ハジメ達は、現在、宿場町ホルアドにいた。
本来なら素通りしてもよかったのだが、フューレンのギルド支部長イルワから頼まれごとをされたので、それを果たすために寄り道したのだ。といっても、もともと【グリューエン大砂漠】へ行く途中で通ることになるので大した手間ではない。
ハジメは、懐かしげに目を細めて町のメインストリートをホルアドのギルドを目指して歩いた。ハジメに肩車してもらっているミュウが、そんなハジメの様子に気がついたようで、不思議そうな表情をしながらハジメのおでこを紅葉のような小さな掌でペシペシと叩く。
「パパ?どうしたの?」
「ん?………あ~、いや、前に来たことがあってね……まだ四ヶ月程度しか経ってないのに、もう何年も前のような気がしてな……」
「……ハジメ、大丈夫?」
複雑な表情をするハジメの腕にそっと自らの手を添えて心配そうな眼差しを向けるユエ。ハジメは、肩を竦めると、次の瞬間にはいつも通りの雰囲気に戻っていた。
「………ちょっとね、えらく濃密な時間を過ごしたもんだと思って感慨に耽たよ。思えば、ここから始まったんだよなって……香織との想いを交わした次の日に迷宮に潜って……そして、大切を守る為に奈落に落ちた」
「……」
ある意味運命の日とも言うべきあの日のことを思い出し独白をするハジメの言葉を、神妙な雰囲気で聞くユエ達。ユエは、ジッと見つめている。ティオが、興味深げにハジメに尋ねた。
「ふむ。ご主人様は、やり直したいとは思わんのか?元々の仲間…そして、恋人がおるのじゃろ?」
ティオは、まだハジメ達と付き合いが浅いため、時折今のようにハジメ達の心の内を知ろうと客観的に見ればかなりストレート、普通なら気を遣ってしないような質問をする。それは、単なる旅の同行者ではなく、ティオ自身がきちんと仲間になりたいと思っているが故の彼女なりの努力だ。その在り方はハジメの好みだった。
なので、特に気を悪くすることもなく、ハジメはティオの質問を受け止める。そして、ふと、月明かりに照らされた真夜中で抱き締めた彼女の姿を思い浮かべる……。
不意に、自分の腕に触れる手に力が込められるのを感じてハッと我を取り戻す。見れば、ユエが揺らがぬ強い眼差しで真っ直ぐにハジメを見つめており、触れている手はギュッとハジメの袖を握りしめていた。
ハジメは、そんなユエと目を合わせると、ふっと目元を和らげて優しい眼差しで同じくジッと見つめ返した。
「確かに、戻りたいと思う。香織達と一緒にいたい……でも、もし仮にあの日に戻ったとしても、僕は何度でも同じ道を辿ってしまうかもな……」
「ほぅ、なぜじゃ?」
ハジメの答えが以外だったらしく、ティオは、少し目を丸くした表情で聞いた。ハジメは、ユエ達から目を離さないまま、自分を掴むユエ、そして傍にいるシア、ティオ、優花をユエが掴んでいない方の手で頭を撫でていった。ユエ達の表情が僅かに綻ぶ。頬も少し赤く染まっている。
「もちろん……皆に会いたいから」
「……ハジメ」
「ハジメさん」
「ご主人様……」
「ハジメ………」
ホルアドの町は、直ぐ傍にレベル上げにも魔石回収による金稼ぎにも安全マージンを取りながら行える【オルクス大迷宮】があるため、冒険者や傭兵、国の兵士がこぞって集まり、そして彼等を相手に商売するため多くの商人も集まっていることから、常時、大変な賑わいを見せている。当然、町のメインストリートといったら、その賑わいもひとしおだ。
そんな多くの人々で賑わうメインストリートのど真ん中で、突如立ち止まり見つめ合い出すハジメ達。周囲のことなど知ったことかと自分達の世界を作っていた。好奇心や嫉妬の眼差しがこれでもかと注がれ、若干、人垣まで出来そうになっているのを気付いたハジメは咳払いをした。
「まぁ、そういう訳………じゃ、ギルドに向かおうか」
「……ん」
「はいですぅ〜」
「のじゃ」
「うん」
「パパ、ミュウにもナデナデしてなの〜」
「はいはい」
そしてハジメはミュウの頭を撫でながらギルドに向かった。道中、美女、美少女に囲まれているハジメに羨望と嫉妬の目が突き刺さるのだが……ハジメは睨みを利かして視線を黙らせたのだった。
ハジメ達は、周囲の人々の視線を無視しながら、ようやく冒険者ギルドのホルアド支部に到着した。相変わらずミュウを肩車したまま、ハジメはギルドの扉を開ける。他の町のギルドと違って、ホルアド支部の扉は金属製だった。重苦しい音が響き、それが人が入ってきた合図になっているようだ。
