【午前02 パピヨンパーク・庭園エリア】
手の中に戻ってきた久しぶりの核鉄の感触を噛み締めながら、錬金の戦士・津村斗貴子は斃すべき敵を見据えた。
敵は二体――いや三体か。四脚の虫のような化物と、両腕が太い『M』の字のような化物。もう一体、今は岩壁に埋まっているが、車輪のような化物にも注意しなければならない。
いずれもこれまでの敵とは全く違う、未知の相手だ。
「カズキ、私は四足の方をやる」
「分かった、じゃあオレは二本腕の方だね。それと、岩壁の車輪みたいなのにも気をつけて」
カズキの警告に「ああ」と相槌を打ち、斗貴子は右手の核鉄を掲げた。そして自身の内なる闘争本能を昂らせ、核鉄の秘めたる真の力を発動する。
「武装錬金!!」
瞬間、核鉄が発光とともに形状を変える。
宙に浮く鋭く細長い直刃と、関節部らしき円盤状の部品が二枚。それらが青緑色の光の線で繋がり、更に太腿に装着した装甲に接続されることで、一本の処刑鎌が形勢される。
それが左右二組ずつ。合計四本の処刑鎌。それが斗貴子の新たな戦う力――。
「核鉄番号74番、処刑鎌の武装錬金"VALKYRIE SKIRT・AT III"!!」
生まれ変わった相棒の名を高らかに叫び、斗貴子は敵に向かって駆け出した。
「よくも散々追い回してくれたな……。食らえっ!」
怨みの多分に籠もった怒声とともに、斗貴子は標的めがけて刃を射出。エネルギーでできた腕がぐんと伸び、四本の刃が矢のように一直線に飛び、ホッパー種に襲いかかる。
遠距離から繰り出された刺突は、しかし外殻に弾き返された。だが斗貴子は慌てず焦らず、刃を操作。前方、左右、そして回り込んで後方からも、あらゆる方向から斬りつける。
「……成程な。やはり、か」
ひと通りの攻撃を試し、しかしその全てが無駄に終わった後。斗貴子は納得したような呟きとともに直刃を引き戻した。
カズキの戦いを見ていて理解っていた事実だが、やはり硬い。
だが、この新しい武装錬金の特性は把握した。一見、何の意味もなく終わった敵への攻撃だが、実は本命は新武装の性能試験だったのだ。
新しい武装錬金の特性は二つ。一つは斗貴子が元々持つ、可動肢による精密高速機動。
もう一つは『アナザータイプ』と呼ばれる、本来とは異なる核鉄で創造した武装錬金の特徴である、その核鉄の以前の所有者から引き継いだ特性。
今回、斗貴子が引き継ぎ、新たに得た特性は生命エネルギーを物質化した可動肢。腕の部分が金属からエネルギーに変化し、伸縮自在、より自由度の高い機動が可能となった。
実のところ、斗貴子はこの結果を予想していた。カズキから投げ渡されたこの核鉄の番号を確認した、その瞬間から。
カズキは気づいていないようだが、自分達はこの核鉄を、その武装錬金を見たことがある。『これ』の持ち主を識っている。
何故『これ』がこんな場所にあるのか、持ち主は一体どうしたのか。思うこと、言いたいことは色々ある。悍ましい最悪の予感すら頭を過った。
だが、今は感傷に浸っている場合ではない。戦うべき時だ。胸に渦巻く余計な感情を一旦全て捨て去り、斗貴子は敵との戦いに意識の全てを集中した。
一方、カズキとM字型キャンサーとの戦いは膠着状態になりつつあった。
ノッカー種は、攻撃については然程脅威ではない。膂力も俊敏さも過去の敵と大差ない程度であるし、動きも単調。おまけに何らかの特殊能力も特ない。
落ち着いて対処さえすれば、滅多なことでもない限り被弾はしないだろう。敵としては間違いなく弱い部類である。
その一方で、恐るべきはやはりその防御力だろう。
武装錬金すら通さない強固な外殻。加えてこいつがあの四足の奴と同類だとすると、たとえ外殻が破壊できても、その後どれだけ攻撃しても生命までは奪えない不死性まであるかもしれない。
互いに決定打を欠いたまま、だらだらと時間だけが過ぎていく。このままでは駄目だ! カズキは腹を括り、封印していた切り札の一つを使うことにした。
