愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者 作:だんご大家族
「――とまあ、こんな感じですね。見てないナベちゃんには悪いですけど、アレは満場一致で禁止になりました」
「……逆に余計に興味が沸いちゃったんだけど。そのメラニン何とか? 今度名桐に頼んでみるか……」
「や、やめときなさいナベ。アレは本当に刺激が凄いから……」
「まあ、ウブなミネには刺激が強かったんでしょ。ウチはそういうの問題ないし」
「う、ウブなネンネじゃないわよ!」
「誰もそこまで言ってないわウブなネンネ。ピヨピヨ言っててウケる」
「言ってるじゃない! しかも微妙に増えてるし!」
むがー! と怒るミネと軽くあしらうナベをよそに、アイがニノが聞いた。
「ニノちゃん、ウブなネンネってどういう意味?」
「……アイちゃん。世の中には知らなくていいことがあるんです。どうかもうしばらくは綺麗なままのアイちゃんでいてくださいな」
「……駄目?」
上目遣いの頼み事にズドンと心臓を殴られるニノ。
「んぐぉっ……だ、駄目です。それでも聞きたいのであれば十分程わたくしがアイちゃんに向けている気持ちを」
「あ、じゃあいいや」
「納得してくれてよかったです……ふぅー、あっぶなかった。今のはご飯三杯はイケる表情でした。ごちそうさまです」
「? ……おそまつさま?」
「ぐぉおっ……おそまつさま。お粗末様!? お粗末様という言葉がここまで官能的に聞こえるなんて……これはもう結婚? 結婚なのでは? わたくしが夫アイちゃんが新妻ただいまおかえりなさいお風呂ごはんアイちゃん……お、ぉぉ、脳にありもしない情景が生まれ溢れる……! ただのイメージなのに体全体が興奮で痺れる……! ああいけないこのままでは飛ぶ……意識が三途の川を飛び越えてその先でアイちゃんの布教活動をしてしまう……! それもアリですね。アイちゃん、ちょっとわたくし閻魔様に布教活動してきます」
「うん、何がアリかは聞かないし閻魔様がどうとかも知らないけど、今日はこれ以上近づかないでね」
目の前で繰り広げられる一人百面相にアイは瞳から光を消しつつ真顔で距離を取る。
スススとまだ言い争ってたミネとナベの間に挟まる。一瞬何事かとアイを見た二人だったが、すぐにニノが原因だと理解しニノから隠すように視線の前に立った。
スッとミネはケータイを取り出す。
「ナベ、変態って110番で大丈夫だっけ?」
「頭の病気ってことで119番でもいいんじゃない。知らないけど」
「ミネちゃんナベちゃん!?」
「冗談よ。ほら、アイ。こっちに座りなさい」
「わーい」
隠れてるアイを隣に座らせる。ナベは逆にニノの隣に腰を下ろした。
「席替えは構いませんけど近くありません? ナベちゃん」
「即座に取り押さえられるしちょうどいいでしょ」
「あら、ナベちゃんにわたくしが取り押さえられるとでも? これでもわたくし実家で護身術程度は嗜んでいたんですから」
「最近、ヤンチャな弟たちや幼馴染相手に大人しくさせるために練習台にしてるのよね。『見た目変わんねーのにゴリラかよ』ってよく言われんのよ。お礼に片手でよくこめかみ握りつぶしてるんだけど。名桐からも『これならニノ相手でも問題なさそうだな』って太鼓判押されてるし。受けてみる?」
「謹んで遠慮させていただきたいので大人しくしてます」
「よろしい」
大人しくなったニノを見て、ナベも本来の距離に戻る。
「まったくもう……ところでアンタたち。名桐からの課題、どれだけ
ニノが諦めたのを確認してミネもケータイをテーブルに置き話題を変える。ただし不満そうな表情を浮かべて。振られた話題はミネだけでなくナベとニノも苦虫を潰したような表情を浮かべている。
「ウチは十五分」
「わたくしは三十分です」
三人の視線がアイへ向く。
「一時間! ……ハルカのサポートありでだけど」