前回、ホルアドに来たときは、冒険者ギルドに行く必要も暇もなかったので中に入るのは今回が初めてだ。ホルアド支部の内装や雰囲気は、最初ハジメが抱いていた冒険者ギルドそのままだった。
壁や床は、ところどころ壊れていたり大雑把に修復した跡があり、泥や何かのシミがあちこちに付いていて不衛生な印象を持つ。内部の作り自体は他の支部と同じで入って正面がカウンター、左手側に食事処がある。しかし、他の支部と異なり、普通に酒も出しているようで、昼間から飲んだくれたおっさん達がたむろしていた。二階部分にも座席があるようで、手すり越しに階下を見下ろしている冒険者らしき者達もいる。二階にいる者は総じて強者の雰囲気を出しており、そういう制度なのか暗黙の了解かはわからないが、高ランク冒険者は基本的に二階に行くのかもしれない。
冒険者自体の雰囲気も他の町とは違うようだ。誰も彼も目がギラついていて、ブルックのようなほのぼのした雰囲気は皆無である。冒険者や傭兵など、魔物との戦闘を専門とする戦闘者達が自ら望んで迷宮に潜りに来ているのだから気概に満ちているのは当然といえば当然なのだろう。
しかし、それを差し引いてもギルドの雰囲気はピリピリしており、尋常ではない様子だった。明らかに、歴戦の冒険者をして深刻な表情をさせる何かが起きているようだ。
ハジメ達がギルドに足を踏み入れた瞬間、冒険者達の視線が一斉に捉えた。その眼光のあまりの鋭さに、ハジメに肩車されるミュウが「ひぅ!!」と悲鳴を上げ、『ヒシ‼︎』とハジメの頭にしがみついた。冒険者達は、美女・美少女に囲まれた挙句、幼女を肩車して現れたハジメに、色んな意味を込めて殺気を叩きつけ始める。ますます、震えるミュウを肩から降ろしハジメは、片腕抱っこに切り替えた。ミュウは、胸元に顔をうずめ外界のあれこれを完全シャットアウトした。
「………ねぇ」
『ドンッ!』とそんな音が聞こえてきそうなほど濃密にして巨大かつ凶悪なプレッシャーが、睨みつけていた冒険者達に情け容赦一切なく叩きつけられた。先程、冒険者達から送られた殺気が、まるで子どもの癇癪に思えるほど絶大な圧力。既に物理的な力すらもっていそうなそれは、未熟な冒険者達の意識を瞬時に刈り取り、立ち上がっていた冒険者達の全てを触れることなく再び座席につかせる。
ハジメの尋常ではないプレッシャー〝威圧〟と〝魔力放射〟を受けながら意識を辛うじて失っていない者も、大半がガクガクと震えながら必死に意識と体を支え、滝のような汗を流して顔を青ざめさせている。
そんな彼らにハジメはニッコリ笑いながら話しかけた。
「今、こっちを睨んだ人」
「「「「「「「⁉︎」」」」」」」
ハジメの声にビクッと体を震わせる冒険者達。おそるおそるといった感じでハジメの方を見るその眼には、化け物を見たような恐怖が張り付いていた。
「そんなに怯えないでくださいよ。いきなり〝威圧〟をしたのは謝ります。ですが、こっちには小さい子がいるんですよ?だから、変に睨むのはやめてくれませんか?」
「おっ、おう……こっちこそすまねぇ」
冒険者達はハジメに何かされると怯えたが、意外な言葉に肩の力が抜いて、すんなりとハジメの指示に従い、睨むのをやめた。ハジメは満足そうに頷くと胸元に顔を埋めるミュウの耳元にそっと話しかけた。
「ミュウ、もう大丈夫だよ」
ミュウはおずおずと顔を上げると、ハジメを潤んだ瞳で見上げる。そして、ハジメの視線に誘われてゆっくり振り向き冒険者達をジッと見つめ、何かに納得したのかニヘラ~と笑うと小さく手を振り返した。その笑顔と仕草が余りに可愛かったので、状況も忘れてこわもて軍団も思わず和む。 ハジメは再びミュウを肩車すると、もう冒険者達は大丈夫だろうとカウンターへと歩いて行った。
ハジメ達が、カウンターに向かった瞬間、ドサドサと崩れ落ちる音があちこちから響いたが気にせずに、たどり着いたカウンターの受付嬢に要件を伝える。
「支部長はいますか?フューレンのギルド支部長から手紙を預かっているんですが……本人に直接渡してくれと言われてて」
ハジメは、そう言いながら自分のステータスプレートを受付嬢に差し出す。受付嬢は、緊張しながらもプロらしく居住まいを正してステータスプレートを受け取った。
「は、はい。お預かりします。え、えっと、フューレン支部のギルド支部長様からの依頼……ですか?」
普通、一介の冒険者がギルド支部長から依頼を受けるなどということはありえないので、少し訝しそうな表情になる受付嬢。しかし、渡されたステータスプレートに表示されている情報を見て目を見開いた。
