浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

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06/『天災保有者』

「先生! 今日の御予定は……午前は書類整理、午後からはフリーです! 遊びたい放題ですよ! 何をして遊びますか!?」

 

「……」

 

「先輩。先生に遊ぶことを推奨しないでください」

 

「ぎゃあ!」

 

 アロナの頭にチョップが叩きこまれた。端末が揺れる(気がする)ほどの鋭い一撃だった。

 

「……痛い……頭が……へこむ……心も……」

 

「先生。午後からはキヴォトスの見回りですよね。怪しい箇所が幾つか散見されましたのでピックアップしておきます」

 

「あ……うん。ありがとう、プラナ」

 

 滅茶苦茶アロナが落ち込んでいるが、割といつものことなのですぐ戻るだろう。私はすぐにテーブルに腰を預けると、作業を始めた。

 

「あ、そうだ先生。今日は当番の予定はありませんが、誰かに連絡しておきますか?」

 

「そういえばそうだったね。いや、この分なら一人でも終わらせられそうだ。それに、こんな時間から呼び出すのは忍びないし」

 

 昨日の事件に関して、私は早速書類を片付ける羽目になっていた。

 

 基本的にはヴァルキューレが取り押さえてくれたものの、被害は確かに残されており、相も変わらずここはキヴォトスなのだなと感心する。

 

 私が現場に居合わせたこともあってか、多少はシャーレにも書類は流れて来た。とはいえ、大した量ではない。ある程度目を通す程度で、やはり大本はヴァルキューレ。この調子ならば正午前には片付けてしまえるだろう。ついでに、ここ数日で発生した幾つかの雑務も終わらせれば、晴れて午後からは完全にフリーとなる。

 

「――――先生♡」

 

「うぉわっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 首筋にひたりと彼女の指が触れて、つい大声を出してしまった。それにつられて何故か彼女も驚いた。驚かす側が驚かないで欲しい。

 

「わ……ワカモ。来るなら玄関からって、前言ったような……」

 

「ノックは致しましたよ?」

 

「弾丸で?」

 

「ええ」

 

「……」

 

 なら、今目の前にある扉が壊されていないことを嬉しがるべきか……?

 

 私が色々考えていると、彼女はお面を外して懐にしまった。整った容姿が露わになって、少しどきりとした。

 

「どうしてシャーレに?」

 

「いやですわ先生……あなた様に会いに来たのです」

 

「私に?」

 

「ええ。あの女と邂逅してからというモノ、私気が気でなくって」

 

「……なるほど」

 

 確かにアレはバッドエンカウントにもほどがある。あんな出会い方をしてしまえば、仲が悪くなってしまうのも致し方ない、か。

 

 そもそも七囚人同士、そこまで親密というわけでもないらしい。互いに譲れないところの一つや二つは当然あるだろう。

 

「もしかして、その書類は私のせいでしょうか……?」

 

「……違うけど」

 

「嘘を吐くのがお上手ではないのですね。手伝えることはありますか?」

 

「……じゃあ、この書類にハンコ」

 

「畏まりました♡」

 

 手渡された書類を受け取ると、彼女は棚にしまってあるクッションを取り出し、私の横で正座した。そのまま地べたに置いた書類に、ハンコをぺったんぺったんと押し始める。

 

 ワカモにもたまには当番として来てもらっているが、私の近くが良いのか、傍に座るのが平常運転である。当初こそ床に素足だったのでそれはまずいと思い、頼み込むカタチでクッションくらいは敷いてもらえるようになった。

 

 ……本当は、こういう状況がまず危ない気もするが、これが私と彼女の距離感だった。

 

「……なんでわかったの?」

 

「嘘を吐いたのが、ですか? 先生は、わかりやすいですから」

 

「……」

 

「あえて言語化出来るわけではございませんが――そうですね。強いて言えば、わざと嘘を吐こうとしている、というか」

 

 ワカモは私の方などまるで見ずに、ぺったんとハンコを押す。さらさらと流れる髪が顔にかかって、やけに綺麗に見える。

 

「嘘を吐こうとしているのではなく、誤魔化そうとしている感じでしょうか。ですから、わかりやすいのです」

 

