──赤銅色の世界
【グリューエン大砂漠】は、まさにそう表現する以外にない場所だった。砂の色が赤銅色なのはもちろんだが、砂自体が微細なのだろう。常に一定方向から吹く風により易々と舞い上げられた砂が大気の色をも赤銅色に染め上げ、三百六十度、見渡す限り一色となっているのだ。
また、大小様々な砂丘が無数に存在しており、その表面は風に煽られて常に波立っている。刻一刻と表面の模様や砂丘の形を変えていく様は、砂丘全体が〝生きている〟と表現したくなる程だ。照りつける太陽と、その太陽からの熱を余さず溜め込む砂の大地が強烈な熱気を放っており、四十度は軽く超えているだろう。舞う砂と合わせて、旅の道としては最悪の環境だ。
もっとも、それは〝普通の〟旅人の場合である。
現在、そんな過酷な環境を、知ったことではないと突き進む黒い箱型の乗り物、魔力駆動四輪が砂埃を後方に巻き上げながら爆走していた。道なき道だが、それは車内に設置した方位磁石が解決してくれている。
「……外、すごいですね……普通の馬車とかじゃなくて本当に良かったです」
「全くじゃ。この環境でどうこうなるわけではないが……流石に、積極的に進みたい場所ではないのぉ」
車内の後部座席で窓にビシバシ当たる砂と赤銅色の外世界を眺めながらシアとティオがしみじみした様子でそんなことを呟いた。いくらティオが伝説の竜人族でも、流石にこの環境は鬱陶しいだけらしい。
「前に来たときとぜんぜん違うの!とっても涼しいし、目も痛くないの!パパはすごいの‼︎」
「そうだね~。ハジメパパはすごいね~。ミュウちゃん、冷たいお水飲む?」
「飲むぅ~。香織お姉ちゃん、ありがとうなの~」
前部の窓際の席で香織の膝の上に抱えられるようにして座るミュウが、以前、誘拐されて通った時との違いに興奮したように万歳して、快適空間を生み出したハジメにキラキラした眼差しを送る。
それも無理はない。海人族であるミュウにとって砂漠の横断は、どれほど過酷なものだったか。四歳という幼さを考えれば、むしろ衰弱死しなかったことが不思議なくらいだ。そんな環境を耐えてきたミュウからすれば、ギャップも相まって驚きもひとしおだろう。なにせ、この四輪、きちんと冷暖房完備なのである。
そして、ハジメを称えるミュウに賛同しながら、砂漠では望めるはずもない冷たい水を普通に差し出したのは、ホルアドの町で合流して仲間になった香織である。ちなみに、この水は、やはり車内備え付けの冷蔵庫から取り出したものだ。
『ねぇ……香織。ハジメパパって言うのは止めてよ?………何か、物凄くむず痒いんだけど』
「えっ?でも、ミュウちゃんには普通に呼ばれてるよね?」
『いや、ミュウはもういいんだ。ただ、香織からパパと呼ばれるのは何か………まだ、恥ずかしい感じが……』
生来の面倒見の良さから、何かと積極的にミュウの世話を焼く香織は、ミュウが傍にいるとき、大抵ハジメのことをハジメパパと呼称する。香織にパパと呼ばれるのは、ミュウに呼ばれるのとはまた別の感覚があるらしく、物凄く微妙な表情をするハジメ。
「そう?なら呼ばないけど……でも、私もいつか子どもが出来たら……その時は……」
ハジメをチラチラと見ながら頬を真っ赤に染めてそんな事を言う香織。車内に、ミュウを除いて微笑ましい雰囲気が漂う。ハジメはそんな雰囲気に恥ずかしくなったのか
「ねぇ………香織」
「何かなユエ?」
「………ハジメは、
「そうですよ!私もそう思ってました‼︎」
「確かにのう………
「……多分大丈夫じゃないかな?ねぇ香織?」
「そうだね………今ハジメパパは──『レオナルド・ダ・ヴィンチ』になってるんだから」
そう香織が言いながら横を見るとそこには