戦える戦士が自分一人で、守るべき者が一人じゃないあの時は使えなかったが、今は斗貴子さんがいる。守るべき者はやっぱり一人じゃないけど、今は戦士も一人じゃないのだ。
行うのはほんの少しの工夫。飾り布を突撃槍の本体に巻きつけて、敵を攻撃する。ただそれだけ。
単純だがその効果は絶大である。普段は突進力にしか使えない飾り布のエネルギーを、破壊そのものにも使えるのだから。
だが強力な反面、使えば自分自身にもダメージを受ける欠点もある。まさに捨て身の自爆技。それが――。
「≪サンライトクラッシャー≫!!」
山吹色の光に全身を包まれ、カズキはノッカー種に決死の突撃を繰り出した。そして――。
処刑鎌の刃を袈裟斬りに振り下ろし、外殻に弾かれた。今度は逆袈裟、やはり弾かれる。
唐竹、逆風、刺突。弾かれる、弾かれる、弾かれる。左薙ぎ右薙ぎ左切上げ右切上げ、弾かれる弾かれる弾かれる弾かれる。
上下前後左右。あらゆる方向からあらゆる斬撃を斗貴子は絶え間なく繰り出し、しかしそのどれもがホッパー種の外殻にあえなく阻まれた。
斬撃は次第に速度を増し、ひと息に十閃、二十閃、百閃――! まるで檻に捕らえるように、剣閃の嵐がホッパー種を包み込み、だがやはり届かない。
しかし斗貴子は諦めなかった。百で足りないなら千、それでも駄目なら万の斬撃を放つまで。
「臓物を……ブチ撒けろ!!」
斗貴子の怒号とともに、斬撃の嵐は更に勢いを増していく。そして――。
武装錬金はセラフではない。そのため余程規格外の出力でない限りキャンサーの強固な外殻を破壊することは不可能である。
だが逆に言えば、規格外の出力さえあれば外殻の破壊は可能なのだ。
破壊の光を纏ったカズキの突撃が、万を超えた斗貴子の斬撃が、遂にキャンサーの外殻を破壊した。
キャンサーと戦う二人の戦士を、豊後は座り込んだまま呆然と見守っていた。その時、横から誰かが豊後の左腕を掴み、ぐいと無理矢理立たせようとするように引っ張り上げてきた。
振り向くと、31C部隊のあいつみたいな金髪碧眼の女が、いつの間にか豊後を隣で見下ろしていた。見たこともない冷たい目つきだった。きっととんでもない冷血女に違いない。
「立ちなさい。戦えないなら、アナタはここにいてもただの邪魔よ」
冷血女――ヴィクトリアはそう言って、豊後の腕を引く手の力を強める。動かないなら引きずってでも連れていく、そんな気迫さえ感じた。
その時、どこかでがらりと岩が崩れるような音が聞こえた。
音の方向を振り仰ぐと、最初にカズキが突撃槍の一撃で弾き飛ばし、岩壁にめり込んでいた車輪型が、とうとう拘束から抜け出している姿が見えた。
ワイヤー種が側面から噴射炎を噴き出し、加速しながら豊後とヴィクトリアへ迫る。カズキが、そして斗貴子も、二人を庇うべく走り出すが、間に合わない。
ヴィクトリアが豊後を突き飛ばした。直後、ワイヤー種の体当たりがヴィクトリアを直撃した。
ゴキリと鈍い音が響き、ヴィクトリアの首がくるりと一回転。そして頭が身体から外れ、ぽとりと落ちて地面を転がる。首がねじ切れていた。
「あ、ああ……、あぁあああっ……!」
目の前で死体に変わった冷血女に、豊後は動揺を隠せなかった。立ち尽くしたままの首なしの身体と、転がってきた生首を交互に見て、言葉にならない哭き声を上げる。
会ったばかりの、ろくに知らない奴ではあった。嫌な女だと思ったりもした。だが、それでもこんな風に死んでしまうのは――。
足元に転がる生首の冷血女と目が合った。無惨な有様だった。顔は首筋から左右の頬にかけてひび割れ、首の断面からは背骨か脊髄かも分からぬ金属の管がはみ出ている。
だが目だけは、まるで生きているみたいに光があって、相変わらずの冷ややかさで豊後をじっと見上げて――――今、瞬きした?
ヴィクトリアの首なし死体がぱたりと仰向けに倒れ、豊後の悲鳴とカズキの絶叫が響き渡った。