浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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ⅩⅤ/エピローグ

 ゲヘナ学園で貰ってきた新聞を読むと、どうやら事件は収束に向かっているみたいで、街の復興も続々と終わりを遂げているようだった。

 

 暴動に加わった者たちは軒並み処罰を受けたらしい。といっても、キヴォトスでは当たり前のことだから、相当激しいことをしていない限りすぐにでもシャバの空気にありつけることだろう。

 

 それでも、『人災保有者』七名は、特に厳しい処罰が下された。彼女たちの裁判には連邦生徒会が立ち合い、その上で矯正局への投獄が確定したらしい。ワカモとアキラが結構マジで同情していたので、なるべく早い出所を望むところ。

 

 問題となった私を含む大人たちへの悪感情だが――これも、ゆっくりと解決されつつあった。連邦生徒会が事件解決にシャーレの先生が尽力したと強く主張してくれたし、暴動に巻き込まれた大人たちはむしろ子どもを救うべく動いていたらしい。そういうこともあってか、あの暴動はかえって良い大人の存在が協調されることとなった。勿論、中には悪い大人もいるので注意しなくてはならない――とは、ライターの政島イヴの主張。

 

 相変わらず中立派を保っていて少し嬉しくなってしまった。そう言えば、彼女の書いていたカフェランキング――思いのほか私の舌にあっていたので、今度はキヴォトス全体を対象に書いてみてほしいモノだ。

 

 そんなこんなで、事件からは数週間の時間が流れていた。

 

 私はと言うと――まず入院で揉めた。ゲヘナかトリニティか、はたまた連邦生徒会が面倒を見るべきかで揉めに揉めて、折角なので全員に面倒を見てもらうわけのわからない結果に落ち着き、二週間ほどで退院。骨が折れていたわけではなかったので、松葉杖を突きながらシャーレに戻った。

 

 そんな私を待ち構えていたのが相変わらずの事務処理。怪我をしたのが左手でなく右手ならばこれも言い訳が効いたが――それでも、リンが私を慮ってなるべく連邦生徒会で解決はしてくれたらしい。その上で有り得ない量だったのだから、本当に信じがたい仕事量だ。

 

「――しかし、あの時は冷や冷やしました。先生、もし私たちがいなかったらどうしていたんですか!?」

 

「いなかったら……まあ、その時はその時に別のことを考えていたかな」

 

「ふ~ん……」

 

「それか全身に爆弾を巻いて特攻?」

 

「禁止! 先生それ禁止ですよ! もしやったら怒りますからね!」

 

「あはは……ごめん、冗談だよアロナ」

 

「……先生。私も怒ります」

 

「真面目に反省しております」

 

「なんでプラナちゃんと私で態度が違うんですか!? 先生、ちょっと!」

 

「――あ、ごめん。生徒が来ちゃった。じゃあねアロナ~」

 

「先生~~~~!」

 

 タブレットをスリープさせて、私は松葉杖を持った。なくても歩けるが、激痛がするので致し方なく三本足だ。

 

 ぐい、と体を支えて立ち上がる。今日の当番の子は――。

 

「あ・な・た・様~!!!」

 

「――ぐへぇ!?」

 

 思いっきり飛びつかれて、腹を強打した。酷い悲鳴が出た。

 

 なんとか体を保てたのは三本足だったからだろう。流石松葉杖。

 

「わ……ワカモ。今日は君の当番日じゃない……」

 

「会いたかっただけですもの」

 

「……健康そうで何より」

 

 戦闘が終わって、最も怪我が酷かったのがワカモとヒナだった。二人はすぐさま入院したが、驚くことに数日で出てきた。ワカモは内臓の方がボロボロだったが、健康になったかと思いきや矯正局送りになる前に逃げ出した。ヒナなんかは全身を包帯でぐるぐるにされ、ハロウィンの仮装みたいにしながらせっせと仕事に励んでいた。今度褒めに行かなくてはならない。

 

「……あ」

 

 と、思い出す。

 

「そう言えば、まだ褒められてなかったね」

 

「ええ、ええ! そのために来たんです! 褒めてくださいまし!」

 

 ぶんぶんと尻尾を振りながら、ワカモは頭を差し出す。

 

「よしよ――いっつ……!」

 

「まだ怪我は治っていないのですよね。でしたら、私が支えましょうとも」

 

 にこにことした笑顔で、ワカモは私を支える。そのまま右手を取って、自分の頭に乗せる。全自動ワカモ撫で機だ。もういっそ私はいらないんじゃないだろうか。

 

 それでも――それに意味があるのだろう。優しく、ワカモの頭を撫でた。

 

「♡♡♡」

 

「日本語で」

 

「はぁとはぁとはぁと♡」

 

「一個増えた」

 

 しばらく撫で続けてあげる。そうしていると、今度こそ少女がオフィスに入ってきた。

 

