浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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ⅩⅢ/『Aoharu』

 

 体が重い……それでも前へ。

 

 心が苦しい……それでも前へ。

 

 彼女を叱るため……それでも、前へ。

 

 俺は進み続ける。進み続けなければならない。これまで多くの生徒に助けられて、見送られて、任されてきたのだから。

 

 それが俺の責任であり、責務であり、役割なのだろう。

 

 だから――。

 

「――――随分と」

 

「……っ」

 

「早かったね、先生」

 

 ――俺たちは、再び、政島ナギと対峙した。

 

「ナギ! どうしてこんなことをしたの!」

 

 隣のイヴが叫ぶ。一番彼女と対話したかったのは、俺よりも彼女の方だろう。

 

 いつにも増して大きな声。それだけ貯めていたことがあるのだ。

 

 ――でも、それも当然。俺はイヴじゃないから――彼女の心中など、察することは出来ても、理解することなんて出来ない。

 

「……うるさい。姉さんは来ないでって言ったでしょ」

 

「来るよ! だってお姉ちゃんなんだから!」

 

「……ホント、ムカつく。姉面ばっかりしてさ……」

 

「ナギ……?」

 

「私のことだって忘れてた癖に。本当は生きてたのに、途中で探すのなんて諦めて、死んだことにした癖に」

 

「……っ」

 

「姉さんに興味なんてないよ。私は――終わらせるためにここにいるの。先生、早くやろう。二人をどれだけ使えるかはわからないけど、先生なら多分上手くやれる。良い勝負になると思うよ」

 

 そう言って、ナギは自然と目を逸らした。そして俺の目に合わせて、言う。

 

 ――しかし分かる。分かってしまう。彼女の真意が、そうではないことに。

 

 やっぱり……ナギはそういう子だ。

 

「ナギ」

 

「何。まだぐだぐだと話を続けるつもり? 今時受けないよ、そんなの」

 

「――私は、君を叱りに来た」

 

「……」

 

「でも、殴りに来たわけでなければ、怒りに来たわけでもない。ただ、君を正すために、ここに来たんだ」

 

「――へぇ、どうやって正すの? 既にキヴォトスでの被害は甚大。この罪はどう償わせるおつもりで?」

 

「償って償えない罪なんて、ないよ」

 

「……っ、減らず口を……! いつもそうやってキレイゴトを言って! かどわかして! 甘い言葉で人を騙して!」

 

「――でも、大人が綺麗な世界を見せなくって、誰が子どもに見せてあげられるんだよ」

 

「……っ」

 

「確かに現実はそう甘くないよ。厳しいことも多い。取り返しのつかないこともある。でも、それは多分……そんな世界が間違ってるからだ」

 

 社会を作るのは人間で、そのほとんどは大人が占めている。ならば社会を作っているのは大人だから……もし、子どもたちが苦しくて、生きにくくて、窮屈に感じてしまうのなら、それは世界が間違っているのだ。そんな世界を作ってしまった、大人が間違っているのだ。

 

 だから俺は夢を語る。大人が夢を語らなければ、子どもは夢も見れない。

 

 俺が先生として、子どもに綺麗な世界を見せるのは、きっと大人としての責務なのだ。

 

「分かったような口を聞くね、先生。貴方は私のことなんか、まるで何一つ知らない癖に――!」

 

「そりゃあそうだろう。他人のことなんか分からないよ」

 

「……っ、ほら、見なさい。適当なことを言って、子どもを化かす。それがいつもの大人のやり口でしょう!」

 

「――分かってもらうつもりもないのに、分かってもらおうだなんて……人間はそこまで賢いイキモノじゃないからね」

 

「――」

 

「人間さ、どれだけ相手に伝えようと頑張っても、本当に伝わる気持ちはほんのちょっぴりしかないんだ。だから――何も伝えるつもりがないのに伝わってないことを棚に上げるのは、全く無意味なことだよ」

 

 意図して、少しだけ強い言葉を使った。

 

 ……勿論、その意味は、言葉通りだ。

 

 人間は色んなものを通してコミュニケーションをはかれる動物だ。中でも言語は、とりわけ強いチカラを持っている。だからこそ、上手く使わないといけない。なのに、そもそも伝える意志を放棄していては、伝わるはずがないのだ。

 

 それは俺も、イヴも、ナギも……ハナコもそうだった。

 

 それでも、きっと、伝えようとしなくてはならないのだろう。

 

「言いたいことがあるんなら口に出せ。分かってほしいんなら唇が擦り切れても叫べ。そこからだろう、分かってもらえないことを嘆くのは」

 

「……っ、うるさい、うるさいよ、先生! 私は、大人が嫌い!」

 

