「かんぱーい!」
「乾杯」
「……乾杯───ってちょっと待てェ!」
酒を注いだグラスを打ち付け合う三人。
その内の一人、顔に傷がついた女性がさっさとグラスに口を付けている男共に吠えた。
「なんで私の家で酒飲みする流れになってんだ⁉」
「えー。だって高専周りに良い店ないしさー、だったら歌姫の部屋で吞むしかなくない?」
「男二人が夜中に女の家上がり込んでんじゃねえ!」
傍に置いてあったティッシュ箱を放り投げるものの、サングラスを掛けた白髪の成人男性もとい五条の前には、直撃することなく弾かれてしまう。
それが尚更女の怒りを買うことになってしまっているが、五条は構わず酒に口を付けている。
そこへ『まあまあ』ともう一人の男が宥めに入る。
「落ち着きな、歌姫。悟も久しぶりに
「はぁ……別にそれはいいんだけど。だったら夏油の家でも良くなかった?」
「そんなの歌姫の独身生活揶揄う為にこの部屋来たに決まってんじゃん。うっわ、ベランダに干してあるパンツって歌姫の? 袴の下にあんなの穿いてんだ、センスねー」
「五条、テメェー!」
今度は私室が汚れるのも厭わずグラスを投げつける。
が、わざわざ無下限呪術で防御する五条を前には無意味な行動。フローリングにビールが撒き散らされる。
「あーあー、もったいない。折角コンビニまで行って買って来たってのに」
「問題ないよ。どうせビールなら冷蔵庫に入ってるだろうし」
「なんでアンタが私ん家の冷蔵庫事情に精通してんだ!」
のっけから騒がしい飲み会。
面子は五条、夏油、そして歌姫の三人である。
12年前は学生だった彼らも、今では立派な呪術高専の教師だ。
前述で触れていた通り、普段東京校で教鞭を取っている五条が年に一度の交流戦の為に京都へやって来ていた。特級呪術師として忙しい彼と飲める機会は早々訪れない。
そこで夏油が提案したのが今回の飲み会だ。ちなみに場所を指定したのは五条である。歌姫に救いはない。
「ったく! 急に夜中に来たと思えばこれだよ……!」
「そう言うなよ、歌姫ぇ~。カワイイ後輩と久々に飲めるんだから、もっと喜んでくれてもよくなぁ~い?」
「あぁ~、ウザいウザいウザい! ってか酒臭い!? アンタらどっかで飲んできた後でしょ!?」
無論、二人揃った以上恩師である夜蛾(今は東京校の学長)とは一杯引っかけている。ただでさえウザい五条の絡みも、ほろ酔い状態が加わればウザさ三割増しだ。
「ねぇ傑ゥ~、面白い話聞かせてよぉ~。歌姫関連でさァ~」
「しょうがないなぁ。じゃあこの前歌姫が生徒にイジられてた話なんだけど……」
「本人の目の前で人を酒の肴にすんじゃねェ!!」
と、最初こそ身内ネタで盛り上がる二人(+犠牲者一人)であったが、やはり彼らも教師になった身。
特に夏油は東京校の方に大事な
「そう言えば乙骨君は来てなかったね。彼は元気でやってるかい? もう私達と同じ特級呪術師だろ。色々苦労してるんじゃないか?」
「忙しさは僕らとトントンかな。北は北海道、南は沖縄まで引っ張りだこ。ま、でも大丈夫でしょ」
「彼には私も期待しているからね。特に、術式の模倣については目を見張るものがある。ぜひ今後の為に議論を交わしたかったところだが……」
生憎と去年特級呪術師になったばかりの新星は、今回の交流戦には不参加だ。
理由は任務で海外に出ているというのもあるが、
『京都……ですか? あそこには里香ちゃんを変な目で見る人がいるから、あまり行きたくないです……』
思い返した五条は噴き出す。
術式が模倣できると知るや呪霊操術を模倣してくれと頼んでいた親友の姿は完全に不審者だった。何をさせる気だったかは言うまでもない。
