ハジメは、何時の間にか囚われている少女の近くまで足を運んでいた。そして、囚われていた少女はハジメの行動に驚いていた表情をし、掠れながら呟いた。
「た……助け…てくれ…るの?」
「助けはしたいけど…君は何者?」
「わ…私の…こと?」
ハジメが少女の問いに応えるよう頷くと、囚われている少女は掠れながらも話しだした。
「……私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……叔父様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」
「君は、どこかの国の王族だったのか?」
ハジメの質問に少女は答えるかのように頷き、ハジメは更に質問をする。
「殺せないってどういうこと?」
「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」
「……そいつは凄まじいな。……すごい力ってそれ?」
「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」
「……」
ハジメが考え込んでいると少女はハジメが助けないと思ったのか必死に助けを述べる。
「…お願い!……助けて……なんでもする……だから…」
「こら!」
「……⁉︎」
そんな事を言う少女にハジメは溜息と共に真剣な表情をしながら話しかける。
「女の子が“何でもする”って言うな、少し考え事をしていただけだ」
「!…うん…」
「少し待ってて〝
そう言ってハジメは少女を捕える立方体に手を置き調べ始めた。
「あっ…」
少女は本当に自分を助けてくれると分かり大きく目を見開く。
「………なるほど、コレなら……… 〝憑依〟『メディア』」
魔術の女神ヘカテより神秘を教授された巫女であるフードによって顔を隠した神代の魔術師となったハジメは、「裏切りの魔女」としての伝説・生涯が具現化した概念宝具であるナイフを構えた。
「宝具発動 『
ナイフを立方体に刺すと濃い紅色に煌々と輝き、部屋全体が染められてどんどん輝きを増す紅い光に、少女は目を見開き、この光景を一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続ける。
そして少女の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ少女の枷を解いていく。
「………は?裸?!」
それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ少女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、体の全てが解き放たれ、少女は地面にペタリと女の子座りで座り込む前にハジメは着ていたメディアのもう一つの宝具である『
「よく頑張ったな」
使った魔力を回復するためハジメは懐から神水を出そうとして、その手を少女がギュッと握った。弱々しく力のない手だ。小さくて、ふるふると震えている。
「どうしたの?」
ハジメが横目に少女に問いかけると少女は真っ直ぐに見つめている。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には少女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。
そして、震える声で小さく、しかしはっきりと少女は告げる。
「……ありがとう」
「………どういたしまして」
感謝する少女に笑みを向けながら言葉を返すと、再び少女はギュギュとハジメの手を握り返す。
「……名前、なに?」
少女が囁くような声で尋ねる。そういえばお互い名乗っていなかったと苦笑いをしながら答え、少女にも聞き返した。
「ハジメ、南雲ハジメ。君は?」
少女は「ハジメ、ハジメ」と、さも大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。そして、問われた名前を答えようとして、思い直したようにハジメにお願いをした。
「……名前、付けて」
「もしかして………忘れたとか?」
長い間幽閉されていたのならあり得ると聞いてみるハジメだったが、少女はふるふると首を振る。
「もう、前の名前はいらない。……ハジメの付けた名前がいい」
前の自分を捨てて新しい自分と価値観で生きる。少女は自分の意志で変わりたいらしい。その一歩が新しい名前なのだろう。少女は期待するような目でハジメを見ている。ハジメはカリカリと頬を掻くと、少し考える素振りを見せて、仕方ないというように少女に新しい名前を告げた。
「〝ユエ〟なんてどうかな?ネーミングセンスないから気に入らないなら別のを考えるけど……」
「ユエ?……ユエ……ユエ……」
「ああ、ユエって言うのはな、僕の故郷で〝月〟を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、君のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんだ………どうかな?」
思いのほかきちんとした理由があることに驚いたのか、少女がパチパチと瞬きする。そして、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。
