ヒマリに呼ばれたのでミレニアムに行くことになった。私はいつも通りコートに袖を通してタブレットとスマホを持って、すたこらさっさと逃げるようにシャーレを飛び出した。
久方ぶりのほとんど自由な一日だ。もしシャーレに残っていれば、更なる書類業務が舞い込んでくる可能性もある。こういう日は、とにかく外を回るに限るのだ。
それに、昨日で仕事がほとんど片付いたのは幸運だった。ハナコに手伝ってもらえたというのもあったけれど、それにしたって円滑に全てが終了した。そういうわけで、今日は割と珍しい(現時点ではまだ)仕事に追われることのない平和な一日である。
「先生! ヒマリさんから謎の暗号文が届きましたが、読み上げますか?」
「……止めておこうかな」
途中、紆余曲折ありながらも難なくミレニアムにやってきた。
「先生、オ待チシテオリマシタ」
「あ、ドローン」
「コチラデス」
「ついていけばいいのかな」
「コノ超天才清楚美少女天才ハッカーノ制作シタドローンガゴ案内シマス」
「天才って二回言ってるのバカっぽくない?」
『先生、今私のことバカって言いましたか?』
「うわ、肉声だ!」
急加速するドローンを追いかけることになった。
〇
「はあ……はあ……」
「あら、随分と遅かったですね先生。このミレニアムの誇る『全知』、山荘から見下ろす花火のように美しい私に、汗水たらして走り回ってでも会いたかったとお見受けします」
「ヒマリが……走り回らせたんじゃん……」
絶対に無意味に走らせていた。同じ場所を三回くらい通った。それでも頑張って走り続けた。最後らへんは普通にドローンを追いかけきれなくて、背中を押されてしまった。もう意味がわからない。
なんやかんやで得意現象捜査部、その部室である。
頬を伝う汗をハンカチで拭きながら顔をあげると、ヒマリ以外には人がいないようだ。私たち二人と、ドローン一機だけ。
「……ふぅ。それで、何だっけ」
「何だっけ、ではありません。先生の依頼ですよ」
「……というか、それは君たちがどうしてもって言ったからお願いしたんだけど」
「先生の依頼であることに変わりはありません。そちらの箱の中です」
そう言うと、彼女は車椅子を回転させて、机の上を差した。真っ黒な外装、中に何が入っているかは現時点ではわからない。
「もう完成するだなんて。流石ヒマリだね」
「うふふ。もっと褒めても良いのですよ」
「流石超天才美少女……えっと」
「清楚系で可憐で触れれば折れてしまいそうなほどにたおやかであえかな完璧ハッカー?」
「……じゃあそれで」
「またまた。先生もお上手ですね」
「七割くらいヒマリだったけど、それでいいんだったら」
ヒマリが満足してくれたので、こちらも彼女に依頼していたモノを受け取る。
外装を開く。中に入っていたのは――銃だった。
「モデルはトンプソン・コンテンダー。由緒正しき中折れ式です」
「うぉ……めっちゃ格好良いね!」
「ふふ……先生も男性ですから、好みもあるでしょう。今回は男性がお好きだという情報を元に、そのモデルを選びました」
太く長い銃身に、ややなだらかで俺の手に合う木製のグリップ。撃鉄を起こすのは手動。トリガー・ガートを引けば一発の弾丸しか受け入れないワガママな空間が現れる。この黒と茶の成すコントラストはきっと、漢の魂だ。
「
「本物の弾丸かぁ……めっちゃテンション上がっちゃうな!」
私も男の子なのだ。本物の、しかも自分用に調整された銃があれば舞い上がってしまう。
まだ弾丸は込められていないようなので、べたべたと手垢をつけていく。それくらいにはテンションが上がっていた。
「――――しかし、先生が銃を持つことに賛同してくれるとは」
「……」
「少し意外でした。何か心変わりでもありましたか?」
「……ハナコに色々言われちゃってね」
私に銃を持つことを進言したのは、ハナコだった。まあ、彼女だけに言われているわけでもなく、ヒナやユウカにも度々口酸っぱく言われてはいるのだが――特に強かったのが、ハナコだった。
「でも、本当は……あの時、私がシロコを見守ることしか出来なかった、ってのが大きいかな」
「……あの時、ですか」
――プレナパテス決戦。あの時、私は彼女を見るだけだった。本当ならば前に出て守ってあげたかった。でも、それは出来なかった。結果として、私が参加したところでプレナパテスに弾丸は通らないから、意味はなかったのだろうけれど――。
「……それでも、見ているだけってのは、正直辛かったんだ」
「……」
「今後、もしかしたらキヴォトスにはまたそういう事件が起こるかもしれないでしょ? だから、予め」
「でしたらもっと装弾数のあるモノでも……」
「いや、こんくらいが丁度良いんだ。一発しか撃てない、お飾りの銃。あんまり厳重すぎても、それはそれで私の役目が違っちゃうでしょ?」
