ハジメとユエは攻略の最中沢山の魔物を倒していき遂に、次の階層でハジメが最初にいた階層から百階目になるところまで来た。その一歩手前の階層でハジメは装備の確認と補充にあたっていた。相変わらずユエは飽きもせずにハジメの作業を見つめている。というよりも、どちらかというと作業をするハジメを見るのが好きなようだ。今も、ハジメのすぐ隣で手元とハジメを交互に見ながらまったりとしている。その表情は迷宮には似つかわしくない緩んだものだ。
「……」
もうユエと出会ってからどれくらい日数が経ったのか時間感覚がわからなくなってるけど、ハジメとユエはお互い信頼し合えるぐらいは過ごしている。
「……」
だが、ハジメはユエの行動に少し問題を感じていた。それは……
「……ん〜」
ユエはよくこういうまったり顔というか安らぎ顔を見せながら露骨に甘えてくるようになった。
特に拠点で休んでいる時には必ず密着している。横になれば添い寝の如く腕に抱きつくし、座っていれば背中から抱きつく。吸血させるときは正面から抱き合う形になるのだが、終わった後も中々離れようとしない。ハジメの胸元に顔をグリグリと擦りつけ満足げな表情でくつろぐのだ。
ハジメは最初は離れるように頑張ったがユエの執念深さに負け、後半辺りから、ユエのスキンシップに慣れるようになった。そして、今現在もユエは胸元に顔を埋めながら頭をグリグリなどしている。
そんなユエにハジメはある思いを抱いていた。
──ハジメにとって、ユエは何なのか?
ハジメ自身、ユエのことは信頼できるし仲間だと思っている。しかし、ユエがハジメに対して抱いている気持ちが仲間以上の思いだと段々と過ごしている内に分かってしまった。
しかし、ハジメには香織がいる………。
普通なら、ハジメにとっては香織が一番大切だから、容易く切り捨てられる。しかし、ユエが相手になると香織と同じくらいに大切に思ってしまい、容易に切り捨てられなかった。
そんな思いを張り巡らさせながらハジメは胸元に顔を埋めながらグリグリしてるユエを呼びかける。
「なぁ……ユエ」
「……ん?」
ハジメの呼びかけにユエは胸元にグリグリしていた頭を上げて真っ直ぐ見つめてくる。そんなユエにハジメは笑みを向けながら話す。
「次の階層も頑張ろうね……」
「……ハジメ……いつもより慎重……」
ユエはハジメの今までとは違う雰囲気を感じ取ったのか首を傾げながら問いかける。
「ああ、次で百階だからね。もしかしたら何かあるかもしれないと思って……一般に認識されている上の迷宮も百階だと言われていたから……まぁ念のため」
「……んっ」
そんなユエの笑顔にハジメの心が揺らぎそうになるが理性を保たせ耐えていく。
───そうだ。ユエは僕にとって大切な……仲間だ
と、心の中に言い聞かせながら……。
ハジメが最初にいた階層から八十階を超えた時点で、ここが地上で認識されている通常の【オルクス大迷宮】である可能性は消えた。奈落に落ちた時の感覚と、各階層を踏破してきた感覚からいえば、通常の迷宮の遥かに地下であるのは確実だ。
憑依、魔術、銃技、体術、固有魔法、兵器、そして錬成。いずれも相当磨きをかけたという自負がハジメにはあった。普通なら簡単にやられはしないだろう。しかし、そのような実力とは関係なくあっさり致命傷を与えてくるのが迷宮の怖いところである。
故に、出来る時に出来る限りの準備をハジメはした。
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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:76
天職:錬成師・憑依魔術師
筋力:2250
体力:3200
耐性:2050
敏捷:2870
魔力:3600
魔耐:3230