「……んっ。今日からユエ。ありがとう」
「よかった………さて、これからどうするかッ⁉︎」
ユエに返事を言い切る前に〝気配感知〟が反応し……凍りついた。とんでもない魔物の気配が直ぐ傍に存在することに気がついた。
だが周囲を見渡しても何もいない、そしてハジメは気づいた──
「上か‼︎」
ハジメがその存在に気がついたのと、ソレが天井より降ってきたのはほぼ同時だった。
「ユエッ!」
「!」
咄嗟に、ハジメはユエを片腕で抱き上げると全力で〝縮地〟をする。一瞬で、移動したハジメが振り返ると、直前までいた場所にズドンッと地響きを立てながらソレが姿を現した。
その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。
Saber
DANGER
「……デケェな」
部屋に入った直後は全開だった〝気配感知〟ではなんの反応も捉えられなかった。だが、今は〝気配感知〟でしっかり捉えている……ということは、少なくともこのサソリモドキは、ユエの封印を解いた後に出てきたということ……つまり、ユエを逃がさないための最後の仕掛け……『ガーディアン』だとハジメはいきなり現れたサソリモドキのことをそう推測し、腕の中のユエをチラリと見る。ユエは、サソリモドキになど目もくれず一心にハジメを見ていた。凪いだ水面のように静かな、覚悟を決めた瞳。その瞳が何よりも雄弁に彼女の意思が伝わる。ユエは自分の運命をハジメに委ねていると感じ取りハジメは〝憑依〟を解き笑みを向けながらユエに話しかける。
「そんな顔しなくても見捨てないよ」
「……ん」
ハジメはユエを安心させてからサソリモドキに向き直り口を開いた。
「サソリモドキとはいえサソリには間違いない、だったら……… 〝憑依〟『ケイローン』」
広大な森のような清冽な気配を持った青年。
誰に対しても礼儀を持って接する好青年で、常に柔らかな物腰を崩さない。高潔な人格者で
「ハジメが、馬になった⁉︎」
「失礼!あと、コレ飲んで‼︎」
「んぐっ⁉︎」
ハジメは強引ではあるがユエを自身の背中に乗せ、神水を飲ませた。試験管型の容器から神水がユエの体内に流れ込む。ユエは異物を口に突っ込まれて涙目になっているが、衰え切った体に活力が戻ってくる感覚に驚いたように目を見開いた。
そしてハジメ達はサソリモドキから距離を取り始めた。
「ユエ!君の攻撃手段は⁉︎」
「………魔法の……遠距離攻撃」
「だったら可能な限り魔力を貯めてて!」
「んっ!」
ユエが魔法を発動するまで時間を稼ぐためハジメは弓を引き縛り、錬成で作った矢を放つ。
だがサソリモドキは矢に対抗するよう尻尾の針から紫色の液体が噴射された。かなりの速度で飛来したそれは矢を溶かし、ハジメはすかさず飛び退いてかわす。着弾した紫の液体はジュワーという音を立てて瞬く間に床を溶かしていった。
「溶解液か……」
ハジメがチラリと背中越しのユエを見ると一生懸命に魔力を練っているのが伝わって来た。
「さて、もう少し付き合ってもらいますよ」
そしてハジメは再び弓を構えた………
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「………」
ユエは驚愕していた。ハジメが半人半馬になったこともだが、矢を無詠唱で作ったことにだ。
つまり、ハジメが自分と同じく、魔力を直接操作する術を持っているということに、ユエは気がついたのである。
自分と〝同じ〟、そして、何故かこの奈落にいる。ユエはそんな場合ではないとわかっていながらサソリモドキよりもハジメを意識せずにはいられなかった。
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ハジメは足を止めることなくユエを乗せ部屋を駆け回りながら矢を放っっていた。その表情は今までになく険しい。〝気配感知〟と〝魔力感知〟でサソリモドキが微動だにしていないことがわかっていたからだ。
「………溶解液以外の遠距離攻撃か」
そして、ハジメが予想したようにサソリモドキはもう一本の尻尾の針をハジメへと照準を合わせた。そして、尻尾の先端が一瞬肥大化したかと思うと凄まじい速度で針が撃ち出された。
「くっ‼︎」
撃ち出された針に対抗するためハジメは咄嗟に弓を引き絞って矢を放った。咄嗟の事もありハジメが放った矢は針と当たったが力負けし、針はハジメの顔を掠めた。
「ハジメ⁉︎」
「大丈夫!こっちからもお返しだぁ‼︎」
そう言うとハジメは弓を思いっきり引き絞り無数の矢の雨を降らせた。
「キシャァァァァア‼︎」
矢の雨に絶叫を上げながらサソリモドキはその八本の足を猛然と動かし、ハジメ達に向かって突進し、四本の大バサミがいきなり伸長し大砲のように風を唸らせながらハジメに迫って来た。
一本目を回避し、二本目を〝空力〟で跳躍してかわす。三本目を〝豪脚〟を追加した後ろ脚で蹴り飛ばして体勢を崩しているハジメを、四本目の不意打ちのハサミが襲うが、ハジメは拳で受け流し、その受け流しを利用してサソリモドキに閃光手榴弾を置き土産に残し、自らを吹き飛ばしつつ身を捻ることで辛うじて回避に成功した。背中のユエが激しい動きに「うぅ」と唸っているが、どうにか堪えられているようだ。
「大丈夫かユエ?」
「……んぅ、なんとか………ねぇハジメ」
「ん?」
「どうして………逃げないの?」
