皆が知らない呪霊の味   作:柴猫侍

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蠅頭/ポップコーンシュリンプ

 

 

 

───呪霊

 

 

 

 それは人の心の搾りかす。負の感情が生み堕とした醜悪の化身。

 奴等はどこからともなく湧いて出てくる。まるで排水溝に溜まった生ごみにたかるコバエのように。

 

───だから、祓う。

───そして、取り込む。

 

 奴等は人が居る限り生まれ墜ちる。

 何度も、何度でも。

 どれだけ社会が発展しようとも、人という種族が繁栄している限りは永遠にだ。

 

───だから、祓う。

───そして、取り込む。

 

 だからこそ、呪霊を祓う呪術師にゴールはない。

 人という種族に生まれ墜ちた限り、呪術師は呪霊と切っても切り離せぬ存在なのだから。

 今もこうして周りを飛び交っている蠅のような呪霊も最早見飽きた存在だ。奴等に出来ることなどたかが知れているが、やはり呪霊は呪霊だ。

 

───だから、祓う。

───そして、取り込む。

 

 戦うまでもない。

 拳大の球体へと丸め込めば、奴等は最早無力だ。

 それを口の中へと運び、ゆっくりと嚥下を始める。喉を詰まらせないように、細心の注意を払って。

 

 だけれどもそれだけの大きさだ。

 ドス黒い肚の内を思わせる色彩の玉は、溢れる唾液を纏うようにして舌の上を転がっていく。

 

───皆の知らない呪霊の味。

───それはまるで。

 

 

 

 

 

「……うん、ポップコーンシュリンプにしたら美味しそうだ」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「傑~?」

 

 無遠慮に扉が開く音が寮に木霊する。

 ここは東京都立呪術高等専門学校の学校寮。日本に二校しかない呪術教育機関に通う生徒の休息地である。

 学校寮と言っても大きさはそれほどでもない。なぜならば、そもそも学校に通う生徒の数が少ないからである。

 

 しかし、学校寮というからには必要最低限の施設は備わっている。

 一人につき一部屋割り当てられる個室の扉近くには、年季を感じさせるシンクとコンロが真横に並ぶ激狭キッチンが備わっていた。

 

 そして、この部屋の主もまたそこに立っていた。

 

「悟、急に扉を開けないでくれないか。包丁を持っていたら危ないだろう」

「なになに、料理でもしてたワケ?」

 

 無遠慮に扉を開いた男・五条悟はサングラスを外し、部屋の主が塩コショウをまぶしていたまな板の上の物体を見る。

 

「ゲッ! 何切ってるかと思ったら呪霊じゃん。蠅頭?」

「そ。この前の任務の時に捕まえた奴さ」

「おっえ~」

 

 わざとらしくえずく五条が目を向けた先には、ぶつ切りにされた切り身がいくらか並んでいる。

 一見火を通す前のエビにも見える切り身であるが、『六眼』と呼ばれる特殊な眼を持っている五条にはそれが何か瞬時に分かってしまった。

 

「あのさ、別に呪霊食べるなとか言わねーよ? でもさ、もうちょい人目をはばかって作ってくんね?」

「勝手に部屋に入ってきたのは悟の方だろ。私だってそこらへんの分別はつけているさ。そうでなければ共用のキッチンで作ってる」

「うーわっ、想像したらマジ食欲失せてきた。頼むから共用の使うのだけはやめてくれよ」

「はいはい。分かりましたよ、っと」

 

 そう言って部屋の主・夏油傑は、用意していたボウルに入れていた切り身を投入する。

 

「で、何作ってんの?」

「ポップコーンシュリンプさ」

「蠅頭で?」

「蠅頭で」

 

 蠅頭とは四級にも満たない低級の呪霊だ。

 『蠅』とは付いているが見た目は様々。総じてグロテスクなマスコットと表現できる見た目をしており、大きさもそこまでではない。

 

「今回捕まえた蠅頭は身がプリプリしていて淡泊だったからね。エビみたいだと思ったんだ」

「……しばらくエビ食えねー」

「そう言うなよ。エビの甲殻だって成分上はゴキ───」

「あーあーあー、聞きたくない聞きたくない!」

 

 余計な知識を植え付けられて食べられる物が減っては堪ったものではない。

 耳を押さえて背中を向ける五条に、夏油は見慣れた光景だと鼻で笑った。

 

