皆が知らない呪霊の味   作:柴猫侍

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陀艮/アヒージョ

 

 

 

 場所は都立呪術高等専門学校東京校のとある一室。

 

「はい、七海。これでおしまい」

「お世話になりました」

 

 保健室の主である女性・家入硝子に対し、男性が深々と頭を下げた。

 この保健室は呪術師にとって最後の生命線。呪霊との戦いで負った傷や毒を回復するには、反転術式で生み出した正の呪力での回復が最も有効である為、もっぱら任務帰りの術師が運び込まれてくる。

 

 そこに今回やって来た男こそ、一級呪術師こと七海健人だ。

 

「それにしてもアンタがこんなにやられるなんて……よっぽど強敵だったみたいね」

「ええ。あのまま一人で戦っていれば、恐らく……」

 

 皆までは言わない。

 何故ならば、呪術師が呪霊に敗北すること───それすなわち『死』だ。

 奇跡なんて望む方が馬鹿らしく、遺体の一部でも残っていれば上等。それが呪術師の敗北した未来である。

 

 しかし、七海は死んでいない。手傷こそ負ったものの、無事に高専への帰還を果たした。

 その要因を挙げるとするならば、

 

「たまたま()が近場に居てくれて命拾いしました。まだこちらに?」

「うん。さっき報告書も作るって言ってたし、探せば居ると思うわよ」

「分かりました」

 

 席を立った七海は、早速人を探しに出かける。

 

(あの人が居るとすれば……)

 

 高専時代からの先輩。

 生徒数が少ない学校生活の中において、数少ない先輩の行動パターンなどはある程度把握できるようになってくる。

 

(今は昼。だとすれば……)

 

 社会人らしいピンと背筋を伸ばした七海が向かったのは家庭科室。呪術高専において家庭科室など存在意義が疑わしい部屋であるが、時たま腹を空かせた生徒などが食材を持ち寄っては勝手に調理していたりする。それは元生徒も例外ではない。

 

 家庭科室に近づくにつれ、何やら鼻歌が聞こえてくる。

 やはり当ては外れていなかった。

 

「失礼します、夏油さん。先日はどうも───」

 

 扉を開けようと取っ手に手を掛けようとした、その直後に固まる。

 何故? ───その理由は、扉の小窓から覗いてしまった光景にあった。

 

「~♪」

 

 鼻歌を歌う夏油が何かを捌いている。

 それは別にいい。料理が趣味の彼のことだ。高専時代もよく家庭科室で皆に料理を振る舞っていた思い出もある為、その点については何ら不思議には思わなかった。

 問題は捌いている代物にある。

 

(あれは……先日祓った呪霊!)

 

 人型の蛸のような呪霊。

 本人は『陀艮』を名乗っていた。特級呪霊を祓った経験もある七海でさえ一方的に嬲られる程強大な相手ではあったが、あの時の圧倒的な威圧感もまな板の上においては皆無。むしろ悲壮感さえ漂わせる始末だ。

 

(あの人、また呪霊料理作ってる───)

 

 自分の中にあった感謝のパラメータが急激に低下していくのを七海は感じた。

 何と言えばいいものか。自分を殺しかけた相手を倒し、それを食らう。自然界ならばともかく、知性を得た人間社会でそれを行っているとなると、相手どころか途端に自分まで屈辱的な気分にさせられる。

 

(どうしたものか)

 

 ぶっちゃけもう帰りたい気分だった。

 帰宅途中にあるパン屋でカスクートを購入し、それを食べながら積んだままにしてある本を読みふけりたい。

 しかし、七海の中にある生真面目な社会人ソウルがそれを許さない。いかに心に思っていなくとも、礼の一つも言えなければ社会人として失格だ。

 

(いや、ですが)

 

 入りたくない。

 心の底からそう思う。

 

(あの人普段は真面目で話が合うが、呪霊を調理するとなった途端面倒だ)

 

 別に興味のない話を延々と上司や先輩に聞かされる感覚に近い。

 無駄に蓄積された無駄のない無駄な呪霊の調理方法など誰が聞きたがるだろうか?

