愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者   作:だんご大家族

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四話

 ニノの暴露に、全員が絶句したように。

 ミネとナベの告白に、アイが衝撃を受けたように。

 アイの願いに、三人はショックを隠せずに言葉を失っていた。

 きっと三人から見ていたアイの理想像とは大きく離れたものだったのかしれない。

 

 以前、壱護さんは言った。

 

『過去の俺を含め「アイ」を見た奴らからは、「アイ」は誰にも縋らず、奔放で、強くて、後悔なんて一度もせず、完璧で究極な、手なんか届かない遥か頂に浮かんでいる一番星になるアイドル。それが一度でも「アイ」を見てしまったファンの理想の形の「アイ」だ』

 

 確かにアイは嘘が得意だ。その場に合わせた嘘を、相手が求める自分という嘘を、ずっと演じてきた。

 だからこそのアイの評価が壱護さんの言葉だ。

 

 だからといって、アイは嘘が好きなわけではない。むしろアイは――嘘が嫌いだ。

 アイを嫌いなニノが、それでもアイを推すのと一緒のこと。

 それでもアイは嘘をつき続ける。自分の願いのために。誰もが求める『アイ』を演じ続け、心の内を曝け出すことはしなかった。

 

 そんなアイの本当の気持ちを知ってしまったのだ。

 三人はもう、アイを『アイ』だけで見ることはできなくなってしまったことだろう。

 

 何も言えないでいる四人をそのままに、立ち上がる。さあ、これが本当の最後だ。

 ホットプレートをキッチンに置きテーブルの上を軽く片付け、最後の準備を始める。コンロでずっと温度を維持していた寸胴鍋の火を止めて中身を皿によそい四人の前に並べた。

 

「……透明なスープ?」

「今日の食事会の最後の品だ。飲んでみてくれ」

「飲めって、ただのお湯なんじゃ……っ!!」

 

 これ幸いと話題を自分が出した料理に変えてミネが聞く。

 一見、加熱させたお湯が入っただけのスープ皿。しかし見えていないだけでそこには確かに料理が存在している。すぐには気付けなかった三人だったが、漂いはじめた匂いでそれが真実だと気付く。

 

「なに、これ……! スープ、よね……!」

「この匂い……肉も魚も野菜も感じられる。いったいどんだけの出汁が凝縮されてるの?」

「コンソメスープ……? いえ、だとしてもこの透明度はどうやって……!」

「……ハルカ。このスープはもしかして?」

 

 涎が垂れそうになりながらアイが聞いてくる。アイにも出したことがなかった料理だからな、気になって仕方がないのだろう。恐らくグルメ食材で作ったんじゃないかと思っているんだろうが、残念ながらハズレだ。この料理にグルメ食材は一切使っておらず、この世界のスーパーで買った物ばかりだ。

 言葉にはせず、否定を込めて自分はただ首を横に振る。

 

前世(むかし)から、いつか作ってみたいと願い、何年も試行錯誤して作り続けてきた完璧で究極のスープ。……その未完成品だ」

 

 完成品の名前はセンチュリースープ。

 全ての灰汁を一滴残らず取り除くことで一見すると何もないように見えるほど澄み切り、オーロラが立ち昇るほどに無数の食材の旨味が凝縮されているコンソメ(完成された)と呼ぶべきスープ。極めて濃厚な味でありながら喉越しはしつこくなく、飲むと美味しすぎて顔がにやけてしまう、そんな作中屈指の料理。

 

 『トリコ』に登場する料理の中で食べてみたいリストの上位に挙げられるスープ。

 自分に宿る転生特典を把握した瞬間、自分の手で作ってみせると決意したスープ。

 『トリコ』であれば人生のフルコース。この世界なら必殺料理(スペシャリテ)と呼ぶべき品。

 その現時点での成果が四人の前に並べたスープだ。

 

「これで未完成!? 嘘でしょ!」

 

 驚かれるが、本物を知っている以上これはまだ未完成なんだ。

 

「お前たちと一緒だ」

「は?」

「このスープはまだ完成されてない。お前たちと同じように」

 

 まだまだ試していない食材、調理法、調理技術はたくさんある。

 それはきっとB小町四人にも言えるんじゃないだろうか。

 今のままでもきっとB小町は高みにいけるはず。だけどもし、高みより先、ニノが言ったような手が届かない夜空に輝く一番星を掴みたいのなら、方法はきっとまだあるんじゃないかと思う。

 

「なんて、偉そうに言える立場じゃないけどな」

 

