オークション会場は、一種異様な雰囲気に包まれていた。
会場の客はおよそ百人ほど。その誰もが奇妙な仮面をつけており、物音一つ立てずに、ただ目当ての商品が出てくるたびに番号札を静かに上げるのだ。素性をバラしたくないがために、声を出すことも躊躇われるのだろう。
そんな細心の注意を払っているはずの彼等ですら、その商品が出てきた瞬間、思わず客は驚愕の声を漏らした。
出てきたのは二メートル四方の水槽に入れられた海人族の幼女ミュウだ。衣服は剥ぎ取られ裸で入れられており、水槽の隅で膝を抱えて縮こまっている。海人族は水中でも呼吸出来るので、本物の海人族であると証明するために入れられているのだろう。一度逃げ出したせいか、今度は手足に金属製の枷をはめられている。小さな手足には酷く痛々しい光景だ。
多くの視線に晒され怯えるミュウを尻目に競りは進んでいく。ものすごい勢いで値段が上がっていくようだ。一度は人目に付いたというのに、彼等は海人族を買って隠し通せると思っているのだろうか。もしかすると、昼間の騒ぎをまだ知らないのかもしれない。
ざわつく会場に、ますます身を縮こませるミュウは考えた。やっぱり、痛いことしたから置いていかれたのだろうか?自分は、お兄ちゃんとお姉ちゃんに嫌われてしまったのだろうか?そう思うと、悲しくて悲しくて、ホロリと涙が出てくる。もう一度会えたら、痛くしたことをゴメンなさいするから、今度こそ……どうか一緒にいて欲しい。
「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」
ミュウがそう呟いたとき、不意に大きな音と共に水槽に衝撃が走った。「ひぅ!」と怯えたように眉を八の字にして周囲を見渡すミュウ。すると、すぐ近くにタキシードを着て仮面をつけた男が、しきりに何か怒鳴りつけながら水槽を蹴っているようだと気が付く。どうやら更に値段を釣り上げるために泳ぐ姿でも客に見せたかったらしく、一向に動かないミュウに痺れを切らして水槽を蹴り飛ばしているらしい。
しかし、ますます怯えるミュウは、むしろ更に縮こまり動かなくなる。ギュウと体を縮めて、襲い来る衝撃音と水槽の揺れにひたすら耐える。
フリートホーフの構成員の一人で裏オークションの司会をしているこの男は、余りに動かないミュウに、もしや病気なのではと疑われて値段を下げられるのを恐れて、係りの人間に棒を持ってこさせた。それで直接突いて動かそうというのだろう。ざわつく客に焦りを浮かべて思わず悪態をつく。
「全く、辛気臭いガキですね。人間様の手を煩わせているんじゃありませんよ。半端者の能無しのごときが!」
そう言って、司会の男が脚立に登り上から棒をミュウ目掛けて突き降ろそうとした。その光景にミュウはギュウと目を瞑り、衝撃に備える──
──が、やってくるはずの衝撃の代わりに届いたのは……聞きたかった人の声だった。
「そのセリフ、そっくりそのまま返すよ」
その声はミュウしかいないはずの水槽から放たれ、金属質かつ鋭角的なフォルムの脚部、対照的に華奢で小柄な体格、なだらかな胸部を持つサーヴァント──メルトリリスに憑依したハジメだった。
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天井から襲撃の機会を伺っていたハジメにチャンスが訪れたのは偶然だった。仮面の男が水槽を何度も蹴り揺れた水槽から漏れ出る水滴に目を着け、メルトリリスに憑依し限界まで凝縮した完全流体の水滴となり水槽から漏れ出た水滴に紛れ込み、ミュウに危害を加える男の棒を掴んだのだ。
「フッ‼︎」
メルトリリスの義足となったハジメの脚の蹴りで『バリンッ!』という破砕音と共に水槽が壊され中の水が流れ出す。そしてその蹴りの直線上にいた仮面の男は体を切断され絶命した。
「ひゃう!」
