愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者   作:だんご大家族

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四話

「────あ」

 

 バキリ、と。

 雁字搦めの鎖が。或いは何十個もの南京錠が。或いは──

 なんて、例えなんていくらでも出てくるが、要は封をしていたナニかが壊れた音がした。

 壊れるキーワードは、

 

 ──子ども? もしくは子づくり。それとも……

 

 立っていられず床に崩れ落ちながら、遅々として迫る床を前に俺は呑気に考えていた。

 間違いなく穴だらけになっている記憶が原因だろうが、子どもか子づくりとなると……俺の前世は既婚者、子持ちだったのかね。あまり信じられることじゃないな。

 だって奴隷の如く扱われた人間だぞ? 褒められたことなんて一度もなく、叱られ、怒鳴られ、殴られ、蹴られ、押し付けられ。そんな人間が子どもを作ったとして、果たして上手く育てられたのだろうか。自分の身に受けたような育て方はしなかっただろうか。

 

 まあ、多分この後嫌でも思い出すんだろう。ハイハイ、さっさとしてくれ。なんとか受け流すからさ。

 ああ、そうだ。アイには謝らないと。せっかく欲しいものを言ってくれたのに倒れるなんて、絶対傷ついている。

 あれ、でも。

 

 なんて、謝ればいいんだろう。そもそも謝るのがただ──

 

 そこで時間がきた。膝をついた。

 瞬間、記憶の濁流が俺の意識を吞み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ああ、そういうこと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──え?」

 

 アイの欲しいものを聞いた悠は膝が崩れるように折れ、自分の身体を支えきれずに床に崩れ落ちてしまう。

 

「は、ハルカ……?」

「……うっ、ぐぅ、ぁ……っ」

 

 返答はない。痛みをこらえるような呻き声が聞こえてくるだけ。

 なんで。どうして。グルグルとアイの思考を埋め尽くし、

 

「……ぁ」

 

 掴んでいた悠の手が震えていることに気付いて、我に返った。

 

「ハルカ! 大丈夫!? ハル……ッ!?」

 

 膝をついて悠の顔を覗き込む。彼の顔は青を通り越し蒼白になっていた。

 

「ど、どうしよう……どうすれば……な、なんで……どう……!?」

 

 アイは必死に今この状況を理解しようと思考を巡らせる。しかし、悠の十年近く共にいて初めて見る弱った姿に考えがまとまらない。

 

「だ、誰かに……」

 

 ようやく誰かに助けを求めようとケータイを取りに行くため立ち上がる。一歩目を踏み出した時、自分の手と服を引っ張る感覚にアイは振り返る。見ればお腹に触れさせていた悠の手が服を掴んでいた。また、アイ自身も悠の手首を握り締めていることを忘れていた。悠の手は震えながらもアイの服を強く握りしめており外せそうにない。

 

「……っ、よい……っ、しょっ!」

 

 悠の体に腕を回し抱き締めるような形でテーブルまで進む。力の抜けた男の体は酷く重く、倒れないよう一歩一歩慎重に進む。

 ケータイのあるところまで辿り着き、ケータイに手を伸ばした時、

 

「……ぅぐっ、あ……アイ……」

「っ、ハルカ!」

 

 崩れ落ちてから初めて悠がアイの名前を呼んだ。手を伸ばすのをやめて、アイは悠に向き直る。

 

「ハルカ大丈夫!?」

「ふ、ぅぅ……すぅ、はぁ……大丈夫、とは言い難いが、だいぶマシになった、はず……」

「待ってて、今誰か呼ぶから……!」

「呼ぶ、な……!」

 

 再度伸ばした手を、今度は悠に止められる。

 

「呼ぶな……呼ばなくていい……」

「で、でもっ!」

「頼む……」

「…………わ、わかった」

 