 その間にも彼の手際は鮮やかだった。

 ぶつ切りの切り身に小麦粉とコンソメを混ぜた粉をまぶす。

 

 次に切り身を溶いておいた卵をまとわせる。

これは揚げ物を作る上では欠かせない工程だ。何故ならば、揚げ物を揚げ物たらしめん衣をまとわせるつなぎとして卵液はこれ以上なく有用だからだ。

 

 そこまで言えば最後はお分かりいただけるだろう。

 そう───パン粉。今回はポップコーンシュリンプを作る上で、見栄えの鮮やかさと華やかな風味を付け加える意味でパセリも合わせている。

 

「フフッ……パン粉を付けていると『これから揚げるぞ!』という気分になるね」

「蠅頭じゃなけりゃあな」

 

 至極もっともなセリフを吐くちゃらんぽらんの言葉は程々に、夏油は最終工程へと移る。

 コンロの上に置かれた鍋。そこに並々と注がれた黄金の液体からは、目には見えぬエネルギーがこれでもかと迸っていた。

 僅かにコンロの奥の景色が歪んでいる。試しに菜箸を液体の中へと突っ込めば、箸からプツプツと細かい泡が吹いて出てくるのが見えた。

 

「よし……これぐらいの温度でいいかな」

「なァ~、傑ぅ~? ホントに揚げんの?」

「何を今更怖気づいているんだい」

 

 特級術師であろう男が、と夏油は挑発めいたセリフを吐いたが、五条は何とも言えぬ顔を浮かべるばかり。

 やはり呪霊を食らうなどという呪霊操術持ちにしか許されぬ高尚な行いは、たとえ六眼と無下限呪術持ちであろうとも理解の及ばぬ域なのであろう。

 

 この喜びを親友と分かち合えぬ現実に落胆しつつも、一人美味を独占できるという優越感もまた、夏油にとっては一種のスパイスとなっていた。

 

「さて……揚げようか」

 

 蠅頭の切り身にはすでにたっぷりのパン粉をまぶした。

 それを菜箸で摘み上げ───躊躇なく油の中へ投入。横から『うっ!』と悲鳴が上がったが気にしない。何故ならば数秒後には食欲をそそる香ばしい匂いが立ち上ったからだ。

 油の中を泳ぐ切り身も歓声を上げるような音を奏でている。これが呪霊の肉でなければ、どれだけ食欲をそそられる光景であっただろう。

 

「うんうん。油の温度もバッチリだったね」

「うーわ……その鍋二度と使えねー」

「安心しなよ、悟。ちゃんと呪霊とそれ以外の食器は使い分けてるからさ」

 

───じゃなきゃ硝子に殺される。

 

 まるで一度は体験したかのような言葉の重みだった。

 それは現代最強の術師に唾を飲み込ませるには十分過ぎた。かつて任務先で不意に特級呪霊に遭遇した時でも、ここまでの緊張感はなかった。

 

 そうこうしている内に、油の中を泳いでいた切り身がキツネ色へと変わっていく。

 

「そろそろ頃合いかな」

「お、美味そうだな。犬のエサ?」

「私が食べるんだよ」

 

 ゲテモノを見るような眼差しを向けている親友を横に、夏油はカラッと仕上がったフライをバットの上へと上げていく。

 未だにパチパチと弾ける油の音が心地よい。こうして音でも楽しめるのが揚げ物の醍醐味であると夏油は頷いた。

 

「さて……揚げたてを頂こうとするかな。悟もどうだい?」

「傑はさ、俺のこと殺す気?」

「殺して死ぬ様なタマじゃないだろ」

「傑はさ、俺のこと殺す気?」

 

 流石に現代最強の術師とは言え、胃袋は並みの人間と同等らしい。

 壊れた機械のように同じセリフしか吐かなくなってしまった親友に哀れみの目を向けながら、夏油は皿に移したポップコーンシュリンプ───いや、この場合はポップコーン呪リンプだろうか───をちゃぶ台へと運んでいく。もちろん、付け合わせのソースも忘れない。

 

 そうして夏油が腰を下ろした時、五条はわざとらしい声を上げる。

 

「あっ、そう言や俺用事あるんだった! 傑の飯の邪魔するのもあれだし、お暇しようかなぁ~」

「そうかい? それなら急ぐといいよ」

「悪いね、傑」

 

 『また今度!』と五条はピュ~ッと逃げるように去っていく。

 いくら親友とは言え、ゲテモノを食べる姿は見るに堪えない。自分の中の親友像を崩さぬ心理的防御として、無下限呪術は余りにも無力だった。

 