 愛がわからない自分が他人に対してできるのは料理だけ。

 料理に自分の思いを込めた、なんて言う気はない。結局言葉にしなければ伝わらないのだから。

 お前たちが少しでも会話できるように。そのきっかけぐらいにはなればいいとは思っている。

 

「投げっぱなしだが後はお前たちの判断に任せるよ。どうか後悔のない選択を」

 

 自分にはこれ以上何もできない。

 曝け出した思いにどう応えるのか、最後の選択は他人に委ねず自分で決めてほしい。

 関係が続くのか、崩壊するのか、どうあっても自分はそれを支えよう。

 キッチンに置いた材料を抱え、何かあれば連絡するよう伝え部屋を出るのだった。

 

 

 

 

  ★★★☆

 

 

 

 

 その後、帰宅するという連絡を貰うまで自分は斎藤宅で持ち帰り用のお好み焼きを焼き続けた。斎藤宅には壱護さんとミヤコさんが当然いたが、自分は当たり障りのない返答だけ返し、二人もそれ以上は何も聞かないでくれた。

 あの後四人だけとなった部屋で起こったことを自分は知らない。どうなったのか聞く気もないし聞こうともしない。彼女たちも話す気はないのだろう、タクシーで送る時に料理の感想や感謝だけ言って帰っていった。

 出て行った時と変わらない部屋で一人残って自分を待っていたアイも何も言わずに、部屋に戻った自分に抱き着き、寝るまでずっと自分の胸に顔を埋めていた。

 敢えて何か違う点を挙げるのなら、センチュリースープ(仮)の入った寸胴鍋が空になっていたぐらいか。

 

 一夜明けて、大して変わらない一日を過ごした翌日。

 事務仕事があるためアイの弁当を作り、いつもより早めに事務所を訪れた自分を待っていたのは、何故か「何やったんだこいつ」といったスタッフの視線と、

 

「喜べ、お前さんに追加の仕事だ」

 

 頑張れよ、と笑いを堪える壱護さんから渡された一枚の紙。

 手書きで書かれた紙には『名桐悠をアイだけじゃなくてB小町の食事係に希望します!』と書かれていた。壱護さんが書いた筆跡じゃないし、紙も適当な紙を裏紙にしたものだ。

 どこからどう見ても、筆跡的にアイが書いたものだった。

 

「これは……?」

「レッスン始める前にB小町全員で直談判してきてな、おもしろ……ゲフン、あいつらのモチベーションを維持できるのなら安いと判断して許可を出した」

「隠せてないぞ。面白いって言ったな社長」

「隠す気ないからな。というわけで今日から悠の職務は、事務作業兼裏方兼マネージャー見習い兼B小町専属料理人だ。もちろん食費は経費で落として構わん、頑張れ」

「多いわ。まあ別に構わないが。以前、冗談で言った時と同じことを聞くが……アイにだけ弁当を用意するならともかく、こういう仕事として料理をするのは調理師免許が必要なのでは?」

「いや、俺も今回は冗談じゃないから調べてみたが、必要なのは飲食店だけで、実際に働く場合も免許はいらないみたいだ」

 

 手渡された資料を見ると確かに説明通りの記載があった。

 料理人として働いたり飲食店を経営するには調理師免許が必須だと思っていたが、実際には調理の仕事や飲食店の経営に調理師免許は必要ではない。調理師を置くように努めなければならない、と規則はあるみたいだが努力義務という強制ではないらしい。マジか。

 

「それよりも、B小町全員で?」

「ああ、それに関しては俺も驚いた。今まで意見なんて一人でコソコソ言いに来ていたってのに今日は全員揃って来た。確かに悠に任せたのは俺の判断だが、一体何やってあいつらを変えたんだ? 一昨日は聞かなかったが、もう話してくれてもいいだろう」

「……セッティングしてもらった食事会でお好み焼きともんじゃ焼きを大量に食わせて」

「おい」

「アイに対して思ってること全部アイの前で吐き出させて」

おい

「アイにも他三人に思ってることを吐き出させて」

おい?

「最後の料理出して放置した。後は知っての通り家でお好み焼きともんじゃ焼き焼いて終わるのを待ってたから何があったかは知らない」

「おい!?」

 

 壱護さんが自分の胸倉を掴んで揺らす。やめてくれ。弁当が端に寄ってしまう。

 行き当たりばったりじゃねーか! と叫ばれるが、良しとしてほしい。

 ハハハ、と棒読み染みた自分の笑いと壱護さんのツッコミが事務所に響くが、スタッフはいつものことと無視して作業を進めている。

 そんなことをしていると、

 

「ああ、まだ社長に捕まっていたんですね名桐さん」

 

