「ふんふんふふ~ん、ふんふふ~ん!いい天気ですねぇ~、絶好のデート日和ですよぉ~」
フューレンの街の表通りを、上機嫌のウサミミ少女シアがスキップしそうな勢いで歩いている。
そんなシアの後ろを、ハジメは苦笑いしながら歩いていた。よほど心が浮きだっているのか、少し前に進んではくるりとターンしてハジメに笑顔を向け追いつくのを待つという行為を繰り返すシアに、周囲の人々同様、ハジメも思わず頬が緩んでしまうのだ。
「はしゃぎすぎだよ、シア。前見てないと転ぶよ?」
「ふふふ、そんなヘマしませんよぉ~、ユエさんに鍛えられているんですからッ⁉︎」
注意するハジメに、再びターンしながら大丈夫だと言いつつ足を石畳の隙間に引っ掛けて転びそうになるシア。そんなシアにハジメはすかさず、シアの腰を抱いて支える。
「危なかっしいなぁ。大丈夫かシア?」
「しゅ、しゅみません」
「ほら、浮かれているのはわかったから一緒に歩こう?」
腰を抱かれて恥ずかしげに身を縮めるシアは、ハジメの服の袖をちょこんと摘んだまま、今度は小さな歩幅でチマチマと隣りを歩き始めた。
そんなハジメとシアの二人は周囲の微笑ましい視線を集めつつ、遂に観光区に入った。
「確か…観光区には、劇場や大道芸通り、サーカス、音楽ホール、水族館、闘技場、ゲームスタジオ、展望台、色とりどりの花畑や巨大な花壇迷路、美しい建築物や広場があったけ…」
「ハジメさん、ハジメさん!まずはメアシュタットに行きましょう⁉︎私、一度も生きている海の生き物って見たことないんです‼︎」
ガイドブックを片手に、ウサミミを「早く!早く‼︎」と言う様にぴょこぴょこ動かすシア。【ハルツィナ樹海】出身なので海の生物というのを見たことがないらしく、メアシュタットというフューレン観光区でも有名な水族館に見に行きたいらしい。
「じゃあ、そこに行こうか………しかし、内陸なのに海の生き物とか……気合はいってるなぁ。管理、維持、輸送と大変だろうに……」
少し興味を持つ点がズレているが断る理由もないので了承する。それにシアが嬉しそうにニコニコしながら俺の手を握って先導した。
途中の大道芸通りで、人間の限界に挑戦するようなアクロバティックな妙技に目を奪われつつ、たどり着いたメアシュタットは相当大きな施設だった。海をイメージしているのか全体的に青みがかった建物となっており多くの人で賑わっている。
「へぇ…中の様子は極めて地球の水族館に似ているが…地球ほど、大質量の水の圧力に耐える透明の水槽を作る技術がないのか、格子状の金属製の柵に分厚いガラスがタイルの様に埋め込まれてて若干見にくいけど」
ハジメはそう思っていたが、シアはそんな事は気にならないようで、初めて見る海の生き物の泳いでいる姿に瞳をキラキラさせて、頻りに指を差しながら話かけた。すぐ隣で同じく瞳をキラキラさせている家族連れの幼女と仕草が同じだ。不意に、幼女の父親と思しき人と視線が合い、その目に生暖かさが含まれている気がして、ハジメは何となく気まずくなりシアの手を取って父親に会釈してその場を離れた。シアが、ハジメの行動に驚きつつも、手を握られたのが嬉しくて、頬を染めながら手をにぎにぎし返したのは言うまでもない。
そんなこんなで一時間ほど水族館を楽しんでいると、突然、シアがギョッとしたようにとある水槽を二度見し、更に凝視し始めた。
「ん、んー……うぉっ」
そこにいたのは……ハジメが、知っている某ゲームの人面魚そっくりだった。
「……き、気持ち悪いですぅ……」
戦慄の表情でシアが一歩後退りする。人面魚は、シアに気がついたのか水槽の中から同じように、彼女を気だるそうな表情で見つめ返した。訳のわからない緊迫感が生まれる。そんな二人?を放置して、ハジメは水槽の傍に貼り付けられている解説に目をやった。
「えっと、〝このシーマンは水棲系の魔物であるらしく、固有魔法〝念話〟が使えるが滅多に話すことはないらしいがきちんと会話が成立するらしく、確認されている中では唯一意思疎通の出来る魔物として有名 〟……そして、名称はリーマンか……」
ハジメはリーマンの〝念話〟が気になり同じく〝念話〟を発動した。
〝貴方は念話が使えるんですよね?本当に話せるの?言葉の意味は理解できてる?〟
突然の念話に、リーマンの目元が一瞬ピクリと反応する。そして、ゆっくりハジメを見返した。
〝……チッ、初対面だろ。まず名乗れよ。それが礼儀ってもんだろうが。全く、これだから最近の若者は……〟
おっさん顔の魚に礼儀を説かれてしまった。痛恨のミスである。ハジメはその通りだと反省し再度会話を試みる。