「それって確か超絶チートなお爺さんじゃなかったっけ?」
『そうそう、絵と化学両方ござれのチートな英霊なんだよね………モナリザの格好してるけど………』
「へ、へー………」
「そういえばハジメさん、前運転してた時はその人になってませんでしたよね?」
『それはだね、今回向かうアンカジ公国はこの間までいたハイリヒ王国とは別の国だからね。さらなる新天地、まだ見ぬ知識に相まみえるためだよ』
「………えっとわかりやすく説明するとね────」
「ん?なんじゃあれは?ご主人様よ、三時方向で何やら騒ぎじゃ」
ハジメが前方に目を向けながらレオナルド・ダ・ヴィンチの事をどんな人物でどんな子なのかを話して、優花が思っていた以上の事を成していたことに若干顔を引き攣らせたり、シアが何故そんな英霊になっているのかをハジメに尋ね、そのハジメの返事の説明を香織が引き継いで話していると、不意にそんな様子を面白げに見ていたティオがハジメに注意を促した。どうやら窓の外に何かを発見したらしい。
ハジメが、言われるままに視線をそちら向けると、どうやら右手にある大きな砂丘の向こう側に、いわゆるサンドワームと呼ばれるミミズ型の魔物が相当数集まっているようだった。砂丘の頂上から無数の頭が見えている。
このサンドワームは、平均二十メートル、大きいものでは百メートルにもなる大型の魔物だ。この【グリューエン大砂漠】にのみ生息し、普段は地中を潜行していて、獲物が近くを通ると真下から三重構造のずらりと牙が並んだ大口を開けて襲いかかる。察知が難しく奇襲に優れているので、大砂漠を横断する者には死神のごとく恐れられている。
幸い、サンドワーム自身も察知能力は低いので、偶然近くを通るなど不運に見舞われない限り、遠くから発見され狙われるということはない。なので、砂丘の向こう側には運のなかった者がいるという事なのだが……
『ん?どうしてアイツら、あんな所でグルグル回ってるんだ?』
そう、ただ、サンドワームが出現しているだけならティオも疑問顔をしてハジメに注視させる事はなかった。ハジメの感知系スキルなら、サンドワームの奇襲にも気がつけるし、四輪の速度なら直前でも十分攻撃範囲から抜け出せるからだ。異常だったのは、サンドワームに襲われているナニカがいるとして、何故かサンドワームがそれに襲いかからずに、様子を伺うようにして周囲を旋回しているからなのである。
「まるで、食うべきか食わざるべきか迷っているようじゃのう?」
『まぁ、そう見えるな。そんな事ってあるの?』
「妾の知識にはないのじゃ。奴らは悪食じゃからの、獲物を前にして躊躇うということはないはずじゃが……」
竜人族であるティオはユエ以上に長生きな上、ユエと異なり幽閉されていたわけでもないので知識は結構深い。なので、魔物に関する情報などでは頼りになる。そんな彼女が首を傾げるということは、何か異常事態が起きているのは間違いないだろう。
しかし、わざわざ自分達から関わる必要もないことなので、ハジメは、気になりながらも巻き込まれる前にさっさと距離を取ることにした。
と、そのとき、
『っ⁉︎掴まれ‼︎』
ハジメは、そう叫ぶと一気に四輪を加速させた。直後、四輪の後部にかすりつつ、僅かに車体を浮き上がらせながら砂色の巨体が後方より飛び出してきた。大口を開けたそれはサンドワームだ。どうやら、不運なのはハジメ達も同じだったらしい。
ハジメは、さらに右に左にとハンドルをきり、砂地を高速で駆け抜けていく。そのSの字を描くように走る四輪の真下より、二体目、三体目とサンドワームが飛び出してきた。
「きゃぁあ!」
「ひぅ!」
「あわわわ‼︎」