「ふーん……よく知っているね。私より詳しいんじゃない?」

 

「そんなことはありません」

 

 きっぱりと、ワカモは言う。あくまでも三歩後ろを楚々と行く、そんなつもりらしい。

 

「尤も、先生が本心から(、、、、)誤魔化そうとすれば――――わかりませんが」

 

「……」

 

 一瞬の静寂。私は作業を止める。けれどワカモはなんでもないことのように、またぺったんとハンコを押す。

 

「ワカモ」

 

「……はい」

 

「それ、私と君だけの秘密ね」

 

「――ひ、秘密♡ は、はいっ! このワカモ……何があってもこのお話は守り通しましょう!」

 

 なんだかよくわからないところで沸かせてしまった。

 

「そういうの、皆にバレちゃうのは恥ずかしいじゃん?」

 

「そういうもの――なのでしょうか?」

 

「うん。誰だって、水面下で必死にバタ足してるのは見られなくないものだよ」

 

「……では、そうなのでしょうね」

 

 ワカモはまた自然に作業に戻った。今度の沈黙はなんとなく心地良くて、気に入った。

 

 そのまましばらく作業をすると、ハンコを押し終わったワカモが私の後方に聳え立った。

 

「……」

 

 ぶんぶんと振るう尻尾が背中に当たる。少し前に首を絞められかけたこともあるので、今日はまだマシな方だ。その時は彼女も地面にめり込むくらいに頭を下げていたが、本当に地面にめり込む前に止めた。

 

「暇かい?」

 

「いいえ。先生のお仕事姿を見ているだけでも充分すぎるほどに満足でございます」

 

「そっか。今日は元々あんまり仕事がない日でね。午後からは外にでも出ようかと思ってるんだけど、一緒に来る?」

 

「……良いのですか?」

 

「勿論。といっても、ただ歩くだけだから大したことは出来ないと思うけど――」

 

「――っ♡♡♡♡♡♡」

 

 言葉になっていないみたいだった。というか、言語としてなっていないみたいだった。

 

「もうすぐ終わるから、ゆっくりしてていいよ」

 

「はいっ♡ このまま待ってますっ♡」

 

「ゆっくりとは?」

 

   〇

 

 午後から外に出た。キヴォトスは今日も代わり映えのしない平穏な一日で、学生同士の対立、火薬量を間違えた爆発事故、料理の味が良くなかったからと店を破壊するテロリスト、ヘルメット団と所確幸の抗争と普段通りだった。

 

「……」

 

 いや、何故ヘルメット団と所確幸の抗争が……?

 

「あなた様――っ♡ 見て頂けました? 私の姿を!」

 

「お見事だったよ。流石ワカモだね」

 

「♡♡♡」

 

「日本語でお願いね」

 

 色々と派手にやらかした後の処理をしていると、彼女はとてとてと私の元まで駆けてきた。周囲はかなり壊滅的で、被害状況がとんでもないことになっているが、幸いにも軽症者数名で済んだ。本当に幸運だっただろう。

 

「お疲れ様、ワカモ」

 

 撫でろ、と言わんばかりに頭を差し出されていたから、そのままわしゃわしゃと撫でてあげた。髪の毛にも気を使っているだろうから、本当はもっと優しくしてあげたいところなのだが――先日そうしたら「もっとわしゃわしゃとお願いできますか……?」と上目遣いで言われてしまったので、致し方なく雑に撫でている。

 

「♡♡♡」

 

「また人語を忘れている……」

 

「先日もお叱りを受けてしまいましたからね。そう何度も失敗しては、先生の面目にも傷をつけてしまうでしょう」

 

「そっか。ありがとう」

 

「先生のお役に立てて何よりです。このワカモ、至上の喜びにございます」

 

「周囲を燃やさないようにするのも上手になってきたしね。偉いよ」

 

「♡♡♡」

 

「また……」

 

 気を抜くとすぐに人語を忘れてしまう。でも、私の話はちゃんと聞いてくれているようで安心した。

 

「……というか」

 

「? 何でございましょう?」

 

「ワカモの銃――」

 

「――ああ、これのことでございますか?」

 

