トリニティの医務室に駆け込むと、案の定補習授業部のみんなが立ち尽くしていた。
「せ、先生……」
「みんな。ハナコが運ばれたって聞いたけど――」
「――うん。私が発見した」
アズサが頷く。その表情は強張っており、強い困惑があるのがわかる。
「路上で倒れていた。すぐに通報して手当をしようと思ったけど、傷が多すぎたから軽い止血くらいしか出来なかった……」
「……」
「私……」
「アズサのせいじゃないよ」
溜まった涙が決壊していた。私はハンカチを取り出して、アズサの涙を拭う。
彼女はふるふると震えたまま、その場にただ立っていた。いてもたってもいられなくて、私はアズサを抱きしめた。そうしないと彼女がぼろぼろと崩れていきそうな気がして、怖かった。
「大丈夫だよ。救護騎士団は優秀だから……」
近くにあったベンチにまで、アズサを運ぶ。衣服がじわりと濡れるが、気にもならなかった。
……確かに、アズサは辛いはずだ。もし自分がついていれば、もっと早く気付けていれば――こんなことにはならなかったのに。そういうことを考えてしまう子だ。
「今は何も話さなくていいよ。だから、とりあえず深呼吸しよう」
「……すぅ……はぁ……」
「うんうん、偉い偉い」
なるべく響かないように、優しく語りかける。そのまま頭を撫でてあげる。
「先生……」
「ヒフミ。状況はどんな感じ?」
「わっ、私も詳しいわけではないのですが……アズサちゃんと歩いていたら、路上でハナコちゃんが倒れていて――」
「……怪我してたって聞いたけど、銃弾だった?」
「多分、そうです。切り傷みたいなモノもありましたし……ぼろぼろでした」
「……」
それは――なんだか腑に落ちないな。
確かにハナコ自身はそこまで戦えるわけではない。強いわけでもない。いざ戦闘になれば裏方に回る、そもそもなるべく戦闘が起きないように立ち回る――そんなイメージ。
だとすれば、普段からある程度気をつけていそうなモノだ。ただでさえトリニティはお嬢様学校――難癖をつけられ、襲われる機会も多い。聡いハナコが一人で治安の悪い場所を歩くとも考えられないし……そもそも、ヒフミとアズサも使っているはずの道だ。そんな普通の道で襲われるなんてことが、果たして起こるのだろうか?
計画的な犯行? それとも突発的だったからここまで違和感があるのか? ハナコ一人を狙った? でも……何故ハナコを?
考えてもキリがなさそうだ。一旦思考を打ち切ると、廊下を歩く足音が聞こえてきた。
「先生。いらしてたのですね」
「ミネ……ハナコが襲われたって聞いたけど」
「襲われた……ええ、そうでしょうね。傷の具合と周囲の状況を鑑みるに、交戦した模様です」
「……」
「幸いにも命に別状はありません。しばらく経過を見ることはありますが、もう安心です」
その場にいた全員が、ほっと溜息をついた。命に別状はない――それだけで充分すぎるくらいだった。
だが、ハナコが無事だったらなら、まだほかに考えなくてはならない疑問がある。
「では、誰が襲ったのか。既にティーパーティーとシスターフッドが調査を始めています。じきに答えもわかるでしょう」
「……」
「せ、先生っ」
「……コハル。どうかした?」
「う、ううん。なんでもないって言うか、なんと言うか……」
「気になることでもあった?」
「……どうして、ハナコがこんな目にあわなくちゃいけないんだろう、って思って」
コハルは小さく、でも芯の通った声で言った。
「私、凄く、むず痒いっていうか……正義実現委員会なのに……」
「大丈夫だよ、コハル。私もなんとかしてみるから」
「なんとかするって……どうするつもりなの?」
「今から考えるよ」
アズサはすっかり落ち着いたようで、私が背中を軽くたたくと、勢いよく離れた。
「――あ、あの、先生っ。今のは……!」
「わかってる。怖かったよね」
「……っ」
もじもじと体をくねらせる。そんなアズサの頭に手を置いて、私は言う。
「じゃあ、私はこれから行くところがあるから。皆も……今日は眠れないかもしれないけど、体を休めておいた方が良い」
「先生、どこに行くんですか?」
