浦和ハナコは言付ける   作:浅笠紗々

8 / 45
07/事件

 トリニティの医務室に駆け込むと、案の定補習授業部のみんなが立ち尽くしていた。

 

「せ、先生……」

 

「みんな。ハナコが運ばれたって聞いたけど――」

 

「――うん。私が発見した」

 

 アズサが頷く。その表情は強張っており、強い困惑があるのがわかる。

 

「路上で倒れていた。すぐに通報して手当をしようと思ったけど、傷が多すぎたから軽い止血くらいしか出来なかった……」

 

「……」

 

「私……」

 

「アズサのせいじゃないよ」

 

 溜まった涙が決壊していた。私はハンカチを取り出して、アズサの涙を拭う。

 

 彼女はふるふると震えたまま、その場にただ立っていた。いてもたってもいられなくて、私はアズサを抱きしめた。そうしないと彼女がぼろぼろと崩れていきそうな気がして、怖かった。

 

「大丈夫だよ。救護騎士団は優秀だから……」

 

 近くにあったベンチにまで、アズサを運ぶ。衣服がじわりと濡れるが、気にもならなかった。

 

 ……確かに、アズサは辛いはずだ。もし自分がついていれば、もっと早く気付けていれば――こんなことにはならなかったのに。そういうことを考えてしまう子だ。

 

「今は何も話さなくていいよ。だから、とりあえず深呼吸しよう」

 

「……すぅ……はぁ……」

 

「うんうん、偉い偉い」

 

 なるべく響かないように、優しく語りかける。そのまま頭を撫でてあげる。

 

「先生……」

 

「ヒフミ。状況はどんな感じ?」

 

「わっ、私も詳しいわけではないのですが……アズサちゃんと歩いていたら、路上でハナコちゃんが倒れていて――」

 

「……怪我してたって聞いたけど、銃弾だった?」

 

「多分、そうです。切り傷みたいなモノもありましたし……ぼろぼろでした」

 

「……」

 

 それは――なんだか腑に落ちないな。

 

 確かにハナコ自身はそこまで戦えるわけではない。強いわけでもない。いざ戦闘になれば裏方に回る、そもそもなるべく戦闘が起きないように立ち回る――そんなイメージ。

 

 だとすれば、普段からある程度気をつけていそうなモノだ。ただでさえトリニティはお嬢様学校――難癖をつけられ、襲われる機会も多い。聡いハナコが一人で治安の悪い場所を歩くとも考えられないし……そもそも、ヒフミとアズサも使っているはずの道だ。そんな普通の道で襲われるなんてことが、果たして起こるのだろうか?

 

 計画的な犯行? それとも突発的だったからここまで違和感があるのか? ハナコ一人を狙った? でも……何故ハナコを?

 

 考えてもキリがなさそうだ。一旦思考を打ち切ると、廊下を歩く足音が聞こえてきた。

 

「先生。いらしてたのですね」

 

「ミネ……ハナコが襲われたって聞いたけど」

 

「襲われた……ええ、そうでしょうね。傷の具合と周囲の状況を鑑みるに、交戦した模様です」

 

「……」

 

「幸いにも命に別状はありません。しばらく経過を見ることはありますが、もう安心です」

 

 その場にいた全員が、ほっと溜息をついた。命に別状はない――それだけで充分すぎるくらいだった。

 

 だが、ハナコが無事だったらなら、まだほかに考えなくてはならない疑問がある。

 

「では、誰が襲ったのか。既にティーパーティーとシスターフッドが調査を始めています。じきに答えもわかるでしょう」

 

「……」

 

「せ、先生っ」

 

「……コハル。どうかした?」

 

「う、ううん。なんでもないって言うか、なんと言うか……」

 

「気になることでもあった?」

 

「……どうして、ハナコがこんな目にあわなくちゃいけないんだろう、って思って」

 

 コハルは小さく、でも芯の通った声で言った。

 

「私、凄く、むず痒いっていうか……正義実現委員会なのに……」

 

「大丈夫だよ、コハル。私もなんとかしてみるから」

 

「なんとかするって……どうするつもりなの?」

 

「今から考えるよ」

 

 アズサはすっかり落ち着いたようで、私が背中を軽くたたくと、勢いよく離れた。

 

「――あ、あの、先生っ。今のは……!」

 

「わかってる。怖かったよね」

 

「……っ」

 

 もじもじと体をくねらせる。そんなアズサの頭に手を置いて、私は言う。

 

「じゃあ、私はこれから行くところがあるから。皆も……今日は眠れないかもしれないけど、体を休めておいた方が良い」

 

「先生、どこに行くんですか?」

 

「ティーパーティーだよ」

 

   〇

 

