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「この子、海人族の子ですね……どうして、こんな所に……」
「まぁ、まともな理由じゃないのは確かかな……迷子の可能性は低い。海人族は、確か亜人族としてはかなり特殊な地位にある種族で、彼らはその種族の特性を生かして大陸に出回る海産物の八割を採って送り出しているから、亜人族でありながらハイリヒ王国から公に保護されている種族だったはず。差別しておきながら使えるから保護するという何とも現金な話だけど、大概は教会のせいだしな…だとしたら……………誘拐が一番有力だな……」
ハジメはそう予想して呟いていると、海人族の女の子の鼻がピクピクと動いたかと思うと、パチクリと目を開いた。そして、その大きく真ん丸な瞳でジーとハジメを見つめ始める。ハジメも何となく目が合ったまま逸らさずジーと見つめ返した。
意味不明な緊迫感が漂う中、シアが何をしているんだと呆れた表情で近づくと、海人族の女の子のお腹がクゥーと可愛らしい音を立てる。再び鼻をピクピクと動かし、ハジメから視線を逸らすと、その目が未だに持っていたシアの露店の包みをロックオンした。
「……お腹空いているんだね」
そんなハジメの言葉を聞いたシアが、『コレ?』と首を傾げながら、串焼きの入った包み右に左にと動かすと、まるで磁石のように女の子の視線も左右に揺れる。どうやら、相当空腹のようだ。シアが、包から串焼きを取り出そうとするのを制止して、ハジメは女の子に話しかけながら錬成を始めた。
「それで、君の名前は?」
女の子は、シアの持つ串焼きに目を奪われていたところ、突如地面から紅いスパークが走り始め、四角い箱状のものがせり上がってくる光景に驚いたように身を竦めた。そして、再度、名前を聞かれて、視線を彷徨わせた後、ポツリと囁くような声で自身の名前を告げた。
「……ミュウ」
「ミュウか、僕はハジメで、彼女はシアだ。それでミュウ。あの串焼きが食べたいと思うけど、まず体の汚れを落とすよ。衛生的に悪いし、変に病気になったら心配だからね」
ハジメは、完成した簡易の浴槽に〝宝物庫〟から綺麗な水を取り出し浴槽に貯め、更にフラム鉱石を利用した温石で水温を調整し即席のお風呂を作った。
返事をする間もなく、毛布と下水をたっぷり含んだ汚れた衣服を脱がされ浴槽に落とされたミュウは、「ひぅ⁉︎」と怯えたように身を縮めたものの、体を包む暖かさに次第に目を細めだした。
「後は服も必要だな……シア、僕は少し出るから、その子の世話をお願い」
「はい、分かりましたぁ」
ハジメは、シアに薬やタオル、石鹸等を渡しミュウの世話を任せて、自らはミュウの衣服を買いに袋小路を出て行った。
しばらくして、ハジメが、ミュウの服を揃えて袋小路に戻ってくると、ミュウは既に湯船から上がっており、新しい毛布にくるまれてシアに抱っこされているところだった。抱っこされながら、シアが「あ~ん」する串焼きをはぐはぐと小さな口を一生懸命動かして食べている。薄汚れていた髪は、本来のエメラルドグリーンの輝きを取り戻していた。
「あっ、ハジメさん。お帰りなさい。素人判断ですけど、ミュウちゃんは問題ないみたいですよ」
ハジメが帰ってきた事に気がついたシアが、ミュウのまだ湿り気のある髪を撫でながら報告をする。ミュウもそれでハジメの存在に気がついたのか、はぐはぐと口を動かしながら、再びジーと見つめ始めた。良い人か悪い人かの判断中なのだろう。
ハジメは、シアの言葉に頷くと、買ってきた服を取り出した。シアの今着ている服に良く似た乳白色のフェミニンなワンピースだ。それに、グラディエーターサンダルっぽい履物、それと下着だ。子ども用とは言え、店で買う時は店員の目が非常に気になった。
ハジメは、ミュウの下へ歩み寄ると、毛布を優しく取りポスッと上からワンピースを着せた。次いでに下着もさっさと履かせる。そして、ミュウの前に跪いて片方ずつ靴を履かせていった。更に、温風を出すアーティファクト、つまりドライヤーを〝宝物庫〟から取り出し、湿り気のあるミュウの髪を乾かしていく。ミュウはされるがままで、未だにジーとを見ているが、温風の気持ちよさに次第に目を細めていった。
「……何気に、ハジメさんって面倒見いいですよね」
「あぁっ、父さんと母さんの仕事場の人の子どものお守りとかもしてたんてだよ」