 

(虎杖君なら面白がりそうではありますがね)

 

 呪術師にしては真っ当な明るい男子高校生である一年生・虎杖悠仁辺りであれば、ゲテモノ料理感覚で聞くだろう。

 しかし、生憎と七海にそっちの気はない。未来永劫ありえない。

 けれども今入室すれば高確率で呪霊料理トークが始まる。聞いてもいない呪霊の味の感想を長々と聞かされる羽目に遭うだろう。

 

(───クソッ。一通り終わった後を狙うか、一か八か今入るか)

 

 選択肢は二つに一つ。

 

(時間は有限)

 

 選ばれたのは……後者であった。

 意を決した七海は勢いよく扉を開ける。

 

「失礼します」

「お? 七海じゃないか。もう怪我の具合はいいのかい?」

「ええ、そこについては家入さんのお墨付きをいただいています」

「それなら良かった。ちょうど今七海を襲った呪霊を……」

「つきましてはお礼を申し上げに───」

 

「あ、ナナミン!」

 

「───」

 

 誤算。

 七海の脳裏に過ったのはその二文字だった。

 

 夏油の上背に隠れて見えなかった椅子に、生徒が一人腰掛けていたのだ。

 

「虎杖君……」

「なんか聞いたよ? ヤベー呪霊と出くわしたって!」

 

 数いる生徒の中でもこの少年は最も出くわしてはいけない存在。

 適当に話を切り上げ立ち去るつもりだった七海に対し、このコミュニケーション強者は否応なしに話を広げてしまうことだろう。

 そうなってしまったら最期だ。傍に居る特級呪霊よりも特級呪霊なゲテモノ食いの話が始まってしまう。

 

(そうなる前に───!)

 

「それでは私はこれで……」

「ねえねえナナミン! これからさー、夏油先生が呪霊でアヒージョ作るんだって! 面白そうじゃね!?」

「そうなんだよ。折角なら彼にも食べてもらおうと思ってね」

「えっ、俺呪霊食べても平気なの?」

「宿儺を食べて平気なら大丈夫なんじゃないかい?」

「あ、それもそっか」

 

───間に合わなかった。

 

 既に夏油の領域は展開されてしまった。

 必中必殺の呪霊料理トーク。聞いたところで一銭にもならない───それはそれとして微妙に料理の知識がつきそうでつかない時間浪費の極致だ。

 こうなってしまった以上、家庭科室(領域)の外へ脱出することは至難の業。夏油の舌に延々と転がされ、時間を無為に消費するようになってしまう。

 

「───クソッ」

「あれ? ナナミン、アヒージョ嫌いだった?! どうすんのよ、夏油先生!」

「問題ないよ。七海だってきっとこの料理を食べてくれたら好きになってくれるはずさ」

 

「……私は呪霊を食べるつもりはありませんが」

 

「まあまあ、そう言わず」

 

 『仕上がりだけでも見ていってくれ』と夏油は陀艮の下処理を進めていく。

 全体的に蛸らしいシルエットの陀艮を切り分けた彼は、それを塩と共にボウルへ投入し、揉みこみ始める。

 

「蛸はこうやってヌメリを取るんだ。魚介類のヌメリは臭みの元だからね。しっかり下処理しておくと料理の完成度もグッと上がるよ」

「へー! 今度伏黒と釘崎と蛸パする時にそれ言ってみよ!」

「まあ、スーパーなんかで最初からボイルされてる身なんかは下処理されてると思うけどね。海に行って釣り上げた時に役立つかもしれないな」

「それもそっか! 海釣りかぁ……いいなそれー! 今度連れてってよ!」

「ああ、都合が合えば構わないよ」

 

(どうして普通に談笑してるんだ、この人達は)

 