「……来たか、先生」

 

「その言い方だと、来るのがわかってたみたいだね」

 

「来ないわけがないと信じていたからね」

 

「……?」

 

 なんだか少しばかり変な言い方。けれど、私はテラス席の近くまで歩いて、適当な椅子に腰かけた。

 

 セイア、ナギサ、ミカ――ティーパーティー揃い踏みだ。

 

「話は聞いているだろう。浦和ハナコが襲われた」

 

「みたいだね」

 

「話すと長くなるからかいつまむと――私は正直、今回の件はゲヘナ側の犯行を疑っている」

 

「……」

 

 なんというか、これまでと雰囲気が変わっている気がした。それはセイアだけではない。ミカも、ナギサも……少しばかり重苦しい雰囲気だった。

 

 あのセイアが何も考えずに今のゲヘナを疑うはずがない。それに、ここにきてこの明確な宣言。意志が現れているかのようだ。

 

「もうある程度、こちらでも捜査は進んでいる。今日の午後、彼女は事件にあったようだ。周囲にあったアスファルトの弾痕から察するに、複数名による襲撃。彼女も対抗したようだが……」

 

「弾痕があるってことは、相手の弾丸を辿って銃火器のルートを探れないかな?」

 

「私も同意見だ。既に調査を始めさせているよ」

 

 流石セイア。手が速い。

 

「そして、調べていたら気になることもあった。どうやらハナコは襲われる数時間前――古書館に訪れていたようなんだ」

 

 セイアが私に資料を見せる。書籍の貸し出し記録だ。

 

 浦和ハナコ――日付はまさしく今日。

 

「つまり、ハナコはその本を読んで……何かに気付いてしまった。そこを襲われた、と?」

 

「その可能性もあるだろう。あるいは、元々今日襲うつもりだったところに、更に彼女が知識まで仕入れてしまったとか」

 

 流石にそこまでの断言はできないだろう。でも、ハナコが何かに気付いた可能性は大きい。

 

 ……ハナコのことだ。他の人を――それは私も含めて――巻き込みたくない、とでも考えてしまったのだろう。

 

「ちなみに、その本の内容は?」

 

「――――『天災』(Disaster)について、だ」

 

「……『天災』、か」

 

「キヴォトスでも知らない者の方が多いが……先生はもう知っているようだね?」

 

「ちょっと聞いたことがあるくらいだよ。具体的には知らない。でも、なんでその本を?」

 

「さあね。調べものをしている最中で……そこに辿り着いてしまったのか。あるいは初めから絞っていたのか。どちらなのかは定かではない。目覚めた彼女に聞くしかなさそうだ」

 

「……」

 

「先生は『天災』をどこで?」

 

「ヴァルキューレ――カンナが言ってたんだ。ワカモにも聞いた」

 

「成程、七囚人の。例の件か」

 

 セイアは頷いた。概ね合点がいったようだった。

 

「実は――ミカもその『天災』を保有しているんだが……知っていたかい?」

 

 なんでもないことのように、セイアはミカに目線を向けた。彼女もいきなり話を振られるとは思っていなかったみたいで――目をぱちくりとさせる。

 

 けれども呼ばれて納得したみたいに、彼女はえへんと胸を張った。

 

「なんだかわかんないけど、凄いらしいよ☆」

 

「『天災保有者』……それは、『地球』(Gaia)に選ばれた者だ。言ってしまえば――そうだね。地球の力を持っている特別な存在だ」

 

「地球の力……?」

 

「そうだ。例えば『地震』みたいに。地球の欠伸のようなそれは、我々人類にとって巨大な災害――『天災(、、)』足りえる。そのような地球の、惑星として持つ力を与えられた存在、それが『天災保有者』だ」

 

 確かに……言われてみれば、ミカは特異なチカラがある。常識では考えられないような異能。

 

「――『第七天災(Disaster Seventh)』。それは『隕石』だ」

 

「そうは言っても、コントロールがあんまり出来ないんだけどね。適当にやっちゃうと大変なことになるし」

 

「……」

 

 何でもないことのように言うから少しぞくりとした。

 

 そうか――ミカは隕石を落とせるのか。その上、失敗して自分の頭に落下させても「いたた」で済んでしまうのか。

 

 私だったらぺしゃんこになってしまうだろう。

 

「その書籍自体は貸し出されてしまっていて、今手元にはない。ハナコの部屋にも、所持もしていなかったみたいだ」

 

「襲撃者が強奪したってことか」

 

「ほぼ間違いない」

 

「その――『天災保有者』ってのは、どれくらいいるの?」

 

「七人だけだ。どんな時代でも、常に七つの『天災』が『神秘』として与えられてきた。一人が『天災』を失えば、その瞬間別の誰かが新しい『天災保有者』になる」

 