技能:錬成[+鉱物鑑定系][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合]・全属性適性・全属性耐性・物理耐性・剣術[+直剣術][+短剣術][+大剣術][+双剣術][+刀術][+曲刀術]・弓術[+長弓術][+短弓術][+狙撃]・槍術[+短槍術][+双槍術]・騎乗・魔術・暗殺術・狂化・斧術・拳術・格闘術・杖術・盾術・憑依[+英霊]・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・言語理解・気配遮断・調理・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地] ・風爪・夜目・石化耐性・毒耐性・麻痺耐性・金剛・威圧・念話
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「そろそろか……」
ステータスは上がっているが固有魔法は増えなくなった。ハジメの限界が見えてきたということだろう……。
ステータスの確認をしてからしばらくして、全ての準備を終えたハジメとユエは、階下へと続く階段へと向かい、その階層の光景にハジメもユエも唖然とした。
「………」
「何だコレ………?」
その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。
だがここを越えれば、反逆者や大迷宮について分かるかもしれないとハジメは感じた。
ハジメは気を取り直し警戒しながら隣にいるユエに油断しないようにと話しかける。
「ユエ、油断は禁物」
「……ん」
ハジメ達が警戒しながら進んだが特に何も起こらないので先へ進むことにした。感知系の技能をフル活用しながら歩みを進める。二百メートルも進んだ頃、前方に行き止まりを見つけた。いや、行き止まりではなく、それは巨大な扉だ。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。
ハジメは扉にそんな疑問を抱くも美しい彫刻が彫られてる扉を見て感嘆とする。
「……これはまた凄い。もしかして……」
「……反逆者の住処?」
「かもな、だけど……」
感知は反応してない筈なのに……ハジメの頭と身体がこの奥に今までにない強い奴がいると感じさせる……
実際、感知系技能には反応がなくともハジメの本能が警鐘を鳴らしていた。この先はマズイと。それは、ユエも感じているのか、うっすらと額に汗をかいている。
──覚悟を決めるか──
ハジメはこんなとこで恐れてはいけないと思い一旦、両目を瞑り心を整えてから両目を開き、覚悟しながらユエに話しかける。
「行くぞっユエ!」
「……ん!」
そして、二人揃って扉の前に行こうと最後の柱の間を越えていく。
その瞬間、扉と俺達の間三十メートル程の空間に巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。
「……っ、この魔法陣!」
ハジメには、その魔法陣に見覚えがあった。忘れようもない、あの日、奈落へと落ちた日に見た自分達を窮地に追い込んだトラップと同じものだ。だが、ベヒモスの魔法陣が直径十メートル位だったのに対して、眼前の魔法陣は三倍の大きさがある上に構築された式もより複雑で精密なものとなっている。
魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放った。
咄嗟に腕をかざし目を潰されないようにするハジメとユエ。光が収まった時、そこに現れたのは……
体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物──
「……迷宮のラスボスはヒュドラ………か」
Beast
DANGER
ハジメはそのラスボスの姿を見て冷や汗をかきながら笑みを零しながら呟く。
「「「「「「クルゥァァアアン‼︎」」」」」」