 談笑する二人に七海は冷ややかな視線を送る。

 傍から聞けば生徒と先生の微笑ましい会話であるが、何を話していても文章の最後に(ただしこれは呪霊である)と注釈が付いている。

 態度こそ平静を保っている七海だが、このほんわかした狂気の空間を前にすでに気が狂いそうになっていた。ゴーグルから覗く双眸もどこか遠い場所を見つめている。

 

「次に『茹で』だ。沸騰したお湯に足先からちょっとずつ茹でていくと、お湯の温度が下がらずに沸騰の状態を保てる」

「へー」

「で、表面がパツンとしてきた頃合いを見計らって引き上げる。茹ですぎると折角の弾力が硬くなって台無しになってしまうからね」

 

(なんでこの人達は呪霊(それ)を蛸という前提で話を進められるんだ)

 

 いくら蛸っぽい見た目とは言え、呪霊は呪霊。

 しかも今茹でている蛸の足っぽい部位も、元を辿れば頭部の顎辺りから生えていた謎の部位である。印象としてはほぼほぼヒゲだ。まったくと言っていいほど食欲をそそられない。

 

「よし、そろそろ茹で上がったかな。見てくれ、この食欲をそそる鮮やかな赤を!」

「おぉ、これぞ蛸って感じ! このまま食ってもうまそー!」

 

 お腹を壊すから絶対に食べない方がいい。

 そんなセリフを七海は心の中に押しとどめた。いちいちツッコんでいたら身が持たない。この狂気の空間を生き抜くにはとにかく空気となってやり過ごすしか道は残されていないのだ。

 

(けど、良い匂いだ)

 

 それがムカつく。

 昼の空腹も相まって、香りが無駄に食欲してくる呪霊料理に七海は苛立たせられる。そうだ、昼は魚介を挟んだカスクートが良いかもしれない。サーモンやエビにアボカドを挟んだような───。

 

「それじゃあ本命の出番だ。アヒージョと言えばこれ───オリーブオイルだ」

「いよっ、待ってました! もこみちがドバドバ掛けてるやつ!」

「ふふふっ。アヒージョは『掛ける』なんてレベルじゃあない。『煮る』んだよ」

「煮る? 油なら『揚げる』じゃないの?」

「温度の違いだね。素揚げにならない程度の低温でじっくり火を通すんだ。だから揚げ物みたいに表面がサクサクした食感じゃなく、ホロホロと蕩けるような仕上がりになるんだ」

 

 また無駄に知識が増えたところで、夏油がテーブルに食材を並べる。

 

「今日はシンプルにトマトとブロッコリー、それとマッシュルームを用意したよ」

「おぉ、なんか色とりどり……!」

「見栄えだけを気にしてると思ったかい? けどね、野菜だからといって馬鹿にはできないよ」

 

 それを証明すべく、夏油はまず鍋にオリーブオイルを丸々一本注いだ。

 そこへスライスしたニンニク、鷹の爪、塩を入れて火をかける。少し待てばオリーブオイルに煮られたニンニクの香ばしい香りが部屋中に漂い始める。

 

「あぁ~~~!! もう匂いだけで腹減ってきた!! なんでニンニクってこうも食欲をそそるのかしらッ!!」

「まったくだね。惜しむらくは人と会う予定がある時に食べられないことだ……だが、ニンニクは入れれば入れる程に旨い」

 

 今度はみじん切りにしたニンニクを鍋に投入する。

 すれば、瞬く間に部屋中がニンニクの香ばしい匂いに満ち満ちる。調理場としてはこの上なく食欲を刺激する良い香りであるが、これが生活空間であるとすれば地獄だ。ニンニク臭に包まれた空間で生活など文化的最低限度の生活を下回る恐れすらある。

 だが、そんなリスクをひっくるめて尚、人を魅了する旨味を含む……それこそがニンニクの魔性だ。

 

「ニンニクに少し色が付いてきたら食材を投入する。あとは火が通るまで弱火で煮込むだけだ」

 