 悠の懇願にアイは伸ばした手を下ろす。

 のろのろと緩慢な動きで悠は動こうとし、それをアイが支える。座椅子にもたれ座り込み、悠は長く息を吐き出す。アイは隣に座り悠の手を握り締めジッと顔を見つめ続けた。たった数分の不調なのに悠の顔は青く瞳も揺れ視界がブレているように見える。

 

「アイ、コップを、出してくれないか?」

「私が使ってたのがあるからそれ使って」

「いや……」

「使って」

「……エアアクア」

 

 離れるのを嫌がったアイがテーブルに置いていた自分のコップを差し出す。悠は少し迷ったが、コップにグルメ食材の『エアアクア』を生み出して注いだ。悠がコップを取ろうとしたがアイが先にコップを掴み悠の口元に持ってくる。今度は迷うことなくアイの手の上からコップを掴みゆっくりとエアアクアを飲んでいく。

 

「ふぅ……ありがとうアイ」

「うぅん。……もう、大丈夫?」

「ああ、だいぶ落ち着いた……っぅ……」

 

 まだ痛むのか額を押さえる。

 

「ふぅぅ……ったく……」

「っ……ご、ごめんなさい……!」

「どうしてアイが謝る」

「だ、だって……私が……わたし、が……」

 

 言葉が続かず、アイは顔を俯かせる。無理もない、悠がこんなにも弱ってしまったのはアイが性行為をお願いした直後なのだ。

 しかし悠は繋いでいた手をギュッと握り返す。

 

「あれはアイのせいじゃない。確かにアイのお願いが引き金だったけど」

「っ~……」

「ああ、泣くな泣くな」

 

 上手い慰め方が見つからず片手を右往左往させていたが、明後日の方を向いて、

 

「……前世の忘れてた記憶を思い出したんだ」

「記憶……?」

「自分が死ぬ数年間。それと……」

「……」

「……」

「教えて?」

 

 真っ直ぐに視線を向けるアイに、悠はややあって告げた。

 

「前世の俺は既婚者だったこと。子どもがいたこと」

「…………そうなの?」

「言葉の意味通りとは言えないけどな」

 

 ハハっと乾いた笑みをこぼす。

 アイは深く聞きたそうにしていたが、

 

「その話はまた今度な」

「でも……」

「今はアイのお願いに答えたい」

「あ……」

 

 悠の言葉に思い出した。自分は人生を賭けたといっても過言でもないお願いを悠にしていたのだった。でも、一抹の不安はあった。悠はアイを優しく撫でてから、座椅子にもたれたままアイを自分の胸に引き寄せる。

 

「アイ──すまない」

「──」

 

 謝罪の言葉がアイの胸に灯っていた熱を奪う。

 それはかつて母親が自分を捨てた時に感じた冷たい感覚。

 

「返事は少し……いや、明日まで待ってくれないか」

 

 完全に冷え切る直前に耳朶に届いた言葉。それがギリギリのところで胸の熱を残した。

 

「明日?」

「アイの気持ちと前世の記憶。これを今すぐに消化するのはちょっと大変なんだ。だから明日の夜に答えさせてくれ。それまでにちゃんと全部整理しておくから」

「……」

 

 自分の頭を撫でる優しい手つきといつも眠る時に聞いていた悠の胸の鼓動に耳を澄ませ、アイは心が落ち着いていくのを感じる。

 

「……仕方ないなぁ」

 

 寂しそうに。呆れるように。

 アイは微笑んで、だけどほんの少しだけ自分に嘘をついて、お願いの延長を受け入れた。

 

「じゃあ、明日の夜ね。絶対だよ」

「ああ。絶対だ」

「明日も延長したら……ニノちゃんに私の魅力を語ってもらうから!」

「……それは嫌だな」

「それと」

「うん?」

「今日は一緒に寝て」

「はいはい。今日も一緒に寝ような」

「……えへへ」

 

 微笑んで、アイは握っていた悠の手を離し、代わりに背中に両腕を回す。

 どうか、明日は私にとって良い日になって──と、願いながら。

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