「一人だと?」
「二十分♪」
「ふむ……三十分ね」
「お揃いですねアイちゃん♪ ふふ、ふへへ……アイちゃんとお揃いです」
「うぅ……なんでニノちゃん関係はバレるんだろ」
一年前を契機にアイへの感情を隠さなくなったニノ。場と人に合わせた嘘を得意とするアイでも、ニノの重たい発言は対応が難しいのかニノ相手に嘘をついてもバレることがしばしば起きていた。アイ本人は内心嬉しく思っていたが。
「にしても、一年経ってもアイでさえ三十分が限界ってホント難しいわ食禅って。アイ、名桐は今どんだけできるの?」
「ハルカは確か……」
うーん、と悩み、指折り数えて、
「この前皆で食禅した夜に家で二十本を二時間続けてたかな」
正確には計っていないが、だいたいの時間を答える。
予想以上の答えに三人は呆れた表情を浮かべ、それぞれ食禅をやることになった過去を思い出していた。
★★☆☆
それはB小町全員がベジタブルスカイの野菜を食べた数日後。一人一人日を改めて食べたので惨事を起こすことなく満足のいく結果になってるのを互いに確認しあっていた。
本来、ベジタブルスカイ産の野菜が美容に良いなんて効果は存在しない。単純に栄養価が高く、また体に負担がかからない程早く消化され体に溜まっていた老廃物と共に出ていく。だから美しくなったのだろう。
ひとしきりワイワイやっているのを見続け、悠が手を叩いて視線を集めた。
「満足したか。なら今度は楽しくない修行の時間だ」
稽古場に持ち込んだホワイトボードに大きく『食義』と書いて、
「今日からお前たち全員に食義の修行を行ってもらう」
そう宣言した。
「えー」
悠がやっているのを見たことがあるアイは不満そうに呟く。ミネたち三人は聞いたことがない単語に首を傾げている。
ニノが手を挙げた。
「はい、お兄さん。食義とは? 名前からして食事などに関連がありそうですが……」
「食義とは本来は食に対する礼儀と作法といった精神面の構え、捉え方のことだ。そうだな……食に感謝するというのは命に感謝するということ。つまり万物への感謝と敬意を常に心の中心に持つのが食義の基本だ」
早い話が宗教でよくある祈りが想像しやすい、と簡単にだが悠は例えた。
「食義、食義……聞いたことありませんね」
「名桐。アンタいつから宗教家になったの?」
「なってはいない。それに自分がお前たちに覚えてもらいたいのは本来は副次的な効果の方だ」
なにも悠は食に感謝してほしくて食義を覚えてもらおうとは思ってない。
目的は食義の精神面ではなく技術面だ。
原作では食義により食への感謝を繰り返すことで目の前の対象物に対する集中力が増し、集中力の向上により動作の素早さと正確性を高めていた。実際に最低限の力と所作で技を繰り出し、それまで出していた技の何倍もの威力を生み出すことができていた。
悠が目を付けたのもここだ。アイドルは歌と踊りがメインだ。一曲は数分でもライブで何曲も歌えば数十分、一時間と増えていく。休憩を挟むだろうがそれでもほぼぶっ通しで歌い踊るのだ。だからこその食義。少しでも食義を覚えてもらい、負担を軽減できればと悠は考えていた。
考えたことを説明すると、懐疑的な視線が返ってきた。まあそうだろうな、と悠は呟き準備していた物をホワイトボードの前に並べる。
簡素なテーブル二脚とその上に並べたまな板、包丁、キャベツ。
「なんでここでキャベツ……」
「この中で一番調理経験があるのは……ナベだったか? それともニノ?」
「ナベちゃんですね。菓子類であればわたくしですが、目の前の状況なら違うでしょうし」
「そうか。ナベ、千切りをしたことは?」
「は? 千切り? 弟たちがハンバーグ好きだから添え物でよくやるけど……」
「四分の一にカットしたキャベツの千切りをナベ。丸々一個の千切りを自分がするとして、どっちが早く出来ると思う?」
「……いくら料理が得意な名桐でも、四分の一ならウチが早く切り終わる」