 かくして一人取り残された夏油は目の前のポップコーンシュリンプに向き合っていた。

 我ながら満点に近い出来栄え。調理法としても間違っていない自負はある。

 

「さて、お味はと……」

 

 まずは何もつけずに食べる。

 サクッと音を立てて噛み切れる衣の中には、火を通しても尚───否、火を通したからこそ弾力を増した肉厚な身が詰まっていた。

 

「ほう、これは……予想以上だ……!」

 

 火を通したからといって身が縮んでいる訳でもない。衣ばかりが分厚くて身がすっからかんな安物のエビフライとは大違いだ。

 歯ごたえもばっちりで、プリプリと弾ける身は本物のエビに勝るとも劣らない。

 最初にまぶした小麦粉の中にコンソメを合わせていたのもいいアクセントだ。淡泊な身に絡まる肉や野菜から抽出された出汁と風味がよく合う。

 

「衣にパセリを混ぜたのは正解だったな……! フフッ、やっぱり香草系を入れておくと臭み消しになっていいな……」

 

 下処理が難しい呪霊であるが、そんな食材だからこそ嫌な匂いを水分と共に蒸発させられる揚げ物と、より強い香りで隠せる香草がよく合う。

 今回はそこまで臭みは気にしていなかったが、イタリアンな風味を出す為に合わせたパセリが良い方向へと働いてくれた。

 

「うんうん、我ながら良い出来栄えだ」

 

 このまま何を付けないでも美味しいことに違いはないが、ソースも用意したからにはそちらも使うのが筋というもの。

 用意したソースは三種類。

ケチャップ、マヨネーズ、そしてタルタルだ。

 

「まずはケチャップかな」

 

 目に付いた赤い容器を手に取り、フリッターの一つへ適度に掛ける。

 ヒョイと手に取り口へ放り込む。

 

「うん、間違いないね」

 

 瞬間、トマトの爽やかな酸味が鼻を抜けていく。

 生のトマトが苦手な子供でもケチャップなら食べられる子供がいる。その理由はやはりこの絶妙な酸味と塩味にあるだろう。

 サクサクな衣と調和するケチャップの爽やかな味わい。揚げ物だからこそ輝くこの酸味を前にすれば、残りの分などペロリと平らげることは容易い。

 

「それじゃあ次は、と……」

 

 今度手に取ったのはマヨネーズだ。

 若干黄色がかった白い液体を掛け、再び口の中へと放り込む。

 

 すれば、ケチャップとも違うツンとした酸っぱい香りが口の中へと広がった。

 あちらが野菜特有の酸味だとすれば、こちらは酢そのもの。しかし、それらも何度も何度も掻き混ぜられた卵白や塩と混ざり合うことでマイルドな味のハーモニーを生み出している。

 

「サクサクした衣にマヨネーズの風味……フフッ、合わないはずがないんだよなぁ……!」

 

 一人テンションを上げながら舌鼓を打つ夏油。

 だが、真打は最後に控えているものだ。

 

 このポップコーンシュリンプを彩る最後の刺客。

 それはケチャップでもマヨネーズでもない。

 

「さて……タルタルソース、キミの出番だ」

 

 潰したゆで卵に玉ねぎやマヨネーズを和えたソース。

 エビの揚げ物(エビではない)には欠かせない、それこそがこのタルタルソースである。

 今回のゆで卵と玉ねぎを粗目に潰してあることで、食感を楽しめるテイストに仕上げている。それが吉と出るか凶と出るか……答えは味わってみれば分かる。

 

 銀色に輝くスプーンにこれでもかとソースを掬い、惜しげもなくフリッターの上へタルタルを乗せていく。タルタルっていく。

 しかし、タルタルとは劇物だ。その圧倒的な存在感から、時に主役の揚げ物すら食ってしまいかねない危険性を孕んでいる。あくまで揚げ物が主役で、ソースは脇役なのだ。その上下関係を忘れてしまってはいけない。

 

 だからといってここで躊躇う術師も三流だ。必要なのは調和だ。術師は術式に重きを置く者も多いが、だからといって基礎や体術をないがしろにして良い訳ではない。逆に基礎ばかり鍛えて術式を軽んじるのも健全とは言い難い。

 術師は主役。その事実を大前提に、術式や体術をバランスよく鍛えていく。それこそが肝要だと担任の夜蛾も言っていた。

 