「ティーパーティーだよ」
〇
「……来たか、先生」
「その言い方だと、来るのがわかってたみたいだね」
「来ないわけがないと信じていたからね」
「……?」
なんだか少しばかり変な言い方。けれど、私はテラス席の近くまで歩いて、適当な椅子に腰かけた。
セイア、ナギサ、ミカ――ティーパーティー揃い踏みだ。
「話は聞いているだろう。浦和ハナコが襲われた」
「みたいだね」
「話すと長くなるからかいつまむと――私は正直、今回の件はゲヘナ側の犯行を疑っている」
「……」
なんというか、これまでと雰囲気が変わっている気がした。それはセイアだけではない。ミカも、ナギサも……少しばかり重苦しい雰囲気だった。
あのセイアが何も考えずに今のゲヘナを疑うはずがない。それに、ここにきてこの明確な宣言。意志が現れているかのようだ。
「もうある程度、こちらでも捜査は進んでいる。今日の午後、彼女は事件にあったようだ。周囲にあったアスファルトの弾痕から察するに、複数名による襲撃。彼女も対抗したようだが……」
「弾痕があるってことは、相手の弾丸を辿って銃火器のルートを探れないかな?」
「私も同意見だ。既に調査を始めさせているよ」
流石セイア。手が速い。
「そして、調べていたら気になることもあった。どうやらハナコは襲われる数時間前――古書館に訪れていたようなんだ」
セイアが私に資料を見せる。書籍の貸し出し記録だ。
浦和ハナコ――日付はまさしく今日。
「つまり、ハナコはその本を読んで……何かに気付いてしまった。そこを襲われた、と?」
「その可能性もあるだろう。あるいは、元々今日襲うつもりだったところに、更に彼女が知識まで仕入れてしまったとか」
流石にそこまでの断言はできないだろう。でも、ハナコが何かに気付いた可能性は大きい。
……ハナコのことだ。他の人を――それは私も含めて――巻き込みたくない、とでも考えてしまったのだろう。
「ちなみに、その本の内容は?」
「――――
「……『天災』、か」
「キヴォトスでも知らない者の方が多いが……先生はもう知っているようだね?」
「ちょっと聞いたことがあるくらいだよ。具体的には知らない。でも、なんでその本を?」
「さあね。調べものをしている最中で……そこに辿り着いてしまったのか。あるいは初めから絞っていたのか。どちらなのかは定かではない。目覚めた彼女に聞くしかなさそうだ」
「……」
「先生は『天災』をどこで?」
「ヴァルキューレ――カンナが言ってたんだ。ワカモにも聞いた」
「成程、七囚人の。例の件か」
セイアは頷いた。概ね合点がいったようだった。
「実は――ミカもその『天災』を保有しているんだが……知っていたかい?」
なんでもないことのように、セイアはミカに目線を向けた。彼女もいきなり話を振られるとは思っていなかったみたいで――目をぱちくりとさせる。
けれども呼ばれて納得したみたいに、彼女はえへんと胸を張った。
「なんだかわかんないけど、凄いらしいよ☆」
「『天災保有者』……それは、
「地球の力……?」
「そうだ。例えば『地震』みたいに。地球の欠伸のようなそれは、我々人類にとって巨大な災害――『
確かに……言われてみれば、ミカは特異なチカラがある。常識では考えられないような異能。
「――『
「そうは言っても、コントロールがあんまり出来ないんだけどね。適当にやっちゃうと大変なことになるし」
「……」
何でもないことのように言うから少しぞくりとした。
そうか――ミカは隕石を落とせるのか。その上、失敗して自分の頭に落下させても「いたた」で済んでしまうのか。
私だったらぺしゃんこになってしまうだろう。
「その書籍自体は貸し出されてしまっていて、今手元にはない。ハナコの部屋にも、所持もしていなかったみたいだ」
「襲撃者が強奪したってことか」
「ほぼ間違いない」
「その――『天災保有者』ってのは、どれくらいいるの?」
「七人だけだ。どんな時代でも、常に七つの『天災』が『神秘』として与えられてきた。一人が『天災』を失えば、その瞬間別の誰かが新しい『天災保有者』になる」
「種類は?」