香織、ミュウ、シアの順に悲鳴が上がる。そして強烈な遠心力に振り回され、ミュウを気にして座席で抱き抱えていた香織は、バランスを崩して倒れ込んだ。
パチクリと目を瞬かせた香織は、そのまま頬を薄らと染めると、上体を捻りギュウとカプセル越しではあるがハジメの腰にしがみついていた。だが、位置的に非常に宜しくない場所だ。ハジメの頬が引き攣る。
『ちょっと香織⁉︎こんな時に何してるの⁉︎』
「危ないから!カプセルが割れてハジメくんが流れてきたら危ないから‼︎しがみついてるの‼︎」
『納得したけど⁉︎』
「……こんな時まで、イチャイチャと………香織、羨ましい………」
サンドワームの奇襲を受けながら、チャンスとばかりにイチャイチャとハジメにしがみつく香織の頭を、ユエが羨ましいとばかりに軽くペシペシとするが、香織は頬を染めたまま、ハジメから動こうとしない。
そうこうしているうち、現れた三体のサンドワームが、地中より上体を出した状態で全ての奇襲をかわした四輪を睥睨し、今度はその巨体に物を言わせて頭上から襲いかかろうとした。
これが唯の馬車であったなら、その攻撃で終わっていたかもしれない。しかし、これは、ハジメが作り出した四輪アーティファクトだ。ただ食らいつかれたくらいでは、ビクともしない。
それに……
『そう言えば、何げに使うの初めてだなっと‼︎』
そんな事を言いながら、ハジメは、四輪をドリフトさせて車体の向きを変え、バック走行すると同時に四輪の特定部位に魔力を流し込み、内蔵された機能を稼働させる。
機械音が響き渡るのと同時に、四輪のボンネットの一部がスライドして開き、中から四発のロケット弾がセットされたアームがせり出してきた。そのアームは、獲物を探すようにカクカクと動き、迫り来るサンドワームの方へ砲身を向けると、火花散らす死の弾頭を吐き出した。
オレンジの輝く尾を引きながら、大口を開けるサンドワームの、まさにその口内に飛び込んだロケット弾は、一瞬の間の後、盛大に爆発し内部からサンドワームを盛大に破壊した。サンドワームの真っ赤な血肉がシャワーのように降り注ぎ、バックで走る四輪のフロントガラスにもベチャベチャとへばりついた。
『うへぇ……シア、ミュウが見ないようにして』
「もう、してますよ~。あんっ!ミュウちゃん、苦しかったですか?でも、先っぽを摘むのは勘弁して下さい」
更に、迫り来るサンドワームにロケット弾を放つハジメは、ミュウには刺激が強いだろうとシアに配慮を頼む。そのあたり、大分、ハジメと呼吸の合ってきたシアは、既にミュウを対面方向で胸元に抱きしめて見えないようにしていた。ただ、シアの巨乳に顔を包まれて苦しかったのか、ミュウが抜け出そうとしたようで、その際、シアの何処かに触ってしまったようだ。思わず、シアが喘ぐような場所を。ハジメは、聞こえなかったことにする。
未だ、ハジメの腰元に抱きついていた香織だったが、ユエによって遂に引っぺがされ座席にシートベルトで固定されてしまった。流石に、衝動に負けて相当はしたない事をしてしまったという自覚があるようで、耳まで真っ赤に染めて顔を俯けている。
「あ、あの、ハジメくん。ごめんさない。その、つい衝動的に……決してエッチな目的があったわけじゃないの。ただ、ちょっと、抱きついてみたかったというか……」
「……そして、あわよくば、そのままハジメを堪能しようと?」
「うん、そうなんだ……って違うよ!ユエ、変なこと言わないで。私は、ユエみたいにエッチじゃないよ」
「……私をエッチと申したか……確かに、ハジメの血を吸った後の表情は艶かしいかも………しれない」
三体のサンドワームを四輪内蔵のロケット弾で粉砕したハジメは、その爆音と衝撃を感知したのか砂丘の向こう側のサンドワーム達が動き出したのを見てもう一戦かと視線を鋭くする。
