飛び込んだヒナたち三人の掴んだ、疑いようのない成功!
「こっ、この――――馬鹿雑魚どもがァ!」
つい叫んでしまう。それすらもミス。酸素を吐き出してしまえば、この場で新しく酸素を吸うことは出来ない。
無論それはヒナも同様である。しかし、彼女はマカに言われた通りに――爆発が起きる寸前で大きく息を吸っていた。肺の中は新鮮な息で満たされている。とはいえ、先ほどの火傷もあったから万全の状態ではない。このままならば、約一分後にヒナは酸欠で倒れるだろう。
しかし――。
「――――問題ない、一分で終わらせる」
「わたっ、私たちもいます、から……!」
「30秒で! 終わらせますよ――ヒナ委員長!」
――空崎ヒナ、酸欠で気絶まで残り38秒。
――湯谷セイ、酸欠で気絶まで残り1分56秒。
――土屋マカ、酸欠で気絶まで残り2分18秒。
対し――フォース、酸欠で気絶まで残り40秒。
加えて――三人の一斉攻撃による気絶まで、残り20秒!