そうして盛り上がれば盛り上がるほど酒が進む。
酒が進めば当然酔いも進む。
ビールを三缶ほど空けた頃、夏油はすっかり出来上がってしまっていた。
「私もね、美々子と菜々子が『東京に行きたい』っ言った時はもう心配で心配で……!」
「傑ったら心配し過ぎ! あの二人なら今年入った1年の釘崎と仲良くしてるから心配ないって!」
泣き上戸の夏油の背中を、笑い上戸の五条がバンバンと叩く。
美々子と菜々子は、かつて夏油が任務で赴いた村で発見した双子の呪術師だ。
辺鄙な田舎では奇怪な術を扱う存在と見なされ虐待されていたところを夏油に保護され、以降は彼の庇護の下でのびのびと暮らしていた。
しかし、高専入学を機に彼女達は上京。
一人取り残された夏油にとっては家族が心配でならない心境だった。
「別に交友関係は心配してないさ。もっと、こう……毎日ちゃんと食べてるかとか!」
「メシならよく灰原が奢ってるし」
「栄養が偏ってないかとか!」
「そこらへんは女の子だし気ィ遣ってるでしょ」
「私の料理が恋しくなってないかとか!」
「「そこはまあ大丈夫でしょ」」
最後の台詞だけ歌姫も重ねてきた。
夏油は雨に濡れた子犬のような顔で五条と歌姫を交互に見る。
「……本当かい? だって、昔はあんなに『おいしいおいしい』って言ってくれて……『夏油様の料理が一番好き!』っても……」
「でも呪霊料理してるって知られてドン引きされたんでしょ? 残当でしょ」
「むしろ自分で料理できるって安心できるんじゃない?」
あけすけに言われる夏油。
細い目尻に涙が溜まる。
「……少し寝る」
「おぉい!! 私の部屋で寝んな!! せめて自分の部屋に戻れ!!」
「ちょっと女子ィ~。傑君泣いちゃったじゃ~ん」
「アンタも言葉選んでなかったろ!!」
不貞寝する夏油の横でバカ騒ぎする二人。
そんな彼らも一缶、二缶と酒を空けていくにつれ言動がしどろもどろになっていき───。
「すー……すー……」
「がぁー……がぁー……」
五条は器用に座ったまま眠り、家主の歌姫は床に仰向けになっていた。ちなみにいびきを掻いている方が歌姫だ。
「うーん」
時刻はもうすぐ0時を回ろうとしていた。
そんな中、一人先に横になっていた夏油は目が覚めた。
しまったな、と夏油は思う。
二人が先に眠ってしまった以上、酒の肴に談笑することもできない。加えて自分が寝ている間につまみはほとんど食べられてしまったようだ。これでは一人飲みも捗らない。
「……仕方ない」
席を立った夏油はキッチンへと向かう。
普段料理はしていないのか、使用している痕跡などはなかった。だが最低限の調理器具は揃っている。
それを確かめた後は冷蔵庫へ向かった。先輩の、それも女性の部屋の冷蔵庫であるが、躊躇いもなく夏油は扉を開いた。
「さて、何を作ろうかな……って、うわぁ」
つまみがないのなら作るだけだ。
多少なりとも食材があれば、夏油の腕があれば美味しいつまみへと早変わりする。夏油もそのつもりで食材を拝借するつもりであったが、冷蔵庫内の荒廃したラインナップに唖然としてしまった。
「なんにもないじゃないか……先輩としてこれはどうなんだ」
先輩関係ねェだろ!! と歌姫が起きていたらツッコまれそうだ。
しかし、当の本人は床でいびきを掻いている為、生意気な後輩の文句が聞かれることはなかった。
だからといってこの惨憺たる冷蔵庫のラインナップがどうにかなるはずもない。
今から近くの店に出向いて食材調達に行くのも面倒だ。
どうしたものかと夏油は腕を組み、思案する。
「……そうだ!」
そうだ、わざわざ買い出しに出向く必要もない。
夏油は思い出したかのように呪霊を呼び出したかと思えば、食糧庫呪霊に保存している