だがその横合いで、お馴染みになってきた掛け合いをする香織とユエに、微妙に気勢を削がれてしまった。
もっとも内心、吸血をした後のユエはエッチを通り越して、物凄くエロいなとか思ってしまい、それを見透かしたらしい香織が涙目になってしまった。ユエの方は妖艶な笑みを零しながら舌舐りをしてハジメを見つめており、それを見た香織は更に可愛らしい唸り声を上げている。どうやら無意識に更なる火種を撒いてしまったようだ。
後部座席からシアが、「気持ちは分かりますよ、香織さん。お仲間ですね」と同情を含んだ眼差しを向けながら香織の肩をポンポンと撫でていた。
ハジメは、それらをスルーして砂丘の上へと四輪を走らせる。下方に地中の浅い部分を移動してくるサンドワームの群れが見えた。微妙に砂が盛り上がっており隠密性がない。向こうも、ハジメ達が気がついていることを察して、奇襲よりも速度を重視しているのだろう。
ハジメは、ロケットランチャーをしまうと、代わりの兵器を起動した。ボンネットの中央が縦に割れて、そこから長方形型の機械がせり出てくる。そして、長方形型の箱は音を立てながら銃身を伸ばしていき、最終的にライフル銃となった。
直後、四輪内蔵型ライフル銃から紅いスパークが迸り、アームが角度を調整すると同時に射撃音を轟かせながら一条の閃光が赤銅色の世界を切り裂いた。
解き放たれた超速の弾丸は、もこもこと盛り上がって進んで来る砂地に着弾し、衝撃と共に砂埃を盛大に巻き上げた。その噴火の如き砂柱には当然、砂色の肉片と真っ赤な血が多分に含まれている。
四輪内蔵型ライフル銃は、その後も次々と紅の閃光を吐き出し続け、獲物を狩らんと迫っていたサンドワームの尽くを地中にいながら爆ぜさせ、不毛の大地へのささやかな栄養として還していった。
「ハジメくん!あれ‼︎」
「……白い人?」
白煙を上げる四輪内蔵型ライフル銃を収納するのと、香織が驚いたように声を上げ前方に指を差すのは同時だった。香織が指を差した先には、ユエが呟いたように白い衣服に身を包んだ人が倒れ伏していた。おそらく、先程のサンドワーム達は、あの人物を狙っていたのだろう。しかし、なぜ食われなかったのかは、この距離からでは分からず謎だ。
「お願い、ハジメくん。あの場所に……私は〝治癒師〟だから」
懇願するような眼差しをハジメに向ける香織。ハジメとしても、なぜ、あの状態で砂漠の魔物に襲われないのか興味があった上に救けたいと思っていたので香織の頼みを了承する。何か、魔物を遠ざける方法やアイテムでもあるのかもしれない。実際、樹海にはフェアドレン水晶という魔除けの効果を持つ石がある。魔物が寄り付きにくくなるという程度の効果しかないが、もしかしたらより強力なアイテムがある可能性は否定できない。
そんなわけで、四輪を走らせ倒れている人の近くまでやって来た。その人物は、ガラベーヤ(エジプト民族衣装)に酷似した衣装と、顔に巻きつけられるくらい大きなフードの付いた外套を羽織っていた。顔はわからない。うつ伏せに倒れている上に、フードが隠してしまっているからだ。
四輪から降車した香織が、小走りで倒れる人物に駆け寄り仰向けにした。
「⁉︎……これって……」
フードを取りあらわになった男の顔は、まだ若い二十歳半ばくらいの青年だった。だが、香織が驚いたのは、そこではなく、その青年の状態だった。苦しそうに歪められた顔には大量の汗が浮かび、呼吸は荒く、脈も早い。服越しでもわかるほど全身から高熱を発している。しかも、まるで内部から強烈な圧力でもかかっているかのように血管が浮き出ており、目や鼻といった粘膜から出血もしている。明らかに尋常な様子ではない。ただの日射病や風邪というわけではなさそうだ。
