浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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ⅩⅣ/『Re Aoharu』

 ナギは気を失った。弾丸が頭に直撃したからだろう。幸い血は出ていないようで、意識だけが飛んだみたいだった。

 

「先生……!? どうして……!」

 

「いいんだよ、イヴ。これで」

 

「そんなわけない! 先生が、先生だけが損してる!」

 

「じゃあ、これが大人の責務ってやつなんだと思う。いいんだよ、このくらい。君たちの幸せに比べれば」

 

「ぁあ――――、ぅ、うぅぅ……!」

 

 ぼろぼろと涙を流して――泣いている。

 

 俺のためになんか、泣かないでいいのに。

 

 死んだと思っていた妹が生きていて、彼女とこれから暮らしていける。それだけで、イヴにとっては最高のハッピーエンドだろう。

 

「どうして……自分を、勘定に入れないんですか……!?」

 

「……」

 

「どうしてそこまで、自分を……!」

 

「残念ながら俺は無価値なだけでなく無個性な人間でね。寿命とか、記憶とか……大人の責任とかさ。そう言うのがないと、自分を保てないんだよ」

 

「ああ――う、わ、私……貴方が、き、嫌いっ、です……!」

 

「……そうか。私も同意見だよ」

 

「貴方みたいな、格好良くて、ずるくて……そんな、大人が、嫌いです!」

 

「うん。こんな大人になるなよ」

 

「……ぁ、ううう……っ!」

 

「じゃあ、イヴ。私は少し用事があるから、ナギのことは任せたよ」

 

「……用事?」

 

「ああ。大人同士の、決着をね」

 

   〇

 

 オフィスに置いてあったコートをだけを掴んで、前に進む。

 

 シャーレのオフィスを越えて、先へ。この先にあるのは、屋上だけ。お誂え向きの舞台というわけだ。

 

「――そのコート、お似合いですよ。先生」

 

「……ハナコは、付いてこなくてもいいんだよ」

 

「どこまでだってお供しますとも」

 

「……そうかい。有難うね」

 

「格好悪くて、卑怯で、ひねくれてる、貴方が、大好きになってしまったんですから」

 

「……それ、今言う?」

 

「あら、本音ですよ。大人であろうとなかろうと、先生であろうとなかろうと、私は貴方が大好きです」

 

「……嬉しいこと言うね」

 

「あれだけのことを生徒に言ったんですから、貴方も少しは本音を出すべきでは?」

 

「本当に、本気で俺のことなんかが好きなの?」

 

「大好き」

 

「信じられないな」

 

「信じてください」

 

「じゃあ具体的にはどこら辺が?」

 

「顔と性格ですかね。あと体」

 

「めっちゃ素直じゃん……変わってるね、ハナコ」

 

「変わり者、とはよく言われます」

 

「道理で」

 

 ハナコを軽い会話を交わしながら、階段を登っていく。

 

 かん、かん、と小気味の良い鉄の音。二人のデュエットだ。

 

 ……本当は、一歩を踏み出すだけで吐き出してしまいそうだ。倦怠感だけではなく、頭痛がする。全身を異様な悪寒が走っていて、あらゆる場所を温い汗が占めている。脇汗なんて凄い。絞れるくらいには染みているだろう。

 

 それでも、前に進む。それが、任された者の役目だ。

 

「……貴方は?」

 

「ん?」

 

「私のこと、好きじゃないんですか?」

 

「今の俺に言う? 仲良かったの、記憶があった時なんじゃないの?」

 

「それでも確かめておきたいじゃないですか。体の相性、とか……♡」

 

「どっちかって言うと心の相性だね」

 

「ハートとハートの相性、ですね……♡」

 

「逃げ場ないじゃん。何その七色猥談」

 

「うふふ♡ 頑張って覚えました♡」

 

「いらん努力……」

 

「――それで? 私のことは、好きじゃないんですか?」

 

「……本当に答えないとダメ?」

 

「最終決戦前の本音の言い合いは少年漫画の基本です」

 

「俺達の物語はフィクションではない」

 

「でもでも、定番ですよ?」

 

「……」

 

「体だけのお付き合い、というのも悪くはありませんが……♡」

 

「――好き」

 

「え?」

 

「正直好き」

 

「どこら辺が、ですか?」

 

「顔とか性格。あと体」

 

「――ふふ。私たち、似た者同士ですね?」

 

「全くだ。さては自分が大嫌いだろ?」

 

「よくわかりますね」

 

「わかるさ。誰よりも自分だけが、自分のことを分かってるんだから」

 

 かん、と一際強い音。目の前には一つの扉。これを越えれば――すぐ屋上。

 

 きっとそこには、ベアトリーチェが控えているのだ。

 

「……聞かないんですか? 本当についてくるのか、って」

 

「答え、分かってるし」

 

「あえて言葉にすることで強くなる気持ちもありますよ」

 

「……そっか。じゃあ言うけど、本当についてくるの?」

 

「行きます」

 

「……うん。じゃあ、背中は任せた」

 

「正面も任せてくれて、いいんですよ?」

 