「――そう、そう言うの。もっと聞かせてくれよ、君の本音を」

 

 少々煽りすぎたか――がちゃり、と銃を構えた。その銃口は、間違いなく俺に向けられている。

 

 しかし、すぐにイヴが前に出た。俺を庇うように、両手を広げて、武器など持っていないのだと示す。

 

「……それだけの大口を叩いておきながら! 結局は子どもに、後ろ盾に守ってもらわないといけない癖に!」

 

「――違う! それだけじゃない! ナギ、聞いて!」

 

「……っ」

 

 一瞬怯んで、しかしナギはそれでも銃を降ろさない。

 

「……ごめん、なさい!!!」

 

 そして、イヴは強く頭を下げた。地面にぶつかってしまうんじゃないかと思うほど、思いっきり。

 

「……ね、姉さん……!?」

 

 咄嗟に驚く。それは予想していなかったのだろう。

 

 ――大方、怒られるとでも思っていたか。だが、それが思い込みなのだ。

 

 自分の意志が相手に伝わっていると思い込んでしまう、間違えなのだ。

 

「先生が言ってるのは、正しいんだよ。ナギだって、分かってるんでしょ……?」

 

「……何を、分かったような――」

 

「――だって、私が一番、分かるから」

 

 息を飲む。ナギは、イヴを見ていることしか出来ない。

 

「……ナギに伝えたつもりになってた。ナギは分かってくれてると思ってた。でも、言わないってことは、伝わってないってことなんだよ。本当に簡単なことだったのに……でも、出来てなかった。だから私は、謝りに来たの。ナギにどうしても、伝えなかったから」

 

「……っ」

 

「ごめんなさい。それと……ありがとう、も」

 

 頭をあげて、彼女は言う。

 

 本心を。伝えたつもりになっていた言葉たちを。

 

「いつも取材を手伝ってくれてありがとうも、記事を書くの手伝ってくれてありがとうも……ダメな姉でごめんねも、頑張ったねって褒めるの忘れててごめんねも、全部……いや、もっと、いっぱいあるの……」

 

「……」

 

「……だから、これで終わりとか言うの、止めてよ。ナギが生きてて、私は死ぬほど嬉しかったの。大切な妹なんだもん、家族なんだもん、当たり前なんだもん……! 泣いちゃうのもしょうがないじゃん! だから……やり直そうよ。終わってないんだから……これから続けられるんだから。私たちの――」

 

「っ――――」

 

「――――青春(、、)は……!」

 

 両手いっぱいの感情を、ナギは受け取る。これだけ真正面から渡されてしまえば、受け取るしかない。

 

 ――それが、政島イヴの、政島ナギに対する思いだ。

 

 結局は簡単な話だった。姉妹二人が、お互いに言葉足らずで起こってしまった小さな軋轢。それが大きく広がって、こんな事態になってしまったのだ。

 

 気づけば、ナギの銃口は下がっていた。だらんと腕は伸びて、頬に雫が貯まっていた。

 

「……でも、出来るわけないの。そんな夢みたいな、奇跡みたいなこと」

 

「どうして?」

 

「だって私、いっぱい酷いことした。先生の記憶だって奪っちゃった。キヴォトスにだって被害を出してる。私が生きてる以上、これからもずっと被害は出続ける」

 

 彼女は慟哭めいて……自らの罪を告げる。それは懺悔のようで、彼女の後悔の塊のようで――つまるところ、これが政島ナギの本音。

 

「――私さ、姉さん……先生に、殺してほしかったんだよ?」

 

「――――、嘘」

 

「嘘じゃない、本当。だって私が死ねば、先生の記憶は戻るかもしれないし、全部止まるかもしれない。それに……姉さんだって、私のことを忘れないでくれるかもしれない――」

 

「――忘れたことなんて無かったよ! ずっと考えてた!」

 

「……うん、今は分かってるよ。でも、私にこの『天災』が――『忘却』がある以上、私は私だから……」

 

「そんな……死ぬ以外ないわけない。何かあるはずだよ!」

 

 ――一度『反転』した者は、簡単には戻らない。いつか、そんな言葉を聞いたことがある気がした。

 

 それが『忘却』に結びついているのならば、きっとナギは死ぬその瞬間まで、『反転』したままなのだろう。

 

 実際、ナギの言っていることは事実なのだろうと思う。気に食わないけれど、筋は通っている。

 

 だって綺麗な筋書きだ。俺がナギを殺せば、事件も終わるだろうし、これ以上被害が出ることもないだろうし、キヴォトスを救ったとして地位も回復出来る。もしかすると、記憶だって取り戻せるかもしれない。

