遠くに町が見える。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だ。街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある。おそらく門番の詰所だろう。小規模といっても、門番を配置する程度の規模はあるようだ。
「おぉ……」
ハジメは町を見ながら頬を緩めた。道中、シアがあることでブチブチと文句を垂れていたが、スルーして遂に町の門までたどり着いた。案の定、門の脇の小屋は門番の詰所だったらしく、武装した男が出てきた。格好は、革鎧に長剣を腰に身につけているだけで、兵士というより冒険者に見える。その冒険者風の男がハジメ達を呼び止めた。
「あぁすまない止まってくれ。確認のためステータスプレートを出してくれ。あと、町に来た目的は?」
「食料の補給が主な目的です。旅の途中でして」
ハジメは〝隠蔽〟でおかしくないくらいにしたステータスプレートを門番に渡しながら目的を伝える。
「……」
「……」
「………問題なしだ、良いだろう…しかしそっちの二人は…」
門番がユエとシアにもステータスプレートの提出を求めようとして、二人に視線を向ける。
「少し前に魔物の襲撃がありまして、こっちの子のは失くしてしまったんです。こっちの兎人族の彼女は……ね?」
その言葉だけで門番は納得したのか、なるほどと頷いてステータスプレートをハジメに返す。
「それにしても随分な綺麗どころを手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか?…まぁ良し行け」
「ありがとう。………そうだ!素材の換金場所って何処にありますか?」
「それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」
「親切にありがとうございます」
門番から情報を得て、ハジメ達は門をくぐり町へと入っていく。門のところで確認したがこの町の名前はブルックというらしい。
ハジメだけでなく、ユエも楽しげに目元を和らげている。しかし、シアだけは先程からぷるぷると震えて、涙目でハジメを睨んでいた。怒鳴ることもなく、ただジッと涙目で見てくるので、流石にハジメもシアに視線を合わせる。
「シア、そろそろ機嫌を直してくれない?」
「うぅ〜、でもこの首輪!これのせいで奴隷と勘違いされたじゃないですか⁉︎ハジメさん、わかっていて付けたんです‼︎うぅ、酷いですよぉ~、私達、仲間じゃなかったんですかぁ~」
シアが怒っているのは、旅の仲間だと思っていたのに、意図して奴隷扱いを受けさせられたことが相当ショックだったようだ。もちろん、ハジメが付けた首輪は本来の奴隷用の首輪ではなく、シアを拘束するような力はない。それは、シアもわかっている。だが、だとしても、やはりショックなものはショックらしい。
「それについてはすまないと思ってる。だが、奴隷でもない亜人族、それも愛玩用として人気の高い兎人族が普通に町を歩けるわけない………でしょ?」
「うぅ〜そうですけど」
「……ん、シア我慢」
「うぅ〜、分かりましたぁ」
ハジメとユエの言葉でなんとかシアは首輪の事は渋々、頷いて納得した。そして、はシアに首輪に備えつけの機能の説明をする。
「その首輪だけどね、念話石と特定石が組み込んであるから、必要なら使って。直接魔力を注げば使えるから」
「念話石と特定石ですか?」
するとハジメは側にあった横道へと入り──
『ぼくハジメさん、いまあなたのよこにいるの』
「ヒッ⁉︎」
首輪から聞こえたハジメの声にシアは小さな悲鳴をあげた。
『他にも居場所を知ることができて、ちなみにその首輪、きっちり特定量の魔力を流すことで、ちゃんと外せるよ』
「なるほどぉ~」
「……ん、流石ハジメ」
『じゃあ、ギルドに向かうとしようか』
ハジメ達はメインストリートを歩いていき、一本の大剣が描かれた看板を発見する。かつてホルアドの町でも見た冒険者ギルドの看板だ。
「あった……」
規模はホルアドに比べて二回りほど小さいが、ハジメは看板を確認すると重厚そうな扉を開き中に踏み込んだ。
ハジメ達がギルドに入ると、冒険者達が当然のように注目してくるがスルーし、カウンターへと向かった。
カウンターに向かうとそこには笑顔を浮かべたオバチャンがいた。
「少し良いですか?」
「おや、珍しい。受付がこんなオバチャンなのに残念と思わないんだね〜」
「あまり見た目で人を判断しない性格でね。それに………アナタは相当の熟練に見える」
ハジメがそう話すと、オバチャンは笑みを浮かべハジメの後ろにいたユエとシアに視線を向ける。
「そりゃ嬉しいねぇ〜。そこのお嬢ちゃん達も良い男を捕まえれて良かったねぇ〜」
「……んっ」
「はいですぅ〜」
「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」
「素材の買取をお願いしたい」
「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい?」
「買取にステータスプレートの提示が必要なんですか?」
ハジメの疑問に「おや?」という表情をするオバチャン。
「あんた冒険者じゃなかったのかい?確かに、買取にステータスプレートは不要だけどね、冒険者と確認できれば一割増で売れるんだよ」
そして、オバチャンはハジメに冒険者について色々、教えてくれた。