「へぇ〜、それなら納得ですぅ〜」
ミュウの髪を乾かしながらシアの言葉に返答してるとシアは頬を緩めてニコニコと笑う。しかし今後の事も考えたハジメは話を切り替えた。
「で、今後の事だけど……」
「ミュウちゃんをどうするかですね……」
二人が自分の事を話していると分かっているようで、上目遣いでシアとハジメを交互に見るミュウ。
ハジメとシアは取り敢えず、ミュウの事情を聞いてみることにした。
結果、たどたどしいながらも話された内容は、ハジメが予想していた物だった。
すなわち、ある日、海岸線の近くを母親と泳いでいたらはぐれてしまい、彷徨っているところを人間族の男に捕らえられたらしいということだ。
そして、幾日もの辛い道程を経てフューレンに連れて来られたミュウは、薄暗い牢屋のような場所に入れられたのだという。そこには、他にも人間族の幼子たちが多くいたのだとか。そこで幾日か過ごす内、一緒にいた子供達は、毎日数人ずつ連れ出され、戻ってくることはなかったという。少し年齢が上の少年が見世物になって客に値段をつけられて売られるのだと言っていたらしい。
いよいよ、ミュウの番になったところで、その日たまたま下水施設の整備でもしていたのか、地下水路へと続く穴が開いており、懐かしき水音を聞いたミュウは咄嗟にそこへ飛び込んだ。三、四歳の幼女に何か出来るはずがないとタカをくくっていたのか、枷を付けられていなかったのは幸いだった。汚水への不快感を我慢して懸命に泳いだミュウ。幼いとは言え、海人族の子だ。通路をドタドタと走るしかない人間では流れに乗って逃げたミュウに追いつくことは出来なかった。
だが、慣れない長旅に、誘拐されるという過度のストレス、慣れていない不味い食料しか与えられず、下水に長く浸かるという悪環境に、遂にミュウは肉体的にも精神的にも限界を迎え意識を喪失した。そして、身を包む暖かさに意識を薄ら取り戻し、気がつけばハジメの腕の中だった。
「客が値段をつける……ね。オークションか。それも人間族の子や海人族の子を出すってんなら裏の………所謂闇のオークションだろうな。フューレンみたいな大きな商業都市にはあると思っていたがやっぱりか…イルワさんは、把握してるのか?いや、もしかしたら手を出せないのか?」
「……ハジメさん、どうしますか?」
シアが辛そうに、ミュウを抱きしめる。その瞳は何とかしたいという光が宿っていた。亜人族は、捕らえて奴隷に落とされるのが常だ。その恐怖や辛さは、シアも家族を奪われていることからも分かるのだろう。
だが、ハジメは首を振った。
「保安署に預けるのが最善だと思う」
「そんなっ……この子や他の子達を見捨てるんですか……」
ハジメの言葉にシアが噛み付く。ミュウをギュッと抱きしめてショックを受けたような目で見た。
ハジメは、そんなシアに噛んで含めるように説明する。
「シア、迷子を見つけたら保安署に送り届けるのは当然のことだし、まして、ミュウは海人族の子だ。必ず手厚く保護してくれる、それどころか、海人族をオークションに掛けようなんて大問題だ。正式に捜査が始まるだろうし、そうすれば他の子達も保護されるだろう。いい?おそらくだけど、これは大都市にはつきものの闇だ。ミュウが捕まっていたところだけでなく、公的機関の手が及ばない場所では普通にある事なんだろ。つまり、これはフューレンの問題。どっちにしろ、通報は必要……シアの境遇を考えると、自分の手で何とかしたいという気持ちはわからんでもないが……」
「そ、それは……そうですが……でも、せめてこの子だけでも私達が連れて行きませんか?どうせ、西の海には行くんですし……」
「……それは一番駄目だ、西の海に行く前に僕達は大火山の迷宮攻略するし、連れて行く気?それとも、砂漠地帯に一人で留守番させる?その方が一番危険だ。大体、誘拐された海人族の子を勝手に連れて行ったら、僕らも誘拐犯の仲間入りだ………心苦しいが連れてくのは駄目だ」
「………………ミュウちゃんミュウちゃん」
「ミュ?」
ハジメが心苦しくも今後の事を考えてシアに伝えたのだが、諦められないのかミュウに手を招き、こっそりと何かを口にする。
「………ミュウちゃんそう言うといいですよ。リピートアフターミー」
「えっと………『(お風呂のために)服を脱がされたこと大声で叫ばれたくなかったら旅に連れていくですぅ』なの」