不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光がハジメ達を射貫く。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようというのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気がハジメ達に叩きつけられる。
同時に赤い紋様が刻まれた頭がガパッと口を開き火炎放射を放った。それはもう炎の壁というに相応しい規模である。
ハジメとユエは同時にその場を左右に飛び退き反撃を開始する。ドンナーが火を吹き弾丸が赤頭を狙い撃つ。弾丸は狙い違わず赤頭を半壊させる。
「……っし」
ハジメが内心ガッツポーズを決めた時、白い文様の入った頭が「クルゥアン!」と叫び、吹き飛んだ赤頭を白い光が包み込んだ。すると、まるで逆再生でもしているかのように赤頭が元に戻っていた。
「…ヒーラーもいんのか⁉︎」
ハジメに少し遅れてユエの氷弾が緑の文様がある頭を傷つけたが、同じように白頭の叫びと共に回復してしまった。
ハジメは舌打ちをしつつ〝念話〟でユエに伝える。
〝ユエ!あの白頭を狙うぞ‼︎キリがない!〟
〝んっ!〟
青い文様の頭が口から散弾のように氷の礫を吐き出し、それを回避しながらハジメとユエが白頭を狙う。
「〝緋槍〟!」
ドンナーから放たれた弾丸と燃え盛る槍が白頭に迫る。しかし、直撃かと思われた瞬間、黄色の文様の頭がサッと射線に入りその頭を一瞬で肥大化させた。
「なっ⁉︎」
呆気にとられてると黄頭は、弾丸もユエの〝緋槍〟も受け止めてしまった。衝撃と爆炎の後には無傷の黄頭が平然とそこにいてハジメ達を睥睨している。
「ちっ!盾役か。攻撃に盾に回復にと実にバランスのいい編成だな!」
ハジメは頭上に向かって〝焼夷手榴弾〟を投げる。同時にドンナーの最大出力で白頭に連射した。ユエも合わせて〝緋槍〟を連発する。
「チッ……!」
ユエの〝蒼天〟なら黄頭を抜いて白頭に届くかもしれないが、最上級を使うと一発でユエは行動不能になってしまう……吸血させれば直ぐに回復するが、そんな時間は無い──
黄頭は、ハジメとユエの攻撃を尽く受け止める。だが、流石に今度は無傷とはいかなかったのかあちこち傷ついていた。
「クルゥアン!」
すかさず白頭が黄頭を回復させる。全くもって優秀な回復役である。しかし、その直後、白頭の頭上で〝焼夷手榴弾〟が破裂した。摂氏三千度の燃え盛るタールが撒き散らされる。白頭にも降り注ぎ、その苦痛に悲鳴を上げながら悶えている。
「よしっ!」
ハジメは〝念話〟で合図をユエに送り、同時攻撃を仕掛けようとする。が、その前に絶叫が響いた────────
──────ユエの声で
「いやぁああああ‼︎」
「?!ユエ!」
悲鳴を耳にしたハジメは咄嗟にユエに駆け寄ろうとするが、それを邪魔するように赤頭と緑頭が炎弾と風刃を無数に放ってくる。
ハジメは〝縮地〟と〝空力〟で必死に攻撃をかわしながら黒頭に向かってドンナーを発砲。射撃音と共に、ユエをジッと見ていた黒頭が吹き飛ぶ。同時に、ユエがくたりと倒れ込んだ。その顔は遠目に青ざめているのがわかる。そのユエを喰らおうというのか青頭が大口を開けながら長い首を伸ばしユエに迫っていく。
「させるかぁああ‼︎」
ハジメはダメージ覚悟で炎弾と風刃の嵐を〝縮地〟で突っ込んで行く。致命傷になりそうな攻撃だけドンナーの銃身と〝風爪〟で切り裂き、ギリギリのタイミングでユエと青頭の間に入ることに成功した。しかし、迎撃の暇はなく、ハジメは咄嗟に〝金剛〟を発動する。〝金剛〟は移動しながらは使えない。そのため、どっしりとユエの前に立ち塞がる。魔力がハジメの体表を覆うのと青頭が噛み付くのは同時だった。
「クルルルッ!」
「ぐぅう!〝ガンド〟‼︎」
低い唸り声を上げながら、青頭が俺を丸呑みにせんと、その顎門を閉じようとするが、ハジメは前かがみになりながら背中と足で踏ん張り閉じさせない。そして、ガンドを青頭に撃ち込んだ。