「そうだったのか……」
「他にも、ギルドと提携している宿や店は一~二割程度は割り引いてくれるし、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりするね。どうする?登録しておくかい?登録には千ルタ必要だよ」
「………ならせっかくだし登録をお願いしたい。買取金額から差っ引くってことにしてくれませんか?もちろん、最初の買取額はそのままでいいです」
ハジメは、そう言いながらオバチャンにステータスプレートを差し出す。
「はいよ」
戻ってきたステータスプレートには、新たな情報が表記されていた。天職欄の横に職業欄が出来ており、そこに〝冒険者〟と表記された。
「男なら頑張って黒を目指しなよ?お嬢さん達にカッコ悪いところ見せないようにね」
「ああ、そうするよ。それで、買取はここでも?」
「構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」
オバチャンは受付だけでなく買取品の査定もできるらしい。やはり、ハジメの思った通りオバチャンは優秀だった。
ハジメは、あらかじめ〝宝物庫〟から出してバックに入れ替えておいた素材を取り出す。品目は、魔物の毛皮や爪、牙、そして魔石だ。カウンターの受け取り用の入れ物に入れられていく素材を見て、オバチャンが驚愕の表情をする。
「こ、これは!」
恐る恐る手に取り、隅から隅まで丹念に確かめる。息を詰めるような緊張感の中、ようやく顔を上げたオバチャンは、溜息を吐きハジメに視線を転じた。
「とんでもないものを持ってきたね。これは…………樹海の魔物だね?」
「そうです」
すると、オバチャンから樹海の魔物についての説明がはいった。
「樹海の素材は良質なものが多いからね、売ってもらえるのは助かるよ」
「それはよかった…やっぱり珍しい?」
「そりゃあねぇ。樹海の中じゃあ、人間族は感覚を狂わされるし、一度迷えば二度と出てこれないからハイリスク。好き好んで入る人はいないねぇ。亜人の奴隷持ちが金稼ぎに入るけど、売るならもっと中央で売るさ。幾分か高く売れるし、名も上がりやすいからね」
それからオバチャンは、全ての素材を査定し金額を提示した。買取額は四十八万七千ルタ。結構な額だった。
「これでいいかい?中央ならもう少し高くなるだろうけどね」
「いや、この額で十分だよ。路銀が尽きて一文なしだったからね」
ハジメは五十一枚のルタ通貨を受け取る。この貨幣、鉱石の特性なのか異様に軽い上、薄いので五十枚を超えていても然程苦にならなかった。
「ところで、門番の人に、この町の簡易な地図を貰えると聞いたのですが……」
「ああ、ちょっと待っといで……ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」
「ありが……っ?!」
ハジメはオバチャンに貰った地図の出来映えに驚愕する。
「………こんな立派な地図を無料で?十分金が取れるレベルだと思うんだけど……」
「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」
ハジメはオバチャンの落書き感覚だと聞いて苦笑いする。
「そうか………ありがとう、助かるよ」
「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、その二人ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」
オバチャンは最後までいい人で気配り上手だった。ハジメは苦笑いしながら「そうします」と返事をし、入口に向かって踵を返した。ユエとシアも頭を下げて追従した。
「ふむ、いろんな意味で面白そうな連中だね……」
後には、そんなオバチャンの楽しげな呟きが残された。
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ハジメ達が、もはや地図というよりガイドブックと称すべきそれを見て決めたのは〝マサカの宿〟という宿屋だ。
宿の中は一階が食堂になっているようで複数の人間が食事をとっていた。ハジメ達が入ると、また注目されたがそれらを無視して、カウンターらしき場所に行くと、十五歳くらい女の子が元気よく挨拶しながら現れた。
「いらっしゃいませー、ようこそ〝マサカの宿〟へ!本日はお泊りですか?それともお食事だけですか?」
「宿泊です。このガイドブックを見て来たのですが、記載されている通りですか?」
ハジメが見せたオバチャン特製地図を見て合点がいったように頷く女の子。
「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」
「一泊で。食事付きで、あとお風呂もお願いします」
「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」
女の子が時間帯表を見せる。なるべくゆっくり入りたいので、男女で分けるとして二時間は確保したい。その旨を伝えると「えっ、二時間も⁉︎」と驚かれた。
「ん?」
「え、え〜と、それでお部屋はどうされますか?二人部屋と三人部屋が空いてますが……」
ちょっと好奇心が含まれた目でハジメ達を見る女の子。
ハジメは少女と宿にいる人達を尻目に部屋のことを伝える。
「………三人部屋でお願いします。良いよね?」