流れの勢いで、思わず悲鳴を上げるミュウを抱き締めるとミュウは目をパチクリとし、初めて会った時のようにジッーとハジメを見つめる。
「ミュウ、会うたびにびしょ濡れだよね?」
冗談めかしてそんな事を言うハジメに、ミュウは、やはりジーと見つめたまま、ポツリと囁くように尋ねる。
「……お兄ちゃん?」
「お兄ちゃんかどうかは別として、髪を引っ張られて、頬を引っ掻かれたハジメさんなら僕だよ」
「………姿が……違う」
「………コレは後で教えるからね」
「わかったの‼︎」
そう返事をすると緊張が解けたのか、ハジメの首元にギュッウ~と抱きついてひっぐひっぐと嗚咽を漏らし始めた。
「よく、耐えたな。今度はしっかりと守ってやる」
ハジメはそう言って、ミュウの背中をポンポンと叩きながら手早く毛布でくるんでやった。と、再会した二人に水を差すように、ドタドタと黒服を着た男達がハジメとミュウを取り囲んだ。客席は、どうせ逃げられるはずがないとでも思っているのか、ざわついてはいるものの、未だ逃げ出す様子はない。
「おい痴女、フリートホーフに手を出すとは相当頭が悪いようだな。その商品を置いていくなら、俺達で遊んだ後苦しませずに殺してやるぞ?」
二十人近くの屈強そうな男に囲まれて、ミュウは、首元から顔を離し不安そうにハジメを見上げた。
「ミュウ、目を閉じて」
ハジメは、ミュウの耳元に顔を近づけると、煩くなるから耳を塞いで、囁き、小さなぷくぷくしたミュウの手を取って自分の耳に当てさせる。ミュウは不思議そうにしながらも、焦燥感も不安感もまるで感じさせない余裕の態度をとるハジメに安心したように頷くと、素直に両手で耳を塞いで目を瞑り、ハジメの胸元にギュッと顔を埋めた。
完全に無視された形の黒服は額に青筋を浮かべて、『商品に傷をつけるな!痴女は殺すな!』と大声で命じた。その瞬間──
「………ダンスの誘いもできんのか」
ハジメがそう呟くと共に一本の細い線が黒服達を襲った。そして、リーダー格と思われる黒服の頭部と他の黒服の男十人程の首から上が無くなった。誰もが「えっ?」と事態を理解できないように目を丸くして首から上が無く崩れ落ちる黒服達を見つめる。
ようやく、ハジメを尋常ならざる相手だと悟ったのか、黒服たちは後退り、客達は悲鳴を上げて我先にと出口に殺到し始めた。
「お、お前、何者なんだ!何が、何で……こんなっ⁉︎」
混乱し恐怖に戦きながらも、必死に虚勢を張って声を荒げる黒服の一人。奥から更に十人ほどやってきたがホールの惨状をみて尻込みしている。
そんな彼等をハジメは笑みを浮かべる。
「何で?見りゃわかるでしょ?奪われたもんを奪い返しに来ただけだ。あとは……見せしめかな。僕の連れに手を出すとこうなるっていう。だから、終わりは派手にいかせてもらうよ?」
ハジメはそう言うと、ミュウを抱っこしたまま周囲を滑り周り少しずつその速度も上がっていく。そして最終的に水柱を形成しその勢いのまま上がって行き、いつの間にか空いていた天井の穴に飛び込んでそのまま建物の外まで空いた穴を通って地上へと出た。
〝ユエ。ミュウは無事確保した。そっちはどう?〟
〝……ん、避難完了。後は、客がワラワラ出てくるところ〟
〝そうか、じゃあフィナーレは派手に行こうか〟
〝んっ‼︎〟
ハジメは、水柱に乗り更に上空に上りながら、ミュウに話しかけた。律儀に言いつけを守り耳を塞いで胸元に顔を埋めていたミュウは、ハジメの「もういいよ、ミュウ」という言葉に目をパチクリさせながら周囲を見渡し……「ふわっ⁉︎」という驚きの声を上げた。
「お兄ちゃん凄いの!お空飛んでるの‼︎」
「飛んでるというか乗っているなんだけど……まぁいいか。それよりミュウ、これからちょっと派手な花火が見れるよ?」
「花火?」
「花火ってのは……芸術だ」
「芸術?」
碌な説明が出来ていないが、これからやることに変わりはないのでハジメは気にせずにミュウを片腕で抱っこしたまま、水柱で上空に留まりつつ、ハジメはミュウに「た〜ま〜や〜って言えば良い」と伝え、口を開いた。