檜山の時のように手加減してではないガンドを撃ち込み青頭の頭部に穴が空く。力を失った青頭をハジメは〝豪脚〟で蹴り飛ばし、〝閃光手榴弾〟と〝音響手榴弾〟をヒュドラに向かって投げつけた。
二つの手榴弾が強烈な閃光と音波でヒュドラを怯ませる。その隙にハジメはユエを抱き上げ柱の陰に隠れるとユエの両肩を掴みながら必死に呼びかける。
「おい!ユエ‼︎しっかりしろ!」
「……」
ハジメの呼びかけにも反応せず、青ざめた表情でガタガタとユエは震える。
「………黒頭は精神汚染系か?………いや、そんなことより……早くユエを覚まさないとっ‼︎」
ハジメは黒頭のことよりも一刻も早くユエを起こす為にペシペシと頬を叩く。〝念話〟でも激しく呼びかけ、神水も飲ませる。しばらくすると虚ろだったユエの瞳に光が宿り始めた。
「ユエ!」
「……ハジメ?」
「うん、ハジメさんだよ。大丈夫⁉︎一体何された?」
パチパチと瞬きしながらユエはハジメの存在を確認するように、その小さな手を伸ばし顔に触れる。それでようやくハジメがそこにいると実感したのか安堵の吐息を漏らし目の端に涙を溜め始めた。
「……よかった……見捨てられたと……また暗闇に一人で……」
「………それは…辛いな………」
ユエの様子に困惑するハジメ。ユエ曰く、突然、強烈な不安感に襲われ気がつけば見捨てられて再び封印される光景が頭いっぱいに広がっていたという。そして、何も考えられなくなり恐怖に縛られて動けなくなったと。
「バッドステータス系の魔法か黒頭は相手を恐慌状態にでも出来るってことか………ホントにバランスのいい化物だな?!」
「……ハジメ」
敵の厄介さに悪態をつくハジメに、ユエは不安そうな瞳を向ける。よほど恐ろしい光景だったのだろう。見捨てられるというのは。何せ自分を三百年の封印から命懸けで解き放ってくれた人物であり、吸血鬼と知っても変わらず接してくれるどころか、日々の吸血までさせてくれるのだ。心許すのも仕方ないだろう。
そして、ユエにとってはハジメの隣が唯一の居場所だと思う。一緒に故郷に行くという約束がどれほど嬉しかったか。再び一人になるなんて想像もしたくない。そのため、植えつけられた悪夢はこびりついて離れず、ユエを蝕む。ヒュドラが混乱から回復した気配に俺は立ち上がるが、ユエは、そんなハジメの服の裾を思わず掴んで引き止めてしまった。
「……私……」
泣きそうな不安そうな表情で震えるユエ。ハジメは何となくユエの見た悪夢から、今ユエが何を思っているのか感じ取った。そして、普段からの態度でユエの気持ちも察している。どちらにしろ、日本に連れて行くとまで約束してしまったのだ。今更、知らないフリをしても意味がないだろう。
「ユエ……」
そんなユエを見たハジメは胸中葛藤をし、決心してユエの前にしゃがみ目線を合わせる。
そして……
「?……⁉︎」
首を傾げるユエにキスをした。
ほんの少し触れさせるだけのものだが、ユエの反応は劇的だった。マジマジとハジメを見つめる。
ハジメはユエの手を引いて立ち上がらせ、ハジメの今の思いを告げた。
「ユエ……僕には香織っていう一番の大切な存在であり愛しい人がいる。だけど、ユエの事も僕にとってはもう大切な存在だ……だから行こう!一緒に‼︎」
ハジメの言葉を聞いたユエは未だ呆然とハジメを見つめていたが、いつかのように無表情を崩しふんわりと綺麗な笑みを浮かべた。
「んっ!」
「じゃっ行くぞ!ユエ、僕は憑依を使う。 申し訳ないけど時間稼ぎのための牽制と援護をお願い 」
「……任せて!」
いつもより断然やる気に溢れているユエ。静かな呟くような口調が崩れ覇気に溢れた応答だ。先程までの不安が根こそぎ吹き飛んだようである。
「頼んだ!今のユエなら完全に無敵だっ‼︎」
ハジメはユエの表情を見て笑みを浮かべる。
すると、ヒュドラは咆哮を上げ、ハジメ達のいる場所に炎弾やら風刃やら氷弾やらを撃ち込んできた。
ユエは一気に柱の陰を飛び出し、今度こそ反撃に出る。