 トマト、ブロッコリー、マッシュルーム、そして陀艮をオリーブオイルの海に沈める。

 確かに鍋の底からグツグツと(あぶく)を立てる光景は、『揚げる』よりも『煮る』という表現が合っていた。

 同時に『煮る』という調理方法は、食材の旨味と香りがスープへと溢れ出すことを意味する。

 

(ッ───これは⁉)

 

 不意に七海の目の前に海が広がる。

 青い空、白い砂浜。そして、打ち寄せる波はその両方のいいとこどりをしたように透き通った青と白に彩られていた。

 ───これは領域か? そんな訳の分からない感想が頭に浮かぶほど、オリーブオイルに溶け込む陀艮の出汁は雄大だった。

 まるで大海原を彷彿とさせる香りだ。単に磯臭いのとも違う。

 魚や貝、そして甲殻類といった海の幸を一緒の鍋で煮込んだかのように、複雑で濃厚に絡み合っている。

 

「げ、夏油先生……!」

「もう少しの辛抱だ」

 

 涎を垂らして煮込まれる具材を眺める虎杖に、夏油が待ったを掛ける。

 彼の細められた瞳は最高を見極めんとギラついた光を放っていた。狙うは食材が120%のポテンシャルを発揮できるタイミング。それを見極めんことには最高のアヒージョは完成し得ない。

 

「───そろそろだ」

 

 そして、時は満ちた。

 夏油が火を止めれば、グツグツと煮えて荒波立っていたオリーブオイルの水面が落ち着きを取り戻す。最初に注ぎ入れた時よりも心なしか黄金に光り輝いている油は、海鮮と野菜の旨味が溶け込んだ究極のスープだ。

 それをまとう具材もまた至高の領域へと足を踏み入れていた。

 

「さあ、お食べ」

「いいの!?」

 

 先に食す権利を与えられ、虎杖が飛び上がって喜ぶ。

 

「いっただっきまーす!! なあ、夏油先生のおすすめは⁉」

「そうだね、マッシュルームかな」

「じゃあそれ食う!!」

 

 迷わず勧められたマッシュルームに手をつける虎杖。

 熱々の油をフーフーと冷まし、いざ濃厚な海鮮の香りを浴びたマッシュルームを口の中へと放り込めば───染み出してくる。

 

「う……ンメェ~~~!!? なんだこれ!!? 本当にキノコかってくらい旨味が染み出してくるんですけど!!?」

「お気に召したかな?」

「うん!!」

 

 マッシュルームは噛めば噛むほど陀艮の旨味が染み出したオリーブオイルが溢れ出してくる、まさに旨味の源泉と化していた。少しピリッと主張する鷹の爪の辛さや、ニンニクのガツンとくる匂いと旨味も、この魚介テイストの旨味にマッチする。

 

「他の野菜も食べてみるかい?」

「食うー!!」

 

 今度はミニトマトを口に放り入れる虎杖。

 一見味が染みにくそうな風貌のミニトマトであるが、そんな予想が意味もないものであるとは直後に理解できた。

 

「スッゲ……!! ちょっと皮が裂けてるとこから、トマトの果肉に旨味が染み込んでる!! そんで噛んで溢れてくるトマトのゼリーっぽい奴の酸味が……っくぅー!! 油で煮てる料理なの忘れさせてくれるくらい口ン中さっぱりさせてくれる!!」

 

 続けて虎杖はブロッコリーを食らう。

 

「こっちはこっちでトロトロだァ!!? は!!? ブロッコリーってこんなトロトロになんの!!? でも、ブロッコリーの細かい蕾ン中に旨味たっぷりの油が染みて……これも旨い!!」

 

 虎杖は唸る。どうやら用意した野菜は、どれも彼の舌を唸らせるに十分だったらしい。

 その様子を眺めていた夏油はクツクツと喉を鳴らす。

 

「虎杖。メインを忘れてないかい?」

「メイン? ……あぁー!!」

 

 そうだ、彼は一つ忘れていた。

 この旨味の海を作り出した根源。黄金の海を泳ぐ悪魔───陀艮の切り身を食わずしては、このアヒージョを食したことにはならない。

 

「でも、本当に食って大丈夫? 今までのはなんやかんや野菜だったけどさぁ……」

「火を通したから大丈夫だよ」

「へー、火ィ通すと大丈夫なんだ……じゃあいっか!」

 

 

 全然良くない。

 思わず七海の目つきも凄絶なものになる。

 

 火を通したからといってなんだ?