〝……すみませんでした、僕はハジメ。本当に会話出来るんですね。リーマンってのは一体何なんですか?〟
〝……お前さん、『人間ってのは何なんだ?』と聞かれてどう答える気だ?そんなもんわかるわけないだろうが。まぁ、敢えて言うなら俺は俺だ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。あと名はねぇから好きに呼んでくれ〟
「……あはは(このリーマン…言う内容が常識的過ぎる…それに一々セリフが少しカッコつけてる…)」
ハジメが、ちょっと現実逃避気味に遠くを見る目をしていると、今度はリーマンの方から質問が来た。
〝こっちも一つ聞きてぇ。お前さん、なぜ念話が出来る?人間の魔法を使っている気配もねぇのに……まるで俺と同じみてぇだ〟
「……まぁ、多少いろいろあってな」
そしてハジメはリーマンに簡潔に魔物を喰らって奪い取ったとかなり端折った説明をした。
〝……若ぇのに苦労してんだな。よし、聞きてぇことがあるなら言ってみな。おっちゃんが分かることなら教えてやるよ〟
「……(なんか、可哀想な奴だと思われて同情された)」
どうやら、魔物を喰うしかないほど貧乏だとでも思われたようだ。今のそれなりにいい服を着ている姿を見て、「頑張ったんだなぁ、てやんでぇ!泣かせるじゃねぇか」とヒレで鼻をすする仕草をしている。
実際、苦労したことは間違いないので特に訂正はしなハジメはただ、人面魚に同情される人生って……と若干ヘコんだ。何とか気を取り直しつつ、リーマンに色々聞いてみる。例えば、魔物には明確な意思があるのか、魔物はどうやって生まれるのか、他にも意思疎通できる魔物はいるのか……リーマン曰く、ほとんどの魔物は本能的で明確な意思はないらしい。言語を理解して意思疎通できる魔物など自分の種族しか知らないようだ。また、魔物が生まれる方法も知らないらしい。
他にも色々話しているとそれなりの時間が経ち、傍目には若い男とおっさん顔の人面魚が見つめ合っているという果てしなくシュールな光景なので、人目につき始める。シアが、それにそわそわし始めハジメの服の裾をちょいちょい引っ張るので、ハジメは会話を切り上げた。
リーマンとの会話は中々に面白かったが、今日はシアに付き合うと決めていたのだ。蔑ろにしては約束を反故にすることになる。リーマンの方も「おっと、デートの邪魔だったな」と空気を呼んで会話の終わりを示した。ちなみに、その頃には「リーさん」「ハー坊」と呼び合う仲になっていた。
ハジメは、最後にリーマンが何故こんなところにいるのか聞いてみた。そして、返ってきた答えは……
〝ん?いやな、さっきも話した通り、自由気ままな旅をしていたんだが……少し前に地下水脈を泳いでいたらいきなり地上に噴き飛ばされてな……気がついたら地上の泉の傍の草むらにいたんだよ。別に、水中じゃなくても死にはしないが、流石に身動きは取れなくてな。念話で助けを求めたら……まぁ、ここに連れてこられたってわけだ〟
〝そうか…ねぇリーさん。ここから出たい?〟
〝?そりゃあ、出てぇよ。俺にゃあ、宛もない気ままな旅が性に合ってる。生き物ってのは自然に生まれて自然に還るのが一番なんだ。こんな檻の中じゃなく、大海の中で死にてぇてもんだよ〟
いちいち言葉に含蓄のあるリーマン。既に、リーマンを気に入っていたハジメは、彼を助けることにした。
〝リーさん、だったら僕が近くの川にでも送り届けるよ。どうやら、この状況は僕達の事情に巻き込んじまったせいみたいだし。数分後に迎えを送るから、信じて大人しく運ばれてください〟
〝ハー坊……へっ、若造が、気ぃ遣いやがって……何をする気かは知らねぇが、てめぇの力になろうって奴を信用できないほど落ちぶれちゃいねぇよ。ハー坊を信じて待ってるぜ〟
ハジメとリーマンは共に男臭い笑みを交わしあった。するとシアが頬を引き攣らせ、ハジメがシアの手を引いてその場を離れようと踵を返した。訳がわからないが、取り敢えずハジメに付いて行くシアにリーマンの〝念話〟が届く。
〝嬢ちゃん、睨んで悪かったな…ハー坊と繋いだその手、離すんじゃねぇぞ〟
「へ?へ?えっと、ありがとうございます‼︎」
しっかり返事するシアに満足気な笑みを見せるリーマン。「お節介め」と苦笑いするハジメは、新たな友人のこれからに幸運を祈りつつメアシュタット水族館を後にした。