「〝緋槍〟!〝砲皇〟!〝凍雨〟!」
矢継ぎ早に引かれた魔法のトリガー。有り得ない速度で魔法が構築され、炎の槍と螺旋に渦巻く真空刃を伴った竜巻と鋭い針のような氷の雨が一斉にヒュドラを襲う。攻撃直後の隙を狙われ死に体の赤頭、青頭、緑頭の前に黄頭が出ようとするが、まだハジメが柱から出てきていないと気がついたのかその場を動かず、代わりに咆哮を上げる。
「クルゥアン!」
すると近くの柱が波打ち、変形して即席の盾となった。どうやらこの黄頭はサソリモドキと同様の技が使えるらしいが、規模は幾分小さいようだ。
ユエの魔法はその石壁に当たると先陣が壁を爆砕し、後続の魔法が三つの頭に直撃した。
「「「グルゥウウウ?!」」」
悲鳴を上げのたうつ三つの頭。黒頭が、魔法を使った直後のユエを再びその眼に捉え、恐慌の魔法を行使する。
ユエの中に再び不安が湧き上がってくる。しかし、ユエはその不安に押しつぶされる前に、先ほどのハジメからのキスを思い出す。すると、体に熱が入ったように気持ちが高揚し、不安を押し流していった。
「……もう効かない!」
ユエは、ハジメを援護すべく、更に威力よりも手数を重視した魔法を次々と構築し弾幕のごとく撃ち放つ。
回復を受けた赤頭、青頭、緑頭がそれぞれ攻撃を再開するが、ユエはたった一人でそれと渡り合った。尽く相殺し隙あらば魔法を打ち込んでいく────
ハジメは
ハジメは隠れていた柱に触れ、
「僕がユエを守る!〝憑依〟『ヘラクレス』‼︎」
巨人と見紛うほどの巨躯を持った
「クルゥァァアアン⁉︎」
「ッ?!………ハジメ⁉︎」
今まで自身の身体が風圧だけで揺れたことがなかったヒュドラは驚愕した。そして今この場で最も排除すべきなのは目の前にいるユエではなくハジメだと認識したヒュドラはその巨体に似合わない程のスピードでハジメへと突進する。
「大丈夫だ………問題ない」
白頭を除く全ての首を突進をさせてくるヒュドラに対してハジメが取った行動は岩の剣を床に突き刺し、盾にすることだった。普通なら盾にした岩の剣ごと飛ばされ肉片になるのだが、そうなることはない………何故なら………
「クルゥァァァアン?!」
「………えっ⁉︎」
赤頭が岩の剣に突撃した瞬間、赤頭の首は折れ、それを見た他の頭は横から噛みつこうとしたが、想定していたのかハジメは冷静に岩の剣を抜き取り、目にも映らぬ速度で全ての首を切断した。そして後方で戸惑っていた白頭は折れた首や切断された首を回復させようとしたのだが、それをハジメは見逃さず斬撃を飛ばし全ての首を切り落とすことができた。
「やった………のか…」
いつもの如くユエがペタリと座り込む。魔力枯渇で荒い息を吐きながら、無表情ではあるが満足気な光を瞳に宿し、ハジメに向けてサムズアップした。ハジメも頬を緩めながらサムズアップで返す。岩の剣を担ぎ直しヒュドラの残った胴体部分の残骸に背を向けユエの下へ行こうと歩みだした。
その直後、
「ハジメ!」
ユエの切羽詰まった声が響き渡る。何事かと見開かれたユエの視線を辿ると、音もなく
「………は?」
七つ目の銀色に輝く頭は、ハジメからスっと視線を逸らすとユエをその鋭い眼光で射抜き予備動作もなく極光を放った。
ハジメは銀頭が視線をユエに逸した瞬間、全身を悪寒に襲われ同時にヘラクレスの脚力に加え移動に使える技能を使用し飛び出した。
憑依していたのがヘラクレスのおかげか、極光がユエを丸ごと消し飛ばす前に、再び立ち塞がることに成功した。
「…ッ!!ぐぉぉぉぉ‼︎」
だが、その極光がハジメを飲み込む。後ろのユエも直撃は受けなかったものの余波により体を強かに打ちぬかれ吹き飛ばされた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
極光が収まり、ユエが全身に走る痛みに呻き声を上げながら体を起こす。極光に飲まれる前にハジメが割って入った光景に焦りを浮かべながらその姿を探す。