 つまり、最重要なのはフリッターとソースのバランス。

 タルタルが多過ぎてもフリッターを喰いかねないし、逆に少なすぎればソースの存在意義を感じられぬ貧相な味わいになりかねない。

 

「───ここだッ」

 

 今すぐにでも崩れそうなタルタルの山を見て、夏油の手が止まった。

 質量で言えばフリッターと1:1。ソースにしてはやや多めに見えるものの、荒めにして混ぜ込んだゆで卵や玉ねぎを思えば、これがベストだ。

 

「さて……お味の程は?」

 

 箸で摘むなんて行儀の良い真似はしない。

 ソースが手に付くのも厭わず、指で摘み上げる。

 そのままソースの一滴をも零れないように細心の注意を払いながら口の中へと運ぶ。ゆっくり、ゆっくりと。

 

 そして遂には舌の上に乗せられ───。

 

 サクッ。

 

 軽やかな音が鳴り響いた。

 

「うん……うん……」

 

 唸りながら咀嚼する夏油。

 口の中に広がったのはまずタルタルソースの風味。濃厚な卵の滑らかな舌触りと玉ねぎのシャキシャキとした食感が第一波だとし、続く衣と身の食感は第二波としよう。

 サクサクとした衣が剥がれて出現する呪霊の身に、タルタルの濃厚なソースがまとわりつく。単体では主張が強過ぎるタルタルも、淡泊な身と一緒に咀嚼すればあら不思議。混ざり合っていく食感と味は、回数を重ねれば重ねる程に完璧な味わいへと変貌していく。これこそが求めていたもの。美食の極致だ。

 

「うん……素晴らしい!」

 

 感動の余り一人歓声を上げてしまい、夏油はハッと周りを見渡す。

 

「いけないいけない。だが、この完成度は中々どうして……!」

 

 今に始まった訳ではない呪霊の調理。

 最初こそ単に焼いたり茹でたりするだけの味気ない仕上がりであるが、幾千の呪霊を取り込む上で身に着けた調理スキルは遺憾なく発揮されていた。

 

「やっぱり揚げ物にタルタルは正義だ。玉ねぎも淡路島産を使ってみたけれど、安物とは一味違うな」

 

 付け合わせの産地も気にし始めたのがこの男、夏油である。

 今や彼は呪霊専門の美食家───グルメ呪霊である。

 

「こんな量だったらあっという間に平らげてしまえるな」

 

 元より細い目をさらに細め、パクパクとポップコーンシュリンプを食べ進めていく夏油。

 男子高校生の食欲もあってか、十分と経たぬ内に皿の上に盛り付けられていたポップコーンシュリンプは消えてなくなっていた。無論、タルタルも全て完食だ。

 

「こんな美味しい物を食べられないなんて、悟達は可哀想だなぁ……」

 

 食後の満腹感と若干の優越感に浸りながら、夏油は考える。

 

「この前の虹龍のかば焼きも美味しかったし……ああ、でも口裂け女はどうしようか悩んだな。特級とだけあって素材の味は良かったんだけど調理法で持て余したし……」

 

 なんだかんだ妥協して生姜焼きにしたことは今でも後悔している。

 あれだけのポテンシャルを持った食材を雑に扱ったことは美食家……いや、呪術師として赤点だ。

 

「まっ、今度似たようなのを祓ったらリベンジするとしようか」

 

 お腹がいっぱいで眠くなった夏油は横になる。

 呪霊操術。それは取り込んだ呪霊を使役することのできる術式の中でも最上位に位置するレア術式。使役する呪霊が増えれば増えるほどカバーできる対象は広がっていき、その気になれば日本全土に呪霊を配置することさえ夢ではない。

 ただでさえ絶対数の少ない呪術師。もし仮に夏油が幾千もの呪霊を使役すれば、そんな呪術界に蔓延る問題を解決できる可能性を秘めている。

 

 その鍵は、呪霊をいかに美味しく食べられるか。

 そこに掛かっているのかもしれない。

 多分。

 メイビー。

 

 

 

「……そう言えば虹龍捌く時硬かったし、呪霊捌ける呪具とか欲しいな……」

 

 

 

 

 




※替え歌は掲載不可の為、そちらはTwitterの方にUPしました。
リンク→https://twitter.com/Shibaneko_SS/status/1687631298372976642

代わりのオマケ

美食家・夏油


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