「追々ね」

 

「追々――ですか」

 

「そう、追々」

 

 そして、扉を開ける。

 

 ――強烈なビル風。一瞬顔を覆って――それから、ゆっくり目を開ける。

 

「――――政島ナギは」

 

「……ベアトリーチェ」

 

「どうしたのですか? 先生」

 

「眠らせたよ」

 

「――ハ、殺さなかったと?」

 

「殺す必要がないからね」

 

「バカバカしい。彼女は『反転』しているのです。生きているだけで周囲に悪を振りまく――ああいや、貴方は覚えていないのでしたっけ? いずれにせよ、殺す以外に方法はない」

 

「もしそうだとしても、殺さない方法を探す。それが私のやり方だ」

 

「それで、見つかったのですか? その方法とやらは」

 

「……見つけたよ」

 

「――――バカな。そんなことがあるはずがありません。貴方の勘違いでしょう」

 

「それはどうかな。試してみるまでわからないよ」

 

「……まあ、それも今となっては些末なことです。いずれにせよ――貴方はここで朽ち果てるのですから!」

 

「――っ!?」

 

 ――その時、俺とベアトリーチェの間に、何かが撃ち込まれた。銃弾のようだった。

 

「――ああ、そう言えば到着が遅れていましたね。私の複製した『人災保有者』は七人。『賊害』と『伐採』は……まだ姿をお見せ出来ていませんでした」

 

 遠く離れた場所、そこに人影があった。屋上の縁ギリギリに立つようにして、月夜に照らされている。正面は影で濁ってしまって、その姿は把握できない。

 

「『人災保有者』が一人、『第一人災(Distorter First)』。そのチカラは『賊害』。すなわちヒトゴロシ、同族嫌悪に特化した指折りの猛者です。貴方の抱える生徒一人で、どうにか出来ますか?」

 

「……くっ」

 

 考えが甘かったか。流石ベアトリーチェ――咄嗟に悪態ではなく賞賛が出てしまった。

 

 こんなあからさまな舞台を用意しておいて――一対一で戦ってくれるはずがないか。

 

「来なさい、ファースト。先生を――同族を、終わらせて差し上げるのです」

 

「――っ!」

 

 その時、何かに気付いた。先ほど地面に撃ち込まれた弾丸。いや――正確には弾丸ではない。

 

 それは花のようだった。真っ赤な薔薇。それが、地面に突き刺さっているのだ。

 

 何故薔薇が? 一瞬の困惑の後――それが崩れ落ちた。

 

「……!?」

 

 さっきまで、ビルの縁に立っていた誰か。その体が崩れて――倒れたのだ。ふにゃり、と空気の抜けた風船のように。

 

「一体何が起こって――」

 

 

「――――紳士淑女の皆々様方。今宵は満月も躍る夢寐夙夜(むびしゅくや)、こんなにも美しく儚い空には……人の死など有り得てはならない。特にそれが、先生のモノであれば……」

 

 

「――貴様、何奴!?」

 

「名を問われればこう答えましょう、マダム。我が名は『慈愛の怪盗』! 既に貴方の戦力は――盗ませて(、、、、)頂きました」

 

 名乗りと同時に、彼女は風を纏って――薔薇の元に着地した。どこに隠れていたのか、純白の出で立ち。仮面で顔を隠した、壮麗な少女。

 

「――清澄アキラです。長々と不在にしてしまい、大変恐縮です」

 

「あ――アキラさん!? 生きていたんですか!?」

 

「ええ、勿論。私が死ぬわけありません。何せこの世は美で満ち満ちていますから――」

 

 そう言って、彼女は――アキラは、俺の元に近づいた。そして、今しがた拾った薔薇を手渡した。

 

 ――今宵、貴方の世界を映す七色の鉱石を頂く。

 

 薔薇の花びらに、そう書かれていた。

 

「頂きましたよ、先生。貴方の大切な瞳は」

 

「ああ……生きているんなら、早く言って欲しかったな!」

 

「熾烈な戦いでしたから、連絡手段が破壊されてしまいましてね」

 

 悪びれもせず、アキラは言う。

 

「ですが先生の声は聞こえていましたよ。『貴方の大切な生徒』――ですからね」

 

 そう言って、アキラは耳の裏をトントンと叩いた。気になって自分の耳の裏を触ると、何か硬いモノに触れた。

 

「……盗聴器……!? 全部聞いてたの!?」

 

「タイミングはバッチリでしたでしょう。先生の私への思い、感激です」

 

「……っ」

 

 別にそういう意味で言ったわけじゃないのに、こうも正面から言われるとそんな気がしてくる。

 

 少しだけ気恥ずかしい。

 

「――ま、まだ! 『人災保有者』には『伐採』が残っています! これで終わりじゃあ――」

 

「――いえ、終わりです。『伐採』は現在アビドスの対策委員会の方々が交戦中です。彼女たちも歴戦の実力者――負けるはずがありません」

 

「……そ、んなことが――」

 