ハジメは最初に立ち塞がった場所から動いていなかった。仁王立ちしたまま全身から煙を吹き上げている。床には融解した岩の剣の残骸が転がっていた。
「ハ、ハジメ?」
「……」
ハジメは答えない。そして、そのままグラリと揺れると前のめりに倒れこんだ。
「ハジメ⁉︎」
ユエが焦燥に駆られるまま痛む体を無視して駆け寄ろうとする。しかし、魔力枯渇で力が入らず転倒してしまった。もどかしい気持ちを押し殺して神水を取り出すと一気に飲み干す。少し活力が戻り、立ち上がってハジメの下へ今度こそ駆け寄った。
うつ伏せに倒れこんでいるハジメは身体の一部が欠損してジワッと血が流れ出していた。ハジメの〝金剛〟を突き抜けダメージを与えたのだろう。もし、岩の剣を咄嗟に盾にしなければ即死していたかもしれない。
仰向けにしたハジメの容態は酷いものだった。指、肩、脇腹が焼け爛ただれ一部骨が露出している。顔も右半分が焼けており右目から血を流していた。角度的に足への影響が少なかったのは不幸中の幸いだろう。
「………ぐっ!」
「?!ハジメ⁉︎」
「………ユエ………大丈………夫………ヘラ………クレスは………驚異的な………再生力………が」
「とりあえずコレ飲んで‼︎」
呻いたハジメにユエは急いで神水を飲ませようとするが、そんな時間をヒュドラが待つはずもない。今度は直径十センチ程の光弾を無数に撃ちだしてきた。まるでガトリングの掃射のような激しさだ。
ユエはハジメを抱えると、力を振り絞ってその場を離脱し柱の影に隠れる。柱を削るように光弾が次々と撃ち込まれていく。一分も持たないだろう。光弾の一つ一つに恐ろしい程のエネルギーが込められている。
ユエは急いで神水をハジメの傷口に降り掛け、もう一本も飲ませようとする。しかし、飲み込む力も残っていないのか、ハジメはむせて吐き出してしまう。ユエは自分の口に神水を含むと、そのままハジメに口付けをし、むせるハジメを押さえつけて無理やり飲ませた。
しかし、神水は止血の効果はあったものの、中々傷を修復してくれない。いつもなら直ぐに修復が始まるのに、何かに阻害されているかの様に遅々としている。
「どうして⁉︎」
ユエは半ばパニックになりながら、手持ちの神水をありったけ取り出した。
実は、ヒュドラのあの極光には肉体を溶かしていく一種の毒の効果も含まれていたのだ。普通は為す術もなく溶かされて終わりである。しかし、神水の回復力とヘラクレスの再生力が凄まじく、溶解速度を上回って修復しており、速度は遅いものの、ハジメの魔物の血肉を取り込んだ強靭な肉体とも相まって時間をかければ治りそうである。
だが、それでも時間がかかる。柱はもうほとんど砕かれ、ハジメが動けるようになるまではとても持ちそうにない。ユエは決然とした表情で、ハジメを見つめるとそっと口付けをする。そして、ハジメのドンナーを手に取ると立ち上がった。
「……今度は私が助ける……」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ハジメは意識を微かに取り戻し、自分が現状倒れていることに気付いた。
「あぐっ⁉︎」
悲鳴が聞こえ、ハジメがそんなことを考えながら揺らぐ意識を必死に繋ぎ留めその方向へ薄目で向けると、ユエが一人戦っている光景を見た。ドンナーを片手に必死に戦い、嬲られるように追い詰められているのに諦めずユエが一人でヒュドラに立ち向かっていた。
「ユ……エっ」
立ち上がろとしても力が入らずハジメは半ば諦めを感じてしまう。
ハジメに聞こえた幻聴がハジメの核心をつき、ハジメの身体にまた、燃え尽きそうだった炎が息を吹き替えしていく。
「………そうだな。こんなんで、倒れたまんまじゃいけねぇよな」
その声は幻聴かもしれない。だが、ハジメは薄ら笑みを浮かべ、重傷で再生中ながらも根気で立ち上がる。
そして、ハジメは今もハジメを守る為に戦っている少女の元へ駆け出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ユエはハジメのドンナーを両手で持ちながら、銀頭と戦っていたが……