「……ん」
「はいですぅ〜」
ハジメは二人の確認を取り女の子に視線を戻すと顔を赤くしながらとんでもない事を言い出した。
「さっ三人部屋……つ、つまり三人で?す、すごい……はっ、まさかお風呂を二時間も使うのはそういうこと⁉︎お互いの体で洗い合ったりするんだわ!それから……あ、あんなことやこんなことを……なんてアブノーマルなっ!」
「………えぇっ?」
女の子はトリップしていた。見かねた女将さんらしき人がズルズルと女の子を奥に引きずっていく。代わりに父親らしき男性が手早く宿泊手続きを行った。
「すみません、家の娘が」
「いえ、そういう年頃でしょ?」
そして、ハジメはそのまま、受付をしユエ達と一緒に部屋に入り、一晩過ごした。
翌朝、朝食を食べた後、ハジメは、ユエとシアに金を渡して、旅に必要なものの買い出しを頼んだ。チェックアウトは昼なのでまだ数時間は部屋を使える。なので、ユエ達に買出しに行ってもらっている間に、部屋で済ませておきたい用事があったのだ。
「用事ってなんですか?」
「ちょっと作っておきたいものがあるんだよ。その設計図は出来ているし、数時間もあれば出来る」
「分かりました〜、あっユエさん。私、服も見ておきたいんですけどいいですか?」
「……ん、問題ない。私は、露店も見てみたい」
「あっ、いいですね!昨日は見ているだけでしたし、買い物しながら何か食べましょう」
「……ん、じゃあハジメ行ってくる」
「行ってきますですぅ〜」
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「いや~、最初はどうなることかと思いましたけど、意外にいい人でしたね。店長さん」
「ん……ハジメが言ってみたいに人は見た目によらない」
「ですね~」
服飾店での買い物を終えた二人はそんな風に雑談しながら、次は道具屋に回ることにした二人。しかし、唯でさえ目立つ二人だ。すんなりとは行かず、気がつけば数十人の男達に囲まれていた。冒険者風の男が大半だが、中にはどこかの店のエプロンをしている男もいる。
その内の一人が前に進み出た。ユエは覚えていないが、この男、実はハジメ達がキャサリンと話しているとき冒険者ギルドにいた男だ。
「ユエちゃんとシアちゃんで名前あってるよな?」
「?……合ってる」
ユエの返答を聞くとその男は、後ろを振り返り他の男連中に頷くと覚悟を決めた目でユエを見つめた。他の男連中も前に進み出て、ユエかシアの前に出る。
そして……
「「「「「「ユエちゃん………俺と付き合ってください‼︎」」」」」」
「「「「「「シアちゃん!俺の奴隷になれ‼︎」」」」」」
告白を受けたユエとシアは──
「……シア、道具屋はこっち」
「あ、はい。一軒で全部揃うといいですね」
──何事もなかったように歩みを再開した………………
ハジメはユエとシアから町で起きたことを聞いて、笑みを零していると、ある事を思い出し、ユエに話しかける。
「そういえばユエ、必要なものは全部揃った?」
「……ん、大丈夫」
ハジメ達は宿に戻るとまだ買いたい物は買えたか確認してなかった為、ユエに聞くと、買いたい物は買えたらしい。
「ですね。食料も沢山揃えましたから大丈夫です。にしても〝宝物庫〟ってホント便利ですよね~」
「まぁ、僕も〝宝物庫〟は便利だけど今の僕でも作れないからね」
「えっそうなんですか?!ハジメさんでも作れない物があるなんて驚きですぅ〜」
「まぁ、それはさておき、シア。こいつは君にだ」
そう言ってハジメはシアに直径四十センチ長さ五十センチ程の円柱状の物体を渡した。銀色をした円柱には側面に取っ手のようなものが取り付けられている。
ハジメが差し出すそれを反射的に受け取ったシアは、あまりの重さに思わずたたらを踏みそうになり慌てて〝身体強化〟の出力を上げた。
「な、なんですか、これ?物凄く重いんですけど……」
「シア用の新しい大槌だからな。重いほうがいいだろう?」
「へっ、これが……ですか?」
「シア、その状態はただの待機状態だ。取り敢えず魔力流してみて」
「えっと、こうですか?ッ⁉︎」
言われた通り、槌モドキに魔力を流すと、カシュン!カシュン!という機械音を響かせながら取っ手が伸長し、槌として振るうのに丁度いい長さになった。
この大槌型アーティファクト:ドリュッケン(ハジメ命名)は、幾つかのギミックを搭載したシア用の武器だ。魔力を特定の場所に流すことで変形したり内蔵の武器が作動したりする。
「今の僕にはこれくらいが限界だけど、腕が上がれば随時改良していくつもりだ。これから何があるか分からないからね。ユエとの訓練でもたったの十日。僕達が庇い切れない場合もあるし、まだまだシアは危なっかしい。その武器はシアの力を最大限生かせるように考えて作ったんだ」
「ハジメさん……ふふ、大丈夫です。まだまだ、強くなって、どこまでも付いて行きますからね!」
シアは嬉しそうにドリュッケンを胸に抱く。
「期待してますよ」
「はいですぅ!」
はしゃぐシアを連れながら、宿のチェックアウトを済ませる。未だ、宿の女の子がハジメ達を見ると頬を染めるが無視だ。
外に出ると太陽は天頂近くに登り燦々と暖かな光を降らせている。それに手をかざしながらハジメは大きく息を吸った。
振り返ると、ユエとシアが頬を緩めてハジメを見つめている。
「じゃあ、行こう」
「「んっ(はいですぅ)!」」
ハジメは二人の反応を見ると、スっと前に歩みを進めた。ユエとシアも追従した。