自分を置いて逃げれば助かるかもしれない、その可能性を理解しているはずだと言外に訴えるユエ。
ハジメはユエの言葉に笑いながら言葉を返す。
「ちょっと強い敵が現れたぐらいじゃ見放さないし、僕は困ってる人を助けてしまう性格なんだ…だから安心してよユエ、僕は君を助ける」
ハジメはそう言ってユエの頭を撫でるとユエは少し俯いて顔は見えなかった。
「……//」
しかし俯いたままのユエは、ハジメに言葉以上の何かを見たのか納得したように頷き、いきなり抱きついてきた。
「えっ、ちょっと!どうしたのユエ⁉︎」
ハジメはユエに言ったが、そんなことは知らないとユエはハジメの首に手を回した。
「ハジメ……信じて」
そう言ってユエは、ハジメの首筋にキスをした。
「ッ⁉︎」
否、これはキスではない。噛み付いたのだ。
「あ〜そういえば、ユエって吸血鬼だったっけ」
ハジメはそう考えて、苦笑いしながらしがみつくユエの体を抱き締めて支えてやった。一瞬、ピクンと震えるユエだが、更にギュッと抱きつき首筋に顔を埋める。
「ん?」
ハジメはユエのことが気になりチラリと視線をユエに向けると、ユエは嬉しそうな表情をしていた。
「キィシャァアアア‼︎」
サソリモドキの咆哮が轟く。どうやら閃光手榴弾のショックから回復したらしい。こちらの位置は把握しているようで、再び地面が波打つ。
「……地面がっ?! ならコイツは地形操作系!」
普通なら驚愕する固有魔法だろうがハジメは不敵な笑みを浮かべながら口を開く。
「だけど……それなら僕の十八番だよっ‼︎」
ハジメは前脚を地面に叩き付け錬成を行った。周囲三メートル以内が波打つのを止め、代わりに石の壁がハジメとユエを囲むように形成される。
周囲から円錐の刺が飛び出しハジメ達を襲うが、その尽くを防壁が防ぐ。一撃当たるごとに崩されるが直ぐさま新しい壁を構築し寄せ付けない。
「……どっちが上か教えてやるよっ」
地形を操る規模や強度、攻撃性はサソリモドキが断然上だが錬成速度はハジメの方が上で、ハジメが錬成しながら防御に専念していると、ユエがようやく口を離した。
「……ごちそうさま」
そう言うと、ユエは、おもむろに立ち上がりサソリモドキに向けて片手を掲げた。同時に、その華奢な身からは想像もできない莫大な魔力が噴き上がり、彼女の魔力光なのだろう――黄金色が暗闇を薙ぎ払った。
そして、神秘に彩られたユエは、魔力色と同じ黄金の髪をゆらりゆらゆらとなびかせながら、一言、呟いた。
「〝蒼天〟」
その瞬間、サソリモドキの頭上に直径六、七メートルはありそうな青白い炎の球体が出来上がる。
「アレは…炎魔法の最上級魔法‼︎」
直撃したわけでもないのに余程熱いのか悲鳴を上げて離脱しようとするが、奈落の底の吸血姫がそれを許さない。
ピンっと伸ばされた綺麗な指がタクトのように優雅に振られる。青白い炎の球体は|指揮者
「グゥギィヤァァァアアア!?」
サソリモドキがかつてない絶叫を上げる。明らかに苦悶の悲鳴だ。着弾と同時に青白い閃光が辺りを満たし何も見えなくなる。ハジメは腕で目を庇いながら、その壮絶な魔法を唯々呆然と眺めた。
やがて、魔法の効果時間が終わったのか青白い炎が消滅する。跡には、背中の外殻を赤熱化させ、表面をドロリと融解させて悶え苦しむサソリモドキの姿があった。
「……正に魔法の天才だな」
トサリと音がして、ハジメは驚異的な光景から視線を引き剥がし、そちらを見やると、ユエが肩で息をしながら座り込んでいる姿があった。どうやら魔力が枯渇したらしい。
「ユエ、無事か?」
「ん……最上級……疲れる」
ハジメはユエの言葉に息を呑むも、最後の仕上げに行く為、ユエに話しかけるだけにした。
「後は僕がやるからユエは休んでて」
「ん、頑張って……」
ハジメは、手をプラプラと振りながら〝縮地〟で一気に間合いを詰めた。サソリモドキは未だ健在だ。外殻の表面を融解させながら、怒りを隠しもせずに咆哮を上げ、接近してきたハジメに散弾針を撃ち込もうとしたが、その前に矢の雨を放ち相殺した。
そしてハジメは、指を天井に向けサソリモドキに告げた────
「宝具発動!
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「あ、アレは何だ?!」
「ヒィィィィイ⁉︎世界の終わりじゃあぁぁぁぁあ?!」
その日、トータスの住民は見た………天から一筋の光が地上へと落ちていく光景を………
「おい………嘘…………だろ?」
「信じたくないけど………嘘じゃねぇよ」
そして、ホルアドの住民や冒険者は見た………その一筋の光がオルクス大迷宮を貫くのを……………………
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「グゥギャァァァァ!」
ハジメが放った宝具は大迷宮の階層をどんどん貫いていき、サソリモドキの心臓を貫いた。ハジメの一撃で心臓を撃ち抜かれたサソリモドキはゆっくりと傾き、そのままズズンッと地響きを立てながら倒れ込んだ。
「ふぅ…」
サソリモドキが沈黙したのを確認したハジメは一息つきながら憑依を解き地面に腰を下ろした。
そしてこれからの事に溜息と共に呟き振り返ると、無表情ながら、どことなく嬉しそうな眼差しで女の子座りしながらハジメを見つめているユエがいた。
ハジメは笑みを浮かべながら、ユエの元へ向かって歩き出した……