【午前02 パピヨンパーク・庭園エリア】
駆ける。駆ける。長大な突撃槍で右手で突き出し、左手を穂先の側面に添えてその重さを支えながら、豊後の前に現れた謎の少年戦士・カズキが敵めがけて一直線に駆ける。
尻尾のように後方へ流れる飾り布が山吹色に発光し、ぐにゃりと飴が溶けるように形を崩す。瞬間、まるで推進装置が点火したようにカズキの速度が爆発的に上がった。
核鉄番号3番、突撃槍の武装錬金"SUNLIGET HEART"。錬金術が生み出した超常の合金・核鉄が、所有者の『戦う意志』を具現化した唯一無二の武装である。
その特性は、生命エネルギーを物質化した飾り布。カズキの意志で自在にエネルギー化し、突撃の推進補助や攻撃への転用などの利用が可能となる。
「貫け、俺の武装錬金! ≪サンライトスラッシャー≫!!」
技の名前らしき咆哮とともに、山吹色の閃光と化したカズキが、巨大な両腕が特徴的なM字型のキャンサー――ノッカー種に正面から激突。玉突きのようにその巨体を弾き飛ばした。
「――駄目か。こいつら、やっぱり硬い……!」
攻撃は命中。その結果に、しかしカズキの表情は硬い。地面に転がるノッカー種に傷らしいものはない。吹き飛ばしはしたが、有効なダメージは与えられていない証拠だった。
武装錬金はセラフではない。そのため余程規格外の出力でない限りキャンサーの強固な外殻を破壊することは不可能なのだ。
どうする? カズキの中に迷いが浮かぶ。飾り布の加速を得た突撃槍の一撃。数多の敵を屠ってきた必殺技が、しかしこの未知の化物相手には通用しない。
これ以上の破壊力を出す方法は――ある。しかしいずれの選択肢も小さくない代償があるのだ。
戦える戦士が自分一人だけ、そして守るべき者が一人だけではない現在、安易に選ぶことはできなかった。
迷うカズキに、しかし敵は決断の時間を与えなかった。起き上がったノッカー種が両腕の先端を地面に突き立て、そのまま勢いよく振り上げて地面をひっくり返す。
掘り返された土石がカズキ達の頭上から迫る。避けるのは容易だった。突撃の要領で前方へ駆け抜ければそれで済む。
だが避けてしまえば、後方が――背中に守る少女が無事では済まない。今度はカズキは迷わなかった。
立ち止まり、左手で飾り布の根元を握る。そして旗を振るようにエネルギー化した飾り布を大きく翻し、降り注ぐ土石の雨を打ち払う。
足を止めたカズキに、ノッカー種が追撃を仕掛けた。両腕に力を込めて大きく跳躍。カズキ――の頭上を飛び越え、その背後の豊後を狙って飛びかかる。
「しまった!?」
カズキは急いで踵を返し、ノッカー種を追って後方へ走った。
助走をつけ、思い切り地面を踏みしめて跳躍。同時に突撃槍の特性を発動し、斜め上方向へ突撃。上空の敵めがけて、ミサイルのように文字通り飛び出した。
後方斜め下からの突き上げをもろに食らい、ノッカーが体勢を崩して墜落。一方、着地したカズキは間髪入れずに再突撃。立て直される前に追撃を試みる。
だがノッカー種は即座に起き上がり、片腕を突き出してカズキを迎撃。巨腕の先端と突撃槍の穂先が激突し、互いに弾き合った。
衝突の反動で、カズキがたたらを踏んで立ち止まる。一方、ノッカー種は弾かれた腕を地面に突き立て、独楽のようにその場で回転。反対側の腕を全身ごと振り回し、第二撃を仕掛けた。
横合いから迫る敵の打撃を、カズキは突撃槍を盾のように構えて受け止める。衝撃で身体を二、三歩分ほど後方へ押し込まれたが、防御には成功した。
だがその時、カズキでも豊後でもない第三者の声が、どこからか響いた。
「――避けろ、カズキっ!」
女のものらしき、悲鳴じみたその大声とほぼ同時に、カズキの背後から影が差す。振り返ると、頭上から新たな敵影。
最初に追い払った車輪型でも、勿論目の前のM字型でもない、四脚で虫のような形状をした第三のキャンサーが、カズキめがけて飛びかかっていた。
新たに現れた、全身がひび割れたその虫型キャンサー――ホッパー種の体当たりが、カズキの無防備な背中に迫る。
まずい、とカズキは息を呑んだ。今は目の前の敵の相手で、両手も武器も塞がっている。
咄嗟に飛び退いて回避を試みたが、その選択は悪手だった。自由になったノッカー種の打撃と、ホッパー種の体当たりが同時に直撃。容赦なくカズキを吹き飛ばした。