「今日祓ったばかりのこの特級が居たじゃないか……!」
全体的な風貌は筋骨隆々な大男。
しかし、兜の如き頭部から生えている木の枝や左肩の花が、どことなく植物のような印象を与える呪霊が夏油の手によって取りだされた。
「確か『花御』だったかな? 未登録の呪霊とは言え特級だ……味は期待できるかな?」
今から味を想像して夏油は舌なめずりをする。
だが、一先ず素材の味を確かめてみないことには具体的な調理案が出てこない。
「どれどれ、ちょっと味見してと……」
「こ、これは……!?」
旨い。
それも、相当に。
「なんだ、この複雑な味わいは……ちょっとしゃぶっただけなのに、色んな野菜を数時間煮込んだような旨味が口の中に溢れ出してくる……!」
この呪霊が植物型というだけあって、味わいもどちらかと言えば野菜寄りだ。
しかし、野菜だからと言って侮ることなかれ。コンソメやブイヨンの出汁に野菜が寄与していることからも分かる通り、野菜の旨味というものは馬鹿にできない。
そもそも旨味にも動物性と植物性の二種類がある。例を挙げれば前者が鰹節等で、後者が昆布等だ。どちらも出汁として使われるが昆布単体でも出汁としては十分な旨味を感じられる以上、両者に優劣は存在しない。
だがその事実を理解していても尚、花御から感じられる旨味は暴力的だった。
植物にはここまでの旨味があったのか? 野菜を、果物を、この世の旨味を含む植物という植物を一緒に煮込んでも尚、ここまで濃厚な旨味を抽出できるものだろうか。
感動に打ち震える夏油は一旦口に含んでいた身を口から出し、息を整える。
「旨い……旨いには違いないんだが───」
それを台無しにするほど硬い、硬過ぎる。
「食べられないおしゃぶり昆布を食べてるみたいだ……」
実際、戦っている時から薄々感じていた。
だからこそ釈魂刀で切り取ってみた訳だが、咀嚼して飲み込めないのなら料理として論外。
「硬いところは出汁に使うとして……問題はどこが食べられるかだな」
全身をまさぐって食べられそうな部位を探す。
長年呪霊を食らってきた夏油にとって、呪霊の食用部位を探し当てるなど造作もないことだ。
数分と経たぬ内に夏油の嗅覚は頭部から伸びる枝に狙いをつけた。
「……」
一瞬の思考。
しかし次の瞬間、夏油は枝を手に取って一気に引き抜く。すると枝はズルズルと引き抜かれていき、中に埋もれていた根っこの部分まで露わになった。
「お? 根っこの方は柔らかそうだ」
血液だか樹液だか分からない液体はシンクで洗い流し、とりあえず一口齧る。
根に突き立てた瞬間鳴り響く瑞々しい音。飛び散る水飛沫から香る甘露な匂いに目を剥きつつ咀嚼すれば、新鮮さを象徴するシャキシャキ音が口の中で鳴り響く。
「うん、うん……うん、旨い! これは根菜だな。これなら生で食べても十分美味しいな……」
感じとしては大根が一番近いだろうか。
しかし、上の方と下の方で大分食感は変わっていた。それこそ人参のような部分もあればゴボウのように繊維質な部分もある。噛む場所を変えれば味わいも香りも一変し、脳裏には多種多様な根菜が植えられた畑の光景が過る。
一本でも人参とは言うが、これは一本で何種類もの根菜の役目を果たせる。まるで根菜の王様だ。
「よし、メインはこの部位を使うとしようか」
問題は何を作るかだ。
ここまで様々な根菜に代用できるとなると一気に料理の幅が広くなり、逆に何を作るか悩ましくなる。
(……そう言えば、この花の中には何があるんだ?)
ふと左肩の花が目に付いた。
世間には食用菊など花弁部分を食す食材はあるが、果たしてこの花は食べられるのだろうか?