 それが通用するのは寄生虫とかそういう類で、まったくといっていいほど呪霊の毒素を消す効果には寄与しない。

 

(止めるべきか───?)

 

 数秒の思考。

 

───いや、今更だな。

 

 七海は諦めた。

 だってもう食べてるもん。散々呪霊エキス染み出したオリーブオイルをまとった野菜を食べてるもん。直接身を食べたとかそういう次元じゃないもん。

 

(虎杖君は宿儺の指を食べても平気でしたし……まあ大丈夫でしょう)

 

 もし仮に虎杖が腹痛で死ぬ様なことがあれば、困るのは宿儺の方だ。そういう意味では命の担保が取れていると言えよう。

 

(じゃあ私ここに居る意味なくないですか?)

 

 今になって気づいた。

 下処理から実食に至るまで、自分がここに居る意味がなかった事実に。

 特に途中話を振られた訳でもない。全て夏油と虎杖の間で会話は完結していた。

 

(……無駄な時間を過ごした。まあ、今のうちにさっさと帰られると思えば……)

 

 踵を返し、足早に出口へと向かう七海。

 

───チンッ!

 

「……?」

 

 しかし、不意に響いた謎の音が彼の歩みを止めた。

 

 まだ何か作っていたのか? ───そんな思考が脳裏を過ったかと思えば、背後から大きな歓声が上がる。

 

「ウンメェーーー!!? なんだこりゃ!!? こんな食い方あったのか!!?」

 

(虎杖君は、一体何を食べてるんだ……?)

 

 今の今まで無為な時間を過ごした七海であるが、ここまで来てしまえば一分も二分も変わりはない。

 

 ……せめて虎杖が食べた物の正体だけ見て帰ろう。

 

 そう結論付けて振り返る七海。

 彼が見たもの、それは───。

 

「どうだい? 焼いたバゲットにオリーブオイルを浸して食べるのは。最高だと思わないか?」

「最高も最高!!! 超最高!!!」

 

「んなっ……!?」

 

 ()()は七海の心を動揺させるには十分だった。

 いつの間にやら食卓の上に置かれていた紙袋。そこに書かれていた『店名』は七海も良く知っているものであった。

 

(あれは私がいつか行こうと目をつけていたパン屋の名前……! つまり、虎杖君が食べているバゲットはその店の……!?)

 

 名前や評判ばかり耳に入り、とうとう気になって行こうと決意したパン屋。そこのパンが、今目の前に鎮座していたのだ。

 集中すれば───香ってくる。石窯で焼き上げた香ばしい小麦の匂いが。

 さらには、

 

「この身も旨ェ!! イカだかタコだかよく分かんねえけど、なんか色んな魚介の旨味いいとこどりみたいな味するし!!」

 

 ザクッ!!

 

「っく……!」

 

 陀艮の身を乗せたバゲットを齧ることで奏でられる音。

 ああ、想像できてしまう。こんがり焼かれたクラストの食感を。

 

 だが、それだけでもない。

 

「ん~!! それになんつーか、しっかり歯ごたえはあるのに柔らけえ!! 噛めば噛むほど味が出てくる……!! もう一個!! もう一個食っていい!?」

「ふふふっ、仕方ないなあ」

「あんがと、夏油先生!! いただきます!!」

 

 モチィ!!