「――先生!? 何なのですかその女狐は! もう貴方の瞳は私のモノになったはずでは……!?」

 

「なってないし。アキラの日でもないし。もう滅茶苦茶だし……」

 

 清澄アキラが、そこにいた。

 

「ふふん」

 

「先生、貴方が見て良いのは私の瞳だけなんですよ? 同じように、私も貴方の瞳だけを見ていますから……」

 

「深淵を覗く時みたい」

 

「離れなさいお嬢さん。先生は私のモノです」

 

「今は私のモノでは? それに、撫でて頂くのは約束していたことです。御褒美を頂かなくては」

 

「くっ……先生、私にご褒美はありませんか?」

 

「えっ、じゃあ、撫でる?」

 

「片腕はお怪我なさっていると聞きます。そのお嬢さんから手を離し、私にですね」

 

「ダメです」

 

「なんという独占欲。これが『災厄の狐』の正体ですか?」

 

「あーもー、分かったからかわりばんこね!」

 

 ……その後、二人の全自動頭撫で機になった。

 

   〇

 

 二人は喧嘩を始めてしまい、折角直してもらったシャーレが壊れるのもアレなので、外に行ってもらうことにした。かといって戦闘を始めるとまた被害が増えるので、穏便に近場に出来たというレジャー施設を紹介した。

 

 なんでも、バッティングやボウリング、バスケや卓球など、様々なスポーツを楽しむことが出来るらしい。チケットが丁度二枚あったので二人に渡して「全てのレジャーでルールに従って正しく遊んで、その上で勝利数の多かった方にご褒美」と言ったら慌ただしく出て行った。

 

 これで健全に競うことが出来るはずだ。被害も出ないだろうし、二人に限って『天災』を使うこともないだろう。

 

「……ふ、私も女性の扱いが上手になったものだね」

 

「ダメ男が上手になった――が、正しいんじゃないですか?」

 

 ――と、書類を整理しながら、ハナコは言った。

 

「でもそんな私が?」

 

「大好き♡」

 

「うっ……!」

 

 自分で振っておいてなんだけど、彼女の笑顔は毒すぎる。胸元を抑えないと弾けて飛び出してしまいそうだった。

 

 ハナコは満足したように、しかしふとすると少しだけ恥ずかしそうに、私から目を逸らして作業に戻った。

 

「――しかし、『天災破壊弾』ですか」

 

「……」

 

「案外効くモノなんですね、プラシーボ」

 

 ――私が政島ナギに撃ち込んだ弾丸。あれは、ただのゴム弾だ。新しくクラフトしたわけではない――と言うか、アロナに『天災』を奪う弾丸を作れるか聞いて、すぐに否定された。

 

 そんなモノがあるはずがない。何故ならば『天災』は『地球』の意志なのであり――人間一人の技術でどうこう出来る代物ではないのだ。もしあるとしたら、それこそ魔術や魔導術、あるいは奇跡のチカラだろう。

 

 だからああするしかなかった。ナギが使えないと思い込む状況さえ作れれば、それで良かった。

 

「幸いにも効果的でしたね。ナギさんは『反転』による影響なんかすっかり忘れて――新聞部として勤しんでいるみたいですよ」

 

「『忘却』を『忘却』してしまう……なんだか皮肉っぽいね」

 

奇跡(、、)――じゃ、ないんですか?」

 

「そっちで」

 

 いずれにせよ、『反転』に対抗する策は見つけ出さなくてはならない。

 

 ――クズノハ。彼女と会わなくては。

 

「しかしハナコも名演だったね」

 

 あの時、本当にそんな弾丸が存在するのか、ナギは不安に思ったことだろう。しかし、丁度それを考えるタイミングで、ハナコは上手く話を逸らした。

 

 ナギの意識を、私の記憶が戻らないという話題に逸らしたのだ。

 

「女優でも目指しましょうか」

 

「良いと思うよ。綺麗だし」

 

「……本心からですか? 今の」

 

「本心本心。本当に思ってるよ、ハナコは可愛い」

 

「……なら、いいですけど」

 

「……」

 

「でも女優は目指しません」

 

「何故」

 

「将来の夢、教えてあげましょうか?」

 

「是非」

 

「――幸せな家庭を築くこと」

 

「……」

 

「……」

 

「……女優を目指すことと両立は出来るんじゃない?」

 

「今、何か言おうとして止めませんでした?」

 

「そんなことないよ」

 

「本心からですか? 今の」

 

「そんなことないよ」

 

「どっちですか?」

 

「そんなことないよ」

 

「さっきから『そんなことしかないよ』しか言ってませんよ?」

 

「そんなことないよ」

 

「あ、嘘つき」

 

「……そんなこと、あるかも……」

 

「ふふん」

 

 今のはずるい。

 

 ハナコは得意げになって、やってやったという顔で。

 