夏油は試しに一枚剥いで食べてみる。
「ん……これは直接食べるものじゃないな。でも香りはいい。乾燥させてハーブティーなんかにするのが正解かな?」
少し嗅ぐだけでも気分が安らぐ華やかな香りがする花弁。
こちらはこちらで用途があると分かり、夏油は真っ赤な花弁をはぎ取り始める。
「お?」
少しすると中身が見えてきた。
そこには何やら密集体が詰まっていた。集合体恐怖症には厳しい光景だが、それに夏油は身近な花を思い出す。
「これは……種だな」
───ヒマワリ。
あの夏の風物詩の中央に螺旋状に並んでいるものが種であることは周知の事実だろう。
試しに一つ摘み取った夏油が指先で潰してみれば、華やかな香りのする黄みがかった液体が絞り出せた。
「やっぱりだ。どれどれ、油の方は……」
絞り出した油を舌で舐めとる夏油。
次の瞬間、彼の細い瞳がカッと見開かれた。限界までだ。これを開眼と呼ばずして何と呼ぶという程度にはかっ開いた。
「な、なんて
油と言えばどうしても
若い頃はあれだけパクパクと食べられていた揚げ物も、歳を重ねていくにつれて食べられなくなっていく。それは紛れもなく“油”という存在の大きさにある。
ギトギトな料理は食べ始めこそいいかもしれないが、後半に進むにつれて箸が進まなくなっていく。そんな老化の煽りは先輩や恩師から飽きるほど聞かされ、遂に夏油もその現実を理解し始めていた頃だった。
だが、これは違う。
油だというのに一切の重みを感じない。それどころか脳がこれを油だと判断せず、反射的にゴクリと飲み込んでしまった。
油単体で飲むなど男子高校生でもやらない愚行。
しかし、その愚行を弁護してしまえるほどのスペックをこの植物油は秘めていた。これには検事もお手上げだ。裁判長も無罪を下すだろう。
「私はなんていう物を見つけてしまったんだ……!」
真に掘り出すべき油田はここにあった。
けれど残念かな。搾り出せる油は目の前に存在する種子の分しかなければ、すぐさま搾り出さなければ脂が劣化する一方である。
今ある油を無駄にせず、それでいてこれを最大限に活かせる料理があるとすれば───。
「……かき揚げだ」
決まれば後は早い。
種子を全て取り出し、(歌姫の家の)鍋に油を搾る。
そして次は根っこ部分の下準備だ。(歌姫の家の)ピーラーを用いて皮を剥いた後は、(歌姫の家の)まな板に置き、それぞれ違う食感と味がする部位を見極めて切り分ける。
その間、硬い表皮部分は(歌姫の家の)鍋に入れて出汁を煮だしておく。これは後程天つゆとして用いる。
「大根部分は(歌姫の家の)おろし金でおろしておく。人参とごぼう部分は千切り、玉ねぎ部分は薄切りにする」
手際よく野菜を切っていく夏油。
美々子と菜々子を引き取る前から鍛えていた料理の腕は、彼女達が一人暮らしを始めた後も衰えていない。むしろキレを増していた。
「衣は(歌姫の家の)小麦粉に水をちゃっちゃと溶かして作ってと……おっと油の温度はどうかな?」
呪霊から搾り出した油での揚げ物は始めてだ。
そもそも揚げ物に適した温度まで上がるか心配だったが───杞憂だった。
(歌姫の家の)菜箸を入れてみれば、プツプツと細やかな泡が黄金の水面に波紋を刻む。
───完璧だ。
───今しかない。
夏油は俊敏だった。
すぐさま溶いた衣を花御の切り身にまとわせていく。氷水を合わせ、粘りが出ないよう荒く混ぜた衣は揚げてもサックリと軽やかな食感を生み出す。
今回使う油───花御油と合わせれば、きっと食べたことのない食感のかき揚げになること間違いなしだ。
「よし……」
期待に胸を膨らませ、かき揚げの具を(歌姫の家の)お玉に乗せてまとめる。
かき揚げにおいて重要なのは野菜同士がひとまとまりになっていること。一つに固まっているからこそ、かき揚げのあの数多の野菜の風味が渾然一体となった独特の味わいに仕上がるのだ。個々に野菜が分離してしまったかき揚げなど、それはもうかき揚げではない。適当に野菜を揚げた天ぷらに等しい。
故に、具材を油に落とす瞬間は緊張する。
夏油は慎重派だ。いきなりお玉から落とすなどという愚行は侵さない。ある程度お玉に乗せたまま熱々の油に浸し、確実に固まってからお玉から具材を放す。
それこそがかき揚げの不文律であり、必勝法。
───ごくりっ……。
油から発される熱に、夏油の額から汗が滲み出る。
すでに酔いは覚めていた。全神経が目の前のかき揚げに集中している。
(───ここッ!!)