 

「ぐぅ……!」

 

 具材が乗せられ、必然的にオリーブオイルの受け皿となるバゲット。

 それが噛み切られる瞬間に伸びていく光景。外はカリカリに焼かれているというのに、中はしっとりモチモチとした生地であるということがこれでもかと見て取れる。

 きっと生地の香りは、クラストとも違った優しい小麦の香りがするのだろう。

 

 想像するだけで腹が空く。いや、空いた。

 

───グゥ~。

 

「……」

「……」

「……今の音、ナナミン?」

 

 部屋中に鳴り響いた腹の根に、無神経な虎杖がブッ込んできた。

 

「……私ですが、何か?」

「えっ、ナナミンなんか怒ってる!?」

「別に怒っていませんよ」

「それ怒ってる人がいうセリフじゃん!! なんか気に障ったならゴメン!!」

「気に障ってもいません。ただ空腹で苛立っているだけです」

「ほらー!!? やっぱり怒ってた!!」

 

 珍しく私事で苛立っている七海に、虎杖は怯えて小さくなっている。

 

「七海」

「なんです?」

「こっち」

「……?」

 

 だが、クスクスと笑っていた夏油がおもむろに七海を手招きする。

 何が何だか分からず、しかし無視をする訳にもいかない七海がテーブルへと向かえば、不意に()()は差し出された。

 

「はい、これ」

「……これはなんです?」

「カスクートさ。七海、こういうの好きだったろう?」

 

 紙袋から取り出されたのは一つのカスクート。

 新鮮な野菜にハムやチーズが挟み込まれたそれは、どこから見ても呪霊を使った料理には見えなかった。

 

「……覚えてたんですね。そんなこと」

「そんなことなんて言ってくれるな。人の好きな食べ物は覚えておくものだろう?」

「……とりあえず、礼は言っておきます」

 

 『どういたしまして』と夏油は返す。

 すると、おもむろに七海が横に腰を下ろした。受け取ったカスクートの封を開け、完全に食事する姿勢へ移った彼は言う。

 

「折角ですし、昼はご一緒します」

「そうか。久々に後輩と食事できて嬉しいよ」

「普通の食事だったらもっとちゃんと付き合いますが」

「じゃあこれは普通の食事ってことでいいかな?」

「あまりふざけたことは抜かさないでください」

 

「ナナミン、辛辣ぅ~!」

 

 つっけんどんな七海に突っ込み、虎杖が笑い声を上げる。

 そんな彼の笑い声を耳にしながら七海は夏油が買ってきたカスクートに口をつけた。

 

 

 

───呪術師はクソだ。

───どんな職よりも命の価値が安く、昨日隣に居た友人が今日も居る確約はない。

───だからこそ。

 

 

 

(たまには騒がしい食事も……悪くはない)

 

 

 

 




オマケネタ『もしも夏油がお料理系YouTuberをしていた』

・メインチャンネル『サマーオイルのお料理チャンネル』
 真っ当に料理風景を動画にして見せているチャンネル。オシャレな料理から家庭的な料理まで幅広くレシピを取り揃えており、女性人気が高い。視聴者にオリーブオイルをかける姿をネタにされている。スイーツ回にミミナナが、酒のつまみ回には歌姫がよくゲストで来る。ラルゥがゲストで来た回が一番再生数が多い。

・サブチャンネル『猿』
 虫やドブの生き物などのゲテモノ系を調理するチャンネル。無駄に豊富な知識でゲテモノを淡々と美味しく調理していく動画内容が男性視聴者にウケている。動画数こそメインチャンネルより少ないが、登録者数と再生数はだんぜんこちらの方が上。内容が内容である為、メインチャンネルの方と同一人物だと思われていない。時々虎杖とミゲルがゲストとして連れて来て毒見させられている。

夏油「今日はね、ゴキブリを獲って食べようかと思います」
黒沐死「ガタガタガタ」
ミゲル「夏油!? ナンデ俺ハメインチャンネルノ方ニ呼バレナインダ!?」
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