そして、その数分後、二枚の銀製の盆が水族館内を爆走し、一枚の盆がリーマンの水槽を粉砕し、流れ出てきたリーマンを見事もう片方の盆の上に乗せると追いかける職員達を水槽を粉砕した盆が怪我をさせずに蹴散らし、更に壁を破壊して外に出ると遥か上空へと消えていくという珍事が発生した。新種の魔物か、あるいはリーマンの隠された能力かと大騒ぎになるのだが……それはどうでもいい話だ。
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メアシュタット水族館を出てリーマンを近くの川に送り届け昼食も食べた後、ハジメとシアの二人は、迷路花壇や大道芸通りを散策していた。シアの腕には、露店で買った食べ物が入った包みが幾つも抱えられている。今は、バニラっぽいアイスクリームを攻略中だ。
「よく食べるね……そんなに美味しいの?」
「あむっ……はい!とっても美味しいですよ。流石、フューレンです。唯の露店でもレベルが高いです」
「そうなんだ…あっ、シア。口元にアイスがついてるよ」
「……えっちょっ!ハジメさん//」
ハジメはシアのアイスの感想を聞いてると彼女の口元にアイスが付いていたので指で拭き取った。
ハジメの行動に一瞬、食べる手が止まり、顔を真っ赤にするシア。そんなシアに苦笑いしながら横を歩くハジメは、突如、その表情を訝しげなものに変え足元を見下ろした。
「えっ、………下?」
それに気がついたシアが、「ん?」と首を傾げてハジメに尋ねる。
「どうかしましたか、ハジメさん?」
「………いや、〝気配感知〟で人の気配を感知したんだが……」
「気配感知なんて使っていたんですか?」
「基本は常時展開してるからね。どんな事が起きても早急に対応する為に」
「う~ん?でも、何が気になるんです?人の気配って言っても……」
シアは周囲を見渡して「人だらけですよ?」と首を傾げるがハジメは首を振る。
「いや、そうじゃなくて……僕が感知したのは下だ」
「下?……って下水道ですか?えっと、なら管理施設の職員とか?」
「それが大人じゃなくてな…っ! シア急ぐぞ反応が弱くなってきてるっ」
「えっちょっと ハジメさん?!」
ハジメはシアに説明しようとしたが反応が弱くなってるのを確認し、説明する暇もないと考え駆け出した。
シアと二人で地下をそれなりの速度で流れていく気配を追う。
「流れ的にここだなっ」
そう予想したハジメは一気に気配を追い抜くと地面に手を付いて錬成を行った。紅いスパークが発生すると、直ちに、真下への穴が空く。
ハジメとシアは、躊躇うことなくそのまま穴へと飛び降りた。そして、下方に流れる酷い匂いを放つ下水に落ちる前にシアを抱き寄せながら〝空力〟で跳躍し、水路の両サイドにある通路に着地する。
「ハジメさん、私にも気配が掴めました。私が飛び込んで引っ張り上げますね!」
「いや、大丈夫だ」
服が汚れるなど気にした風もなく下水に飛び込もうとするシアの腕を掴んで止め、再び地面に手を付いて錬成を行った。紅いスパークと共に水路から格子がせり上がってくる。格子は斜めに設置されているので、流されてきた子どもは格子に受け止められるとそのままハジメ達の方へと移動して来た。ハジメはその子供を抱き抱え、そのまま通路へと引き上げた。
「この子は……」
「まだ、息はある……取り敢えずここから離れよう。臭いが酷い。それに……まさか海人族とはな」
抱き上げられたその子どもを見て、シアが驚きに目を見開く。ハジメも、その容姿を見て知識だけはあったので、内心では結構驚いていた。しかし、場所が場所だけに、肉体的にも精神的にも衛生上良くないと場所を移動する事にする。
何となく、子どもの素性的に唯の事故で流されたとは思えないので、そのまま開けた穴からストリートに出ることを止め、穴を錬成で塞ぎ、代わりに地上の建物の配置を思い出しながら下水通路に錬成で横穴を開けた。そして、〝宝物庫〟から毛布を取り出すと小さな子どもをくるみ、抱き抱えて移動を開始して裏路地の突き当たりに突如紅いスパークが奔り地面にポッカリと穴を作り、そこからピョンと飛び出し、錬成で穴を塞ぐと、改めて自らが抱き抱える子どもに視線を向けた。
その子どもは、見た目三、四歳といったところだ。エメラルドグリーンの長い髪と幼い上に汚れているにも関わずわかるくらい整った可愛らしい顔立ちをしている。女の子だろう。だが何より特徴的なのは、その耳だ。通常の人間の耳の代わりに扇状のヒレが付いているのである。しかも、毛布からちょこんと覗く紅葉のような小さな手には、指の股に折りたたまれるようにして薄い膜がついているのであった………