全身に満ち満ちた呪力。
それによって底上げされた身体能力を遺憾なく発揮してみせた夏油は、最善と判断したタイミングでお玉から具材を滑らせる。
菜箸を用いて引き剥がされた具材。
純白の衣をまとった野菜達は、一瞬離れるような迷いを見せた後───それでも離れぬまま、まるで手を取り合うように一つとなって黄金の大海原へと旅立った。
「───素晴らしい!! 素晴らしいよ!!! 私は今!! 猛烈に感動している!!!」
感動の余り夏油が吼える。
その間も残りの具材をどんどん(歌姫の家の)お玉に乗せて油の中へと投入する。
最早誰も夏油を止められはしない。否、彼がかき揚げを作ることを止められない。こうなってしまえば最後。最早終わりまで突き進むしか道は残されていない。
天つゆの方も忘れてはいない。花御を煮出した出汁に醤油とみりんを加えて温める。これだけでもうかき揚げに合うこと間違いなし、究極の天つゆが完成した。
「私の望むかき揚げが、今目の前に───」
「人ん家のキッチンで何してんだぁーーー!!!」
記録───2018年○月×日
準1級呪術師 庵歌姫
深夜0時の
「なぁーーーに人ん家で深夜に高笑いしながら呪霊調理してんの!!? アンタ馬鹿なの!!? ブッ殺されたいの!!?」
「いたた……おいおい歌姫。揚げ物作ってる人に後ろから蹴りを入れちゃいけませんって習わなかったかい?」
不服そうに夏油が反論するが、それで歌姫の怒りは収まるはずもない。むしろ火に油を注いだだけだった。揚げ物だけに。
酔いも忘れて憤慨する歌姫は、かき揚げがプカプカ浮かぶ鍋を指差す。
「ってか、それ私ん家の鍋よね!!? なにしてくれてんの!!?」
「料理に調理器具を使うのは当然だろう。そんな、猿でもないんだから……」
「扱う食材考えろォ!!! ここ私ん家!!! そこ私ん家のキッチン!!! それ私ん家の鍋ェ!!!」
「歌姫……鍋使うならもっと良い奴使った方がいいと思うよ?」
「ブチ殺されたいのアンタ!!?」
「二人とも、な~に深夜に騒いでんの……?」
その時、リビングの方から眠そうな声が聞こえてくる。
「五条!!? ちょっと聞いてくんない!!? 夏油が私ん家で呪霊料理作ってたんだけど!!!」
「え……なんだって?」
「だ~か~ら~!!! 夏油が私ん家の鍋やらまな板使ってたのよ!!!」
「歌姫の胸がまな板? ハハッ、今更っしょ」
「ブッ殺す!!!」
今世紀一の呪いを込めた一撃が五条を襲う。
が、現実は無情かな。歌姫の渾身の一撃は五条にあえなく防がれた。
息を切らし、地に伏せる歌姫。
そんな彼女を五条がケラケラと笑っている間にも、夏油はかき揚げを(歌姫の家の)皿に盛り付けていた。
「完成だ───最強のかき揚げが!」
「お? それ今日祓ったヤツ?」
「そうだよ。悟も食べるかい?」
「僕はパス。お腹から変な芽ェ生えたりするのヤだし」
「そんなスイカじゃないんだから」
呆れる夏油だが、実際特級呪霊の肉を食べたら腹から何かの芽が生えてもおかしくはない。食べて無事で済むのは呪霊操術を持つ夏油だからこそだ。いかに六眼と無下限呪術を持つ五条とは言え、胃袋の中に収まった呪物をどうこうするのは難儀する。
「それじゃあ仕方ない。これは私が責任持って食べるよ」
「うん。食レポよろー」
親友の呪霊食いには慣れたものだと五条は観戦に移る。
一方、夏油も改めて食卓について合掌する。
「それじゃあ……いただきます」
まずは何もつけずに一口。
「うん……! サクサクの衣の中から溢れ出す野菜の旨味が最高だ! 揚げているのに瑞々しい! 一噛みする度に溢れ出す野菜の水分がジューシーで、これがまた……!」
まるで肉汁のように旨味の詰まった水分が、噛めば噛むほど野菜から溢れ出してくる。
(しかも、この油……やはり私の見立てに間違いはなかった! かき揚げなのに全然油っぽさを感じない! だのに油の芳醇な風味が衣に浸み込んで……!)