「種類は?」

 

「細かくは覚えていないが……基本は災害をなぞらえたチカラだから――『雷雨』や『旱魃(かんばつ)』、『噴火』があったはずだよ」

 

「『噴火』ね……」

 

 おそらくワカモの『天災』はそれなのだろう。最も彼女らしい天災だ。

 

 考えられるとすれば――火砕流か。噴火の際に生じる砕けた破片が大気と混じって、とんでもない熱となり周囲を襲う現象。彼女のチカラが目に見えなかったのも頷けるだろう。火砕流は溶岩のように、目に見えるモノではないのだ。

 

 ちなみに、火砕流の速度は時速100キロを超えることもある。短時間で瞬く間に周囲を焦土に変える、無色の炎熱地獄。それが火砕流という現象だ。

 

 言われてみればより納得、なるほど実にワカモらしい。

 

「とにかく、大体の流れはわかったよ。それじゃあ最後に聞きたいことがある」

 

「何かな?」

 

「トリニティとハナコが襲われた場所を線で結んで――その先に何があった?」

 

 ハナコはどこかへ行こうとしていた。少なくとも誰かに助けは求めていなかったみたいだ。自分一人で解決しようと、あるいはさらに調べようとしていたのだろう。だからこそ発見が遅れ、襲撃時は一人きりだった。

 

 そんな彼女が、遠回りをするはずがない。私でもそうする。最短距離で一直線に、目的地に向かうはずだ。

 

 トリニティの校舎と、ハナコの襲われた位置。その点と点と結べば――彼女の行きたかった場所がわかるはずだ。

 

「……正直、あまり信じたくはないんだけれどもね」

 

「ということは、やっぱり――」

 

「――そうだ。ゲヘナ学園だ」

 

   〇

 

 トリニティの外まで来ると、ワカモが私のことを待っていた。日は暮れかけ、少しばかり寒くなってきた。

 

「待たせてごめんね、ワカモ」

 

「いえ。先生が待てと言うならば、私はいつまでも待ちましょう」

 

「流石にそこまではしなくてもいいんだけど――」

 

「――それで。ゲヘナに行くんですか?」

 

「……なんでわかったの?」

 

「別にわかったわけじゃあありません。トリニティの生徒を襲うだなんて、十中八九ゲヘナの生徒でしょうから」

 

 その予想が当たっていないと良いのだけれど。

 

 単に、ハナコはゲヘナに調べものをしに向かった可能性もある。エデン条約は締結されたし、アトラ・ハシースの中で多少なりとも交友関係は出来ていただろうから、無碍に扱われるということもないだろう。

 

 そして道中、たまたま誰かに襲われてしまった。そんなことだってあり得る。出来るならばそうであってほしいとさえ思うが――。

 

「……」

 

「あなた様?」

 

「……あ、いや。なんでも」

 

「難しい顔をしておられますわ。それほど、此度の事件は厄介なのでしょうか」

 

「正直わからない。でも、私の大切な生徒が傷つけられたのは事実だから。それがどんな理由でも……原因を見つけて、もう起こらないようにして、それから叱ってあげなきゃ」

 

 良くないことをするのは悪いのだと。大人の私が叱ってあげるのも、私の責務だと思う。

 

 何かまずい陰謀めいた目論見を感じてはいるけれど――。

 

「何かを目指すことは間違いじゃないと思う。でも、その過程で不当に他人を傷つけちゃあ、ダメだと思うから」

 

 規範とはそういうことなのだ。サッカー中に相手を殴ってはならない。ルール上ではファウル、場合によってはレッドカードで即退場ではあるが――暴力を肯定してはサッカーというルールが成り立たなくなってしまう。だから暴力を振るってはならないのだ。

 

 どうしてもやりたければ格闘技という手もあるだろう。いずれにせよ、不当な行為は忌避されねばならない。

 

「あなた様はいつも、輝いておられます」

 

「……急に褒めてくれるね」

 

「ですが――私はいつか、あなた様が壊れてしまわないか、心配です」

 

「……」

 

「もし先生が先生でなくなってしまう時――あなた様は、きっと壊れてしまうから」

 

「私が先生に寄りかかっているって?」

 

「そうでは、ないのですか?」

 

「……」

 

 この子は。

 

 なるほど、確かに――聡い子だ。肝心なところは見抜いている。

 

「それ、秘密って言ったよね?」

 

「きゅん♡♡」

 

「……」

 

 今のは私が悪いのだろうか?

 

「ともかく、ゲヘナに向かうよ。ついてくる?」

 

「勿論です。あなた様となら、例え火の中水の中――どこまでだって、お供しましょうとも♡」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。