 背中に構えていた銃をがちゃりと両手で持つ。短小銃――大日本帝国陸軍が採用していたボルトアクション・ライフルである。昭和のころから戦争を支えており、小銃とは言っても小柄なワカモからすればかなり大きく見える。それに加えて銃剣までもが装着されており、見るだけで威圧感がある。

 

「九九式短小銃――素のままだとあまり可愛らしくないので装飾は施しておりますが……それがどうかしましたか?」

 

「うん。気になったんだけど、それって別に爆弾を撃ったりするモノじゃないんだね」

 

「……イマイチ意図を理解出来ないのですが……手榴弾くらいならば携帯しておりますよ?」

 

「えっと、ごめん。言葉足らずだった。つまり――その、ワカモと言えば炎のイメージがあって」

 

 なんとなく、どうしてだろうと思ったのだ。

 

 燃えるような情熱の少女。私がワカモに抱いているイメージだ。情熱的というのは良い意味でもあるし、そのまま悪い意味でもある。その分素直だということではあるが――ともかく。

 

「別に銃が人を燃やすなんてことはないよな、って思って。ごめん、よくわかんないこと聞いちゃったな」

 

「ああ……それでしたら」

 

 そう言うと、ごく自然な動作で、彼女は近くに落ちていた木の破片を持った。おそらく何かの看板だったのだろう。私からは電話番号のような数字の羅列が見える。

 

 それをワカモは思い切り、ぽいっと上空に飛ばした。

 

 ――直後、とんでもない熱を感じたかと思うと――――そこにあったはずの破片は、既に木炭と化していた。

 

「――――え」

 

「これのこと、でございましょう」

 

 なんてことはないように、ワカモは言う。からん、と乾いた音がして、木炭が地面に落下する。私はただ目を見開いて、ただそれを見ていることしか出来なかった。

 

「……今のは?」

 

「私、『天災保有者(Disaster Holder)』ですので」

 

 にこり、とワカモは笑う。まるで狐に化かされてしまったように、私は動けなくなる。

 

 ――いったい今、何が起きたのか。熱。それがポイントであることは確かだ。

 

 だが――まるで意味がわからない。何故燃えたのか。木炭になったということは炭化したということ。

 

 予め熱線のようなモノを準備していた? あるいは、内部に油を仕込んだとか?

 

 ……どの考えも現実的ではなさそうだ。

 

「……思い出した。そういえば、カンナも言ってた。『天災保有者』――って、いったい何なの?」

 

「簡単に言えば、『地球』(Gaia)に愛された者……でしょうね」

 

「『地球』に……?」

 

「私も詳しいわけではないのです。こういったのは、そうですね……トリニティの古書館にでも行けば、わかるかもしれません。私の口よりもよほど正確に伝えてくれるでしょう」

 

「そっか。ワカモも知らないんだね」

 

「ええ。生まれつきこういうことが出来る(、、、、、、、、、、、、、、、)……ただそれだけなのです」

 

 イマイチ要領を得ないが、ワカモ自身がわからないのであれば致し方あるまい。

 

 空を見れば、まだ日は暮れていないようだった。今からトリニティに行ったとしても、多少は調べる時間もあるだろう。

 

「……じゃ、ここ片付けたら行ってみようかな。トリニティ」

 

「図書館デートでございますか!?」

 

「……うん」

 

「今のはわかりやすかったですよ」

 

「あ、ごめん」

 

 しかし、今日も至る所で様々な事件が起こっているのか、救急車が一向に到着しない。

 

 幸い重傷者はいない。軽い擦過傷の怪我人が数名いるのみだが……せめて、ヴァルキューレくらいはそろそろやってきてもおかしくないはずだ。

 

「……」

 

 だから、少しだけ妙だな、と思った。

 

 確かに救急部は毎日てんてこ舞いだ。至る所で事件は起き、そのたびに駆り出されている。

 

 けれど――ここまで遅いことが、これまであっただろうか。

 

 少し気になって、タブレットを取り出した。その瞬間だった。

 

「せっ、先生!」

 

「アロナ? どうかしたの?」

 

「と、とっ、とんでもないことが……とにかくとんでもないことが!」

 

「落ち着いて落ち着いて。何があったの?」

 

「ハナコさんが……浦和ハナコさんが病院に搬送されたそうです!」

 

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