サク、サク、サクと。
たった三口で一つのかき揚げを平らげてしまった夏油は、次なるかき揚げへと手をつける。
(次は天つゆにつけて、と)
花御から煮出した出汁に醤油とみりんを混ぜ合わせたもの。
出汁以外はシンプルな調味料だが、だからこそ出汁本来の風味が引き立つというものだ。
羽のように軽い衣に天つゆをまとわせる夏油。最早香りだけで旨い。熱々のかき揚げから立つ熱気に、天つゆに潜む出汁の香りがこれでもかと混じっている。
期待がどんどん高まっていく。期待が高まり過ぎて、拍子抜けしないかが心配だった。
だが、それが杞憂だったとすぐ分かった。
天つゆをまとったかき揚げにかぶりつく。
すれば、先とは違い衣に染みていた天つゆがジュワァ……いや、呪ワァ……と溢れ出し、夏油の口内にお花畑を生み出した。
(なんていう濃厚な旨味なんだ! けれど主張は激しすぎない……元が同じ
だが、まだ奥の手は残している。
(すりおろしていた大根(?)にたっぷりと天つゆを沁み込ませて───)
それをかき揚げと共に食らう。
「おぉ……!!」
「旨い?」
「ああ、想像以上だ……!!」
問いかけてきた五条に、夏油は『是』と返す。
「ただでさえさっぱりしていたかき揚げだが、大根おろしと一緒に食べると尚の事さっぱりイケる!! 天つゆもただの天つゆから『大根おろしに吸われた天つゆ』としてかき揚げに新たな味の境地を切り開いてくれる!!」
深夜テンションなんだか単にハイテンションなんだか分からない夏油は、そのまま二個三個とかき揚げを食べ進めていき、
「とうとうこれが最後か……名残惜しいが」
たっぷりと天つゆを吸わせたかき揚げにかぶりつく。
サク、サクと噛み締めるような咀嚼音が歌姫の部屋に鳴り響く。
しっかりと食材の味を堪能した夏油は、最後に開栓したばかりのビールを口に流し込み、グビグビと喉を鳴らして飲み込む。
「ふーッ……ごちそうさまでした」
「いよっ、大将! いい食いっぷり!」
「あぁ……とうとう私の部屋で呪霊食いが敢行された……」
一人絶望に打ちひしがれる歌姫は、自棄酒にビールを開ける。
片や五条はと言えば呪霊料理を完食した夏油に腹を抱えて爆笑していた。
「ヒーッ、ヒーッ! 傑最高! まさかその呪霊もかき揚げにされるとは思ってなかったっしょ!」
「そうかい? こんなにおいしいなら食べられる覚悟は持っておいた方がいいと思うが……」
「ギャハハハハハ!」
堪え切れず足をバタつかせる五条。
そんな彼にだが、すでに二缶目のビールを開けていた歌姫が冷ややかな視線を送っていた。
「アンタらねェ……盛り上がるのは勝手だけど、その呪霊に仲間が居るの忘れた?」
今回の交流戦襲撃───侵入者はこの呪霊だけではなかった。
呪詛師に加え、さらに強力な呪霊が他に居た。今夏油が食べた呪霊と同格だとすると、相手は特級だ。
「向こうが仲間の仇取る為に復讐しに来たって不思議じゃないんだから、もっと危機感を持って───」
「ま、大丈夫でしょ。僕達最強だし」
「ああ、私達は最強なんだ。どんな呪霊が来たって負けるつもりはないよ」
「……はぁ」
諦めたように歌姫は三缶目を開ける。
もう飲まなきゃやってらんない。明日のことなんか知らない。二日酔いドンとこいだ。
「アンタらがそこまで言うんだったら……きっちりケジメつけなさいよ」
「「もちろん」」
同じタイミングで新たな酒を開けた二人が乾杯する。
問題児改め問題教師二人。
ただし───最強。
夏油「呪霊を食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かに豊かで……」
歌姫「なにをわけのわからないこと言ってやがる。出ていけここは私の家だ」ドンッ
夏油<バッ ギュッ(アームロック)
歌姫「がああああ」
五条「いいぞ、もっとやれー」