「細かくは覚えていないが……基本は災害をなぞらえたチカラだから――『雷雨』や『
「『噴火』ね……」
おそらくワカモの『天災』はそれなのだろう。最も彼女らしい天災だ。
考えられるとすれば――火砕流か。噴火の際に生じる砕けた破片が大気と混じって、とんでもない熱となり周囲を襲う現象。彼女のチカラが目に見えなかったのも頷けるだろう。火砕流は溶岩のように、目に見えるモノではないのだ。
ちなみに、火砕流の速度は時速100キロを超えることもある。短時間で瞬く間に周囲を焦土に変える、無色の炎熱地獄。それが火砕流という現象だ。
言われてみればより納得、なるほど実にワカモらしい。
「とにかく、大体の流れはわかったよ。それじゃあ最後に聞きたいことがある」
「何かな?」
「トリニティとハナコが襲われた場所を線で結んで――その先に何があった?」
ハナコはどこかへ行こうとしていた。少なくとも誰かに助けは求めていなかったみたいだ。自分一人で解決しようと、あるいはさらに調べようとしていたのだろう。だからこそ発見が遅れ、襲撃時は一人きりだった。
そんな彼女が、遠回りをするはずがない。私でもそうする。最短距離で一直線に、目的地に向かうはずだ。
トリニティの校舎と、ハナコの襲われた位置。その点と点と結べば――彼女の行きたかった場所がわかるはずだ。
「……正直、あまり信じたくはないんだけれどもね」
「ということは、やっぱり――」
「――そうだ。ゲヘナ学園だ」
〇
トリニティの外まで来ると、ワカモが私のことを待っていた。日は暮れかけ、少しばかり寒くなってきた。
「待たせてごめんね、ワカモ」
「いえ。先生が待てと言うならば、私はいつまでも待ちましょう」
「流石にそこまではしなくてもいいんだけど――」
「――それで。ゲヘナに行くんですか?」
「……なんでわかったの?」
「別にわかったわけじゃあありません。トリニティの生徒を襲うだなんて、十中八九ゲヘナの生徒でしょうから」
その予想が当たっていないと良いのだけれど。
単に、ハナコはゲヘナに調べものをしに向かった可能性もある。エデン条約は締結されたし、アトラ・ハシースの中で多少なりとも交友関係は出来ていただろうから、無碍に扱われるということもないだろう。
そして道中、たまたま誰かに襲われてしまった。そんなことだってあり得る。出来るならばそうであってほしいとさえ思うが――。
「……」
「あなた様?」
「……あ、いや。なんでも」
「難しい顔をしておられますわ。それほど、此度の事件は厄介なのでしょうか」
「正直わからない。でも、私の大切な生徒が傷つけられたのは事実だから。それがどんな理由でも……原因を見つけて、もう起こらないようにして、それから叱ってあげなきゃ」
良くないことをするのは悪いのだと。大人の私が叱ってあげるのも、私の責務だと思う。
何かまずい陰謀めいた目論見を感じてはいるけれど――。
「何かを目指すことは間違いじゃないと思う。でも、その過程で不当に他人を傷つけちゃあ、ダメだと思うから」
規範とはそういうことなのだ。サッカー中に相手を殴ってはならない。ルール上ではファウル、場合によってはレッドカードで即退場ではあるが――暴力を肯定してはサッカーというルールが成り立たなくなってしまう。だから暴力を振るってはならないのだ。
どうしてもやりたければ格闘技という手もあるだろう。いずれにせよ、不当な行為は忌避されねばならない。
「あなた様はいつも、輝いておられます」
「……急に褒めてくれるね」
「ですが――私はいつか、あなた様が壊れてしまわないか、心配です」
「……」
「もし先生が先生でなくなってしまう時――あなた様は、きっと壊れてしまうから」
「私が先生に寄りかかっているって?」
「そうでは、ないのですか?」
「……」
この子は。
なるほど、確かに――聡い子だ。肝心なところは見抜いている。
「それ、秘密って言ったよね?」
「きゅん♡♡」
「……」
今のは私が悪いのだろうか?
「ともかく、ゲヘナに向かうよ。ついてくる?」
「勿論です。あなた様となら、例え火の中水の中――どこまでだって、お供しましょうとも♡」