「んじゃ、───〝
「た~ま~や~?」
ハジメの一言と間延びしたミュウの声が夕暮れの空に響いた瞬間、フューレン全体に轟くほどの轟音と共に周囲のフリートホーフの関連建物をも巻き込んで衝撃が走り、裏オークションの会場は言わんばかりに木っ端微塵に粉砕されていき、紅き華が咲き誇った。
「おぉ〜」
「ふぇえええ⁉︎」
「どうミュウ?驚いた?」
「花火スゴイ…」
ミュウが目を輝かせてると追い打ちをかけるように、少し離れた空に突然暗雲が立ち込め始めた。そして、雷鳴の咆吼と共に、四体の〝雷龍〟が出現した。
「おっ、アッチも始まったか」
ユエが生み出した〝雷龍〟四体は、それぞれ別方向に雷を迸らせながら赤く燃える空を悠然と突き進む。おそらく、フューレンにいるほとんどの人が、その偉容を目撃していることだろう。そして、四体の雷龍は、取り残していたフリートホーフの重要拠点四ヶ所に、雷鳴を轟かせながら同時に〝落ちた〟。稲光で更に周囲と空を染め上げて、轟音と共に建物が崩壊する音がフューレンに響き渡った。
ちなみに、関係のない一般人には危害が及ばないように注意はしている。関連施設やその周辺にも、オルニスを飛ばして、しっかりフリートホーフと関係のない人がいないか確認済みだ。なので吹き飛んだり消し炭になっているのはフリートホーフの人間だけである。個人の人格までは知ったことではない。
〝ハジメさん!ミュウちゃんは無事ですか⁉︎〟
〝ちょ、待つのじゃシアよ。って早いのじゃ!〟
〝シ、シアさん待って‼︎〟
ミュウと二人で収まりつつある炎や噴煙を眺めていると、シアからの念話が入った。そういえば、三人には何をするのか詳細は伝えていなかったことを思い出すハジメ。
〝ああ。無事だよ。拠点も大体潰したし……そうだな。多分、悲鳴を上げていると思うイルワ支部長のもとにでも集合しようか〟
〝うぅ~、良かったぁ~。支部長さんのところですね?了解です。直ぐに向かいますから早くミュウちゃんに会わせて下さいね?〟
〝ああ。わかってるよ。じゃあ、向こうでな〟
〝はいですぅ〟
突然、遠くを見つめて沈黙したハジメに、不思議そうな眼差しを向けるミュウ。ハジメが「お姉ちゃんともう直ぐ会えるよ?」と伝えると、「お姉ちゃん!」と嬉しそうに頬を綻ばせた。
そして地上に降りて憑依を解き、元の姿に戻ったハジメの下へ捕まっていた子供達を保安員に引き渡したユエがやって来た。抱っこされるミュウをジーと見つめている。ミュウの方は、そわそわと視線を彷徨わせて、ハジメを見上げた。その目が、「この人誰なの?」と言っている。
「ミュウ、彼女の名前はユエ。僕の大切な仲間だ」
「……シアお姉ちゃんも?」
「あぁ、仲間だな」
「………恋人じゃないの?」
「違うね………僕の恋人はここから、ちょっと離れた所にいるんだ」
「……ミュウも会える?」
「さぁ……どうだろう」
ハジメとミュウがそんな話をしてるとユエがおもむろに進み出てきたのだ。「むっ」と警戒するミュウ。だが、ユエはそんなミュウの警戒心などお構いなしにミュウを奪い取り、むぎゅ~と音がしそうなほどキツく抱きしめた。「むぅ~」と唸り声を上げながらジタバタもがくミュウだが、ユエは一向に離さない。そして一言、
「……可愛い」
「…フフッ」
どうやらユエはミュウの事が相当お気に召したらしい。ようやくプハッと顔を上げて呼吸を確保したミュウは、至近距離でユエと見つめあった。
「……ミュウ、私はユエ。一人でよく頑張った。とっても偉い」
ユエは、優しげに目元を和らげると、抱きしめたままミュウの頭をいい子いい子する。その優しい手つきと温かい雰囲気にミュウは自然と気が緩みホロホロと涙を流し始めた。そのまま、盛大にワッーと泣き始める。
ハジメは苦笑いしながらミュウの頭を撫で、泣き止むのを待ってイルワのもとへ向かうのだった。