「先生の役目、と言うと?」
「生徒を守り、導くことだよ。そこに銃は必要ない。だから、これはただの備えなんだ」
生徒に向けるつもりで銃を持つつもりなんてない。けれども、キヴォトスにはどうしても――武力で対抗しなくてはならない勢力もいるのだ。
それに、私は割と誘拐、拉致、監禁される方だから……あって困るということはないはず。
「……ゴム弾も用意していますよ。ここにある弾丸を全部撃ち込んだところで、私のヘイローすら壊せませんが」
「うん。それで充分」
元より生徒を相手取るつもりはないのだ。仮に刃を向けることが、もしやって来たとしても――それは殺すためじゃない。
守るために、この銃を握らなくてはならないのだ。
「ヒマリ、説明書はあるかな?」
「全部私の頭の中に入っています。では、一から説明しましょう」
「ヒマリ、工具ある?」
「どうしてそう冷たくするんですか?」
「そういうフリかと思って……」
突き放すと甘えてくるのは可愛らしいけれど、とにかく今は銃だ。
私は少し遠目に見つめると、すぐさま分解にかかった。トリガー・ガード――引き金を引くとき、指を突っ込む部分――を手前に引くと、中折れ。なるほど、こうなっているのか。
「……先生、銃を分解できるんですね?」
「こういうの、得意なんだ。機械ならなんでも
「ほう。では、あの私のドローン君一号も?」
「これが終わったら試してみようか?」
「では分解よりも手早く戻してみせましょうか?」
「何の勝負……?」
やけに競ってくるヒマリだった。
〇
別れ際にくれたホルスターに銃を入れて、私はミレニアムを出た。位置的に銃はコートの下に隠せるようで、普通に動いても何の支障も出ない。あまりにも私に体格にぴったりすぎたが、ちょっと怖かったので追及はできなかった。
これで今日の予定は全て終わったので、ここからは完全にフリーということになった。
そう言えば昼食がまだだったので、折角だし美味しいご飯処にでも――と考えていると、近くで爆音がした。それと同時に、銃声もしてきた。聞き間違えじゃないかな、と一瞬耳を澄ませると、更に続けて銃声が木霊した。
「……」
もう間違いなく事件だった。
思わず頭を抱えてしまった。どうしてこうなってしまうのだろう。
折角の休日なのに。先生というモノは、きっと休日と言えども先生であり続けなくてはならないのだろう。私は衣服を整えると、すぐさまタブレットを起動した。
「先生! 近くの市街地が大変なことになっていますよ!」
「うん、実際に聞いちゃった。銃声とか色々」
「貰った銃、早速使いどころが来ましたね!」
「なんかちょっと嬉しそうだね!?」
「格好良い銃でしたから! それより、被害状況をお伝えします! 現時点では軽症者が数名いるのみで、大事故にはなっていません!」
「了解っ!」
相槌を打って駆け出す。ああ、空きっ腹に響く――!
〇
「その腕時計は私が先生に似合うと思って頂こうと思ったモノです! 疾くお返しなさい!」
「ふ――落ち着いてくださいお嬢さん。この腕時計、確かに誰かに贈りたくなるほどに美しく……って、先生?」
「ええそうです! キヴォトスの先生と言えば一人しかいないでしょう! この腕時計、彼が付ければその価値を何倍、何十倍にも膨らませるはずです! ですから!」
「――ハ、その程度ではありませんよ。笑わせますね――先生は
「な、成程――このワカモが、解釈バトルで敗北を喫すとは……! 何者ですか、名を名乗りなさい!」
「ならば教えてあげますよ。私は――人呼んで慈愛の怪盗!」
「誰です?」
「結構有名なつもりなんですけど……」
「……」
現場についたら割とどうでも良い理由で強盗を企てた七囚人の二人がいた――――。
「あの、ワカモ……アキラ……?」
「あなた様っ!?」
「先生っ!?」
「返しなさいその腕時計! 私が渡して差し上げるのです!」
「ふふ、お嬢さん! それは確かに面白いジョークですが――今は笑ってあげられるほどの余裕はありませんので――!」
「今のは
「二人とも一旦落ち着いて~! それはどっちが持っていてもいいから、ひとまずここまで降りてきて!」
私が天に向けてそう叫ぶと、二人はすぐに争いをやめ、おずおずと建物の上層から降りてきた。もしそのまま続けていれば、大岡裁きよろしく腕時計が弾けていたかもしれない。
ぴょん、ぴょん、と落下してくる。かなりの高さだったと思うけれど、相変わらずとんでもない身体能力だ。
瞬く間にアスファルトに降り立った二人は、私の目の前まで来るとその獣耳を萎ませた。
「とりあえず、二人とも」
「……はい」
「それ、返してきなさい」
「……はい」
「それと、アキラ」
「なんでしょうか」
「他にも盗ったモノ、ある?」