「き〝金〟ランク⁉︎な、南雲ハジメ様⁉︎」
冒険者において〝金〟のランクを持つ者は全体の一割に満たない。そして、〝金〟のランク認定を受けた者についてはギルド職員に対して伝えられるので、当然、この受付嬢も全ての〝金〟ランク冒険者を把握しており、ハジメのことはまだ知らなかったので思わず驚愕の声を漏らしてしまった。その声に、ギルド内の冒険者も職員も含めた全ての人が、受付嬢と同じように驚愕に目を見開いて凝視する。建物内がにわかに騒がしくなった。
受付嬢は、自分が個人情報を大声で晒してしまったことに気がついてサッと表情を青ざめさせる。そして、ものすごい勢いで頭を下げ始めた。
「も、申し訳ありません!本当に、申し訳ありません‼︎」
「いえ、別に構いません。取り敢えず、支部長に取り次ぎしてくれますか?」
「は、はい!少々お待ちください‼︎………すみませんが、握手してくれませんか?」
放っておけばいつまでも謝り続けそうな受付嬢に、ハジメとしては、ウルで軽く戦争し、フューレンで一つの巨大裏組織を壊滅させてきた以上、身分の秘匿など今更だと思っているので、あそこまで謝らなくて良いと困ったように苦笑いをして、支部長を呼んでくれと頼むと受付嬢に握手を求められ、握手をした後受付嬢は顔を紅くして支部長を呼びに向かった。
やがて、と言っても五分も経たないうち、ギルドの奥からズダダダッ! と何者かが猛ダッシュしてくる音が聞こえだした。何事だと、ハジメ達が音の方を注目していると、カウンター横の通路から全身黒装束の少年がズザザザザザーと床を滑りながら猛烈な勢いで飛び出てきて、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
ハジメは、その人物に見覚えがあり、こんなところで再会するとは思わなかったので思わず目を丸くして呟いた。
「……遠藤?」
ハジメの呟きに反応した少年──遠藤は、ハジメを見て身体が石化したかのように固まった。
「南雲、なのか?」
遠藤はハジメを見て、今にも泣きそうな声で話しかけてくる。ハジメもあまりの唐突な再会に涙が出ないが、クラスメイトと再会できたことに嬉しそうに返事をした。
「久しぶりだな、遠藤……ぅお⁉︎」
「南雲ぉぉぉぉぉ‼︎」
ハジメが言いかける前に遠藤が抱きついた。男に抱きつかれても、ただシュールな光景なのだか、相当、心配させたらしく申し訳なさを感じるハジメ。
「遠藤、抱きつくのは良いけど絵面的に一部の人が喜びそうだから………そろそろ」
「あっ……スマン、でも嬉しくて……」
「遠藤との再会は嬉しい、が……遠藤、ここに来る前にウルで先生達と会って、話を聞く限りホルアドに香織さんがいるはずなんだけど?」
香織はクラスメイトの傍にいると思いハジメは遠藤に聞くが、浩遠藤は何も言わずに俯いてしまい、ハジメは首を傾げる。
「……」
「ん?どうした遠藤?」
「ハジメ……お前ってランク〝金〟だよな」
ハジメは遠藤が何故、冒険者ランクのことのか疑問に思い、訝しむが素直に答えた。
「うん、そうだけど……」
「頼むっ!俺と一緒に迷宮に来てくれ‼︎」
遠藤はそう言って土下座をしてきて、ハジメは少し戸惑いながら話しかける。
「ちょっと遠藤……突然そんなことを言われても上手く状況が………詳しく教えて」
「実は……」
遠藤が話そうとした時、そこでしわがれた声による制止がかかった。
「話の続きは、奥でしてもらおうか。そっちは、俺の客らしいしな」
しわがれた声の主は、六十歳過ぎくらいのガタイのいい左目に大きな傷が入った迫力のある男だった。その眼からは、長い年月を経て磨かれたであろう深みが見て取れ、全身から覇気が溢れている。あの人がここのギルド長だとハジメは思った。そして、遠藤の慟哭じみた叫びに再びギルドに入ってきた時の不穏な雰囲気が満ち始めた事から、この場で話をするのは相応しくないだろうと判断し大人しく従う事にした。おそらく、遠藤は既にここで同じように騒いで、勇者組や騎士団に何かがあったことを晒してしまったのだろう。ギルドに入ったときの異様な雰囲気はそのせいだろうとハジメは察した。
ギルド支部長と思しき男は、遠藤の腕を掴んで強引に立たせると有無を言わさずギルドの奥へと連れて行った。遠藤は、ハジメとの突然の再会などでかなり情緒不安定なようで、今は、ぐったりと力を失っている。きっと、話の内容は碌な事じゃないんだろうなと嫌な予想をしながらハジメは香織の心配をしながら後を付いていったのだった。