「――まあ? 最大戦力だとか言う『賊害』を私が一人で倒した時点で、貴方の負けは確定していたのですよ。マダム」

 

「……っ」

 

 アキラの嘲笑めいた言葉に、ベアトリーチェの体が揺れた。怒りに震えて、少しずつ、体が肥大化している。

 

「――ならばこの場で、先生を殺します! そしてキヴォトスも破壊します!」

 

 彼女の頭部はぱっくりと開き、花弁のように咲き誇る。細く、長く――その体を巨大に作り替えている。

 

「……先生。今のうちに言っておきますが、私はあまり戦力として扱えません。何せここ数日戦いっぱなしで、急いでシャワーを浴びて着替えてから来たもので……」

 

「結構余裕だったんだね」

 

 とはいえ、アキラも疲弊している。ハナコも正面戦闘が得意というわけでもない。

 

 なら、やることは一つしかないだろう。

 

「――分かった。二人とも下がってて」

 

「……、先生……?」

 

「ここからは大人の時間だ。二人を巻き込むわけにはいかない」

 

 そう言って――()は、前に進む。ベアトリーチェに向かって歩いていく。

 

 それ以外に出来ることなんて、もうないのだし。

 

「――一人で近づいてくるとは、ヤキが回りましたか先生! 『神秘』すら持たない貴方一人で、一体何が出来るというのです!」

 

「何だって――」

 

「……はぁ?」

 

「――何だって、やってやるんだよ」

 

 私は――――

 

 

 

 

 

 ――――『大人のカード』を取り出す。

 

「――この期に及んで『大人のカード』ですか! 貴方はもうその『神秘』は使えない!」

 

「……」

 

「それとも何ですか? 『記憶を失っても新しく作った思い出がチカラになる』とでも!? そんなハズがない!」

 

「……」

 

「貴方はもうその『神秘』を失っているのです! 無駄なことです!」

 

「これは私の後悔の証、だよ」

 

「……、後悔の証……?」

 

「そうだ。このキヴォトスで何故私しかこの『神秘』を使えないのか。理由はなんとなく分かっていて……でも、誰に言ったわけでもなかった」

 

 ――あの時、黒服は私のチカラを『青春証明(Blue Archive)』と名付けた。でも、それは少し間違っている。

 

「もしかしたらゲマトリア。君たちにだって使えたかもしれない。でも、そうはならなかった。きっと、君たちに後悔はないからだろう」

 

「な、何を言って――」

 

「――――正しくは『青春証明証書(Blue Archive)』、と。そう冠すのが正しいのだろうね」

 

 何故なら、私はもう大人なのだから。

 

 これを、他の誰が持っていて良いというのか。いや、私しかいない。子どもを卒業してしまった――私しか。

 

 ――既に私の湿った青春は終わりを迎えている。子どもではなくなって、大人になってしまった。

 

 けれどもこうして惨めったらしく過去に縋って、青春をやり直そうとしている。それは紛れもなく、生徒たちと繋がることで。

 

 だからこそ青春証明証書なのだ。ここにあるけれど、そこにはなかったモノ。でも、今こうしてある(、、)ということは、きっとあっても良い(、、、、、、)ということなのだろう。

 

 あまねく奇跡が起こりうる場所、それがキヴォトス。その対象は、私でも例外はない。

 

「私の全てはここにある。私の過去はここにある。私の後悔はここにある。この一枚のカードが、惨めで無様に転がった、私の人生を違えようもなく証明しているんだ」

 

「なら――先生を『忘却』させたところで……無意味、ということですか!?」

 

「悪いね。君の欲した奇跡は、俺の嫌いな末路だから」

 

「そ――んな、ことが――――!」

 

「散々打ちのめされて……でも、しれっと生きてきた。それが後悔。でも……記憶が消えようと、私は同じように進むだけだ。もう一度、やってきた道をなぞるように。だから結局、変わらなかったと思うよ」

 

「――だったら」

 

「……」

 

「――だったら――――前へ前と、ただ真っすぐ進む……貴方の願いの果ては、後悔の行き着く先は、どこを目指しているというのですか!?」

 

「もう、知らねぇよ」

 

 これ以上の言葉はいらないな、と思った。ベアトリーチェと私は決定的に違えている。まるで異なる心情や考え方があって、その行きつく先には反発しかない。

 

 ならここからは、大人として戦うしかないのだろう。

 

 そう言えば寿命が犠牲なんだっけ。まあそれでも構わないけれど。

 

 私にだって見たいモノはある。それは手元に転がった最大級の幸せ。拾って拾って……気付けばそれは気の遠くなるくらいにあたりに満ちていて。

 

 それに気付いた時、幸せを拾うことが幸せなんだと思った。

 

 それは私にとって、このキヴォトスの平和に他ならない。この世界の平和に他ならない。そして何よりも、生徒たちの平和に他ならない。

 

 だから戦うのだ。

 

 だから構わないのだ。

 

 だから前に進み続けるのだ。

 

 だから――――私は、

 

 

「――エンディングだ、ベアトリーチェ」

 

 

 

 ”大人のカードを使う。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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