 事務所に戻ってきたミヤコさんが自分を見つけて呼ぶ。ほら行ってこい見習い、と事務所から叩き出されミヤコさんと廊下に出ると、アイやミネ、ナベとニノが付いてきていた。

 ……? なんだ、アレ。

 

「遅いよハルカ~。お腹すいた~」

「壱護さんに捕まってた、すまない。それより、だ」

「それよりも社長から聞いたんでしょ。早く用意してよ」

 

 自分の疑問を口にする前にナベに手を差し出される。

 

「……自分がお前たちの専属料理人の話を聞いたのはたった今だ。今持ってる弁当も自分とアイの分だけでお前たちの分なんかあるわけないだろ」

「アンタの分をウチらに渡せばいいでしょ。アンタの弁当、ウチら三人分になるぐらいなんだから」

「うんうん」

「ふふ……」

「……」

 

 いきなりなんなんだ?

 急にB小町専属の料理人になったと思ったら、当のB小町に弁当をたかられているんだが。ミヤコさんは苦笑いを浮かべるだけで見守るだけ。アイは一歩引いたところでニコニコ笑って自分とB小町を見ている。意味がわからない。

 意味はわからないが、

 

「……わかった」

 

 溜め息と共に鞄からアイと自分の弁当を取り出す。ナベが両方を受け取り、アイの弁当をアイに渡すと、三人で休憩室に向かっていった。

 ミネとナベは自分の弁当の大きさについて話しながら、アイは楽しそうに二人の後を付いて行く。

 会話はないしアイの笑顔もいつもと変わらないアイドルの笑み。

 だけど何故だろうか。どこかつっかえが取れたような、硬い空気が柔らかくなったような、そんな感じがした。

 

「あらあら。保護者様は家族の様子が気になる様子ですね」

「……確かにお前たちの溝がどうなったかは気になる。だが同時にお前の変化も気になってるんだが?」

 

 なあニノ、とアイたちを追わず自分を見てクスクス笑っているニノを見る。

 ニノはのんびりした口調、ツーサイドアップにした髪といった可愛い系のキャラで売っていた。なのに今のニノは丁寧(?)な敬語口調、束ねていた髪を下ろしストレートにしており、大人びたキャラになっていた。

 ……先日、中身を聞いていなければ騙されていた。

 

「隠していた素のわたくしに戻っただけです。そうですよね、ミヤコさん」

「……ええ」

 

 そう言ってミヤコさんが渡してきたのは、ニノのプロフィール――それも公に出しているものでなく本名などを記載しているものだ。手渡したミヤコさんが頷いたので書類に目を通す。後ろにもう一枚あったのでそれを見て、

 

「ああ……そういう生まれか、お前」

 

 気付けば、呟いていた。

 本当に参った。なるほど確かに、この経歴なら嘘というか感情を隠すのが上手いのも頷ける。アイが天性の嘘つきなら、ニノは人工の嘘つきだ。

 

 平安時代に創業したと伝えられ今もなお人気を誇る老舗の和菓子屋『にしき』。特に人気なのが味はもちろん、芸術と言わしめる美しさと技巧で作られる練り切りで、品によっては店舗、ネット共に三十分もせずに完売してしまうとか。

 加えて現当主の界隈での影響力も高く、国内だけなら料理界を牛耳る、自分と血の繋がりがあるだけの祖父、薙切仙左衛門に引けを取らないらしい。

 由緒正しき『にしき』の現当主の孫娘こそ、目の前に立つクソ面倒くさいアイのファン、B小町のニノだった。

 本名? 自分にとってはどうでもいい。こいつはニノ、アイのファンで同期メンバー。それで十分だ。

 そんな格式高い家に生まれた存在だ、定期的にパーティとかに参加したのだろう。そこで感情のコントロールや嘘つきは覚えていき、今のニノが出来たのだと思う。こんな形で活かされるとは誰も予想できるものではないが。

 

「いや、納得しかけたが、なんでドが付く良家のお前がこんな中小事務所でアイドルやっているんだ」

「元々、料理以外のことを一度は体験しておく、というのが我が家の決まり事でしたので。たまたま社長のスカウトを受けたのと、アイドルに興味もありましたので、その場の勢いでそのまま契約したのです。今では当時の自分自身を怒鳴りつけてから褒めてあげたい気持ちでいっぱいです」

「自分はスカウトを受けた理由は食気だと聞いたがな」

 

 ちらりとミヤコさんへ視線を向けると、ミヤコさんもミヤコさんで、

 

「私だってずっとそう聞かされてたわよ」

 

 困った様子で頭を押さえていた。

 つまり全てを知っていたのは壱護さんだけというわけか。

 