「ならやってみよう」
トントンと机を叩きナベを呼ぶ。
これで何がわかるのか、まったくわからないナベは渋々テーブルの前に立つ。軽く包丁を握り感触を確かめ、頷いた。それを見た悠も同様にテーブルの前に立ち包丁を手に取る。
「アイ。合図を頼む」
「はーい。じゃあ行くよー。よーいドン!」
掛け声とともに悠とナベが切り始める。
シャッシャッシャッと淀みなくキャベツを千切りにしていくナベ。日頃から家族の食事を作ってるだけあって慣れた手つきだ。同年代相手なら十分早い方であろう。
ただまあ、
「うっそぉ……」
「あらまあ」
「…………いやわかってたけどさ」
チート染みた身体能力に食義を覚えている悠に勝てるわけがなかった。
シャシャシャと手元が早すぎて見えない程切っていき、ナベが四分の一にカットされたキャベツを半分まで切ったところで丸々一個の千切りを終えてしまった。
ミネとニノは驚きで開いた口が塞がらず、ニノは予想できていた結果に溜め息を吐きつつも、その速度に驚いていた。唯一アイだけは食義のことを知っていたため驚いてはいなかった。
「こんな感じで集中力が増し、動作の素早さと正確性を最低限の力で出せるようになる。というわけだ」
「……流石に最低限はないでしょ」
「今のは
こんな感じだ、と隅に置いてあったビニール袋から新しいキャベツ一玉とボウルを取り出しキャベツを上へ投げる。落下するキャベツに向かって包丁を一閃しただけに四人には見えた。なのにボウルに落ちた時には千切りになっていた。
「名桐……アンタ、実はアニメのキャラじゃないの? 人間やめてるでしょ」
「それは自分でも同感だ。さて、ある程度実演をしたことだ、早速始めよう」
「いや、流石に無理でしょ……」
「なにもここまでやれ、とは言わない。数曲メドレーしても軽い疲労感が出る程度まで成長できればいいんだ」
「まあ、それなら……激しい運動をせずに体力がついたって考えれば……」
「それに食義をマスターした恩恵は凄いが、ほぼ不可能だからな。技術的にも肉体的にも、何より試練ができないし……」
「マスターすると何か良いことでもあるんですか?」
「どれだけ食べても食べた分だけエネルギーとして体に溜めておける。だから脂肪とかにならな、い……」
記憶を頼りに思い出していると、目の前に三人が詰め寄っていた。意識が逸れていたとはいえ見えなかった。ミネたちはジッと悠を見つめ、
「は、ず?」
「やるわよ」
「やる」
「やります」
さっきまでの反応が嘘みたいにやる気に満ち溢れている。
何故だ? と首を傾げる悠だったが、まあいいかと思い準備を始める。
「脂肪にならないってことは太らないってことよね! 気にせず好きなだけ食べれる……!」
「アイドルとして我慢してた分、いっぱい食える……!」
「まったくもう、お兄さんったらやる気にさせるのが上手いんですから……絶対習得します」
準備している後ろで、小声だが欲望が駄々洩れの三人を見てアイは、
「……多分無理だと思うけど……ま、いっか!」
結果は見えていたが、考えることはやめるのだった。
実際その後、基礎の基礎である食禅で苦労するのは言わなくてもいいことであるし、食義の修行をこなしたおかげで、踊りのキレがよくなるのはファンの感想で知ることになるのだった。
また、悠は忘れていたが、確かに食義を極めることで習得できる奥義『食没』は食べた分だけエネルギーとして体内にチャージされる。しかし、チャージした分だけ体重は増えていくので、例え覚えても女性にとっては絶望の結果になってしまう。そう考えると食義を極められないのはある意味よかったとも言えるだろう。
そんなことは露知らず、体重を気にして好きなだけ食べられない乙女たち(若干一名除くが)は絶対にマスターしてやると息巻いて、今日も食禅に挑むのだった。
「「「目指せ! 食義マスター!!」」」