「ですぅ‼︎」
「………コラ、変なこと吹き込むのやめなさい」
ハジメに怒られたシアは肩を落としながらも頷いた。ハジメは、屈んでミュウに視線を合わせると、ミュウが理解出来るようにゆっくりと話し始めた。
「いい、ミュウ。これから、君を守ってくれる人達の所へ連れて行く。時間は掛かるだろうが、いつか西の海にも帰れるだろう」
「……お兄ちゃんとお姉ちゃんは?」
ミュウが、ハジメの言葉に不安そうな声音で二人はどうするのかと尋ねる。
「残念だけど、そこでお別れだ」
「やっ!」
「いや、やっ!じゃなくて……」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんがいいの!二人といるの‼︎」
「えぇっ…以外に駄々っ子」
ハジメとしても信頼してくれるのは悪い気はしないのだが、どっちにしろ公的機関への通報は必要であるし、途中で【大火山】という大迷宮の攻略にも行かなければならないのでミュウを連れて行くつもりはなかった。なので、「やっーー‼︎」と全力で不満を表にして、一向に納得しないミュウへの説得を諦めて、抱きかかえると強制的に保安署に連れて行くことにした。
ミュウとしても、窮地を脱して奇跡的に見つけた信頼出来る相手から離れるのはどうしても嫌だったので、保安署への道中、ハジメの髪やら頬やらを盛大に引っ張り引っかき必死の抵抗を試みる。隣におめかしして愛想笑いを浮かべるシアがいなければ、ハジメこそ誘拐犯として通報されていたかもしれない。髪はボサボサ、頬に引っかき傷を作って保安署に到着して、目を丸くする保安員に事情を説明した。
事情を聞いた保安員は、表情を険しくすると、今後の捜査やミュウの送還手続きに本人が必要との事で、ミュウを手厚く保護する事を約束しつつ署で預かる旨を申し出た。ハジメの予想通り、やはり大きな問題らしく、直ぐに本部からも応援が来るそうで、自分達はお役目御免だろうと引き下がろうとした。が……
「お兄ちゃんは、ミュウが嫌いなの?」
「うっ」
心苦しかったがハジメは眼前の保安員のおっちゃんに任せておけば家に帰れる事を根気よく説明するが、ミュウの悲しそうな表情は一向に晴れなかった。
見かねた保安員達が、ミュウを宥めつつ少し強引にハジメ達と引き離し、ミュウの悲しげな声に後ろ髪を引かれつつも、ようやくハジメとシアは保安署を出たのだった。当然、そのままデートという気分ではなくなり、シアは心配そうに眉を八の字にして、何度も保安署を振り返っていた。
やがて保安署も見えなくなり、かなり離れた場所に来たころ、未だに沈んだ表情のシアにハジメが何か声をかけようとした。と、その瞬間──
「なっ?!」
背後で爆発が起き、黒煙が上がっているのが見えた。その場所は、
「ハ、ハジメさん。あそこって……」
「あぁ、保安署だっ!………まさか誘拐組織の情報漏洩を妨害する為保安署ごと爆破したのか⁉︎急ぐぞ‼︎」
二人は、互いに頷くと保安署へと駆け戻る。焦る気持ちを抑えつけて保安署にたどり着くと、表通りに署の窓ガラスや扉が吹き飛んで散らばっている光景が目に入った。しかし、建物自体はさほどダメージを受けていないようで、倒壊の心配はなさそうだった。ハジメ達が、中に踏み込むと、対応してくれたおっちゃんの保安員がうつ伏せに倒れているのを発見して、容態を確認した。
「…生きてる。両腕は折れてるが気を失ってるだけか………他の職員も爆風に当てられただけで生きてるな」
ハジメが、職員達を見ている間、他の場所を調べに行ったシアが、焦った表情で戻ってきた。
「ハジメさん!ミュウちゃんがいません!それにこんなものが‼︎」
シアが手渡してきたのは、一枚の紙。そこにはこう書かれていた。
〝海人族の子を死なせたくなければ、白髪の兎人族を連れて○○に来い〟
「ハジメさん、これって……」
「どうやら、あちらさんは欲をかいたらしいな……」
ハジメは、紙をグシャと握り潰すと目を細めた。
「そういう魂胆ならば……」
そんなハジメの横で、シアは、決然とした表情をする。
「ハジメさん!私‼︎」
「シア、こいつ等はもう僕の敵だ……全部ぶちのめして、ミュウを奪い返す」
「はいです‼︎」
「……ちなみに遠慮容赦は一切無用だ」
ハジメとシアは武器を携え、化け物を呼び起こした愚か者達の指定場所へと一気に駆け出した……。