カプセルから出て簡素な服を着て降車してきたハジメは、まるでウイルス感染者のような青年の傍にいる事に危機感を覚えたが、治癒の専門家が診察しているので大人しく様子を見ることにした。香織は〝浸透看破〟を行使する。これは、魔力を相手に浸透させることで対象の状態を診察し、その結果を自らのステータスプレートに表示する技能である。
香織は、片手を青年の胸に置き、もう片手に自分のステータスプレートを持って診察用の魔法を行使した。その結果……
「……魔力暴走?摂取した毒物で体内の魔力が暴走しているの?」
「香織?何がわかったんだ?」
「う、うん。これなんだけど……」
そう言って香織が見せたステータスプレートにはこう表示されていた
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状態:魔力の過剰活性 体外への排出不可
症状:発熱 意識混濁 全身の疼痛 毛細血管の破裂とそれに伴う出血
原因:体内の水分に異常あり
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「おそらくだけど、何かよくない飲み物を摂取して、それが原因で魔力暴走状態になっているみたい……しかも、外に排出できないから、内側から強制的に活性化・圧迫させられて、肉体が付いてこれてない……このままじゃ、内蔵や血管が破裂しちゃう。出血多量や衰弱死の可能性も……。天恵よ ここに回帰を求める 〝万天〟」
香織はそう結論を下し、優花に経過観察としてサポートをお願いし回復魔法を唱えた。使ったのは〝万天〟。中級回復魔法の一つで、効果は状態異常の解除だ。鈴達にかけられた石化を解いた術でもある。
しかし……
「香織、ほとんど効果がない」
「…………どうして?浄化しきれないなんて……それほど溶け込んでいるということ?」
どうやら、〝万天〟では、進行を遅らせることは出来ても、完全に治すことは出来なかったようだ。体内から圧迫されているせいか、青年は、苦しそうに呻き声を上げている。粘膜から出血も止まらない。香織は、今の段階では、明確な治療法が思いつかなかったので、歯噛みしながら応急措置を採ることにした。
「光の恩寵を以て宣言する ここは聖域にして我が領域 全ての魔は我が意に降れ 〝廻聖〟」
光系の上級回復魔法〝廻聖〟。これは、一定範囲内における人々の魔力を他者に譲渡する魔法だ。基本的には、自分の魔力を仲間に譲渡することで、対象の魔力枯渇を一時的に免れさせたり、強力な魔法を放つのに魔力が足りない場合に援護する事を目的とした魔法だ。
また、譲渡する魔法は術者の魔力に限らないので、領域内の者から強制的に魔力を抜き取り他者に譲渡する事も出来る。いわばドレイン系の魔法としても使えるのだ。但し、他者から抜き取る場合は、それなりに時間がかかり、一気に大量にとは行かず実戦向きとは言えない。この辺りが〝上級魔法〟たる所以だ。
もっとも、香織は、本来十小節は必要な詠唱を僅か三小節まで省略し、実戦でもある程度使えるレベルに仕上げていたりする。いかに香織の技量が凄まじいか分かるというものだ。
苦しむ青年にこの魔法を使ったのは、もちろん、体内で荒れ狂い体を圧迫する魔力を体外に排出するためだ。ステータスプレートには、〝体外への排出不可〟と表示されているが、上級魔法による強制ドレインならば〝あるいは〟と試すことにしたのだ。
純白の光が、青年を中心に広がり蛍火のような淡い光が湧き上がる。神秘的な光景だ。目を瞑り、青年の胸に手を起きながら意識を集中する香織の姿は、淡い光に包まれていることもあって、どこか神々しさすら感じる。