「それも本当ですよ。アイドルになれば食べたことのない料理を食べれると思ってましたので」

「なんでそこは年相応なんだ。海千山千(うみせんやません)の大人を相手にしていたんだろう。それに料理だって良いもん食ってるだろ」

「いいではありませんか。わたくしとてまだ16になったばかり、夢ぐらい見てもいいでしょう? パーティには参加していましたけど、料理なんて食べる余裕ありません。食べられるのなんて茶会と試作会で出される菓子類だけです」

 

 それに、とニノはポケットから扇子を取り出し口元を隠し言葉を続けた。

 

「お兄さんもわたくしと変わりません。そうでしょう? 名桐悠さん――否、薙切(・・)悠さん」

「……」

 

 ニノの隣に立つミヤコさんは驚いていないが、自分の反応を見て「やっぱりそうなのね」といった表情を浮かべている。

 まあ、間違いじゃない。薙切から飛び出した母に捨てられ、薙切から認知されていなくても、この体に流れる血は薙切なのだから。

 それでも自分は否定するが。

 

「……以前、ある催しで仙左衛門様に連れられるお孫さんを見たことがありました。お兄さんにそっくりな、多分、性別を変えたら姉妹と見られてもおかしくない、そんな子を」

「……自分の母は薙切を捨て、自分を捨てた。なら自分は薙切じゃない。その孫も自分とは関係ない。似ているだけの赤の他人だ」

やはり真那様ではない。なら彼の母は姉の……ええ。わたくしも存じています。お兄さんはアイちゃんの家族で、苺プロのアルバイト兼わたくしたちの専属料理人。お孫さんも似ていると思っただけ。それで何も問題ありません」

「……」

「――と、言いたいのですが」

 

 スッと目を細める。

 

「最近、薙切の方で動きがあるとお祖父様から連絡がありました。何かを探している様子で、それとなくお祖父様も聞かれたそうです」

「……」

「このことを知っているのはミヤコさんだけ。それ以上はわたくしも口を閉ざします」

「……そうか」

「ええ。どうか……アイちゃんを悲しませないでくださいね」

「ああ」

「……いえ、いっそ悲しませるのもありですね。推しが悲しみを隠して浮かべる笑顔。……ああ、想像しただけで脳が震えるっ」

 

 ふふふ、ふへへへへ、と扇子で口元を隠してニノは気持ち悪く笑う。

 全部吐き出せと言ったのは自分だが、コイツに関しては壱護さんの言う通り行き当たりばったりだったかもしれないと後悔しそうだ。

 ミヤコさんも嫌そうな顔を隠そうともせずニノから距離を取り始めている。

 

「悠。ニノさんのことだけど……」

「自分が吐き出せって言った、本当に申し訳ない。諦めて慣れてほしい」

「こんなの慣れたくないわよ……ああ、どうして弱小事務所にこんな食い付きがいのあるネタがいくつも揃うのよぉ。知りたくなかったぁ……」

「次の美容系食材は誠心誠意用意させていただきますっ」

「ハァ……それを楽しみに頑張るしかないわねぇ……」

 

 本当に申し訳ありませんでした。

 

 ……だけど、そうか。薙切が何かを探している、か。

 何を探しているかは知らない。

 無関係の何かかもしれない。

 行方を眩ませた母親……己の娘かもしれない。

 或いは消えた娘が残したと判明した名桐悠(薙切■■■)かもしれない。

 目的の何かを見つけた時、彼はどうするのだろうか。探すだけか、無理矢理自分の膝元に連れ出すか。もし目的が自分だった場合、その時()は抗えるだろうか。また大人の奔流に抗え切れずに……

 

 

「――ハルカ!」

 

 

 弱い気持ちになりかけた時、廊下の先からアイが自分を呼ぶ声が聞こえた。顔を上げると、休憩室の入り口前でアイが手を振っている。後ろにはミネとナベも待っている。

 

 ああ、そうだ。だからどうした。

 薙切だろうが食の魔王だろうが関係ない。ここが、アイが願う限り自分のいる場所はここだ。

 誰だろうと何だろうと、抗ってみせよう。

 まだ愛はわからないが、これも一つの愛なのかもしれない。

 

 決意を新たに自分はアイに手を振り返した。

 

 

 

 

 なお、当然の如く昼食は食べられず、今日はずっと事務仕事のためグルメ食材も出せずに空腹のまま仕事をこなし、夕食まで腹を鳴らして過ごすのだった。

 おのれB小町(アイ除く)め。今度、試作名『紅丹朱緋(要は超激辛旨)の麻婆豆腐』を食わせてやる、と心に誓った。

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