「……ありません。私は慈愛の怪盗、狙ったモノしか欲しくはありませんので」
「そっか。じゃ、三人で謝りに行こうか」
「この女とですか!?」
瞬く間に掴みかかろうとする。本当に喧嘩っ早い子だ。
「こら、ワカモ。大体、もう他人に迷惑はかけないって前お話ししたでしょ?」
「そ……それはそうですが……あなた様ぁ……」
「アキラも! 私の生徒である以上、一緒に怒るからね!」
「……はい、先生の……生徒……♡」
「なんで嬉しそうなの?」
かちり、という音がした。
「あ、今の音声データは後ほど私にもくださいましね」
「録ってたの!?」
「これは私だけが価値を理解できる代物ですが?」
「没収! 録音機没収だよ!」
アキラから取り上げた。しゅんとしていたが、ここは心を鬼にするところだ。
大体なんで録音しているんだ。大岡裁きが始まったら、困るのは二人だと思うけど。
「……にしても、なんで二人ともこんなことしちゃったの?」
「「――この女が!」」
「わかった。わかった……一人ずつ行こう。まずワカモ」
「はい。たまたまデパートを歩いていたら、これは貴方様の腕に似合う腕時計だと思って――」
「盗もうと?」
「……はいぃ……ご、ごめんなさい、私……嫌わないでくださいましぃ!」
「……」
すっかり涙目のワカモ。そんな理由で被害にあった店側の気持ちも考えてほしい。
というか、素直にお金を払って買ってほしい。いや、でもそういうことを言うと彼女も銀行強盗を企んでしまいそうな気がする。これは言わない方が良さそうだ。
「それで、アキラは?」
「私は兼ねてより予告状を出しておりましたので」
「それでなんでも許されると思うなよ」
「先生っ!? 何故私だけ態度が違うんですか!?」
「いや……ごめん、ちょっと言い過ぎた。疲れてるのかな、私……」
「大丈夫ですかあなた様。尻尾、触ります?」
「いいよ……」
「どうぞ」
「そっちのいいよじゃない!」
もふ、とワカモの尻尾が私の顔に触れた。物凄く良い匂いがして、一瞬何もかもを忘れてしまいそうになる。
……本当にこの二人は、人の話を聞いてくれない。相性が悪いというのもあるんだろうけど。
顔がもふもふしている。話はぐだぐだしている。
――その時だった。周囲で人だかりが詰め寄せているのに気付いたのは。
「道を開けろ! ヴァルキューレ警察学校だ!」
「ヴァルキューレ、流石に足が速いですね。先生、ここは失礼っ!」
「あっ、アキラ! 逃げるな!」
「先生、次の逢瀬で睦言交わしましょうね。私はいつもあなた様を見ていますから――」
「ワカモ! 何その死ぬ前みたいな台詞!」
捨て台詞だけを残して、二人はどこかへ行ってしまう。ほんの一瞬目を離しただけで、すっかり消えていなくなってしまった。
逃げ足が速すぎる。まあ、そうでもないと七囚人だなんて呼ばれないか。
「……」
見れば、足元には盗まれたとされていた腕時計が落ちていた。
返せば良いというモノではないと思うけれど、謝ろうという気持ちはあるのだろう。多分。そういうことにしておこう。
「先生、大丈夫ですか」
「カンナ。私はなんともないよ」
「先ほどの姿……七囚人の二人、のようですね。本当にお怪我は?」
「本当にない。掠り傷一つね」
「……ほ」
ほっと一息。カンナは腰に手を当てて、一度周囲に指示を出した。それからもう一度私の元に戻って来る。
「七囚人は生徒の中でも特に危険です。幾ら先生に好感を覚えていようとも、一線は敷いてくださいね」
「丁度、私が注意しようと思ってたところだったんだけどね」
残念なことに、その前に逃げられてしまった。勿論ヴァルキューレのせいというわけではないし、一回の注意で全部飲み込んでくれるほどの子たちでないことも了承済みだ。
ああいう子たちには、長期間でゆっくりと色々教えてあげる必要がある。
「……兎も角。特に、狐坂ワカモと清澄アキラ。あの二人は――『
「……えっ? 天災……?」
意味深なカンナの言葉を繰り返した。知らない言葉だった。
元より、キヴォトスには私の知らない概念も多い。だから、その一端なのは確かなのだろうけれど――。
「――――シャーレの先生っ! こんなところでお会いするだなんて!」
「えっ!? イヴ!? 新聞部のみんなも……!」
「『七囚人の決闘に立ち会った先生!』これで次の記事は決まりです!」
「ええっ!? ちょっと待って……!」
その後、私はイヴたち新聞部に取り囲まれてしまい、カンナと引き離されることになった。彼女たちは矢継ぎ早に私に質問を投げかけ――セイは怯み、マカは私を詰り――時間が経った。
だから結局、カンナの言葉の意図を知ることは出来ず――彼女たちと会話する仲で、私はすっかりその言葉を忘れてしまったのだった。
あと、ついでに昼飯にもありつけないのだった。