 ……綺麗な子。

 

「ところで、結局……記憶はどうなったんですか?」

 

「あれ、わからないままだったの?」

 

「記憶があろうとなかろうと、貴方は貴方ですから」

 

「……」

 

 実は詳しいところは私にもわかってはいない。ベアトリーチェとの問答も、正直勢いだけで喋っていたのだ。

 

 ――でも、ただ一つ分かることは、このキヴォトスがあまねく奇跡が起こりうる場所だと言うこと。

 

 プラナは『大人のカードに記憶が保持されていて、それを使用することで共有されたのではないか』、と。いわば大人のカードというクラウド上に保存してあるデータに触れて、それを思い出したのではないか、と推測した。

 

 アロナは『私たち生徒が先生のことを覚えているのですから、生徒さんたちを限定召喚する際にフィードバックされたんじゃないかと思います!』、と。こちらは呼び出した生徒と見たことで、私の記憶が戻ったのではないか、と推測した。

 

 片や論理的な理屈で、片やロマンチックな理屈。どのどちらなのか、あるいはどちらでもないのかは定かではないが、ともかく私は失ったはずの記憶を取り戻していた。

 

「……」

 

 あの場面、出来るとは思っていなかった。けれど、大人のカードに触れて、心の奥底から湧き上がるようにして記憶が戻ってきたのだ。つまり、私が記憶を失っていたのは間違いなくて、この『青春証明証書』がその後悔をカタチにしてくれた。

 

 どっちにしろロマンチックというか、さながらフィクションのような話だ。無理矢理ハッピーエンドに持っていくみたいな、強引な解決だ。

 

 ……でも、それで誰も損はしていないと思う。だから、これで良いのだろう。

 

 ベアトリーチェは消えた。ボコボコにしたから、しばらくは戻ってこないと思うが――多分生きているから、またいずれキヴォトスに復讐に来ることもあるだろう。

 

「――まあでも、その時はその時考えるしかないか」

 

 今考えたって仕方のないことだ。ともかくとして、これまでが戻ってきた。それ以上のことはない。

 

 不意にタブレットから通知が来た。

 

「――せ、先生! 大変です!」

 

「アロナ? どうかした?」

 

「近場に新しく出来たレジャー施設でとんでもない騒ぎが起こっています!」

 

「……」

 

「ワカモさんと、アキラさんに……ミカさんまで加わって、えっと、なんていうか、もうハチャメチャな感じです! どうしましょうこれ!?」

 

 どうしましょうこれ、はこっちのセリフだった。

 

 思わず頭を抱える。こういうこともあるんだな、と少しだけ後悔。

 

「はあ……」

 

「書類仕事をしている場合ではなさそうですね?」

 

「こっちはまだ怪我も治り切ってないのに、元気すぎる」

 

「子どもは風の子元気な子、ですよ」

 

「説得力あるなぁ……」

 

「――さ、行きましょうか。先生(、、)?」

 

「……」

 

 彼女の差し出す手を取る。

 

 そして立ち上がる。

 

「――――よし、行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ。

 

「……うあああ……カンナにめっちゃ怒られるのへこむわ……」

 

「でも原因は先生にありますからね……」

 

「ハナコに言われるのもへこむ」

 

「まあまあ。人的被害がなかっただけでも良しとしませんか?」

 

「……確かに、それはそうだね。ところでもう夜も遅いけど、ハナコは帰る?」

 

「もう少しか、もう多くいます」

 

「何その新しい言葉」

 

「――ところで、先生♡」

 

「……」

 

「大人のキス……って、まだでしたよね?」

 

「そう言えば、そうだねぇ……」

 

「今は丁度二人きり。深夜に男女が二人きり。良い機会だと思いませんか?」

 

「……」

 

「……」

 

「うわなんかめっちゃ珈琲飲みたくなってきちゃったな珈琲飲みに行くか珈琲だって珈琲飲みたいし」

 

「せ・ん・せ♡」

 

「ぎゃあっ!」

 

「逃げられるとお思いですか? それとも乙女の純情を弄ぼうと言うのですか?」

 

「そんなつもりは微塵もございません!」

 

「では、こうして一通り片が付いたわけですし? 私たちはしっぽりと蜜月を過ごしましょう?」

 

「言い方!」

 

「……嫌、ですか?」

 

「いや、冷静になるとさ……教え子に手ぇ出してるの、相当ヤバいよなと思って」

 

「キヴォトスでは先生と生徒の恋愛も日常茶飯事ですよ」

 

「日常茶飯事なのダメだろ! 頻繁に横行してるの!? 神職だよ!?」

 

「まあ先生は一人しかおりませんが」

 

「じゃあもうそれ俺だけの法律じゃん!」

 

「はい! というわけで、お覚悟を!」

 

 ……結局、ハナコと朝までシャーレで過ごした。

 

 

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