「ぐわあぁっ……!」
苦悶の叫び声とともに、カズキの身体が宙を舞う。漫画などでは、あらかじめ後ろへ飛ぶことでダメージを抑える場面がよく描かれるが、そんな小細工など気休めにもならない威力だった。
地面に叩きつけられ、ごろごろと地面を転がる。顔を上げると、泣きそうな表情の豊後と目が合った。偶然か、狙って飛ばされたのか、彼女の傍まで戻ってきてしまったらしい。
「も、もうやめるでゲス! 逃げるでゲス!」
痛みに歯を食いしばりながら身を起こし、突撃槍の柄を杖代わりに立ち上がるカズキの姿に、豊後が悲痛な声を上げた。
顔は傷だらけ、服にも破れほつれの戦闘痕が無数に。ダメージから身を護る筈のデフレクタが明らかに機能していない。
鼻血は……分からない。何しろ顔も身体も血だらけなのだから。だが、このまま戦わせていい筈がない。それだけは確かだった。
今の自分は、世界を滅ぼす山脇様の忠実な使い魔だ。だがそれでも、目の前で誰かが死ぬのは、それを黙って見ているだけなのは――嫌だった。
「このままじゃ……お前が死んでしまうでゲス!」
泣きながら制止を叫ぶ豊後に、カズキは思わず小さく笑った。愚弄した訳ではない。寧ろ逆、感服したのだ。
強い子だと思った。化物に殺されそうになっているのに、それでも他人の心配ができるなんて。強くて、とても優しい子だ。
だからこそ、守りたいと改めて思った。守らなくちゃと決意した。身体の中から――戦う力が湧いてきた。
「大丈夫。オレが絶対に、キミを守るから」
泣きじゃくる豊後の頭をヘルメット越しにぽんぽんと撫で、カズキはそう言って安心させるように微笑んだ。
「しかし、参ったなぁ……。アイツ、まだ俺達を諦めてなかったのか」
今は隙を伺うようにじっとしている二体の敵を背中越しに一瞥し、カズキはそう言って溜息を吐いた。
新たに乱入してきたあの四脚の化物は、実は元々自分達が戦っていた個体なのだ。
数時間前、この時代にやってきて早々にいきなり襲われて、訳も分からぬまま戦闘に突入した。
だが生半可な攻撃では傷を与えられず、代償覚悟で使った『奥の手』でも表面の外殻を割るのが精々。完全な撃破には至らない。
しかも時間が経てば、その破損も修復されて元の木阿弥。逃げても執拗に追いかけてくる。
仕方なく、襲ってきたら全力で戦って外殻を割り、怯んだ隙に逃げるというのをここまで繰り返してきたのだ。
上手く撒けたと思ったのだが、どうやら見つかってしまったらしい。或いは戦闘音に引き寄せられてきたのか? どちらにせよ、この状況は自分達の身から出た錆と言えるだろう。
視界の端でホッパー型が光に包まれ、全身の亀裂が跡形もなく消滅した。状況悪化。カズキは思わず現実逃避するように視線を彷徨わせ――足元に転がる『それ』を見つけた。
銀灰色に鈍く輝く、とても見覚えのある六角形の金属塊。
拾い上げると、片手で握るのにちょうどいい重さと大きさ。ひっくり返すと『A』の字に似た錬金戦団のマークと、『LXXIV』というシリアルナンバー。間違いない。
「あっ、それは……!」
豊後が思わず声を上げた。カズキの手の中『それ』は、輸送ヘリで山脇から渡され、そのまま返すのを忘れてポケットに仕舞い込んでいた『お守り』であった。
慌てる豊後に「借りるよ」と一言断りを入れ、カズキは『お守り』をぐっと握り締める。そのまま腕を大きく振り被り――、
「――斗貴子さん!!」
人の名前らしきものを叫びながら、あらぬ方向めがけて『お守り』を思い切り投げつけた。
その時、瓦礫の陰から人影が飛び出し、飛来する『お守り』を掌握。そのままカズキの傍まで駆け寄り、隣に並び立った。
女だった。鋭い目つきで、ちらりと見えた顔には横一文字の大きな傷跡があった。年頃はあの槍の奴と同じか、或いはもう少し年上かもしれない。
隣の槍の奴と比べて頭一つ分近く小さく、例えるなら山脇様と31C部隊のあいつくらいの身長差で、二人の身長も実際のそれぐらいだった。
「……ごめん、斗貴子さん」
「謝る必要はない。キミの判断は正解だ」
申し訳なさそうに何かを謝罪する槍の奴に、斗貴子と呼ばれた傷跡女はそう言って首を振る。
その後幾らかの会話の後右手に握る『お守り』――74番の核鉄を掲げた。
「武装錬金!!」
掌握、決意、そして咆哮。三つの手順によって、核鉄の真の力が発動した。