香織が、いとも簡単に上級魔法を行使したことに、魔法に精通するユエやティオなど年長組が思わず「ほう……」と感嘆の声を漏らすほどだった。ミュウは、シアに抱っこされながら、「きれい……」とうっとりした表情で香織を見つめている。
周囲で、新たな仲間達が感嘆の声を上げていることに気がついた様子もなく、香織は、青年から取り出した魔力を、ハジメより譲り受けた神結晶の指輪に収めていった。どうやら、上級魔法による強制ドレインは有効だったようだ。
徐々に、青年の呼吸が安定してきた。体の赤みも薄まり、出血も収まってきたようだ。香織は、〝廻聖〟の行使をやめると初級回復魔法〝天恵〟を発動し、青年の傷ついた血管を癒していった。
「取り敢えず……今すぐ、どうこうなることはないと思うけど、根本的な解決は何も出来てない。魔力を抜きすぎると、今度は衰弱死してしまうかもしれないから、圧迫を減らす程度にしか抜き取っていないの。このままだと、また魔力暴走の影響で内から圧迫されるか、肉体的疲労でもそのまま衰弱死する……可能性が高いと思う。勉強した中では、こんな症状に覚えはないの……ユエとティオは何か知らないかな?」
青年が危機を脱したことに、一応の安堵を見せるも完全な治療は出来なかったことに憂いを見せる香織が、知識の深いユエとティオに助けを求めた。二人も記憶を探るように視線を彷徨わせるが、該当知識はないようだった。結局、原因不明の病としか言い様がないという状況だ。
「香織、念のため僕達も診察してくれ。未知の病だというなら空気感染の可能性もある。まぁ、魔力暴走ならミュウの心配は無用だが」
「うん、そうだね」
ハジメの言葉に頷いて、香織が全員を調べたが特に異常は見当たらなかった。その為、おそらく呼吸するだけで周囲の者にも感染するということはないようだと、ハジメ達は胸を撫で下ろした。
「珍しい症例みたいだからアスクレピオス先生が好きそうだな」
「あはは、そうだね」
と、そうこうしていると、青年が呻き声を上げ、そのまぶたがふるふると震えだした。お目覚めのようだ。ゆっくりと目を開けて周囲を見わたす青年は、心配そうに自分を間近で見つめる香織を見て「女神?………そうか、ここはあの世か……」などとほざきだした。
そして、今度は違う理由で体を熱くし始めたので、少しずつ暑さと砂のウザさにうんざりしていたハジメは、イラッとした感情を笑顔で隠し、香織に手を伸ばそうとしている青年の腹をその小さな足で踏みつけた。
「おふっ⁉︎」
「ハ、ハジメくん⁉︎」
体をくの字に曲げて呻き声を上げる青年と驚いたように声を上げる香織を尻目に、ハジメは青年に何があったのか事情を聞く。
青年の着ているガラベーヤ風の衣服や外套は、【グリューエン大砂漠】最大のオアシスである【アンカジ公国】の特徴的な服装だったとハジメは記憶している。〝無能〟と呼ばれていたとき、現実逃避気味に調べたのだ。青年が、アンカジで何かに感染でもしたのだというなら、これから向かうはずだった場所が危険地帯に変わってしまう。是非とも、その辺のことを聞いておきたかった。
ハジメの踏み付けで正気を取り戻した青年は、自分を取り囲むハジメ達と背後の見たこともない黒い物体に目を白黒させて混乱していたが、香織から大雑把な事情を聞くと、ハジメ達が命の恩人であると理解し、頭を下げて礼を言うと共に事情を話し始めた。
その話を聞きながら、ハジメは、どこに行ってもトラブルが付き纏うことに、「よもや後輩属性の邪神のいたずらじゃあないだろうな?」と若干疑わしそうに赤銅色の空に燦々と輝く太陽に隠れたナニカを仰ぎ見るのだった。