「あぐっ⁉︎」
腹部に光弾をまともに喰らってユエは地面に叩きつけられた。
「うぅ……うぅ……」
(……ハジメ)
体が動かない。直ぐさま動かなければ光弾に蹂躙される。わかっていて必死にもがくユエだが、体は言うことを聞いてくれない。〝自動再生〟が遅いのだ。ユエはいつしか涙を流していた。悔しくて悔しくて仕方ないのだ。自分ではハジメを守れないのかと。
銀頭が、倒れ伏すユエに勝利を確信したように一度「クルゥアアン!」と叫ぶと光弾を撃ち放った。
光弾がユエに迫る。ユエは眼を閉じなかった。せめて心は負けるものかとキッと銀頭を睨みつけた。光弾が迫り視界が閃光に満たされる。直撃する。死ぬ。守れなかったこと、先に逝く事を、ユエはハジメに対し心の中で謝罪しようとした。
刹那……一陣の風が吹いた。
「えっ?」
気がつけば、ユエは、自分が抱き上げられ光弾が脇を通り過ぎていくのを見ていた。そして、自分を支える人物を信じられない思いで見上げる。それは、紛れもなくハジメだった。満身創痍のまま荒い息を吐き、ユエを抱きしめている。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ハジメは今も唖然としているユエに笑いながら話しかける。
「泣くんじゃないよ、ユエ。君の勝ちだ。」
「ハジメ!」
ユエは感極まったようにハジメに抱きつく。怪我はほとんど治っていない。実際、ハジメは気力だけで立っているようなものだった。
それでもハジメはヒュドラを見やる。周囲に光弾を浮かべながら余裕の表情で睥睨し、今更死にぞこないが何だと問答無用で光弾を放った。
「……遅いよ」
ハジメはギリギリまで動かず、光弾が直撃する寸前でふらりと倒れるように動き回避する。
ヒュドラの眼が細められ、無数の光弾が一気にハジメ達に向かって襲ってくる。
「ハジメ、逃げて‼︎」
ユエが必死の表情でハジメに言うが、ハジメはどこ吹く風のようにユエを抱いたままダンスでも踊るようにくるりくるりと回り、あるいはフラフラと倒れるように動いて光弾をやり過ごしてしまう。まるで光弾の方がハジメを避けていると勘違いしそうなぐらいだった。
そして、光弾を軽々と避けながらハジメはユエに作戦を話す。
「ユエ、しっかり捕まってて!宝具をヒュドラにぶつける‼︎」
「…!……んっ‼︎」
「行くぞ‼︎」
そしてハジメはヒュドラの方へと駆けていった。
ハジメは倒れている間に一つの技能が目覚めた。〝天歩〟の最終派生技能[+瞬光]。知覚機能を拡大し、合わせて〝天歩〟の各技能を格段に上昇させる。
この技能でハジメは一瞬でユエの元にたどり着き、緩やかに飛んでくる光弾をギリギリでかわしているのである。
ハジメは叫び迫り来る光弾の弾幕を紙一重でかわしていき、〝縮地〟で場所を移動しながらヒュドラとの戦闘の中でひび割れているが未だに現存していた柱を石の剣へと錬成し、宝具を放つ──
「宝具発動!『
長い戦いを繰り広げてあらゆる武具を使いこなし、様々な怪物・難行を乗り越えた、状況・対象に応じて様々なカタチに変化する「技」であり、その本質は攻撃が一つに重なる程の高速の連撃にあり、一息のうちに百撃を加える神速の猛撃を繰り出す。
「ウォォォォォォオォォォッ‼︎」
「クルゥァァァアァァァァァァン‼︎」
ヘラクレスの宝具を受けたヒュドラは断末魔の絶叫を上げながら大地に大きな音を鳴らしながら倒れた。
「ハァハァ…」
感知からヒュドラの反応が消滅し、死を確信したハジメは、緊張が解けたのか力が抜けたようにそのまま前ににぶっ倒れた。
「ハジメ⁉︎ハジメ‼︎」
背中にしがみついていたユエが慌ててハジメに声を掛け続ける。
「流石に……もうムリ……」
ユエがハジメに声を掛け続けているのを感じながら、ハジメはゆっくりと視界が霞んでいき、意識を手放していった……。