 

「――でも」

 

「……先生?」

 

 俺は懐に手を入れて――、

 

「――気に食わないな」

 

 

 ――銃を取り出した。

 

 

「先生!? どうして銃を――」

 

「――この弾丸、知ってる? ナギ」

 

 もう片方の手に、真っ赤な弾丸を取り出した。

 

 見る者の目を吸い込んでしまうかのように――おどろおどろしい色をした弾丸。

 

「……何? それは……」

 

「――『天災破壊弾』」

 

「……っ!?」

 

「色んなことがあったけど、やっぱり全部に関わってるのは『天災』だ。だから、その根源をどうにか出来たらって思って……どうにか出来る方法を探してみた」

 

 先ほどナギも言っていた通りだ。もし彼女の『反転』が『忘却』に結びついているのならば――その『忘却』さえ無くしてしまえば、それで一件落着だ。

 

「いつ、そんなモノを……!?」

 

「さっき地下で。クラフトチェンバーって知ってるかい?」

 

「――連邦生徒会長の遺産……!?」

 

 流石は元新聞部。詳しい。

 

「で、でも……そんな夢みたいな、奇跡みたいなことがあるわけ――」

 

「――あっていいんだよ」

 

「……っ」

 

「だってここはキヴォトスだ。あまねく奇跡が起こるうる場所(、、、、、、、、、、、、、、)なんだよ」

 

「ど……どうして、そこまで……? 貴方は今、先生じゃないのに……大人の責務ってやつですか? それだけで、そこまで……」

 

「いや、違うよ」

 

「だったらどうして!?」

 

「気に食わないんだ」

 

「……何がですか?」

 

「わからない。でも、気に食わないから気に食わないんだよ。誰かを犠牲に助かる世界だなんて――これっぽっちも気に食わない。例え神が許そうと、()が許してやらない。俺はね、なんだかんだ、ハッピーエンドが大好きなんだ」

 

 ハッピーエンド至上主義? なんとでも呼べ。

 

 これが大人のやり方(、、、、、、)だ。

 

 全員が幸せになる。それ以上の終わりがあるものか。

 

 だからそのために足掻いているのだ。だからそのために藻掻いているのだ。

 

 必死に、最高の終わりに辿り着くために。

 

「それに、奇跡は起こせる。それを大人の俺が見せてやれなくて――一体誰が、子どもに奇跡を見せて上げられるんだよ」

 

 だからこれは――大人としてとかじゃなくて、責任感がとかじゃなくて……単純に、俺が悲しむ生徒を見ていられないだけの、気に食わないというだけの話なのだ。

 

 幸せを望むことだって、それは俺のエゴに過ぎない。この結末は、何もかも俺のワガママなのだ。

 

 どうせなら幸せな末路が良いだろう。討ち死によりも老衰が良いだろう。一人で死ぬより、囲まれて逝きたいだろう。

 

 そうでないとしたら、それは強い自己陶酔があるか、ひねくれているだけだ。

 

 ――誰だってそのはずなのだ。この世に生きる全て者が幸せを望んでいるはずなのだ。

 

 だから俺は、幸せな最後を、どうしても作りたいんだ。

 

「でも……その弾丸を撃ってしまえば……貴方は、もう記憶が戻らなくなってしまうのでは、ありませんか?」

 

 目を細めて、ハナコが俺の方を見る。

 

「……かもね」

 

「だ、だったら撃ってもらわなくて構わない。先生、私を殺して!」

 

 ナギが言う。慌てふためいて、俺の前から逃れるように。

 

「――やだね」

 

「やだね、って――そんな急に子どもみたいな!」

 

「さっきも言ったでしょ。これは、俺が気に食わないだけなんだ。だから――」

 

 銃弾を、籠める。一発しか入らない、中折れ式のトンプソン・コンテンダー。

 

「――これでいいんだ」

 

 それを、ナギに向けた。

 

 元より生徒を相手取るつもりはないのだ。仮に刃を向けることが、もし今みたいにやって来たとしても――それは殺すためじゃない。

 

 守るために、この銃を握らなくてはならないのだ。

 

 新品同様で、ほとんど使われた形跡もない。だから俺は、きっと俺のままだったのだ。今と何も変わらないように。

 

「弾丸さえ当たれば君の『忘却』は消える。俺の記憶くらい……何度だってやり直せる。ナギと一緒だ」

 

「そ、そんな……ダメ!」

 

「もう一度、始めよう。初めから……君たちの」

 

「先生、ダメ、止めて! 記憶が――――!」

 

「――青春(アオハル)を」

 

 そうして、俺はナギに向かって引き金を引いた。

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